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【短編】白銀勇者ヴアラの無自覚英雄譚〜村の少年、勇者として覚醒し村を救うため戦います〜


 目の前に炎が広がっている。俺が育った村、故郷だ。


故郷が燃えている。燃えているんだ。


なのにどうして。どうして。俺にはなにも出来ない。


出来なかった。帰ってきたら、もうそこに火の海が広がっていたんだ。

 

 自然と共存し心優しい人で溢れていた。

 

 俺は涙をこぼす。

 

 なんでこんなことに。

 

 俺は勇者として、旅に出た。

 

 国王に言われるがまま、魔王を倒した。

 

 だが、帰還した俺を待っていたのは絶望だった。

 

 幼なじみと、過ごした思い出の店も、村長の家も、じいさんの家も、何もかも燃やされていた。

 

 そして俺の腕の中で、将来を約束した彼女は眠っている。

 

 もう、目を覚ますことは無い。

 

 あの笑顔を見ることがもう出来ない。

 

 「ああ、あああああっ!!!」

 

 俺は燃え盛る村の中で泣き叫ぶことしかできなかった。

 

 許さない。

 

 今度は。

 

 絶対に間違えない。

 

 今度こそは。

 

 

 

 ーーーーーーー。

 

 「うわああああああっ!!!」

 

 オレは勢いよくベッドから体を起こす。

 

 寝汗でシーツがびしょ濡れだ。

 

 「はぁはぁ……ひっでえ夢……」

 

 息を整えながら、夢の景色を思い起こす。

 

 俺の住んでる村『タトス』によく似ていた。

 

 そのせいか夢の中の勇者を名乗る男に自分を重ねて、同じように絶望したような気になる。

 

 「勇者……ねえ」

 

 俺の住む街は先々代の白銀勇者が育った村として栄えている。

 

 白銀の髪に赤い瞳。剣技、武術、魔法、あらゆる力を行使する英雄。

 

 その力で人類を滅ぼそうと暴走していた魔族と魔王を討伐した。

 

 だが、個人的には何が勇者だと思う。

 

 確かに英雄なんだと思う。勇者自体はすごいんだと思う。

 

 それでも、昔の英雄譚を聞かされても何もピンと来ない。

 

 村の人はそんな古臭い勇者に縋って、新しいことを何もしようとしないつまらない村。

 

 この村にはいい所が沢山あるのに。

 

 ーーーーーー。

 

 落ち着きを取り戻し、お気に入りの服に着替える。

 

 そのあと、二階から一階へと向かった。

 

 「おはよう〜。ヴアラ。パンとサラダ作っておいたよ〜。それから、ガートリーちゃんがさっき来てたわよ〜一緒に山菜取りに行く約束してたって……なんだか怒ってたかも〜」

 

 「あ、やべ。忘れてた!わりい、行ってくるわ!」

 

 一階に降りるとエプロン姿の母親がゆったりと話しかけてくる。

 

 俺と同じ黒髪赤眼だが、俺とは違っておっとりとした印象を感じさせる。

 

 うんうんと、頷きながら聞いていた俺だったが、約束を思い出し急いでその場を後にする。

 

 「あら、ご飯は?」

 

 「後で!ガートリー怒るとこええんだよ!知ってんだろ!」

 

 「あらあら、ミルクぐらい飲んでいきなさいな〜。うちの特産よ。先々代の勇者様もこれを飲んで……」

 

 「いい!そういうのいいから!……いってきまーす!」

 

 「気をつけるのよ〜森の動物さんも最近活発だし、夜になると炎の魔物が出るって……行ってしまったわ……まあ、あの二人なら大丈夫かしら。」

 

 ーーーーーー。

 

 「先に行ったんかな」

 

 俺は走りながら森へと足を急がせる。

 

 お気に入りの服を着ておいて良かった。

 

 森に入るなら、上下は丈が長い方がいい。

 

 青い長ズボンにカーキー色の半袖シャツ、中に白の長袖インナー。

 

 虫や植物で怪我することもない。薄手で暑さ対策もバッチリだ。

 

 色も面倒な虫が寄ってこないように選んでいる。森の虫は危険だからな。

 

 肩には死んだ父さんが身につけていた剣を背負い、ぴょんぴょんと森の中を飛びながら進む。

 

 小さい頃から遊んでる森だ。

 

 見つけるのにそう時間はかからないだろう。

 

 ーーーーー。

 

 木々に登り高い位置から、ガートリーを探す。

 

 森の中心には、池や花畑がある。

 

 その近くには薬草が豊富にあって度々冒険者なんかも来ている。

 

 だから視界のあちらこちらに人が見える。

 

 今日取りに行くのは、山菜。

 

 大抵開けているところを探していけばいい。

 

 つまり日が当たる場所。道なりに辿っていくはずだ。

 

 そのつもりで先程から探しているのだが、なかなか見つからない。

 

 「きゃああああっ!」

 

 「っ!?この声っ!!!」

 

 刹那。悲鳴がこだまする。

 オレはその声のする方向へと足を急がせた。

 

 ーーーーーー。

 

 辿り着いた場所は森の奥地で、薄暗い場所。

 

 尻もちをついている少女が真っ先に視界に入る。

 

 大きな黒い帽子に、黒の大きめのローブ。中には茶のサスペンダー。右手には分厚い本。濃い青髪はおさげに結んでいる。

 

