大混沌! スマッシャーラビッツ!
イベント専用の特設フィールドには¥の形をしたアンテナがいくつも存在している。一般プレイヤーたちがクエストを受注すると、その中のどれかにランダムで転移してくるようになっていた。
少し離れた高台から¥アンテナの一つを観察していると、さっそく一般プレイヤーたちが転送されてきて次々と人間アバターが増えていった。
武器の種類は剣、弓、槍、杖、銃と様々。防具は布や皮製のモノが目立つ。討伐対象がウサギだから機動性重視の軽装備が多いみたいだ。
「ここがイベントフィールドか。――よっしゃ、みんな一狩り行こうぜ!」
「今回のイベントは安全地帯がないから気を引き締めろよ。帰還条件が¥アンテナに触れるって条件も嫌な予感がする」
さすがウサギ耳。離れていても一般プレイヤーたちの声がバッチリ聞こえるぜ。人語を理解できるのは異世界人が憑依しているからって設定なのかな?
――ドッドッドッドッドッドッドッ!
「もきゅ?(ん? なんかすごい音が近付いてくるぞ)」
音のするほうを見ると、うっすらと砂埃が舞い上がっていた。
目を凝らすと原因はウサギたちの大移動だ。1羽の白い一角ウサギを先頭に穴掘りウサギと様々な色の一角ウサギたちによる混成部隊が¥アンテナへと向かっている。その数は300羽以上。
「もきゅ?(一般プレイヤーたちは気付いてないな。ウサギの跳ねる音が小さいから人間では聞き取れないのか?)」
他にもフィールドに生える絶妙な高さの草が目隠しになっているし、砂埃も注意して見なければ気付けない。
……さて、一般プレイヤーにとってはイベント開始直後の情報がない状態での強襲。混乱は避けられないだろう。つまり、
「――もっきゅー!(このウサギウェーブは乗るしかない!)」
戦いは数だ、って誰かが言っていた!
高台から一気に駆け降りたオレはウサギの大軍に合流した。
「……ん? 何か音がしないか?」
「確かに。何の音だ?」
「――ちょっと。あっちを見て! 何かが接近してくるわ!」
「本当だ。あれは……ウサギ? ――おい! 大量のウサギがこっちに向かってくるぞ!」
ようやく気付いたみたいだがもう遅い。ウサギの大津波が一般プレイヤーたちを飲み込んだ。
「「「キシャーーッ!(死ねぇええぇぇ!)」」」
「――ちょ、待って――痛っ!」
「うぎゃあああ! 脛を齧られた!」
一般プレイヤーたちは体当たりを受け、爪で引っ掻かれ、角で突かれ、体中を噛り付かれる。ウサギのモフモフ感でマイルドになっているが、まるでゾンビ映画の光景だ。
「――誰か回復してくれ! HPが、HPが……ぎゃああぁぁ!」
「あははっ。もふもふ最高~。もう死んでもいいや」
「聖なる炎に抱かれて眠っ――バカなっ!」
――パリン! ――パリン! ――パリン!
次々と光の粒子になって消えていく一般プレイヤーたち。そして新しい犠牲者が¥アンテナの近くに飛ばされてくる。
「ここがイベントフィールドか…………って、なんじゃこりゃあああ!」
新たな獲物の出現にウサギたちが一斉に振り向き、目を光らせて嗤う。
「「「キシャーーッ!(死ねぇええぇぇ!)」」」
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!」
クエスト開始10秒で退場とは可哀想に。再挑戦を待っているぜっ!
オレは倒しやすそうな一般プレイヤーを探しながら戦場を走った。少数だけど動きのいい一角ウサギがいるな。考えることは同じで攻めやすそうな獲物を優先的に狩っている。
「――ダメだ。数が多すぎて弾の補充が間に合わ……ぎゃあああ!」
「こっちはSTが尽きて――うわああぁぁぁぁ!」
乱射していた銃使いは5羽に同時攻撃されてHPが一瞬で溶け、斥候らしき短剣使いは動きが鈍ったところを狙われて砕けていく。そして仲間が消滅していく様子を剣士が呆然と見つめていた。
「……嘘だろ? 二人ともやられちまった。……どういうことだよ? 畑を荒らすウサギを狩るだけの簡単なイベントじゃなかったのか? 何で俺たちが狩られる? ――俺たちは狩る側じゃなかったのかっ!」
「キシャー!(隙アリ!)」
「――ぐはっ!」
オレの角が剣士の頸椎を砕いた。戦場で立ち尽くしているのが悪い。
……さて、次の獲物はどこかな?
