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アイドルだから

作者: 物部K

 スポットライトが私を照らす。ここは私だけの舞台。

 私が私らしく、もっとも私を表現できる場所だ。

 目の前には期待に満ちたファンたちがサイリウムを構えて待っている。


『お前の力を見せつけてやろうぜ? お前の元グループにさ』


(そうだね、お兄ちゃん)


『アンタはあの程度のグループに収まる器じゃないのよ』


(ありがとう、お姉ちゃん)


 マイクを握りながら、兄と姉の言葉を思い出す。

 この震えは決して怯えじゃない。

 私を奮い立たせようとするよく通るが聞こえる。


「マイちゃん、がんばれー!」


 ファンの声に応えるように、俯いていた顔を上げる。

 同時に曲が流れ始める。

 見せてやるんだ、本当の私を! 届け、私のファンたちに!

 息を吸い込む、マイクを構えて腹から声を出す。


「わああああああああああああ!」


 私の魂の叫びでファンの気持ちを掴む。

 そこから始まる力強いドラム。

 バカにしてきた奴らを見返すように、力強い声で歌う。


「~♪」


 私はここにいる、私を見て。以前の私じゃない、私を見て!

 あの事件で短くなってしまったけど、私の髪が汗に濡れる。

 私の歌がもっと遠くまで届くように腕を振る。

 力強く足を一歩前に踏み込む。


 私は私を歌で表現する。ここを私だけの舞台だと言うように。

 ファンたちの声が聞こえる。光るサイリウムが私を勇気づける。

 間奏に入る。私は一度逸る心を落ち着かせるように、視線を下げてリズムをとる。


 そのとき、視界に入ったのだ。

 一人のファンが泣きながらサイリウムを振っているのを。

 なにかを叫んでいる。ほかの音にも負けない声で、私のもとにそれは届く。


「負けないで!」


 私はその言葉に含まれる気持ちを理解する。

 きっとあのグループにいたころから、見てくれたファンだと悟る。


 なら、もっと私を魅せてあげないとね!


 私はファンに向けて手を振る。

 もちろん個人にというわけにはいかない。

 でも、一瞬だけ彼と目が合った気がした。

 彼のようなファンに恵まれた私は幸せ者だ。


 兄や姉、ファンに向けて恩返しをするんだ。

 だから、届いてほしい。彼らに私の歌声が!

 間奏が終わる。しっかりリズムは足で取っている。

 再び私は歌い始める。




 その日のライブは大成功と言っていいほどの成果をあげた。

 翌日にはニュースに取り上げられた。

 そのニュースを見ながら、私はモソモソと朝食をとる。

 兄や姉も一緒にニュースを見ながら朝食をとる。両親はいない。


「マイの頑張りが認められたようだな。さぞ、あのグループは悔しいだろうな」


「そうね。彼女たちへの仕返しにはなったんじゃない?」

「うん、私もそう思うよ。お兄ちゃん、お姉ちゃん」


「これが一過性のものと思われないように次の曲作らないとなー」

「ありがとう、お兄ちゃん」


「任せろ。あの曲はアイドルというものを表現したから、ウケもかなりいい」

「そうだね。私らしさを表現できたこの曲、私も好きだもの」


「あっ、そういえば! マイ、次の仕事来たけど、少し難しいかもしれないわよ」

「ん? どんな仕事なの、お姉ちゃん?」


「次の仕事はね……」



 私はその仕事内容を聞いて、頭を抱えるほど悩ませた。





「さあ、人気コーナー『シンデレラは私!』が始まりました! 今回はどんなシンデレラが現れますかねえ? 楽しみですね、菅原さん」


「そうですね、この企画は本当にガチですからねえ。一般公募のアイドルのファンたちを『大変身させる』という名目で、ウケさえよければ、そのままファンをアイドルにってこともありますからね」