 間違いなくガートリーだ。

 

 そして、ガートリーを威嚇するようにオオカミが対峙している。

 

 「ギャルルルル!!!!」

 

 今にもガートリーに襲いかかろうとしている局面だ。

 

 「ちっ!」

 

 俺は舌打ちをすると、高い木の上から剣を振り下ろしながら、地面目掛けて着地する。

 

 「てぃやぁああああっ!!!」

 

 落下による衝撃と突き立てた刃によりオオカミは一瞬怯み下がる。

 

 俺は威嚇するように何度か剣を奮ってみせるが、それ以上オオカミは下がらない。

 

 「大丈夫かっ!ガートリー!!」

 

 「もぅ!遅すぎ!!!まだいるから気をつけて!!!」

 

 ガートリーが泣きそうな声で忠告してくれる。

 

 すると対峙しているオオカミの後ろから、2匹のオオカミが現れる。

 

 「分かってる!!!」

 

 オレはふたたび剣を構え、目の前のオオカミ3匹に注意を向ける。

 

 「ギャルルル!!!」

 

 オオカミは歯を食いしばりながら血走った目で俺を睨む。

 

 「なんでこんなブチ切れてんだよ!」

 

 いつもなら軽く威嚇すると去っていく。

 

 俺たちはオオカミの縄張りには入らないし、不用意に攻撃しないと知っているからだ。

 

 「わかんない!大人の人がオオカミを手当り次第襲ってて!!」

 

 「はあっ!?……なんだよ、それ!クソバカじゃねえか!」

 

 「わかんない!わかんないの!鎧きた怖い人たちが魔法使ってオオカミを殺し回ってるの!」

 

 「ちっ!森のルールも知らねえのかよ!王都の連中はよ!!」

 

 俺は尻もちをついているガートリーの手を取り、オオカミの方向へと走る。

 

 そしてそのまま追い越す。

 

 「逃げるぞ!悪いのはその大人だ!こいつらも分かるはずだ!!!」

 

 「ええっ!?でも向かってくるよ!」

 

 「大丈夫だ!その鎧のヤツらのところまで案内してくれ!!」

 

 「ええっ!?で、でも……も、もうッ!!!このまま真っ直ぐ!!」

 

 一瞬困惑した様子を見せるが、仕方ないと観念する。怒ったように道案内をしてくれる。

 

 だが、刹那。オオカミが俺たちに追いつき飛び跳ねて襲いかかってくる。

 

 上空に飛び上がるオオカミ。俺は視界にオオカミの腹部を捉える。

 

 「ちっ!仕方ねえか!!すまん!!!」

 

 俺は剣を鞘から抜き頭上に掲げ、飛び跳ねたオオカミの腹部を切り裂く。

 

 「ちっ!!!」

 

 その光景を見た他のオオカミが一瞬怯む。

 

 その隙を狙い剣を鞘にしまい、そのままオオカミの頭部を殴打する。

 

 右の一匹を気絶させる。勢いに任せて回転、左の2匹目にも喰らわせる。

 

 しかし、的がずれたようで体の部分に鞘が当たる。

 

 幸か不幸か、2匹目はそのまま吹っ飛び、木に体をうちつけ頭から血を流す。

 

 どちらとも致命傷だが、息はあるようでホッとする。

 

 咄嗟に殴打してしまったが、殺したいわけじゃない。

 

 等しく森にすまう命なのだから。

 

 だが、1匹目は殺してしまった。後味の悪さが全身を覆う。

 

 「すまねえ、殺す気はなかったんだ。」

 

  俺は腹部を切り裂いたオオカミに手を合わせると、ガートリーの手を取りそのまま進む。

 

 「この先だよな」

 「うん。」

 

 目的地までもうすぐ。そう思い進む。

 

 だが。

 

 「サラマンダーフレイム!!!」

 

 オレの頬を掠め、火球がオオカミ目掛けて飛んでいく。

 

 「なっ!?」

 

 言うまでもなく、オオカミは燃えて跡形もなく消えていく。

 

 残ったのは黒焦げたオオカミであったものだけだ。

 

 「いやあ、凄いね。君。オオカミは腹の肉が薄い。それを知っていたのかな?それに加えて、鞘を使って気絶させるとは。荒っぽいけど、凄い力だよ。」

 

 拍手をしながら薄暗い森から一人の鎧を着た男が現れる。

 

 カシャカシャと金属音を鳴らしながら、微笑み饒舌に語ってみせる。

 

 「こいつか?……ガートリー。」

 

 「うん。……この人。同じ鎧着てる」

 

 「っ!!!!!」

 

 ガートリーの言葉を聞くと俺は鎧を着た男の首に剣を向ける。

 

 大人の、しかも鎧を着た兵士。

 

 明らかに王都の兵士だ。いつもの俺なら、もう少し冷静だろう。

 

 だが、そんなことを抜きに体が動いていた。

 

 こんな行為許されるわけが無い。

 

 「っ!?はやいっ!!!……え、えーっと?助けたつもりなんだけどなあ」

 

 「……なんで魔法を撃った?」

 

 怒りのままについ剣を向けてしまったが、いざ言葉を口にすると、緊張で震えているのが分かる。

 

 大人の人に意見するのがとても怖い。

 

 それでもこの行為は、見過ごせない。

 

