1話 聖女リアラ
新しいジャンルに挑戦してみました。
そこそこダークな感じになっています。
男の子は、馬車に撥ねられたことで瀕死の状態に陥っていた。
骨が折れて、砕けて、内蔵を傷つけている。
血を吐いていることがその証拠だ。
かろうじて息はあるものの、それも長くは保たないだろう。
母親が涙混じりに必死に呼びかけているものの、だんだん反応が薄くなっている。
その肉体は活動を停止して、魂は天に帰る。
誰もがそう思った時、奇跡は起きた。
「あなたに幸せを。あなたに笑顔を。あなたに安らぎを。神よ、私は願います。この者の心に花を咲かせることを。そのための光をここに……神聖光<ブレス>」
天より降り注ぐ温かな光が男の子を包み込む。
時間が過去へ戻っているかのように、男の子の傷が消えていく。
荒い呼吸も落ち着きを取り戻して、表情も穏やかなものに変わる。
「うん、これでもう大丈夫です」
奇跡を起こしたのは、リアラ・マリーローズ・レジスト
腰まで伸びている髪は、光を束ねたかのような金色。
温かな陽光を浴びて宝石のように輝いている。
ルビーのように赤い瞳は慈愛に満ちあふれていた。
陶器のような白い肌に、異性同性問わず人の目を惹きつけて離さない可憐な容姿。
「あぁ、聖女様! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「すげえ、あんな怪我を治してしまうなんて……でも、かなりの魔力を使うよな?」
「そうだけど、でも、聖女様は迷うことなんてないわ。いつも、私達のために力を使ってくれているの」
「本当にありがたいことですじゃ……聖女様は、地上に降りた神様ですじゃ」
「私は大したことはしていません。自分できることを……当たり前のことをしているだけですよ」
「さすが聖女様だ!」
「聖女様! 聖女様! 聖女様!」
「聖女様とマリーローズ帝国に栄光あれ!!!」
彼女は、聖女と呼ばれている存在だ。
それは神の愛し子に選ばれた証で、強大な魔力を持つ。
リアラの魔法は常人がいくら努力しても覆せないほどの力を秘めていた。
しかし、彼女はそれを自分のために使うことはしない。
誰かのために。
困っている人のため。
ひたすらに、どこまでも献身的に尽くしてきて……
そして、マリーローズ帝国の希望の光……聖女と呼ばれるようになった
――――――――――
「ここまでで大丈夫ですよ」
リアラは、そう護衛の騎士に言う。
彼女は聖女であると同時に、帝国の第三王女の立場も持っている。
基本的に、どこにいくにしても護衛が必須となる。
ただ、家に帰れば話は別だ。
リアラとその母のために建てられた邸宅の前で騎士と別れて、家に戻る。
「おかえりなさい、リアラ」
「ママ! ただいま!」
子供でありながらも、リアラは聖女として常に凛とした表情を保ち続けていた。
でも、それは、あくまでも聖女としての仮面だ。
家に帰り、それを脱ぎ捨てたリアラは年相応の子供らしい笑顔を浮かべて、出迎えてくれた母親に抱きついた。
「おつかれさま、リアラ。今日も聖女として、たくさんがんばったのでしょう? 疲れていない?」
「ううん、大丈夫だよ。私ががんばることで、みんなが笑顔になるんだもん。それなら、ちょっと疲れるくらいなんてことないよ」
「あら。やっぱり疲れているんじゃない」
「あぅ」
しまった、という顔になるリアラ。
そんな娘を愛しそうに見つつ、彼女の母であるマリアは優しくリアラの頭を撫でた。
「ごめんなさい……」
「謝らないで。私は、リアラがとてもがんばっていることを嬉しく思うし、誇りに思うわ。でも、あまり無理はしないでね?」
「うん。大丈夫、無理はしていないよ」
「ならよかった。じゃあ、今日もがんばってきたリアラのために、今日の夕飯は好きなものを作ってあげる。なにがいい?」
「ほんと!? じゃあ、ハンバーグ食べたい!」
「あら。そんなものでいいの?」
「うん! ママのハンバーグ、大好き!」
「ふふ。じゃあ、ハンバーグを作りましょうか。ちょっと待っていてね?」
「あ、でも、せっかくだから私も一緒に作りたいな」
「リアラも?」
「ママのお手伝いをしたいの。ダメ?」
「うーん……包丁を使わないこと。あと、火に近づかないこと。約束できる?」
「できる!」
「それと、ママの言うことは必ず聞くこと。これも約束できる?」
「うん!」
「なら、いいわ。一緒に作りましょう。実は、ママも一人で寂しいと思っていたの」
「えへへ。なら、大丈夫だね。私が一緒にいてあげるよ」
「ありがとう、リアラ。今日は特別にプリンも作りましょうか」
「わーい、プリン!」
「そんなに嬉しいの?」
「ママのプリン、大好きだもん!」
「あら。ちょっとプリンに嫉妬しちゃうわ」
「大丈夫。ママの方が、もっともっと、もーーーーーっと大好きだから♪」
「ふふ。ありがとう、リアラ。ママも、リアラのことが大好きよ」
「えへへー」
家に帰れば、リアラは聖女でも皇女でもなくて、ただの一人の娘になっていた。
温かい時間が流れていて。
優しい笑顔があふれていて。
確かな幸せがそこにあった。
――――――――――
「すぅ……すぅ……すぅ……」
ベッドに横になり、リアラは穏やかな寝息を立てていた。
そんな娘の手を握り、優しい眼差しを送るのはマリアだ。
「私の可愛いリアラ……そして、強いリアラ。あなたがとても優しくて強いことは、母として誇らしいのだけど……でも、心配ね」
魔法は想いの力だ。
優しさ、慈しみ、勇気、正義。
あるいは、憎しみ、絶望、悲しみ。
その者が抱えている想いの強さに比例して、魔法の威力も高くなる。
リアラは神の愛し子と呼ばれているが、彼女の力の源は別のところにある。
ただ、ひたすらに優しいのだ。
どんな人にも手を差し伸べて、なにがあろうと助けようとして。
理不尽な目に遭ったとしても、周囲を恨むことなく、前に進もうとする。
その優しさが彼女の力となり、聖女と呼ばれるほどに成長した。
「あなたは女性で、第三皇女。私は妾なので帝位継承権はとても低いけれど、でも、ゼロじゃない。もう少し成長したら、もしかしたら、大人の醜い争いに巻き込まれるかもしれない……」
その時を想像して、マリアは悲痛な表情を浮かべた。
もちろん、これは想像でしかない。
あらゆる可能性の未来の一つでしかない。
必ず起きるわけではない。
だとしても、安全と言いきることはできない。
杞憂であってほしいが、絶対にないと言いきることはできない。
だからこそ、マリアは思う。
「大丈夫よ。なにか起きたとしても、私が必ずあなたを守るから」
マリアは微笑み、眠るリアラの頬にキスをした。
大事な娘。
世界で一番の宝物。
「絶対に守らなければ……」
マリアは母としての改めて決意を固めて……
しかし。
その決意は簡単に崩されることになる。
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