「菅原さんはこの企画出身ですもんね? いちファンである彼ら彼女たちには期待してますか?」


「原石はどんな形で転がってるかはわからないので、期待は俺よりも協賛企業の方々の方がデカいんじゃないですかね?」


「ですね! 今回は大手の企業さんが期待してますからね。それでは、今回そんなファンたちのプロデューサーとなるアイドルたちを紹介しますね!」



 私は司会の言葉をスタジオの裏で聞きながら、この仕事を受けるんじゃなかったと後悔する。

 忌々しそうに私を睨む彼女たち。


 元グループと一緒の仕事だなんて聞いてないよ、お姉ちゃん。


 司会が彼女たちを紹介し始める。

 それと同時に彼女たちはスタジオに移動する。

 私とすれ違う時に小声で彼女たちが囁く。


「調子に乗るなよ、小森」

「コネだけで活躍した卑怯者」

「格の違いを教えてやるよ」


 その恨みのこもった声が私を委縮させる。

 彼女たちは切り替えるように、笑顔でスタジオに向かう。

 司会の声がやけに遠くに聞こえる。


「三人になってしまったが、人気は衰えない彼女たち! アレイラの登場です!」


『よろしくお願いしまーす!』


「挨拶ですらハモる仲の良さを見せつけますねー? さあ、彼女たちに対抗するのは、彼女たちと袂を分かったマイさんです!」


 司会の言葉にドキリとしたけれど、今の私は前の私じゃないと深呼吸してから、スタジオに入る。


「よろしくお願いします!」


「いいですね~! 以前と違った元気のよさが見られます。では、さっそく進めていこうと思います。彼女たちにプロデュースしてもらえるファンたちの登場だ!」


 スタジオから待機室にカメラが切り替わる。

 私たちのファンという存在が、不安と期待が混ざった様子で画面に映る。

 この中から互いに一人選んで、三か月後にシンデレラに仕立て上げる。


 単純にモデルとして、ファンを変身させることもできるっちゃできる。

 だけど、私たちはアイドルだ。アイドルらしさも出さないといけない。

 三か月の間、変身過程も撮影される。

 彼らの中から光る原石を見つけるこの仕事。難易度が高い。


 今まで行われたこの企画に出たアイドルたちは成功すれば、シンデレラと共に大躍進する。

 だが、失敗すれば、この世界から消えてしまうんじゃないかというほどの悪評がずっとついてまわる。


 そして、私の相手は彼女たちだ。

 負けた方は本当にこの世界から消えるだろう。

 いくら私が復帰したと言っても、まだ駆け出しなのは変わらない。

 失敗すれば、簡単に評価はひっくり返る。


 彼女たちは彼女たちで、失敗するわけにはいかない仕事だ。

 お互いに人生を賭けた戦いだ。

 カメラが一度止まって、シンデレラを選ぶ時間が取られる。


 私たちが待機室に移動して、ファンの喜ぶ声が聞こえる。

 ファンを一人一人吟味する私たち。

 私もこの中から一人を選ばないといけないので真剣だ。


 相手の彼女たちはサクラなんじゃないかって思わせるような顔のいい男性を選んだようだ。

 パッと見は、ダサい眼鏡をかけているけど、私にはわかる。

 あれはたぶん用意されたモデルだろう。


 今回のこの企画はやらせなんだと思う。


 この番組のプロデューサーが、私がいたグループの事務所と懇意にしているのだ。

 結託して、私を表舞台から消そうとしているのだろう。

 その証拠に、先に彼女たちが選んでいるのだから。

 私は残り物から選ぶってことになる。


 いいだろう、やってやる。こんなやらせに負けてたまるか。


 私は彼女たちのあとにファンたちを一人一人確認する。

 あまり時間が取れないので、会話は最小限だ。

 私とお話したいだろうが、こっちは人生がかかっているのだ。

 それとなく会話を打ち切って、原石を探す。


 あれ? この人って?


