24話 土の都を治める者
翌日。
フィルローネ達、銀翼の希望は領主の館を訪れていた。
「ようこそいらっしゃいました。私は、この街を治めるドルガ・バンガスと申します。私は、あなた達、銀翼の翼を歓迎いたしましょう」
案内された客間にドルガの姿があった。
見上げるほどに背が高く、筋肉の鎧を着ているかのように厚い。
フィルローネ達は、ドルガが領主ということもあり、その姿くらいは知っていたのだろう。
特に驚いている様子はない。
ただ、リアラは別だ。
領主で、英雄王の側近で、そして四賢者と呼ばれている存在。
細く老齢な人物を思い描いていたため、さすがに驚きを隠せないでいた。
そんなリアラを見て、ドルガが怪訝そうな顔を作る。
「おや?」
「……っ……」
気づかれたか?
ならば、ここで戦闘になることも……
「銀翼の希望は、確か、三人パーティーと聞いていましたが……そちらの少女は?」
「最近、加入してくれた子で、アリアっていいます。年齢は、まあ……見た目通りですけど、でも、とても強く、私達も助けられています」
「なるほど、そうですか。アリアさん、と名前で呼んでもいいですか?」
「えっと……うん。じゃなくて、はい」
「はは、あまり緊張なさらずに。私は、確かに領主という立場にありますが、人は皆、生まれながらにして、そして永遠に平等なのですよ。必要以上にかしこまる必要はありません」
「はぁ……」
一瞬、リアラはドルガに斬りかかりたい衝動でいっぱいになった。
全てが平等というのなら、なぜ、帝国を滅ぼした?
なぜ、母にあのようなむごい仕打ちをした?
平等なんて嘘っぱちだ。
自分達の都合の良い正義を押し付けているだけで、『悪』となる側の事情なんてこれっぽっちも考えられていない。
憎悪と絶望が燃え上がりそうになるが……
しかし、まだその時ではない。
リアラは鋼鉄の精神で自制してみせた。
「アリアさん、その歳で冒険者をされているということは、とても苦労されたのでしょう。なにか困っていることがありましたら、私に相談してください。できる限り、力になることを約束いたします」
「……ありがとうございます。その時は、お願いします」
なら死んでくれ。
思わずそう言いそうになり、途中でその言葉を飲み込み、リアラはぐっと我慢した。
「すみません。話が逸れてしまいましたね、そちらへどうぞ」
ドルガに促されて、アリア達は客間に設置されているソファーに座る。
その対面にドルガも腰を落とした。
「私達を指名しての依頼ということでしたが……詳細を聞いてもいいですか?」
「はい、もちろんです」
ドルガは丸太のように太い腕を組み、悩ましげな表情を作る。
「私の無能を晒すこととなり、実に恥ずかしい話なのですが……今、とある事件が起きています」
「とある事件……ですか?」
フィルローネは、軽くリーネを見た。
領主を悩ませるような事件について心当たりはあるか? という視線による質問だ。
リーネは首を小さく横に振る。
「実は、鉱山の一つが賊によって占拠されてしまったのです」
「なっ……!?」
フィルローネ達が驚きの声をあげた。
鉱山は土の都の貴重な資産だ。
それを占拠されたということは、喉元に刃を突きつけられたに等しい。
「どうしてそんなことに……もしかして、依頼っていうのは」
「はい。鉱山を占拠した賊の討伐です」
「……どうして俺達に? そういう連中は、国が対処するもんだと思いますけどね」
「もちろん、そうするべきなのですが……」
「他言無用でお願いいたします」と間を挟み、ドルガは続ける。
「私達は今、とある脅威に備えているため、大きく動くことができない状況です」
「とある脅威?」
「……魔女を知っていますか?」
リアラは表情を変えなかった自分を褒めてやりたくなった。
「魔女って……元帝国の皇女ですよね?」
「聖女とか讃えられていたものの、実は、裏ではあくどいことばかりしてて、民を苦しめていたんだよな?」
「最低の為政者として歴史書に記されていますね」
「はい。その魔女が、実は、生き延びているかもしれません」
「えっ……ですが、半年前に処刑されたのでは?」
「真偽は不明です。しかし、そういう報告があり……それに呼応するかのように、賊が動いて鉱山を占拠したのです」
「……その賊ってのは、魔女と関係があるのか?」
「元帝国兵です」
次々と驚きの情報が出てきて、リアラは無表情を保つのに必死だった。
その一方で思考を巡らせる。
どうやら、自分の報告はドルガの元に届いていたみたいだ。
ただ、本当のことかどうか、いくらか怪しんでいる様子。
それと、鉱山を占拠したという元帝国兵。
なにを思い、そんな行動を起こしたのだろうか?
もしかして、自分と同じように復讐を……?
リアラが思考を巡らせている間も話が進む。
「魔女が生きているとなれば、その対策を怠るわけにはいきません。罪のない民が傷ついてしまうような展開だけは、絶対に避けなければ……故に、今は多くの兵を動かせない状況なのです」
「なるほど……そこで、私達にというわけですね?」
「はい。Aランクパーティーの銀翼の希望ならば、賊を討伐して、不当に占拠された鉱山を解放していただけるのではないかと。恥ずかしながら、そうすがったのです。どうか、力を貸していただけないでしょうか?」
ドルガは領主という立場にありながら、フィルローネ達に深く頭を下げた。
それは彼の誠意の現れであり、また、それだけ困っているという事態の深刻さを示していた。
フィルローネは仲間を見る。
「私は請けてもいいと思うけど、みんなはどう思う?」
「いいんじゃねーか? 元帝国兵がバカやってるなら、それを止めるのも冒険者の役目だろ」
「ですね。正義の味方というわけではありませんが、そのような暴挙は見過ごせません」
マイトとリーネがすぐに頷いた。
「アリアちゃんはどう思う?」
「私の意見も?」
「もちろんよ。今は、アリアちゃんも仲間なんだから」
「……賛成するよ。断る理由はないと思う」
ほんの少しだけ迷い、リアラは首を縦に振るのだった。




