25話 殺すということ
鉱山を占拠した元帝国兵は、三十人前後。
鉱山は一キロ以上に伸びた深いところで、分岐路も多く、地図はあまり役に立たない。
なによりも厄介なのは、複数名の人質が囚われていることだ。
詳細は不明だが、鉱山が占拠された際、いくらかの作業員が逃げ遅れて、そのまま囚われたという。
「ったく、人質もいるとか聞いてねえぞ」
宿に戻ったマイトは、さっそくぼやきをこぼす。
「ぼやかないの。どんな状況だろうと条件だろうと、一度引き受けた以上、きちんとやり遂げないとダメよ」
「人質、心配ですね……鉱山が占拠されて、1週間が経っているんですよね? 無事でしょうか……」
「それは問題ないと思うわ。人質がいるからこそ、領主様も迂闊に攻め入ることはできないでいた。それを向こうも理解しているから、大事に扱っているはずよ」
「でもよ、元帝国兵なんだろ? そういうまともな話が通じないバカかもしれねえじゃねーか」
「それはまあ、そうだけど……そういう可能性を考えていたらキリがないわ。無事と信じて、今は、私達にできることをやりましょう。ね、アリアちゃん?」
「うん。今できることを考えた方がいいと思うな」
と、フィルローネの背中を押すようなことを口にした。
ここで、やっぱり辞めた、なんてことになると困る。
ドルガに近づくことはできないだけではなくて、元帝国兵の事件と関わることもできない。
元皇女として、彼らのことは気になる。
「まあ、アリアの言う通りか。俺等にできることをやらねーとな」
「そのために、攻略法を考えていきましょう」
その後、鉱山の拙い地図を見つつ、ああでもないこうでもないと作戦を練り……
翌日。
銀翼の希望は、元帝国兵に占拠された鉱山の解放に向けて動くのだった。
――――――――――
元帝国兵が占拠したのは、主に銀が取れる鉱山だ。
全長一キロ以上の距離があり、至るところに出入り口が作られている。
故に侵入も容易だ。
元帝国兵が潜んでいるところは、ドルガから得た情報と、個人の推理により、大体の目処はつけている。
ただ、予想が外れることはある。
広大な鉱山を探索するには人手も足りない。
なので、二手に分かれて行動した方がいいのでは?
……というリアラの案が採用された。
リアラはフィルローネとペアを組んで、鉱山の真正面から乗り込んでいく。
「どう?」
「……うん、大丈夫。ここの入り口付近に敵はいないわ」
索敵を行っていたフィルローネは、少しほっとした様子でそう返事をした。
リアラは戦闘特化という設定になっているため、探知はフィルローネに任せていた。
とはいえ、それを丸々信じることはできないため、リアラもこっそり探知魔法を使っていた。
結果、フィルローネが言うように動態反応はゼロ。
ひとまずは、このまま進んで問題はないだろう。
「アリアちゃん」
足を進めつつ、フィルローネが問いかけてきた。
「アリアちゃんは、人を殺したことはある?」
「……あるよ」
少し迷い、アリアは正直に答えた。
「そっか……」
「それがどうしたの?」
「ううん、大したことじゃないんだけど……今回の依頼、たぶん、人を殺すことになるだろうから。アリアちゃんは大丈夫かな、って心配しただけよ」
「大丈夫だよ」
むしろ、殺したくて仕方ない。
日頃、湧き上がる衝動を抑えるのに必死だ。
……なんてことを言えるはずもなく、リアラは適当な答えを返しておいた。
「そっか……大丈夫、か」
フィルローネは、寂しそうな悲しそうな、そんな憂い顔を見せていた。
リアラがすでに人を手にかけたことがある……そのことを気にしているのだろう。
過去を気にしているのだろう。
ただ、それを口にできず、尋ねる勇気がない自分を情けなくも思っている様子で……
その後、少し会話が途絶えた。
それを気にしたわけではないが。
ただの気まぐれで、リアラは口を開く。
「フィルローネは人を殺したことはあるの?」
「あるわ」
「どうして殺したの?」
「そうね……どうしようもない悪党だったから、かしら」
「……そっか」
「アリアちゃんは、どう思う?」
「なんのこと?」
「人を殺す、っていうこと」
「どうもこうも……仕方ないんじゃないかな? 状況と場合によるけど、例えば、相手が襲いかかってきたら反撃するのは当たり前だよ。話が通じない相手を止めるために殺すのも、当たり前のことじゃないかな?」
「当たり前……か」
フィルローネは憂いの色を強くした。
「ちょっと恥ずかしい話だけど、私、小さい頃は正義の味方に憧れていたの」
「子供によくあることだと思うから、恥ずかしいことじゃないと思うよ」
「子供のアリアちゃんに言われると、なんだか複雑ね」
フィルローネはくすくすと小さく笑う。
「冒険者になって、悪いヤツを捕まえるんだ、って思っていたのよ。思っていたんだけど……でも、現実は別。今回みたいに、確かに悪いヤツと戦う時もあるけれど、でも、捕まえるんじゃなくて殺してしまう」
「……」
「最初は手が震えた。恐怖で悲鳴をあげた。相手はどうしようもない悪党だったけど、でも、殺した時の感触がいつまでも手から離れてくれなくて……しばらくうなされたわ」
「あまり想像がつかないかも」
「今は、もう慣れたからね」
そう言うフィルローネは、どこか疲れているように見えた。
単純作業を繰り返すだけで、心が摩耗する仕事をしているかのような……
疲労と諦観が見て取れた。
「そうするしかない、って自分に言い聞かせて言い聞かせて……気がつけば慣れていたわ」
「そっか」
「でもね。アリアちゃんは慣れないでほしいの」
「私?」
「ええ。アリアちゃんなら、まだ元に戻れると思うから……人を殺すことに慣れたりしないで。どうしようもない時はあると思うけど、でも、考えるのを止めたりしないで」
「私は……」
フィルローネは、リアラが殺人に関して思考を放棄していると考えているようだった。
人殺しの罪の重さに心が押しつぶされてしまうから。
思考を止めることで、その重圧から逃れようとする、一種の自己防衛。
リアラがそうしているように見えたのだろう。
滑稽な話だ。
実際のところ、まったく違う。
リアラは人殺しの罪、その重さをきちんと自覚している。
自覚した上で、尚、殺す道を選んだのだ。
殺す以外の道はない。
活かす道はない。
殺して、殺して、殺して……
血で血を洗うことだけが、リアラの唯一の生きがいであり、そして、存在意義でもある。
フィルローネの言う罪悪感なんて欠片も感じたことはない。
殺すことに慣れているのではなくて、それが当たり前になっているのだから、当然だ。
フィルローネの言葉は届かない。
なぜなら、リアラの心はすでに壊れているのだから。
「うん、そうするね」
「ごめんね、説教臭いことを言って」
「ううん、気にしていないよ。私のことを気にかけてくれたんだよね? ありがとう」
フィルローネの言葉は欠片も理解できないリアラではあったが……
彼女が自分を心配してくれたことだけはわかるため、一応、礼を口にしておいた。