 オレは怒りとほんの少しの勇気で自らの信念を貫いてみせる。

 

 臆してなどいられない。

 

 「あのままだと起きて襲われていたよ?」

 

 「あんたがオオカミを刺激したんだろ」

 

 「刺激?人聞き悪いなあ。……討伐と言って欲しいね。この森の下級クエスト、それも薬草採取に出た冒険者が何名も死んでいるんだよ。オオカミのせいでね。」

 

 「ルールを守られねえからだ」

 

 俺は男を睨み続ける。炎の魔法は森では火災を招く。

 

 ただでさえも危険だ。

 

 それにどう考えてもやりすぎだ。何もしていないオオカミを手当り次第襲うなんて。

 

 冒険者の事案は俺も知っている。

 

 何も知らないなりたて冒険者が森の奥まで入り込み、オオカミに襲われた、とか。

 

 野宿で食べるものに困りオオカミを襲ったとか。

 

 オオカミの縄張りに入り込んで、食料を採取したとか。

 

 おおよそ、冒険者側に非がある。

 

 村総出でこの件には対応している。

 

 何度もギルドの方にも連絡はしている。

 

 村の方で冒険者を一度歓迎し、注意喚起と許可をしてから、薬草を採取するように呼びかけている。

 

 だからこそ、こいつら兵士は勝手すぎる。

 

 被害が出ているからと管理している村には一切話を通さず、オオカミの討伐。そんな横暴あってたまるか。

 

 村に話を通しているなら俺が知らないはずはない。

 

 それに攻撃魔法は基本、対魔用だ。動物相手に使用していいものじゃない。

 

 それも自衛のみとされている。

 

 魔物の中にも高い知識を持っているものも存在する。

 

 魔族なんて言う存在は、ほとんど人間と同じように文明を築いているとも言う。

 

 だからこそ争いが起き、長期化したことでルールが生まれたのだ。

 

 魔族魔物だからといって、殺していいわけじゃない。

 

 それならば、一生この戦いは終わらないからだ。

 

 種や思想が違うことでぶつかっただけで、同じ命なのだから。

 

 

 

 百歩譲ってオオカミを討伐するなんて言う馬鹿げた横暴が許されてたとしても、森で炎魔法の使用は認められないはずだ。

 

 森だって生きているんだ。

 

 俺は自然や命を大事しないやつは大嫌いなんだ。

 

 そのまま睨み続け男を威嚇し続ける。

 

 俺は俺の信念で、こいつの行動は見過ごせない。

 

 刹那。

 

 「サラマンダーフレイム!!」

 「っ!?」

 

 気がつくと俺の全身は炎に包まれていた。

 

 「あっあああああああっ!!!」

 

 熱いなんて次元じゃない。

 

 燃えている。焦げている。

 

 全身の肉が溶かされていくような感覚に陥る。

 

 「ヘイド隊長!!!ご無事ですか!?」

 「ああ。レード君か。助かったよ。」

 

 ヘイドと呼ばれた男の後ろから、兵士がぞろぞろと現れる。

 

 そのうちの一人、レードがヘイドに駆け寄る。

 

 恐らくは彼が俺に向けて魔法を撃ったのだろう。

 

 おおよそ10人はいる。オオカミ討伐とは思えない人数にさすがに戦う気が失せる。

 

  大人って汚ねえよ。

 

 「くっそ…どんだけ……いんだよ…」

 

 頭に血が上ってガートリーの話を忘れていた。

 

 鎧をきた『大人たち』という話だった。

 

 「ヴアラ!!!……アンチ・サラマンダーフレイム!!!!」

 

 焦るようにガートリーが心の中で詠唱し、魔法名を叫ぶことで完成させる。

 

 俺の全身から炎が消えていく。


 俺はそのまま倒れる。

 

 「へえ?これは驚いた。魔法を使えるのか。それも高度なアンチマジックを」

 

 「あなたたち!最低ね!森で魔法をバコバコと!!それに人相手に攻撃魔法は禁じられているでしょ!」

 

 倒れている俺に対して駆け寄るガートリー。怒りながら兵士を睨む。

 

 「はあ。仕方ないな。子供相手だから説明してやろうか?俺たちはエックスナイツ。王直属の兵士なのさ。犯罪者に対する魔法は禁じられていないってわけさ。……もちろん、剣で殺すことも!!!」

 

 ヘイドの隣、レードと呼ばれた男は説明を終えると俺の目の前に剣を突き立てる。

 

 「ま、殺しはしない。貴様が悪いんだぞ?隊長に剣を向けるから。これに懲りたら兵士には逆らわないことだ。」

 

 男たちはクスクスと俺たちに笑ってみせると、その場を後にした。

 

 ーーーーーー。

 

 体が熱い。

 

 熱が抜けない。

 

 何よりも負けたことが悔しい。

 

 あんな理不尽を許していいのか。村や森を愛する俺としては看過できない。

 

 これが国による政治だと言うならなおのこと。

 

 エックスナイツ……。

 

 「ごめん、私が巻き込んだ……すぐ回復させるから……」

 

 俺は体を動かせずに夕暮れの空を見上げている。

 

 先程の悔しさが抜けずぼんやりと思考だけが進んでいく。

 

 すると、責任を感じたのかガートリーが涙を零しながら謝ってみせる。

 