 原石を探してる中で、一番見た目が地味な人がいた。

 見覚えがある。前のライブで最前線で涙を流して応援してくれた人だ。

 こんな企画にも来てくれたんだ。

 私は少し嬉しくなって話しかける。


「あなたは前のライブにいましたよね?」


「え? は、はい。お、覚えてくれたんですか?」

「うん、あなたの声はよく聞こえたよ。泣いてたもんね」


「あ、あれは! ぼ、僕、嬉しくて! マイさんがやっと評価されて……」

「うん、ありがとう。君の思いは届いてたよ」


「あ、ありがとうございます!」

「お礼をいうのは私の方なのに、変なの。ふふっ。じゃあ、次の人に行くね」


「は、はい!」


 私はすぐに話を打ち切ったが、彼を第一候補に入れた。

 あの声なら勝てる気がする。顔も近くで見たが、悪いとは思わない。

 長い前髪さえ切って整えれば、光り輝けると思う。

 自信を持てるように背筋を伸ばしてもらう必要はあるけどね。


 ほかのファンたちを見て回ったが、彼ほどの原石はいなかった。

 私は先ほどの彼をシンデレラにすると番組スタッフに伝える。

 そのスタッフは彼を見て、嘲笑するような視線を私たちに見せた。

 そのままスタッフは、報告するために運営に戻っていった。


 彼が不安そうにするが、私は大丈夫だと一言だけ伝えて背中を軽く叩く。

 私の笑顔を見て、彼もなにかを決心したようだ。




 そして、再びカメラがまわる。私たちが選んだファンをスタジオに登場させる。

 自己紹介をするように司会が、彼らに話を振る。

 相手のファンはハッキリと受け答えするけれど、私が選んだ彼はどもってしまう。


 スタジオが落胆をするような空気になるが、一般人と用意されたモデルではこの程度は当たり前だろう。

 彼を笑うこの現場を三か月後に驚かせてやると、私は心に誓った。

 特に、彼女たちのバカにするような視線だけは許せなかった。


 ファンをバカにするなんて、アイドルが絶対にやっちゃいけない行為だ。

 そのまま番組は終わる。

 スタッフがカメラを持って、このあとの三か月ずっとついてまわる。

 このスタッフ、やる気が見えない。どこかでやる気を出させる必要があるな。


 私はカメラを持つスタッフも含めて、この企画に挑む必要があるようだ。

 控室に戻る私たち、簡単に自己紹介を再度しようと思い、声をかける。


「もう知っているだろうけど、簡単に自己紹介するね? 私は小森マイ、アレイラの元メンバーだよ」


「ぼ、僕は藤原シノブです。シノブって呼んでください」

「わかったわ、シノブ。じゃあ、カメラマンのあなたも自己紹介よろしく」


「え? 俺もですか?」

「当たり前よ。これから三か月、嫌でもいっしょにいるんだからね」


「はあ。俺は工藤アキラっす。俺の自己紹介、本当に必要ですか?」

「必要よ。あなたがシンデレラとなる彼を撮るのよ? 協力してもらわないと、私も困るわ。格好良く撮ってあげてね」


「無茶ぶりにもほどがあるっすよ、それ……」

「一か月後にはあなたもやる気になっているはずよ? そして、三か月後には彼を撮ったのは自分だって言わせてあげるわ」


「そっすか、期待はしないでおきますよ」


 カメラマンのアキラのやる気はまだ出ていないが、必ずやる気を出させてみせる。

 この企画での彼は編集もやらないといけないのだ。

 億劫だろうとも、私たちを視聴者に魅力的に映してもらわなければならないのだ。


 私はシノブに向き合う。

 たぶん彼は私の事件のことも薄っすらと知っているだろう。

 カメラが回っているので、あまり深くは話せないが確認しておこう。


「シノブは私のことをどれくらい知っているの?」


「アレイラの追加メンバーとして、入った頃から知っています」

「そう。じゃあ、元々は彼女たちのファンだったのね?」


「はい……。でも、今はマイさんのファンです! あのグループの中で一番輝いていましたから!」


「ありがとう、嬉しいわ。でも、事件のことも知っているんでしょ?」

