15話 宴
「ほう」
フレイによって身だしなみを整えられたアリアは、見違えるような変化を見せていた。
くすみ、ボサボサになっていた灰色の髪は、宝石のような銀の輝きを取り戻していた。
毛の一本一本がサラサラで、ふわりと揺れている。
白い肌を飾るのは赤のドレス。
フリルがあしらわれた可愛らしいドレスで、アリアよりもさらに下の子供向けに用意されたものだ。
しかし、不思議とアリアによく似合う。
幼いだけではなくて気品が生まれているのは、胸にあしらわれた薔薇のおかげかもしれない。
「えっと……どうでしょうか?」
アリアは恥ずかしそうに頬を染めつつ、アスラノトを見る。
アスラノトは、アリアのことを街から街を流れる冒険者と聞いていた。
このような格好をするのは初めてで、不安と恥ずかしさがあるのだろう。
初々しく、愛らしい。
アスラノトは幼い娘を見ているような気持ちになり、自然と笑顔になった。
「ああ、とても綺麗だ。こう言っては失礼なのかもしれないが、見違えた」
「本当ですか? ありがとうございます」
照れに頬を染めつつ、アリアは、そっとはにかむ。
「では、こちらへ」
アスラノトは、家族が待つ食卓にアリアを案内した。
「アリア様、ようこそいらっしゃいました!」
「ありがとう! 来てくれて嬉しいわ」
アリアの姿を見つけると、娘達はにっこりと笑い、駆けていく。
そして、長年の友人のように接して、話に花を咲かせる。
「はて?」
アスラノトはその光景を微笑ましく思いつつ、しかし、疑問も覚えた。
末の娘は、やや人見知りがちだ。
命の恩人が相手だとしても、あそこまで心を許すなんて珍しい。
「……まあ、仲が良いことは良きことか」
これを機に、娘に新しい友達ができるかもしれない。
そう考えて、アスラノトも笑顔になった。
「お前達。アリア殿と色々と話をしたいのはわかるが、それでは、いつまで経っても食事ができないだろう? 客人をいつまで空腹にさせておくつもりだ?」
「そ、そうですわね……やだ、私ったら。子供みたいにはしゃいでしまいましたわ」
「ふふ。そうね、まずは食事ね。私が作ったわけじゃないけど、でも、どこに出しても恥ずかしくない、とても美味しい料理だから期待してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
アリアは微笑み、娘達と一緒に席についた。
楽しい食事の始まりだ。
アスラノトが乾杯の音頭を取り、それぞれが酒やドリンクで喉を潤して。
それからは美味しい食事に舌鼓を打ちつつ、歓談に花を咲かせていく。
娘達はずっとアリアに話しかけていた。
彼女の冒険譚に心を踊らせて、ハラハラして、時に涙する。
そんな風に娘達が話をしているところを、アスラノトは穏やかな笑みで見守っていた。
娘達は貴族という立場故に、気軽に友達を作ることはできない。
立場の違いという問題はあるが、それだけではない。
アスラノトは、2年前の革命に協力をした貴族だ。
英雄王の右腕とまではいかないものの、それなりに活躍をして、支えとなった。
圧政から民を解放したということで民からの人気は高い。
しかし、同じ貴族からは疎まれている。
彼らにとって、主を裏切る貴族は貴族でない。
畜生以下の存在なのだ。
故に、敵視されて、嫌がらせを受けることもある。
また、帝国の残党は完全に排除できていない。
害意を持つ者が娘達に近づかないとも限らないため、甘い行動は厳禁だ。
ただ……
アリアは問題ないだろう。
彼女は冒険者であって貴族ではない。
愚かな貴族に従うような者とも思えず、汚い政争とは関係ないはずだ。
また、帝国に加担する背教者であるとも思えない。
本人の性格的にも、貴族だからといって、元帝国の関係者だからといって、嫌がらせをするようには見えない。
だからこそ、アリアなら良い友達になれるかもしれない。
現に、娘達はこんなにも楽しそうにしているではないか。
「アリア殿」
娘達が楽しく話をしているところ、邪魔をするのを申しわけないと思いながらも、アスラノトは口を開いた。
とても良い雰囲気で食事が進んでいる。
今のうちに話しておいた方がいいだろうと、そう判断したのだ。
「アリア殿は、これからどうするのかな?」
「えっと、そうですね……特に決めていません。せっかくここまできたのだから、いくらか街を観光しようとは思っていますが」
「ふむ。それならば、一つ、依頼を請けてくれないだろうか? 冒険者のキミに、ぜひ、お願いしたい依頼がある」
「なんですか?」
「仕事の都合で、私は1週間ほど家を空けなければいけないのだが……その間、娘達と一緒にいてくれないだろうか? 家に閉じこもるのではなくて、街を観光するのも構わない。街の外に出るのは遠慮してほしいが」
「えっと……どうして、そんなことを?」
「……娘達も事情を理解しているからストレートに言うが、俺は敵が多い」
「なるほど、護衛ですか」
アスラノトの最後の一言で、アリアは全てを察したようだ。
頭の回転の速い子だ、とアスラノトは感心した。
アスラノトは革命に協力して、その後も、領主であるドルガを支える忠臣だ。
民からの人気は高いが、同じ貴族からは疎まれている。
革命の際、帝国側の貴族全てが粛清されたわけではない。
そのようなことをすれば混乱は必須だ。
半数は粛清されたものの、残りは生き延びることができた。
ただ、平和国に心からの忠誠を捧げた者は少ない。
生きるために従っているものの、仕方なく、というだけで、心の中で不満を育てている貴族は多い。
故に、アスラノトは、彼らにとっての敵なのだ。
機会があればその地位から蹴り落とそうとする。
それはアスラノトも承知だ。
油断することなく、『敵』が暴挙に出れば、それを機会に逆に追放することができる。
そのようなことはせず、最初から、反乱分子になりそうな存在は粛清してもいいとアスラノトは考えているが……
しかし、領主であるドルガはそれをよしとしない。
刃を振り続けていては、それは帝国と変わらない……と。
「娘達が襲われた件も、俺を敵視する貴族が動いていた可能性が高い。あるいは、忌々しい、恥ずべき帝国の残党か」
「それは……」
アリアは娘達を見た。
彼女達の前でそんな話をしても大丈夫なのだろうか? と、心配している様子だ。
「言っただろう、娘達も事情を理解している」
「ええ。私達は子供ではありませんからね」
「貴族としての責務を果たすために、綺麗なことだけじゃなくて、汚いことも勉強していかないと」
「それは……立派ですね」
「ふふ、ありがとう」
一瞬、アリアの表情が歪んだ。
しかし、アスラノトを始め、誰もそのことに気づいていない。
「そのようなわけで、娘達のことを守ってほしいのだが、どうだろうか?」
「……わかりました。これもなにかの縁。その依頼、請けさせていただきますね」
「おおっ、そうか。ありがたい! これから、よろしく頼む」
アリアはにっこりと微笑み、アスラノトと握手を交わすのだった。