 別にガートリーが悪い訳では無い。

 

 大人なら我慢して上手く対応するような場面を、俺はガキだから。

 

 こんなザマで、好きな女泣かせてるんだから、余計に格好がつかない。

 

 本のページを何枚も捲り、回復の呪文を探しているようだ。

 

 ガートリーは優秀な魔法使いだが、たまにしか魔法を成功させない。

 

 何でも心の中で唱える詠唱が覚えらないらしい。

 

 だから戦闘では俺が前で戦って、ガートリーは状況に合わせて魔法を本から探さないといけない。

 

 さっきもよく咄嗟に唱えられたものだ。失敗していたら俺は死んでいたかもしれない。

 

 「っ!これだっ!……生命の源……清き精霊よ……正しき心を持つものに救いの光を!!……セイントニンフ!!!」

 

 詠唱を終えると、ガートリーから青白い光が解き放たれる。

 

 その光は水のように澄んでいて、見つめているだけで、包み込まれるように心地よい。

 

 気がつくと身体の火傷が嘘のように消えていき、体がすっと楽になる。

 

 回復魔法はどんなに瀕死の状態でも、1時間以内であれば回復することが出来る。

 

 ただ、病気や呪い寿命、すでに死んでしまったものは回避できない。それでも即死では無い限り助かることが出来る。

 

 「ありがとう……。さっきもガートリー居なきゃ死んでた」

 

 「ばかあっ!!」

 

 ガートリーは瞳いっぱいに涙を流すと、力無く俺を叩く。

 

 相当心配かけたようだ。

 

 ーーーーーー。

 

 その後ガートリーは落ち着いたのか、鼻を真っ赤にしてすすりながら切り出す。

 

 「歩ける?もう日が暮れちゃう」

 「少しぐらい暗くてもいいだろう?山菜まだじゃんか」

 

 「ばか!夜行性の動物も出てくるかもだし。最近この辺で炎の魔物出るのよ?」

 

 「炎の……魔物?」

 

 「あっきれた!近隣の村の人けっこう避難してきたじゃん!村ごと燃やされたって人もいるのよ!」

 

 「うわ、そりゃひでえな。刺激しないで帰った方が良さそうだ。」

 

 「うん。そうしよ。」

 

 ーーーーーーー。

 

 傷は回復したとはいえ、先程の疲れもある。

 

 それにこれ以上ガートリーに心配かけさせる訳にはいかない。

 

 オレは素直に従って二人で村に帰ることにした。

 

 「手……繋ご。怖い。」

 

 頬を赤らめながら、ガートリーは俺に対して手をそっと差し出す。

 

 俺は照れながらもそっと握り返す。

 

 「まあ……元はと言えば、俺が寝坊したせいだしな……さっきも繋いだし。」

 

 照れくさくて、何の話をしていいか分からない。

 

 大変な目にあったけど、ガートリーを守れてよかった。

 

 「また一緒にお出かけしようねっ」

 

 明るく微笑んでくれるガートリー。

 

 その笑顔に心を救われる。

 

 「ああ、今度は普通に、な!」

 「そうね!ふふ!」

 

 ーーーーーーー。

 

 『今度は守るんだ』

 

 ーーーーーーー。

 

 村に戻ると俺とガートリーの表情は曇った。

 

 先程の兵士がにこやかな顔で母さんや隣の家のじいさん、村長と会話してるじゃないか。

 

 俺は拳を強く握り込むが、ガートリーがすかさず俺の手を強く握った。

 

 「落ち着いて……ね?」

 「……ああ。そうだな。」

 

 その言葉にハッとして我を取り戻す。

 

 先程のこともある。

 

 冷静に対応した方がいいだろう。

 

 「母さん、ただいま。この人たちは?」

 「あら〜。おかえり〜。ガートリーちゃんと仲直りしたのね〜。」

 

 母さんは頬を染めながら、俺とガートリーの繋いだ手を見やる。

 

 「あわわわわ!いい、いいから!教えて!」

 

 俺とガートリーは慌てて手を離すと話を進めさせる。

 

 「いやなに。オオカミ討伐の件の報告さ。それに最近この辺で魔物が出るそうじゃないか。だから我々が滞在して、守ってやろうと提案していたまでさ。」

 

 先ほどオオカミを焼き払った男。確か、ヘイドとか言った気がする。

 

 そいつがご丁寧に説明してくれる。

 

 「オオカミの件って……村長!受け入れたのか!?」

 

 「最近特に活発だったからねえ。王様の命令じゃあ仕方あるまい。ワシらもできることはしたんだ。すまないのう。」

 

 「クックック。」

 

 村長のおじいさんが悲しそうに説明してくれる。だが、そのあと嘲笑うかのように俺を見て笑うヘイド。

 

 「てめえっ!!!村長!こいつらはオオカミ相手に魔法を使ってた!それに!炎魔法だぞ!!!森の中で!!!」

 

 俺はついに我慢できず、怒りを顕にしてしまう。

 

 「なんじゃと!?」

 

 刹那。

 

 オレは気がついた時には地面に顔を埋めている。

 

 「少年……。勇気と無謀は履き違えてはいけないよ?」

 

 男は俺の頭を足で踏み、地面に押し付ける。

 

 「いいですか?我らはエックスナイツ。王直属の兵士です。なにか、問題ありますか?」

 

