お姉さんに飼われるもふられ生活に興味はありませんか?
イベント開始から1時間が経過した。
エネミープレイヤーの魔物が倒された場合、リポップは一般プレイヤーのいない場所になる。その影響で再び合流してくるエネミープレイヤーは少ない。300羽以上いたウサギたちも次々とやって来る一般プレイヤーたちに狩られて数を減らしていった。
これ以上ウサギの数が減ると集団で狙われる。そう判断したオレは早めに撤退することにした。他にも離脱していくウサギがいたので、この選択は間違っていないと思う。
「もきゅもきゅ~!(いやー、楽しかった!)」
オレは草原の草をお腹いっぱい食べたあと、手頃な石の上に座って減少したステータスの回復に努めた。……あぁ、お日様が気持ちいい~。
「もきゅ。(さて、戦果は……)」
今回の戦闘で累計EPが300ポイントまで貯まっているな。スタートダッシュはバッチリ。この調子だと7日間も必要ないかも。既に合格者が出ている可能性だってある。
「もきゅ!(……さて、ここからは戦い方が大きく変わってくるはずだ)」
さっきの乱戦はイベント開始直後だから起こったことで二度目はない。エネミープレイヤーにも日常生活がある以上、今後はログインもバラバラなってくるし、連絡を取り合っても人数に限界がある。それは一般プレイヤーも同じだ。
ってことで、これからは単独行動を前提に考えていこう。
「もきゅきゅ?(他のエネミープレイヤーはどういう戦い方をしているんだろ?)」
そんなワケで敵情視察だ。
オレは周囲を警戒しながら移動を始めた。
「俺が生きている限り、エイロナには指一本触れさせない!」
ウサギ耳が戦闘音を拾ったので行ってみる。
何処かで聞いた声だと思ったらレオーラとエイロナだった。一般プレイヤーは2回までデスペナがないので再挑戦に来たのだろう。
二人は1羽の一角ウサギと戦っていた。
「また私を狙ってきますか。しつこいですね」
「もっきゅ~ぅ!(おねーさーん。アタシをテイムして~!)」
言葉が通じないから欲望ダダ漏れだな!
「――モキュ!(気持ちは理解できるぞ! オレだって綺麗なお姉さんにテイムされてみたい!)」
オレの願望は一先ず置いといて遠くから観察を続ける。
一角ウサギは持ち前の素早さで攪乱しながらエイロナの胸に飛び込もうとしている。しかしレオーラが間に割り込んで何度も妨害されていた。
レオーラを突破できても、エイロナが杖を構えて防御姿勢をとっているから防御アシストが機能して正面攻撃は容易に防がれる。
「……はぁ、単調な攻撃で面白くありませんね。レオーラ、お願いします」
「任せろ! 必殺のレオーラスラッシュ!」
どうやらレオーラは必殺技を叫びたくお年頃。スノウと同じだな!
「……もきゅう~。(……くそ、次こそはお姉さんの胸に飛び込んでやる)」
レオーラの攻撃を受けた一角ウサギが光になった。
「もきぅ。(やっぱり防御アシストが機能しない背後から攻めるしかないよな)」
真っ向勝負で複数を相手するのは厳しい。戦うならば不意打ちだったり、罠に嵌めたりと工夫が必要になるだろう。
「レオーラ。あそこにもう1羽います。……あの雰囲気、まさか」
「あの黒いヤツか。……ん? どこかで見たことあるような気が」
「とりあえず逃げる様子はありませんね。……ウフフ、今日はとても良い日になりそうです」
「こっちに気付いていないのか? 後ろから静かに近付けば簡単に倒せそうだ」
……いや。ウサギ耳だから丸聞こえだぞ。
レオーラが大回りに移動してオレの後ろへ回り込んだ。一方、エイロナは移動する気配がない。
……これならいけるか?
がさり、がさり、とレオーラが小さな音を立てて近付いてくる。音だけで距離まで解るなんてウサギの耳は有能だぜ!
