18話 最初の一歩を
「俺から全てを奪う……だと?」
アスラノトは、リアラの言葉の意味ができず、問い返した。
圧倒的な優位に立っているためか、リアラはくすくすと笑いつつ、丁寧に応えてくれる。
「私はね、あなた達を殺してやりたいの。普通に殺すなんてつまらない。指を一本一本切り落として。あるいは水に沈めて。もしくは餓死させて……うん。そうやって、たくさん苦しめてから殺したいの。一人残らず、全員……殺す」
「……っ……」
リアラから放たれた殺気に、アスラノトは思わず震えた。
質量を持つほどの強烈な殺気だ。
常人なら失神しているだろう。
妻達が無事なのは操られているからか。
そして、十二歳の子供が放つ殺気ではない。
「でもね?」
殺気が消えて、リアラに笑顔が戻る。
「私一人で国の全部を相手にできる、なんてうぬぼれたことは思ってないんだ。それなりに強くなったと思うけど、それでも、限界はあるからね。だから、味方を増やすことにしたの」
「魔女に味方をするような者などいない! ……いや、まさか」
「気づいた? それ、たぶん正解だよ」
リアラはニヤリと笑う。
とても楽しそうに、楽しそうに。
笑う。
「まずは、あなたの家、全部、もらうね?」
「貴様っ……!!!」
アスラノトは、ようやくリアラの目的を理解した。
彼女は、アスラノトのような力を持つ貴族の家に潜入して……
そして、家の者を操り、己の手駒とする。
そうして戦力を増やすことがリアラの考えていることなのだ。
最初からそれが目的だったのだろう。
娘達を助けたというが、それも自作自演だったのかもしれない。
「大丈夫。あなたのところが最初だから、今は、他に駒がいないからね。壊れないように、なるべく大事に扱うよ。あ、でも、壊れたらごめんね?」
アスラノトは己の行動を振り返り、後悔した。
娘達の恩人だからと警戒を怠りすぎた。
素性をもっと詳しく調べるべきだった。
違和感を覚えていた時点で、徹底的に疑問を追求するべきだった。
しかし。
それらの過ちは、まだ取り返すことができる。
「ぬっううう……むぅんっ!」
「え?」
アスラノトは妻達を強引に振り払う。
そして腰に下げていた剣を抜いて、リアラに突撃。
鋭い一撃を浴びせようとした。
「危ないなあ、もう」
リアラは軽くステップを踏んで、くるっと回転。
曲芸師のような軽やかさを見せつつ、アスラノトの一撃を避けた。
「無茶をするね。奥さん達、今ので怪我をしたよ?」
「貴様にいいように使われるよりは、まだマシだ。魔女め……この俺が、今ここで、討伐してみせようではないか!」
「ふぅん」
リアラは冷たく微笑み、
「なら、やろうか」
詠唱。
「我は願う。血を喰らいたい、魂が欲しい。そのために必要なものは、無慈悲な断罪の刃。故に顕現せよ……魂喰ラウ刃<ソウルイーター>」
黒の剣を右手に顕現させた。
「魔女よっ、闇に還れ!!!」
アスラノトは大きく踏み込み、上段に振り上げた剣を叩きつけた。
彼は貴族ではあるが、剣技の心得がある。
その気になれば鉄を両断することも可能だ。
それだけの強烈な一撃ではあるが……
「軽いね」
あっさりと受け止められてしまう。
そのまま競り合う形になる。
アスラノトは全身の力を込めて押し切ろうとするが、押しきれない。
それどころかリアラに押し負けてしまう。
リアラが黒の剣を薙ぎ払い、アスラノトは大きく吹き飛ばされてしまう。
床を転がり、壁に激突することでようやく止まった。
アスラノトは苦悶の表情を浮かべて、うめき声をあげるものの……
そんな彼の姿を見て、妻達はなにも反応せず、ただ見つめるだけだった。
人形そのものだ。
その姿に胸が痛み、どうしようもない悲しみと怒りを覚える。
「……なぜだ」
「うん?」
「なぜ、このような非道ができるっ!?」
アスラノトは自然と叫んでいた。
リアラという邪悪で理不尽を押し固めたような存在に、心からの問いかけを発していた。
「妻や娘達はなにも関係ないはずだ! 彼女達はなにも罪を抱えていない! それなのに、なぜ、このような非道な真似ができる!?」
「……ママは、その罪のない人達に殺されたんだ」
リアラの雰囲気が一転した。
「こ、これは……!?」
燃え盛るような激しい怒り。
煉獄で荒れ狂うかのような果てのない憎悪。
闇に堕ちた絶望。
それらを凝縮した負の感情を受けて、アスラノトは思わず動きを止めてしまう。
「みんな、ママとパパのことを悪く言うの。民のことを考えていない、自分本位の暴君……って。でも、そんなことはない。ママもパパも、みんながんばっていた。どうにかして災厄を乗り越えようと、本当にがんばっていたのに。
でも、民は、今すぐ助けてほしいとわめくばかり。どうして助けてくれないと、勝手に怒るの。俺達を見捨てるつもりか、って泣くの。そうやって大きな声をあげるだけで、自分達ではなにもしようとしない。協力もしてくれない。
他人を頼り、すがり、泣きついて……それだけ。なにひとつ、自分で成し遂げようとしない。自分勝手だよね。勝手すぎるよね。そのくせ、文句だけは一人前。悲劇のヒーロー、ヒロインぶるのも一人前。涙を誘う努力だけは欠かさない」
その一言一言にリアラの憎悪と絶望が込められていた。
「身勝手だよね? そんなことでママは殺されたんだ……あんなにも酷く。許せない、許せない、許せない……だから、私は殺すの。みんな、みんな、みんな……みんな殺す」
「なんという……」
なんていう憎悪だろうか。
底の見えない憎しみに、アスラノトは圧倒されてしまう。
それでも。
貴族として、人の上に立つ者として。
なによりも家族を守るために、ここで折れるわけにはいかない。
「……貴様の行いは悪であり、そして、帝国もまた悪である」