 「いや、その!!」

 

 村長は兵士の振りかざす権力にタジタジだ。

 

 ガートリーも怒りを顕にしているが、グッと怒りをこらえている。

 

 刹那。

 

 バチン!という大きな音が村に響く。

 

 俺は地面に顔を埋めていて反応が遅れたが、どうやら兵士を母さんがビンタしたようだった。

 

 あっけに取られた兵士は、そのまま数歩下がり俺の頭から足をはなす。

 

 「あら〜、ごめんなさい。虫がとまっていたものでして。……それで〜なんのお話でしたか?」

 

 母さんはとぼけた様子で微笑むと、首を傾げる。

 

 「貴様あっ!!!!」

 

 男は怒号を上げると、腰から剣を抜き母さんに切りかかる。

 

 「母さんっ!?」

 

 俺は急いで体を起き上がらせる。

 

 だが、間に合わない。

 

 刹那。

 

 母さんと兵士の間に隣の家のじいさんが割って入る。

 

 どうやら兵士の剣を自分の剣で防いだらしい。

 

 「おい、若造。ちと、やりすぎでは無いか?お帰り頂こうか。」

 

 「なっにぃっ!?」

 

 じいさんは兵士の剣を軽く弾くと持ち手を回転させて、兵士の顔面を殴る。

 

 「ぶほぉっ!?」

 

 男は悲痛の声を漏らすとそのまま倒れる。周りの数名の兵士も驚いているようだ。

 

 「護衛なんざ、要らねえのよ。さ、帰った帰った。」

 

 じいさんは低い声で言い放つと、兵士たちは、観念したのか帰っていく。

 

 「くっそおっ!!!魔物が出ても知らないからなあっ!!!」

 

 殴れた兵士ヘイドは周りの兵士に引きづられながら、帰っていく。

 

 その後ろ姿にひとまず安心するが、ふと違和感が走った。

 

 なんだ。この違和感は。

 

 さっきよりも人数が少ないような気がする。

 

 それにさっき俺に魔法を放ったレードとかって言うやつも見当たらない。

 

 ーーーーーーーー。

 

 その疑問の答えを探していると、頭に強烈な痛みが走る。

 

 「いってえっ!!!!」

 

 母さんが俺に対してゲンコツをしたようだ。

 

 「もう少し大人になりなさい。危なかったじゃない!」

 

 珍しく早口でまくし立てる母さんに背筋がピンとなる。

 

 「はい!ごめんなさい!」

 

 ひとまず危機は去ったのか、みんな俺と母さんのやり取りを見て笑ってみせる。

 ーーーーーー。

 

 「でも良かったのかよ。護衛してもらわなくていいのか?」

 

 「あんな兵士周りにいる方が眠れんわい。王都の兵士なんざ信用ならん。」

 

 じいさんは俺の頭をガシガシと撫でながら笑ってくれる。

 

 まさかこのじいさんがこんなにも頼もしいと思える日が来るなんて。

 

 元々昔は王都でパラディンという高位の騎士をしていたらしい。

 

 どうりで強いわけだ。たまに剣でぶっ飛ばされたことがあったが、勝てた記憶が無い。

 

 「ごめんねえ、そんな悪いことしてる人達だとは思ってなくて。」

 

 村長が困り眉で謝罪してくる。

 

 実際こんな小さな村に権力振りかざされたらどうしようもないのは事実だ。

 

 ギルドとの繋がり、商品のやり取り。

 

 生きていくためには王都との繋がりは必須だ。

 

 「まあでも!坊主の勇気で目が覚めたよな!村長!」

 

 「そうじゃな。いい加減、なにか考えねばな。ケンカ売ちゃったし」

 

 「贅沢を望まなければ、自給自足行けますよ〜農業も酪農もやってるんですから〜」

 

 「大自然の森もあるしね!」

 

 「なんか、わり。ほんと。俺のせいで」

 

 「がははははっ!気にすんな!若いのはあんぐらい勢いある方がいいんだよ!」

 

 みんな俺の方を見て微笑んでんくれる。

 

 「ヴアラいつも言ってたじゃない。この村はいい所が沢山あるって」

 

 「……ああ、そうだな。」

 

 ひとまずはその言葉に甘えることにした。

 

 ーーーーーー。

 

 でも必ず何とかしてみせると胸に誓って。

 

 口だけじゃないと証明するために。

 

 俺は強い想いを胸に眠りについた。

 

 ーーーーーーー。

 

 俺は窓を開けて夜風を心地よく浴びながら眠りについていた。

 

 だが途端に外が騒がくしなり、なんだか熱いような気がして目が覚める。

 

 「なんだろ……寝付けない。」

 

 目を開く。

 

 刹那。

 

 一瞬で異変に気がつく。

 

 異臭がする。

 

 燃えている。部屋の一部から煙が出ている。

 

 俺は急いで一階に降りる。

 

 すると母さんが床に倒れているのが目に入った。

 

 「母さん!!!」

 

 刹那。視界を覆うように煙が舞い上がる。

 

 「クッソ!!!母さん!!!しっかりしてくれ!!!」

 

 もうこれは確定だ。

 

 火事だ。火事が起きているんだ。

 


 俺は体を低くして母さんを引きずりながら、何とか家から脱出する。

 

 家から脱出するととんでもない光景が目の前に拡がっていた。

 