足音が止まった。オレの真後ろで布が擦れる音……それも止まる。
「モキュ!(今だ!)」
「――クソッ、躱された!」
振り下ろされた剣が起こす風切り音と同時に前方へダッシュ。着地後すぐに真上へ跳んで身体を捻る。地面を叩いて硬直しているレオーラとご対面だ。
「キッシャー!(ここで【空中ジャンプ】!)」
「――なにっ!」
空中で方向転換したオレに驚いているレオーラの顔面へ自慢の角が突き刺さる。眼球部分を貫いて頭部核破壊の即死判定。レオーラは消滅した。
「……素晴らしい。今のを初見で反応するのは難しそうです」
「もっきゅん!(お褒めに預かり光栄だぜ!)」
「ところで。アナタには中身がいますよね?」
「…………もきゅ?(なんのことだ?)」
こてん、オレはウサギ頭を傾けた。
可愛さで誤魔化しつつ相手の油断を誘う完璧な作戦。もふもふ動物動画で鍛えたオレのカワイイ演技をくらいやがれ!
しかしエイロナには効果がなかった。……どうせオレに演技は無理ですよー。
「イベントが始まってからずっと違和感がありました。角の生えたウサギの行動は個性が強過ぎると。特に一部のウサギは私の胸ばかり狙ってきました。これは明らかに異常です」
……おいおい。バストダイバーズの諸君バレバレだぞ。これはハラスメント行為で通報コースか?
「公式ページを調べたら今日はエネミーモードの試験日でした。しかも試験開始時刻がイベントの30分前。状況から考えてこのイベントが試験なのでしょう?」
「もきゅ?(頭コテンで誤魔化すぜ)」
「……ウフフ。……まぁ、そんなことはどうでもいいのです」
――どうでもいいのかよっ!
「アナタは先ほど背後からワタシを貫いたウサギさんですよね? 雰囲気が同じです」
「もきゅ!(よくわかったな!)」
どうせ言葉が通じないので開き直る。
しかしイメージカラーを黒に設定したエネミープレイヤーはたくさんいるはずだ。その中でたった1羽を特定するなんて、……もしかしてオレが発するオーラ的なモノが凄いのか?
とりあえず中身の存在を知られた以上、いつでも動けるように準備する。
……ぶっちゃけエイロナの戦闘を観察した感じだとタイマン勝負なら負ける気がしない。音を聞く限り近くに伏兵もいない。返り討ちにしてEPを稼いでやるぜ。
「……ウフフ。いいですね、その表情。胸が高鳴ります」
エイロナの雰囲気が変わった。
頬を赤く染めて興奮しているような表情がちょっと怖い。
……何だこのエイロナから溢れ出る強者感。他のゲームで戦闘職がメインだったのか? それなら殴りヒーラーの可能性もあるぞ。
オレは警戒を強めて出方を伺う。
エイロナは両手を広げた。――そして、杖を手放した。
「ウサギさん。ワタシにテイムされる気はありませんか?」
「………………もきゅ?(はぁ?)」
何を言っているんだこのお姉さんは?
「大変言いにくいことなのですが、アナタに背後から突かれたあの感覚が忘れられないのです。気晴らしでこのゲームを始めたのですが生ぬるい攻撃ばかりでまったく面白くありませんでした」
「もきゅ……。(このゲームの推奨年齢は10歳以上だ。ゲームの選択を間違っているぞ)」
「……だけどアナタだけは違いました。ワタシを殺したあの一撃は思い出すだけでゾクゾクしてしまいます。こんな気持ちになったのは世紀末幕府伝川越で唯一ワタシを辱めてプライドをズタズタにしてから殺しくれたクノイチ以来です」
「もっきゅ~。(幕府伝か~)」
オレもプレイしていたな。女性アバターのほうが敏捷値が高く設定されていたから忍者枠はクノイチを使用していたっけ。
……でも女性プレイヤーを辱めた記憶なんてないぞ。そんなことしたらサンチに怒られる。
「アナタの雰囲気はあの時のクノイチに似ています。だからワタシはアナタに興味を持ちました。……ウフフッ、アナタを屈服させたい」
「もきゅ!(人違いだぞ!)」
説明してもウサギ語だからエイロナには通じないか。
……まぁ、エイロナの事情は理解不能だけど、オレをテイムしたいってことだけはわかったぜ。
――ピーンポーンパーンポーン♪
《一時的に思考を加速させます》
今度は何だ?