「それは……。はい、僕はメンバーを抜けた事件の噂も知っています」


「そっか。でも、まだ私のファンだってことは、噂は信じていないのね?」

「当たり前です! 僕が応援していたマイさんは、絶対にそんなことないって言えます!」


「……ありがとう」


 私についてまわる悪評。


 タバコを吸うわ、酒は飲むなどといったアイドルらしくない行為を元メンバーに暴露されたのだ。


 だが、実際には、残りのメンバーの彼女たちが行っていた行為だ。


 私がそれを咎めていたら、いつの間にかそんな話になり、あのグループにいられなくなった。

 失意に落ち込んでいた私を姉が拾い、私のために兄が曲を作ってくれた。

 私は兄や姉のために、もう一度アイドルとして立ち上がったのだ。


 私が過去のことに囚われていると、シノブが元気づけてくれる。


「だ、大丈夫です! マイさんがなんで僕を選んだのかはわかりませんが、絶対に恥をかかせないように、彼女たちを見返すためにも僕は頑張ります!」


 その言葉に私は涙腺が緩むが、涙を見せるわけにはいかない。

 だから、強く頬を叩き、力強く彼を見やる。


「協力してもらうからには、私は厳しいわよ?」


「はい、どこまで変われるかはわかりませんが、突き抜けてみせます! マイさん、よろしくお願いします!」


「アキラ、ちゃんと撮ってるわね? 私は彼をアイドルにしてみせるわ!」

「ま、マジっすか? 絶対無理っすよ……」


「ふふっ、絶対なんてことはないわ。彼の声ならやってやれるわ」


 私は自信に満ちた笑顔をカメラに向ける。

 アキラが喉を鳴らす。

 しっかりと、彼のいいところを撮ってもらわなきゃね。

 まずは彼のポテンシャルを見てもらわないとかな?


「じゃあ、シノブ。さっそくだけど、カラオケに行きましょうか」


「カラオケ、ですか? それって、僕に歌えってことですよね?」

「もちろんよ。まずはあなたの力を見せてね?」


「わ、わかりました!」




 ……結果だけで言うと、彼は音痴だった。

 色々と歌ってもらったが、リズムが取れていないのだ。

 私がちょっとヤバいかもと思うほどに。


「はあ、まさか音痴だとは……」


「これは期待できそうにないっすね」

「うるさいわよ、アキラ。ここから磨いてみせるんだからね。……今まで私が選曲してたけど、シノブの得意な曲とかないの?」


「えっと、マイさんのあの曲なら、ずっと聴いてたので少しは自信あります……」


「女性の曲とか絶対無理っすよ。たしかに声質はいいと思うっすけど、男が女性キーは出せないっすよ」


「アキラ、黙ってなさい。シノブ、聴かせて。あなたの歌う私の曲を」

「は、はい!」


 シノブが私の曲を機械に入力する。

 私の曲は女性の曲としては、キーが高めだ。

 シノブの声質ならいける気もするけど、さすがに届かないだろう。

 それに、先ほどまでの様子を見ていると、そもそもリズムが取れないと思う。


 私はリズム感からかなと、シノブの育成プログラムを考える。

 だが、シノブは思いもよらない歌唱力を披露する。


「~♪」


 リズムは完璧。カラオケだから多少キーが落ちているけれど、それでもシノブは完璧に歌っている。

 これにはアキラも口をポカンと開けているほどだ。

 彼はハッとして、慌ててカメラをシノブに向けている。


 これは私も予想外だ。歌い終わったシノブは満足そうだ。

 もしかしてだけど……


「シノブ、もしかして私が選んだ曲はあまり聞いたことなかった?」


「……そう、ですね。聞いたことがある程度です」

「それを先に言いなさいよ……」


「彼、ヤバいっすよ! 原キーじゃないとはいえ、完璧だったすよ!?」

「そうね、私もびっくりだわ。ここまで歌いこなせるなんて思わなかった」


「あ、ありがとうございます!」


 こうなると、惜しいのは曲の方だ。

 元が私のために作られた曲だ。そのせいで、彼に合っていないのだ。

 これはお兄ちゃんに相談かな?