 燃え盛る森、それに村全体の家屋がどんどん炎に包まれている。

 

 「……なんだよ、これ。何が起きて……」

 

 「にげ……にけて。」

 

 母さんは少しだけ口を開けると微かな声でそう呟く。

 

 「まっまさか!?魔物だって言うのか!?」

 

 「魔法……炎の魔法……」

 

 「ちっ!ひとまず、休んでろ!助けられる人を俺は探す!!!」

 

 オレはすかさず隣の家を見やる。

 

 家は完全に燃え盛っていて、助けられる可能性は絶望的だ。

 

 「くっそおっ!!!!」

 

 俺は走り出す。

 

 せめて。せめて、せめて。

 

 せめて、ガートリーだけでも。

 

 その一心で家を目指す。

 

 どこを見ても炎の海。

 

 涙を流しながらそれでも俺は、ガートリーを探す。

 

 「一緒に出かけるって……言ったじゃん!!!!」

 

 ーーーーーー。

 

 やっとの思いでガートリーの家にたどり着くが炎は燃え盛るばかりだ。

 

 止める手立ては俺にはない。

 

 「くそおっ!!!!」

 

 刹那。

 

 「探しているのはこの子かな?」

 

 「……え?」

 

 嫌な声に顔を上げると血まみれで、火傷を負っているガートリーが視界に入る。

 

 部屋着だろうか薄手の服も焦げて綺麗なストレートの青髪も所々焦げてしまっている

 

 綺麗な白い肌も焼け爛れてしまっている。

 

 「ガートリー!!!!」

 

 たが、同時に抱き抱えている男の右手には火球が何個も浮いていた。

 

 「……まさか…」

 

 「さすがに分かっちゃうか。この火事も最近起きている魔物騒ぎもぜーんぶ俺らエックスナイツの仕業ってわけさ。」

 

 「……なん……で」

 

 理解ができなかった。

 

 いくらなんでも目の前で起きていることの意味がわからない。

 

 エックスナイツに不信感は抱いていた。だが、こんなことをする意味がわからない。

 

 「生き残った褒美に教えてやるよ」

 

 男はいやらしく笑うと、ボロボロのガートリーを俺の前に転がす。

 

 「ガートリー!!!ガートリー!!!」

 

 オレは夢中で声をかける。

 

 「…っ」

 

 どうやら息はあるみたいで安心する。

 

 「国王は……勇者の出現を恐ていらっしゃる。」

 

 「……勇者…?」

 

 男は微笑みながら俺の周りを回りながら話続ける。

 

 「そう。我が王は何世代も前の勇者の血を引いた王……。世界を救った勇者は王族でもないのに王族となった。そういう歴史があるんだよ。」

 

 「それが!!!この村や森を燃やす理由になるって言うのかよ!!!」

 

 「まあ聞けよ」

 

 オレが声を荒らげると、男は俺の頭を蹴り飛ばす。

 

 そのまま俺は地面を転がりガートリーから距離ができる。

 

 「つまり、今回勇者が生まれるといまの自分の王位が危ないと思っていらっしゃる。……それは先代の王も危惧されたことでね。世界を救った勇者を殺したそうだ。……現王はそれを行おうとしている。」

 

 「意味……わかんねえ!この村に勇者なんて居ねえ!!!」

 

 「それはどうかわからんだろう?魔王はもう誕生している。機密情報だが……まあいいだろう。勇者と魔王はほぼ同じ時期に生まれ、生と死を共有しているという……先々代の勇者が長生きをし、平和にこの村で死んで行ったのは魔王を封印したから。だが、先代の勇者は魔王を殺した。それによって、簡単に人間に殺された。……と解釈できる。」

 

 先々代の勇者は俺たちの村の英雄。この村で生まれ、この村で死んで行った。

 

 だが、先代の勇者は世界を救ったあと、故郷にたどり着き炎の中死んだという。

 

 王国の兵士が先代の勇者の村に着いた頃には手を遅れだったと聞いたことがある。

 

 男はニヤつきながら、ガートリーを雑に持ち上げる。

 

 「やめろっ!!!ガートリーにさわるなぁああああっ!!!」

 

 俺はおぼつかない足で立ち上がるが、急いで出てきて剣も持っていない。

 

 魔法も武術も何も俺には出来ない。

 

 この火事で気持ちがぐちゃぐちゃで、ぜんぜん力が出ない。

 

 呆気なく俺の拳はかわされて、腹部に蹴りを入れられる。

 

 「ぶっ!?」

 

 「つまりだな。簡単な話勇者を殺せば、魔王は死ぬってことだ。政権も脅かされない。面倒な魔王も消せる。なら、殺した方がいいだろう?……だが、勇者ってのはどこで生まれて現れるかわからないんだよ。ならどうするか?……簡単だ。片っ端から村を燃やしていけばいい。……勇者は必ず村で生まれる。多くの世界を見るために、自然と対話するために……とかなんとかだ。だが、外の国で生まれる可能性もあった。だからめんどうな噂流して魔物の振りだよ。」

 

 「なんて…ふざけた政治だ……それを聞いて安心したよ……王都なんて関係切って良かった……」

 

 「言ってろよ。クソガキ。」

 

 男はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、剣を抜きなんの躊躇いもなくガートリーに突き刺す。

 

 「……え?」

 

