14話 アスラノト・ゴールドウィン
かつて偉業を成し遂げた友は、貴族社会は腐っている、と吐き捨てた。
同じ貴族であるアスラノト・ゴールドウィンは、なるほど、たしかに腐っている、と納得した。
立場を盾に暴挙を働いて。
それを悪と思うことなく、当然の権利と主張して。
貴族の義務を忘れて、弱者を虐げて、搾取する。
かつての帝国は、そのような貴族であふれていた。
「そのような愚か者を反面教師として、俺は、今の今まで民のために尽くしてきたが……ふむ。情けは人のためならず……その言葉が体現されたというべきか?」
二人の娘が盗賊にさらわれたと聞いた時、アスラノトは気絶してしまいそうになった。
まともにものを食べることができず、不安と恐怖で吐き気を催してしまう。
このような時間が続けば狂ってしまうかもしれない。
……そんな時、旅人により娘達が救出されたという知らせを受けた。
アスラノトは歓喜して、神に感謝して……
そして、今この時代、正義は確かに存在していることを実感した。
そして、数日後。
アスラノトは、娘達の命の恩人を屋敷に招いた。
「はじめまして。アリア・レッドフラワーといいます」
「……」
「どうかしましたか?」
「あ、いや……すまない。まさか、これほどに幼い少女だとは思っていなかったのでな」
アリアと名乗る少女は、十二歳前後に見えた。
体は細く、背も低い。
穏やかな雰囲気をまとっていて、とてもじゃないけれど凶悪な盗賊達の目をかいくぐり、娘達を救出した者とは思えなかった。
「……いかんな」
アスラノトは、自然とアリアに偏見の目を向けていたことに気がついて、反省した。
そのようなこと、反面教師にしている貴族と同じ行為ではないか。
アリアが詐欺師というのなら話は別ではあるが、娘達の証言により、彼女が恩人であることは間違いないことが判明している。
外見に惑わされることなく、素直に、そして心からの感謝を示すべきだ。
アスラノトは頭を下げつつ、言う。
「失礼した。キミが思っていたよりも幼かったため、ついつい疑念を抱いてしまった。恥ずべき行為だ。どうか許してほしい」
「あ、いえ。そんな……どうか気にしないでください。私も、自分の年齢についてはその通りだな、って思っているので。大丈夫ですよ」
「温かい言葉、感謝する」
アスラノトは頭を上げて、
「?」
微笑むアリアを見て、ふと、違和感を覚えた。
微笑むアリアは絵画のように綺麗で、そして、天使のように愛らしい。
ただ……なぜだろう?
妙な悪寒を覚えた。
詐欺師と話しているかのような……いや、そんな生易しいものではない。
飢えた猛獣を目の前にして、武器をなにも持たず、己の身を差し出しているような。
得体のしれない恐怖。
根源的な危機感。
これはいったい……?
「あの……どうかしましたか?」
「あ……いや。なんでもない」
気がつけば妙な感覚は消えていた。
思い返してみれば、震えていたのは一瞬だったと思う。
気のせいだろう。
そう判断したアスラノトは、再び笑顔に戻る。
「アリア殿は、これからの予定は決まっているだろうか? もしも時間があるのなら、我が家でできる、精一杯の歓待をしたいのだが」
「とても嬉しいことなんですけど、その……このような格好なので」
アリアが苦笑した。
ぼろぼろのマント。
長い旅をしてきたからなのか、衣服は汚れに汚れている。
灰の髪もぼさぼさだ。
「その辺りは任せてほしい。全て、こちらで用意、準備させてもらう」
「でも、そこまで甘えるなんて……」
「どうか気にしないでくれ。キミは、娘達の命の恩人なのだ。そんな恩人になにもせずに帰したとなれば、ゴールドウィン家の名折れ。俺のために、どうか、歓待を受けてはくれないだろうか?」
うまい話だ。
アリアのためではなくて、あくまでもアスラノトの誇りを守るため。
そう言われれば、逆に断る方が失礼というもの。
それを理解したらしく、アリアは静かに頷いた。
「はい、わかりました。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね」
「助かるよ」
二人は微笑み、握手を交わす。
「?」
アスラノトは、再び妙な違和感を覚えた。
ただ、今回も深く考えることなく、流す。
……流してしまう。
「では、まずは身支度を整えさせてもらおうか。フレイ」
「はい」
アスラノトが呼ぶと、部屋の端で待機していたメイドがやってきた。
彼女の名前はフレイ。
まだ二十代ではあるものの、能力を買われ、屋敷のメイドを束ねるメイド長を任命されている。
「彼女の世話をしてほしい。アリア殿は、娘達の恩人だ。わかってはいると思うが、決して粗相のないように」
「かしこまりました。では、アリア様、こちらへどうぞ」
「はい。ゴールドウィン様、では、また後で」
「ああ、また後で」
――――――――――
「わぁ」
アリアが案内されたのは広い浴室だった。
すでに湯が炊かれていて、白い湯気がたちこめている。
普通、民は風呂を持たない。
公衆浴場を使うのが一般的で、自前の風呂を持つ者となると限られてくる。
だから、アリアは目をキラキラさせていた。
「あなたは……」
一方、フレイは表情には出さないものの、動揺していた。
服を脱いだアリアの体は……ボロボロだった。
あちらこちらに傷跡がある。
冒険でできたものなのか?
どれも酷いもので、思わず顔をしかめてしまいそうになった。
しかし、相手はお嬢様方の恩人。
フレイは表情を変えることなく、アリアに寄り添う。
「アリア様、私が体を洗わせていただきますが、よろしいですか?」
「はい、いいですよ」
「その前に」と間を挟んで、アリアが言葉を続ける。
「やることをやらないと、ですね」
「やること……ですか? それはいったい……」
「私の人形になってちょうだい♪」
「え?」
アリアは笑う。
「従え。従え。従え。汝の全てが欲しい。故に、汝の全てを捧げろ。その身、その魂、この手に掴み取る。我のものとなれ……心魂掌握<メンタルプリズン>」