 カラオケは時間が来て、今日はここで解散することになった。

 次の予定を私は話す。

 彼を私の家に呼んで、兄に声を聞いてもらう。

 そして、彼のために曲を直してもらうのだ。


 後日、再び集まった私たち。場所はもちろん我が家だ。

 今日は兄も姉もいる。

 事前に家族には話を通しているので、カメラが家に入ることも了承済み。


 兄と姉がシノブを品定めするように見る。

 シノブは私の家、さらに家族が見ているということでガッチガチに緊張している。

 特に、兄は睨むようにして彼を見る。


「おい、シノブといったか? マイに恥をかかせてみろ? タダでは済まさんぞ」


「は、はい!」

「お兄ちゃん、シノブを脅さないでよ……」


「まずはお前の歌を聴かせてみろ。話はそれからだ」

「わ、わかりました!」


「頑張ってね、シノブ。この前のカラオケであなたのことは認めているから」

「あ、ありがとうございます! すう、はあ、すう、はあ、大丈夫です。いけます!」


「じゃあ、お兄ちゃん。よろしくね?」

「おう」


 こうして、シノブと兄が防音室になっている我が家のスタジオに入る。

 カメラを持つアキラは部屋の外から撮影だ。

 三脚にカメラを置いて、アキラも一緒に私たちはお茶にする。


 一時間経たないくらいには、シノブたちが部屋から出てきた。

 兄は不機嫌そうだが、シノブは笑っている。

 きっと合格だったんだろう。兄は認めたくないんだろうな。

 私は兄に彼の評価を聞いてみた。


「シノブはどうだった?」


「ああ、悪くない。だが、今のままじゃダメだ。当たり前だが、曲が合ってない」

「そうだよね、やっぱり……」


「だから、お前の曲のアンサーとして、アレンジしたのを作ることにした。こいつ用にな」


「えっ? そこまでしてくれるの、お兄ちゃん!?」

「ああ、中途半端はいやだからな。それと、この企画のこともこいつから聞いた。絶対に現場を驚かせてやるから、俺に任せろ」


「ありがとう、お兄ちゃん!」


「……喜んでいるところ悪いけど、マイ?」

「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」


「彼の格好はどうにかならないの? 背筋も伸ばせば、身長は高くありそうなのに、もったいないわ」


「あ、忘れてた! お兄ちゃん、お姉ちゃん! お願い、彼の変身に付き合って!」


「まあ、三か月あるから、曲は一日くらいは置いても大丈夫だから、別にいいぞ」

「腕がなるわね。この際だから、姿勢とか仕草も全部矯正しちゃいましょうか」


「ありがとう、二人とも! ほら、シノブも!」

「あ、ありがとうございます! 僕、頑張ります!!」


「ビシッと男らしくしてやるよ」

「草食系だけど、魅せ方ひとつで変わるからね。大変だろうけど、ついてきなさい」


「はい!」


 シノブは髪を切り、頭だけ爽やか系の草食男子になった。

 服もあれこれと兄と姉の指示で着替えさせて用意した。


 お、おお? シノブが思った以上に、いい男になったぞ。


 私が少し見惚れるくらいにカッコいい。

 だが、姿勢や仕草はまだシノブのままだ。


 ここから毎日、姉の特訓が始まる。一週間経っただけでも、背筋が伸びた。

 姉の特訓は、兄が曲を完成させるまで続いた。

 もちろん、私の方でボイトレをさせるのも忘れない。


 今ではどこの紳士だというような仕草まで身に着けたシノブ。

 姉のやり切った笑顔を見て、私は魔改造されたシノブにドキドキしてしまう。

 彼の仕草ひとつひとつが洗練され過ぎているのだ。

 姉の趣味が混ざっている気もする。私はそんなシノブを見て、頭を抱えてしまう。


 兄が曲を完成させた。さっそく、シノブがスタジオに連れ込まれた。

 ここからは兄との特訓だ。

 妹の曲のアンサーとして作ったからか、指導はかなり厳しいようだ。

 だが、シノブはすべて受け入れて、きちんと指導を受ける。


 この三か月で、シノブはすでに家族と打ち解けている。

 兄を呼び捨てにするくらい仲良くなっているようだ。

 姉には様づけなのが少々気になってしまうが……


 アキラもカメラごしに私たちを見て、なにか感じるものがあったのだろう。

 編集を頑張っているとよく報告される。ここにも姉は指導を入れている。

 もうアキラは撮影していないので、あとは編集だけだ。

 アキラは編集した動画を姉に見せて、合格をもらうまで時間をかけているようだ。


 そして、三か月が経ち、私たちは現場入りする。

 アキラはスタッフ側だが、私たちを見てサムズアップしてくれた。

 向こうの様子は見ていないが、収録が始まる。


 段取りを聞かされたが、私たちが先手のようだ。