 「悪く思うなよ。勇者の可能性があるものは直接殺すように言われてんだ。この村だとお前とこの娘だな。」

 

 ガートリーの腹部から見たこともない血液が流れる。

 

 「まあ、あと女、子供、男は当然だが、殺すように言われてる。今後、営みの中で生まれてくる可能性だってあるしな。」

 

 「………あ、ああ。」

 

 男がなにか饒舌に語っているが、俺には一切耳に入ってこない。

 

 目の前でガートリーが血を流している。

 

 俺は一歩、二歩と下がりそのまま尻もちを着いて座り込む。

 

 もう無理だ。

 

 村も焼かれて大好きな森も焼かれて、大切な人を次々と。

 

 俺には力なんてなくて。

 

 守れなくて。

 

 「貴様が勇気と無謀を履き違えなければ、こうはなっていなかったかもなあ!!!!」

 

 勇気と無謀……?

 

 オレが貫いてきた勇気は無謀だったかのか?

 

 間違えていたのか?

 

 こんな理不尽が当たり前だって言うのか?

 

 こんなクソみたいな現実を受け入れて俺はただ死んでいくのか?

 

 ガートリーはまだ助かるかもしれない。村にだって、生きている人がいるかもしれない。

 

 でもいま諦めたらそこで終わる。

 

 オレの無謀さがこの結果を招いたのか?

 

 また俺の勇気は間違いなのか?

 

 踏み出そうとしているこの勇気は間違いなのか?

 

 貫こうとしている、叫ぼうとしている理不尽は間違っているのか?

 

 俺が間違えたのか?

 

 違う。

 

 違う違う違う。

 

 大切なモノを守れないような理不尽があるなら、俺は死んだ方がマシだ。

 

 この勇気が無謀だとしても、俺は俺の信念を貫いてみせる。

 

 

 ーーーーーーー。

 

 

 「この勇気は間違っていない!!!」

 

 刹那。自分でも驚くほど体が軽く素早く動けた。

 

 まだ間に合う。諦めるな。

 

 俺に出来ることをするんだ。

 

 守るだ。オレがこの村を。

 

 こんな理不尽、認めない。

 

 気がついたら、目の前にヘイドの顔があって思いっきりぶん殴る。

 

 「ぐがっ!?」

 

 ヘイドに持ち上げられていたガートリーを取り返す。

 

 すぐに少し離れた場所に移動し、横にさせる。

 

 「アンチ・サラマンダーフレイム。セイントニンフ。」

 

 なぜたかすんなりと使いたい魔法が浮かぶ。詠唱を心の中で唱え、魔法を完結させる。

 

 するとオレの肉体から青と赤の球体が生まれ、ガートリーを包み込む。

 

 「ふぅ……」

 

 傷は簡単に癒え、心地よさそうな表情を浮かべている。

 

 

 早くみんなを助けないと。

 

 できることを。やるんだ。

 

 俺はそれだけを考えて行動する。

 

 「な、なんだ……何が起きてやがる……!!!……っ!?き、貴様ッ!?髪の色が……白く!?勇者だとでも言うのか!!!」

 

 自分でも何が起きているか分からない。

 

 それでも、こんな奴に構っている暇はない。

 

 吹っ飛ばしたはずのヘイドが炎の中から困惑した表情で出でくる。

 

 「手こずらせるガキが!!!……サラマンダーフレイム!!!」

 

 男は小声で詠唱を終えると俺に向けて火球を放ってくる。

 

 オレはそのまま火球を右手でキャッチし、握りつぶす。

 

 「ばっ!?馬鹿なッ!?まだだ!!!サラマンダーフレイム、サラマンダーフレイム、サラマンダーフレイム!!!!!」

 

 男は懲りずに三発連続で火球を放ってくる。

 

 「っ!!!!」

 

 オレはそのまま火球に向けて、拳を放つ。

 

 拳圧で軌道を変えた火球は押されるように後退するとそのまま消える。

 

 「……かき、消した……?ば、ばかなっ!!!ならば、いいだろう!!!我が奥義で二人もろとも消してくれるっ!!!!……サラマンダー・デスフレイム・エクスプロード!!!」

 

 先程よりも濃度の高い魔力が、俺目掛けて放出される。

 

 俺に近づくにつれ内部爆発を引き起こしどんどんその大きさを増していく。

 

 オレは右手の人差し指を前に出し、詠唱を開始する。

 

 そして一点に意識を集中させて解き放つ。

 

 「……サラマンダーフレイム。」

 

 解き放たれた小さな魔法はヘイドの巨大な魔法と衝突すると、赤い炎から青い炎へと変化し中心で爆発する。

 

 そのままヘイドの魔法は辺り一面に粉々に飛び散る。

 

 勢いを殺すことなく俺の魔法は簡単にヘイドに直撃する。

 

 「ばかなああああああっ!!!!」

 

 地面に体を打ちつけるが、まだ立ち上がろうとするヘイド。

 

 「お、俺は……十年前!!魔族に……魔王に家族を殺されたんだ!!!!だから魔王を殺すためならなんだって……やってやるんだよ!!!!勇気なんて甘っちょろいもんじゃねえ!!!これは憎悪だ!!!」

 

 「だからって関係ない人を殺していいなんて、そんなのおかしいよ。俺は世界がおかしいと……踏み出したこの勇気は間違っていないと思ってる」

 

