19話 ふざけるな
「国は、民がいて成り立つものだ。故に、民のために尽くさなければいけない。そのための責務がある、義務がある。それを果たせない時点で糾弾されて当然だ」
「……」
リアラの反応はない。
黙って話を聞いていた。
もしかしたら説得できるだろうか?
リアラは魔女で、紛れもない悪だ。
しかし、説得できるのならそれに越したことはない。
刃を下すだけが全てではない。
アスラノトは己の正義に従い、彼女に言葉を届ける。
「民は力を持たない。だから、国にすがるしかないのだ。そして国は、差し伸べられてきた手を全て取らなければいけない」
「……」
「それを果たせないことは、罪なのだ。罪は裁かれなければいけない。正義の断罪を受けなければいけない」
「……」
「故に、俺達が正義となり、なにもできない帝国を断罪した。それは正しいことなのだ。おかげで、何千、何万という民が救われた」
「……」
「民のために身を捧げることこそ、指導者がするべきことだ。それができない時点で、帝国は破綻していた。滅びて当然だ。貴様も皇族の一員ならば、己の不徳を恥じて、これからの生を償いに捧げるべきではないか?」
……と。
アスラノトは、大真面目にリアラに語りかけた。
説得をした。
彼にとって、誠実に話をしたつもりだ。
厳しいことがではあるが、理想ではなくて現実を教えたつもりだ。
ただ。
責務とか義務とか。
そんなものはどうでもいい。
リアラにとって、ただ一つ、大事なものは……
「ふざけるなっ!!!」
屋敷全体を震わせるようなリアラの叫び声が響いた。
「だから、なにをしてもいいの!? なにをしても許されるっていうの!?」
「な、なに……?」
「私は、2年、牢に閉じ込められて痛いことばかりされてきた。ずっとずっとずっと……泣いてもお願いしても、なにをしてもやめてくれなかった! ママも同じような目に遭っていて……そして、最後は火炙りにされた上で、首を切り落とされた!!! そして、それを見て民は笑っていた、喜んでいた!!!」
「それは……」
「そんなものが正義? 正しいこと? 相応の報い? だったら、私は正義なんていらない。悪でいい! くそったれな正義なんていらない!!!」
リアラは、改めて黒の剣を構えた。
「この国の全てを潰す」
「『正しい』民とやらは皆殺しだ。その体を切り刻んで、血で大地を赤に染めてやる」
「正義と平和を謳う兵士も皆殺しだ。一人一人を串刺しにして、それをこの国の墓標にしてやる」
「英雄王は必ず殺す。四賢者もだ。革命に加担した貴族も……全部、全部、全部、殺す。連中の悲鳴で全てを満たしてやる」
「平和国をこの足で踏み潰して、この剣で切り刻んで、それからもう一度踏み潰して、焼いて、砕いて、磨り潰して、もう一度焼いて、血に浸して、原型がわからないほどに砕いて、ぶちまけて……なにもかも全て徹底的に潰してやる!!!」
「なにもかも、みんな嫌いだっ!!!!!!!」
「ぐっ……ぅ……」
リアラの魂の咆哮に、アスラノトは完全に飲み込まれていた。
罪のない者を巻き込む彼女は、紛れもない悪だ。
そして、家族を守ろうとする自分は正義である。
そう断じることができるのに、なぜか体が動かない。
単純に恐ろしい。
リアラの抱えている憎悪と絶望は計り知れない。
まるで底が見えない。
これほどまでの負の感情を抱えた者を見たことがない。
そして、それがリアラに圧倒的な力を与えていた。
心の力は、そのまま魔力に繋がる。
今のリアラは、魔王に匹敵するほどの魔力を得ていた。
そして、繰り返しになるが、その状況を作り出したのは、アスラノトを含む、アルカディア平和国の全てだ。
「安心して」
ふっと、リアラは落ち着きを取り戻した。
当初あった、温和な笑みを見せる。
ただ、その口から出る言葉は恐ろしいものだった。
「あなたも、あなたの家族も、まだ殺さない。私の手足として役に立ってもらわないといけないからね。途中で死んじゃうかもしれないけど、その時はごめんね?」
「き、貴様……!」
家族に害が及ぶことを思い出したアスラノトは、折れそうになる心を奮起させた。
剣を両手で握りしめて、リアラを睨みつける。
しかし、次の瞬間、リアラの姿は消えていた。
「なっ、どこに……!?」
「遅いよ」
声は背後からした。
ほぼ同時に、ズンッ、と腹部を貫く衝撃。
やや遅れて熱。
どうしようもない熱と痛みに襲われる。
いつの間にかリアラが背後に回り込み、アスラノトを黒の剣で貫いていた。
「ぐっ……こ、このようなところで俺が……」
「だから、殺さないよ。その怪我も、後で癒やしてあげる。まあ、その前に洗脳するんだけどね」
「き、貴様……!」
「あ、洗脳が解けるとか、そういうのは期待しない方がいいよ? 心じゃなくて、魂を掌握するからね。どうしようもないよ」
リアラは微笑みつつ、そっと、アスラノトの額に指先を当てた。
「ただ……あなたは私を不愉快にさせた。その罰を受けてもらうね」
「なにを、するつもりだ……!?」
「私の洗脳魔法は完璧なんだ。自我は残るけど、私を最上位に置く。そのことにまるで違和感を抱くことはない。でも……あなたは、体の自由は全部奪う。私の言うことだけを聞く人形になってもらう。だけど、意識は消さない」
「なん、だと……」
「意識は残ったままだけど、でも、なにもできない。体は動かない。全部、私のものになるからね。その目と心で、私に忠実に従うところをずっと見て感じ続けるの。どう? 面白いでしょう」
「や、やめろ……そんなことは」
これから先、アスラノトは望まぬことをやらされる。
リアラの忠実な駒となる。
しかし、体の自由はない。
意識は残るけれど、なにもすることはできない。
ただ見るだけ。
恐ろしい未来を想像して、アスラノトは震えた。
必死に逃げようとするが、いつの間にか妻達が体を押さえつけていて、それも敵わない。
「や、やめろ、お前達……! 正気に戻れ、戻るんだ!」
「うん、良い声で鳴くね。いいよ、もっと鳴いていいよ?」
「やめろ……やめろやめろやめろ、やめろぉおおおおおっ!!!!!?」
「やだ」
リアラはにっこりと笑い……
そして魔法を唱えて、アスラノトは彼女の忠実な『人形』になった。