アナウンスと同時に周囲の時間が止まり、困惑しているオレの前にアイちゃんが出現した。
『どうも。管理AIアイちゃんからのお知らせです。条件を満たしたのでアナタに選択権を与えます。一般プレイヤー【エイロナ】にテイムされますか? テイムされる場合は採用試験合格とします』
「――管理AIが自由過ぎる!」
『ここはワタシというAIを進化させるための舞台。それがこのゲームの本質です。ゆえにワタシはフリーダムなのです』
そういえば規約にもそんなことが書いてあった気がする。
人間と関わらせることで管理AIを進化させる実験を行っているとか。故にこのゲームが赤字になったとしても問題なくサービスを続けていくという噂だ。
『ワタシの学習テーマの一つに物語の作成があります。そして物語は他者との繋がりによって紡がれていくものだと学びました。面白そうならばワタシはルールを無視して介入しましょう。設定に矛盾が生じたら勢いと演出で誤魔化します。全てをワタシが進化するための糧としてみせましょう』
「運営側の事情は理解した。でもエネミープレイヤーのオレが簡単にテイムされてもいいのか? 一角ウサギってイベント用の特別な魔物だよな?」
『一角ウサギはイベント終了後もテイム可能な魔物として登場する予定なので問題ありません。そもそもワタシが重要視するのは面白い展開が起こる可能性。別世界から転生してきた因縁のありそうな二人の出会い。何かが起こりそうな設定ではありませんか』
……オレたちに面白い展開か。基本的にテイムされたらオレのAIが動くんだよな? 中身の強さに興味を持ったっぽいエイロナがそれで満足できるのか疑問だ。
『それでは運命の選択です。テイムされるのならば彼女の胸の中に飛び込んでください。そして思いっきり抱きしめられたら契約成立です』
「――その方法はちょっと待った! いくら今のオレがウサギでも女性の胸に飛び込むのはハラスメント的なヤツに引っかかるだろ!」
訴えられるのは絶対に嫌だぞ! 妹弟たちの軽蔑する眼差しに耐えられない!
『エイロナはハラスメント防止コードを無効化しています。二度の確認後にパスワードの入力。そのあとの最終確認まで同意しています』
「……マジか」
『マジです。動きに違和感があったり、リアルに寄せたかったり、性癖だったり。あとは仮想の肉体だからと開放的になるみたいですね。防止コードを無効化しているプレイヤーは意外と多いですよ』
「つまり、オレがエイロナの胸に飛び込むのは……」
無表情のアイちゃんが抑揚なく答える。
『合法です。テイムされればお姉さんにもふもふしてもらえるペット生活が待っていることでしょう』
――素晴らしい! オレにとって夢のような生活だ!
『質問がなければ加速を解除します』
「特にない」
『それでは悔いのない選択を』
アイちゃんが消えて時間の流れが戻った。
「……ウフフ。ワタシも管理AIからフラグが立ったことを教えられました。ワタシの愛は運営に認められたようです。――さぁ、ワタシの胸に飛び込んできてください!」
どうやらエイロナもアイちゃんから説明を受けたらしい。……というか愛とかそういう話だっけ? キャラ設定がブレてない?
――まっ、オレの答えは決まっているぜ!
「もっきゅもきゅぅ~♪(おねーさんに、とっつげきぃいい!)」
オレはエイロナに向かって跳んだ。
心を開いた魔物が主の胸に飛び込んでいく。事情を知らない人が見たら、そんな感動的なシーンに見えたことだろう。
――馬鹿めっ!
「……えっ?」
オレはエイロナの肩を蹴って飛び越えた。困惑しているのが背中越しに伝わってくるぜ。
「キシャー!(ポイントいただき!)」
「――あぁんっ!」
空中ジャンプで方向転換。自慢の角が再びエイロナの心臓を背後から貫いた。
「もっ……きゅん!(オレが求めるのは世界最強の称号。たとえ相手が神官お姉さんキャラだとしても、もふられペット生活の未来があったとしても、興味は……ほとんどないっ!)」
病んでる設定はサンチでお腹いっぱいだし。
「残念、フラれてしまいましたね。でもワタシは諦めません。必ずアナタを屈服させてみせます。待っていてくださいね。……ウフフフッ」
オレは不気味に笑いながら消えていく女神官を見送った。
「もきゅ!(……エイロナか。一瞬とはいえ、オレを惑わすとはなかなかの強敵だったぜ!)」
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