 「なら世界のためにしねぇぇぇぇぇ!!!勇者あああああっ!!!」

 

 ヘイドはボロボロの状態で立ち上がりオレに拳を向ける。

 

 もう鎧は砕け散りほとんど生身だ。

 

 「正しさだけでは届かない。……強い力、それをくれる勇気がないと!!!」

 

 オレは全力のの右ストレートをヘイドに叩き込む。

 

  遅れて魔力が暴走したように解き放たれ、ヘイドはその場に力なく倒れる。

 

 殺してはいない。こいつと同じにはならない。

 

 自分の信念のために。

 

 踏み出した、この勇気が間違いでは無いと証明するために。

 

 「アンチ・サラマンダーフレイム!!!」

 

 俺は村、森に向けて力いっぱいの魔法を解き放つ。

 

 もう遅いかもしれない。それでも救えるものがあると信じて。

 

 ーーーーーー。

 

 「くっ……こいつがまさか、白銀の勇者だったとはあの時殺しておけば良かった!……にわかには信じられんが、炎魔法を打ち消し、大規模な回復魔法展開……村人も森も最小限の被害に抑え込むとは……だが、これで魔王も!」

 

 村と森を守るために力を使い切ったヴアラに剣をつき立てようとする副隊長レード。

 

 彼らはヴアラと出会った際には同行し村に顔出した時には森に潜んてんいたのだ。

 

 勇者がもし存在していた時のために。

 

 元々は建前上、ヘイドは村を守る振りをする予定で、森をレードが燃やし、徐々に村を焼いていくつもりだった。

 

 だが、村の人にコケにされたヘイドは怒りのまま、先に村を焼き始めたのだ。

 

 魔物の振りをする算段も崩れてしまったが、全員殺してしまえばどうとでもなる。

 

 それに先に勇者が力尽きてくれたおかげで、こうして殺せるわけだ。

 

 「これで終わりだ!!!!勇者あああっ!!!」

 

 刹那。剣を振り下ろすがまるで、チカラが働かない。

 

 時が止まったようにまるで、力が働かない。

 

 「少し、やりすぎたな。……人間」

 

 「お前は……っ!!!!」

 

 不意に声を聞き振り返る。憎き魔王の強大な魔力。忘れるはずもなかった。

 

 だが振り返ると、そこには幼い少女の姿しかない。

 

 「また肉体を操っているのか!!!!」

 

 「たまたま勇者の近くに転がっていたからな。お前の故郷を滅ぼした時と同じだよ。」

 

 「貴様あああああっ!!!」

 

 兵士は激昂し、魔王に切りかかる。

 

 少女の肉体を借りているだけなのに躊躇いなく剣を抜いていた。

 

 「我は貴様と同じことをしただけなのだがな。大切な家族を人間に焼かれた。だからやり返した。だが貴様はどうだったのかな。……勇者の故郷を、それも関係の無い人を殺す。おおよそ故郷を滅ぼされた人のやることでは無い。」

 

 「魔王さえ居なければ!魔王のせいなんだ!!!!」

 

 「あの時は子供だから生かしておいたものを。」

 

 刹那、レードはその姿を捉えることすら出来ずに絶命する。

 

 少女が掌から放つ魔力の黒い塊。それはいとも容易く兵士の姿を跡形もなく消す。

 

 「今回も勇者はやはり甘いな。こういう輩は殺さなければならない。お前の代わりにエックスナイツを殺しておいてやろう。これで村は安心だな。」

 

 理不尽を嫌い勇気を持って信念を貫く勇者。

 

 極端な思考により世界を憎む魔王。

 

 何世代にも渡る二人の因縁が再び始まろうとしていた。

 

 「だが、今回は人の闇を見た勇者だ。仲良くできるといいがな。」

 

 少女の肉体を借り、不敵に笑う魔王。

 

 なんの躊躇いもなくエックスナイツを殺していった。

 

 ーーーーーーー。

 

 「ヴアラ!ヴアラ!!」

 

 降りしきる雨。身体が凍えて寒い。

 

 「……良かった……!生きてた!!」

 

 瞳に涙を浮かべる少女が視界に入る。

 

 まったく。

 それはこちらのセリフだ。

 

 良かった。

 

 ガートリーは救えたようだ。

 

 「……みんな……は?」

 

 「無事……では無いけど。…一命を取り留めてる。……ヴアラのおかげ!!!」

 

 泣きながら、ガートリーは俺を抱きしめてくれる。

 

 心地の良い温もり。

 

 「……良かった。」

 

 朦朧とする意識の中で、喜びを噛み締める。

 

 がむしゃらに村と森を救うことしか考えていなかった。

 

 何がどうして、どうなったかまるで分からない。

 

 それでもいいじゃないか。

 

 世界が間違っていると、貫いてきた俺の信念。

 

 踏み出した勇気は間違っていなかったようだ。

 

 次第に天気は晴れていく。

 

 新しい明日を紡ぐように。

 

 ボロボロな村人と愛する人の笑顔がそこにはあって。

 

 勇者とか世界とか、分からないけど。

 

 どうやら、俺はこの村と大好きな森を救えたらしい。

 

 それでいいじゃないか。

 

 自分を信じて踏み出した勇気が正しかったというのだから。

 

 ここに変えがたい大切な景色があるのだから。

 

 

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