 プロデューサーに舐められているな。こういうのは、後手の方が見栄えする。

 だが、私たちはこれを乗り切ってやると拳を打ちつけ合う。


 シノブの前回までの姿が、スタジオで写真で紹介される。

 面白おかしく司会が話をまわす。

 私は笑顔を張り付けたまま、この現場のスタッフや出演者を見る。

 そして、本人登場の流れになる。


 アキラに根回ししているので、ここでシノブ専用に作られた曲が流れる。

 曲は収録時間を考えてショートバージョンになっているが、シノブは自信に満ちた歩みで、歌いながらスタジオに入る。


「~♪」


 協賛企業の重役が驚いた顔を見せている。

 それはそうだ。私の曲のアレンジを歌っているのだから。

 まだどこにも発表していない曲を見せられて、手に力が入っているのがわかる。


 シノブの鍛えられた歌唱力も完璧だ。

 ファンとしてアイドルを支えるという歌詞が、この企画に刺さるものがある。

 短いけれど、しっかりと歌いきったシノブが一礼する。

 仕草一つとっても美しい、姉の教育は流石といえる。


 司会がポカンとしていたが、ハッとして慌てて進行を再開する。

 先ほどのように茶化しにいく司会。だが、そのようなことでは揺るがないシノブ。

 この辺りの度胸も彼は鍛えられているから、姉には頭が下がる思いだ。


 彼は司会の口撃もすべて躱し、ときに反撃もする。

 立ち回りは完璧だ。

 このあとは、彼女たちのシンデレラが登場する。


 あんなやらせモデルじゃ、私たちが鍛えたシノブに勝てるわけがない。

 すでに気持ちで負けているようで、登場してからもどこか自信がなさそうだ。

 前のメンバーたちも不快そうにそれを見ている。


 そんな表情をしていいのかな? 私を蹴落とすための生放送の特番だろうに。

 明らかにカメラが彼女たちを映さないようにしている。

 なので、私は彼女たちに話を振る。

 カメラも仕方なく、彼女たちに向けざるをえない。


「どうしたんですか、先輩たち? 顔が怖いことになってますよ?」


「小森っ……」


 明らかに見せてはいけないアイドルの口調と顔をカメラが捉える。

 すでに放送事故になりかけているのに、さらに事故が起きる。


 どちらをシンデレラとするかの判定を機械でするのだが、スタッフが結果を変更したようだ。

 判定を音楽会社の重役が慌てて否定した。よほどシノブが欲しかったのだろう。


 その結果、大きな放送事故になってしまい、生放送なのに長い休憩時間が挟まることになった。

 さらにダメ押しするかのように、元メンバーたちが騒ぎ出した。


 ファンを罵る言葉を言ってしまい、モデルもやらせだと宣言する。

 現場はカオスになった。

 この日の収録はそこまでとなったが、音楽会社の重役がシノブにすり寄ってきた。


 その行為を見咎めたプロデューサー。

 せっかく金を払ったのになどと言って争っているので、こいつもグルとわかったことで丁重に誘いをお断りするシノブ。


 すでにシノブは私と同様に、姉に拾われている。

 兄も気に入っているため、次のシノブの曲を作っている最中だ。

 この日の番組は即ネットニュースになった。


 プロデューサーもアレイラも、スタッフまで炎上することになった。

 アキラは自分が編集した動画をネットに流すことで、炎上を回避していた。

 それでも多少は疑われていた。

 だが、私たちがその動画を拡散することで、アキラだけは信じられたようだ。


 アキラは仕事を辞めて、姉に拾われた。

 今では私たちのミュージックビデオの撮影から編集まで担当している。

 そして、私とシノブのデュエットでのライブが今月開催される。


 すでに会場は満員。即日のチケットも完売とのことだ。

 聞こえる歓声に私は緊張してしまう。そんな私をシノブが支えてくれる。


 よし、大丈夫。いつも通りにだ。


 私たちは舞台にあがる。私たちの舞台だ。

 困難なことも二人で乗り越えた。もちろん、家族の協力もあった。

 スタッフも私たちを支えようとしてくれる。


 なにより、ファンが私たちを支えてくれる。

 この思いを、恩返しできるように。精一杯、歌おう。

 合図をスタッフに、シノブに送る。


「行こう!」


 私たちの活動はまだ始まったばかりだ。

 腹に力を入れる。握るマイクを確かめる。

 爆音で迎えるライブの始まり。この歓声に消えないように、歌う。


 ファンと目が合う。()()()()()()()()

 私はその子の振るサイリウムに応えるように、大きく手を振った。


 私はアイドルだから!

音楽を聴いてたら書きたくなった作品です。

よろしくお願いします!

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