21話 銀翼の希望
ズズーンという重い音を立てて、ニメートルほどの巨漢が倒れた。
白目を剥いて、完全に気絶している。
彼は歴戦の冒険者で、試験官でもある。
リアラの実力を測るため、彼女と戦うことになったのだけど……
勝負は一瞬だ。
リアラは風のように素早く動くと、試験官の背後に回り込み、その背を登る。
そのまま両手足を使い試験官の首を絞めて、そのまま落としたのだ。
あまりに予想外な展開に、案内をした受付嬢は言葉を失う。
子供であっても優秀な冒険者はいる。
強い力を持つ者はいる。
しかし、試験官をここまで圧倒した者なんて初めてだ。
「……」
「ねえ」
「……えっ!? あ、は、はい! なんでしょう!?」
「私の勝ちだよね?」
「そ、そうですね! えっと……アリアさんは、実技試験合格となります。そのままカフェスペースなどで少々お待ちいただけますか? すぐに試験結果をお伝えしますので」
「うん、わかった」
リアラはギルドの中に戻り、そのままカフェスペースに移動した。
ついでに、オレンジジュースを注文して、一口飲む。
「ふぅ」
運動の後のオレンジジュースは美味しい。
ほっこりするリアラだった。
そんな彼女にたくさんの視線が注がれていた。
他の冒険者達だ。
ヒマを持て余していた彼らは、気まぐれに実技試験を見学していたのだけど……
そこで、十二歳くらいの少女が試験官を圧倒するという、あまりに現実離れした光景を見せつけられた。
あの少女は何者だ?
本当に新人なのか?
実は名のある人で、お忍びで視察に来たのでは?
……様々な憶測が飛び交い、リアラは注目の的になっていた。
しかし、それこそがリアラの狙いである。
「こんにちは」
リアラがのんびりオレンジジュースを飲んでいると、ふと、声をかけられた。
女性が二人と、男性が一人。
声をかけてきたのは、二十代半ばくらいの女性だ。
街を歩けば、数分で男性が声をかけてきそうな美貌の持ち主。
スタイルもよく、露出度の高い装備のせいで色香が半端ない。
ただ、しっかりと鍛え上げられた体を見ていると、いやらしいというよりは美術品のような美しさを感じた。
男性は、三十代前後だろう。
クセの強そうな黒髪は逆立てていて、それと、顎に髭を生やしている。
正直なところ似合っていない。
ただ、本人は気に入っているらしく、堂々とした態度だ。
最後の一人は、十代半ばくらいの少女だ。
子供から大人になる途中。
未成熟でありながら、大人として完成された姿を持つという、アンバランスさを持ち合わせていた。
それが魅力となっているのか、少女に目を取られる者は多い。
将来は男泣かせになるだろう、というのが容易に想像できる。
「……こんにちは」
リアラは少し警戒した様子で返事をした。
まあ、これも演技なのだが。
「ちょっとあなたとお話したいんだけど、いいかしら?」
「うん、いいよ」
「ありがとう」
女性はにっこり笑い、空いている席に座る。
他の二人もそれに続いた。
「私は、フィルローネ」
「俺は、マイトだ。よろしくな!」
「リーネです」
「アリアだよ」
簡単な自己紹介をした後、フィルローネ達もそれぞれ飲み物を注文した。
フィルローネとマイトはコーヒー。
リーネは、リアラと同じオレンジジュース。
それぞれの性格が出たチョイスだった。
「私達、『銀翼の希望』っていうパーティーを組んでいる冒険者なの」
「それ、Aランクの?」
「あら、知っていたんだ? ありがとう」
「有名だからね」
なんてことを口にするリアラだけど、知ったのはつい先日である。
冒険者ギルドに行くと決めて、フレイに調べてもらったのだ。
「その銀翼の希望が、私にどんな用? 世間話、っていうわけじゃないよね、たぶん」
「ふふ、ごめんなさい。いきなり声をかけて、驚いたわよね。びっくりした?」
「ちょっと」
「実は私達、さっきの実技試験を見ていたの。それで私……」
フィルローネは大真面目な顔をして、リアラの手を取る。
「あなたに一目惚れしたわ」
「……はい?」
この台詞はさすがにリアラも予想外で、思わず素の声がこぼれてしまう。
「おいおい……フィルローネ、そりゃないだろ」
「もっと言い方があると思います。勘違いされてしまいますよ?」
「えっと……」
「ほら。アリアさん、思い切り困惑しているじゃないですか」
「あ、ごめんね? てへ」
二人にたしなめられて、フィルローネはぺろっと舌を出した。
「でも、一目惚れっていうのは本当。アリアちゃんの戦うところを見て、ビビビってきたの」
「私の戦うところ?」
「アリアちゃんが戦った試験官、Aランクの冒険者なのよ」
「それ、勝てない人が続出するのでは?」
「勝てなくてもいいの。善戦したり、奇抜な戦術を見せたり……ある程度の実力を示せば合格になるのよ。でも、アリアちゃんは倒してみせた。しかも、圧倒的な差を見せつけて」
「どうも」
「そんなアリアちゃんに、私はもう一目惚れ! だーかーらー……」
フィルローネはにっこりと笑い、再びリアラの手を取る。
「私達、銀翼の希望に参加してくれない!?」
釣れた。
リアラもまた、心の中で笑みを浮かべるのだった。




