26話 鉱山攻略戦
慎重に探索を続けること、30分ほど。
先を歩くフィルローネが足を止めて、唇に人差し指を当てた。
元帝国兵を探知したのだろう。
表情を引き締めて、いつでも動けるように足に力を入れていた。
そんなフィルローネを見て、リアラはこっそり探知魔法を使う。
(ニ十弱……多い? 元帝国兵が集まって……そんなわけないか。位置関係を考えると、この半分以上は人質かな? 貴重な資産だから十人くらいで守っている……うん、そんなところだね)
リアラは、そんな推測をした。
十人以上の人質がいるのは誤算だ。
せいぜい数人と思っていた。
どうしようかな? と、リアラは考える。
当初の予定では、元帝国兵を懐柔して……
人質を救出して事件を解決して、その功績を以て、さらにドルガに近づくつもりだった。
ただ、人質が多いのは厄介だ。
元帝国兵を懐柔しつつ、全員を助けるとなると、やや骨が折れる。
苦労するだけなら構わないが、失敗の可能性が高くなるのはいただけない。
「どうやら、この先に人質が囚われているみたいね。一つにまとめられていて……うん、ラッキーね。数カ所に分かれて囚われていたら、面倒なことになっていたかも」
こちらはアンラッキーだよ、と思いつつ、リアラは相槌を打つ。
「私が元帝国兵の相手をするから、アリアちゃんは、その間に人質の救出をお願いできる? 鍵のかけられた部屋に閉じ込められていたとしても、鍵は壊せるでしょう?」
「……うん、いいよ」
少し迷い、リアラは素直に頷いた。
ここにいる元帝国兵の懐柔は諦めよう。
それよりは無事に人質を救出して、手柄を立てることを優先した方がいい。
(手軽に駒が手に入ると思っていたんだけど……残念)
心の中でため息をこぼしつつ、リアラは、フィルローネのハンドサインに従い、静かに慎重に坑道を進んでいく。
ほどなくして、テーブルやベッドなどの家具が並ぶ部屋が見えてきた。
鉱山で働く者達が作った休憩部屋だろう。
元帝国兵らしき武装した男達が五人。
奥に続く扉の前に、さらに二人。
(七人か……奥の扉が人質の管理場所、っていうところかな?)
見たところ、奥に続く扉は鉄製だ。
リアラなら問題なくぶち抜くことができるが、そこまでの力は見せていないため、それをやるとさすがにまずい。
鍵だけを破壊することにしよう。
そんな作戦を頭の中で組み立てていると、元帝国兵達の会話が聞こえてきた。
「なあ……領主はどう動くと思う?」
「普通に考えて、討伐隊を差し向けてくるだろうな。行動が遅いのが気になるが……時間の問題だろう」
「……負けるよな」
「負けるだろうな。明日か1週間後か、それはわからないが、俺達はここで死ぬ。それは避けられないだろう」
「そっか。まあ……息を潜めて隠れて生きるのには、もう飽きた。せいぜい、最後にでかい花火を咲かせてやるか」
「ああ、その意気だ。亡き皇帝や皇妃、姫様のために、やれることをやろうぜ」
ふむ、とリアラは内心でちょっと感心した。
どうやら、元帝国兵達の忠誠は確かなものらしい。
彼らの言動からは、帝国に対する、そしてリアラ達皇族に対する敬意が伺えた。
惜しいな。
リアラは心の中で呟いた。
彼らを味方にしたい。
能力はあまり関係ない。
必要なのは心だ。
真に忠誠を捧げてくれるような人物は貴重で、宝となる。
「……ちょっといい?」
リアラは作戦を変えることにして、フィルローネに声をかけた。
「元帝国兵の相手、私に任せてくれないかな?」
「え? でも……」
「大丈夫、心配いらないよ。ちゃんと引きつけられるし、全員、捕縛できると思う」
「うーん……」
フィルローネは悩ましげな声をこぼす。
リアラを信じていないわけではない。
その力を知っているため、可能と言えば可能なのだろう。
ただ、危険度は遥かに高い。
自分の半分も生きていない女の子に囮をさせるなんて……と、倫理観が思考の邪魔をしているのだろう。
説得は面倒だ。
失敗するかもしれない。
そう判断したリアラは、少々、強引に行くことにした。
「そういうわけだから、人質の方はお願いね」
「あっ、ちょ……」
フィルローネの返事を待たず、リアラは飛び出した。
「何者だ!?」
「貴様、領主のぐはぁ!」
呑気に問いかけてくる元帝国兵の足を払い、倒れたところで顎を揺らすように殴りつけた。
脳震盪を起こした元帝国兵はあっさりと気絶する。
(実力は全然足りていない。でも、私の駒になってくれるのなら……)
元帝国兵を見定めつつ、リアラは次の敵に向かう。
「あーもうっ、こうなれば出たところ勝負よ!」
後ろの方でフィルローネがやけっぱちになる声が聞こえてきたが、どうでもいい。
リアラは襲い来る元帝国兵の武器を奪い、あるいは破壊。
痛烈なカウンターを繰り出して、一人一人、順番に、丁寧に沈めていく。
中には、それなりに強い力を持つ者もいた。
しかし、あくまでも『それなり』だ。
魔王に匹敵する魔力を持ち。
世界最強の暗殺者の弟子であるリアラには遥か遠く及ばない。
とはいえ、あっさりと倒してしまうと隠していた本当の実力がバレてしまうかもしれない。
それと、ほどほどに苦戦してみせることで、敵に『いける』と思わせ、意識をこちらに集中させることが可能だ。
リアラは適度に手を抜いて。
しかし、派手に動き回り、この場にいる元帝国兵、全てを引きつける。
「くっ、なんて強さだ、こいつ!」
「子供のくせに……って、子供?」
「おいおい……まさか、こいつ……いや、この方は」
「しーっ」
リアラの顔を知る者がいたようだ。
色々と変わってしまったけれど、しかし、根本的な顔の作りは変えようがない。
いくらかの元帝国兵が、リアラを見て驚きの表情を浮かべていた。
それを見て、リアラは人差し指を唇に当てる。
そして、片目をウインク。
元帝国兵はリアラの正体を確信した様子で、感動の涙さえ浮かべていた。
あぁ、彼らの忠誠は本物だ。
それを嬉しく思いつつ、リアラは、元帝国兵達を一人一人、丁寧に意識を奪っていく。
ほどなくして全員が倒れて……
それと同時に、フィルローネが奥に繋がる扉の解錠に成功して、人質を救出した。