「――みんな落ち着くのだ!」
鉄の大盾を持つ男の声が草原に響いた。
「所詮は序盤雑魚のウサギである! 数は多くても攻撃力は大したことない! 防御姿勢になるのだ。そうすれば防御アプリのアシストが機能してガードできる!」
「さすがッス。カンチョー!」
「そう! 我が名はカンチョー。“超弩級戦艦フィグ”のカンチョーである! ――さぁ、ウサギども。かかってくるのである!」
カンチョーと名乗った男は跳びかかってくるウサギに大盾を向けて弾いていく。鉄製だからなのか、ぶつかったウサギにダメージが入っているみたいだ。
「さぁ、行くぞ。我が同胞グリィセリン、――地平線の彼方へ!」
「どこまでもついていくっス。カンチョー!」
設定は陸上戦艦?
細かいことは置いといて、一角ウサギの攻撃手段は近接だけなので冷静に対処されてしまうと崩すのが大変。囮の数が多い今がチャンスだ。
「「キシャーーッ!(死ねぇええぇぇ!)」」
「無駄である!」
オレは攻撃を仕掛けた2羽を囮にしてカンチョーの背後に回り込んだ。真下から狙うのは……防具で守られていないカンチョーの……。
「キシャーーーッ!(股間が、がら空きだぜ!)」
「――はぅあっ!?」
「カ、カンチョーオオオオォォォォッ!」
――轟沈!
男にとっては致命的な一撃。カンチョーは反射的に大盾を落とし、股を抑えて蹲る。すかさず無防備になったカンチョーの首に角を突き刺せばポリゴンの破片となって消えていった。
「もっきゅ~!(どんどん狩るぞ~!)」
金属製の防具で全身を守っている一般プレイヤーは攻撃が通らないから無視。狙うのは布や皮の防具か急所を露出させているヤツだ。
「エイロナ! 大丈夫か!?」
「私は平気です」
3羽の一角ウサギから集中攻撃を受けている男女のペアが目に留まった。男は片手剣士。女は神官っぽい格好だ。
「クソッ。こいつらヒーラーを集中的に狙ってくる。戦い方が解っているな」
確かにヒーラーを潰すのは重要だ。……だけど、ウサギ語が理解できるオレには女神官を狙う本当の理由がわかってしまう。
「もきゅっきゅ~!(わーい! 綺麗なお姉さんだ~!)」
「もっきゅ~!(ボクをもふもふして~!)」
「もきゅ~、もきゅ~!(バブみ~、バブみ~!)」
――そう。下心満載!
まぁ、オレも男だ。飛び込みたい気持ちは理解できるぞ! 女神官から溢れ出る母性! 雰囲気もおっとりな感じのお姉さんでグッド! 胸部装甲もスゴイ!
「タゲ取りができない。――クソッ! どうしてこいつらはエイロナばっかり狙うんだ!」
「落ち着いてくださいレオーラ」
片手剣士はレオーラ。女神官はエイロナという名前のようだ。オレは気付かれないようにゆっくりと二人に近付いていった。
「理由はわかりませんが正面からしか攻撃してきません。この程度なら簡単に対処できます」
「――もきゅきゅ?(それはどうかな?)」
「……え?」
――グサッ、とな。
背後から心臓を狙っての一突き。オレの角がエイロナの身体を貫通した。
素早く角を抜いて離れる。
エイロナが退場する直前、こっちに振り返って嗤った。
「……この感覚はあの時と同じ? それにこんなことができるのは、……ウフフッ。やっと見つけました」
――パリーン!
「エイロナアアアぁァァァ!」
「「「もきゅゆゆゆゆぅぅぅぅっ!(お姉さぁあああん!)」」」
退場直前のエイロナの発言。オレを見て言ってたいけど別ゲーで戦ったことがあるのかな?
そんなことを考えていると、レオーラと3羽がオレを睨んできた。
「お前。よくもエイロナを……」
「「「キシャー!(このクソウサギ。邪魔しやがって……)」」」
「もきゅきゅきゅきゅ!(ちょっと待て! 仲間を倒されたレオーラがオレを恨むのは理解できる。だけどウサギたちは違うだろ。横殴りは推奨だし、そもそも今は試験中だぞ!)」
「「「キシャー!(問答無用! ボインちゃんを返せええぇぇ!)」」」
……ダメだこいつら。胸部装甲しか頭にないエッティーナウサギだ。
「エイロナの敵ィイイイイ!」
「もっきゅ~!(レオーラもなんかヤバい!)」
オレは脱兎の如く逃げ出した。さすがに1対4は分が悪い。
「「「キシャー!(待ちやがれ!)」」」
怒れるウサギたちとレオーラが追いかけてくる。
オレは穴掘りウサギさんとの鬼ごっこで鍛えた身のこなしで混迷の戦場を駆け抜けた。
「モッキュー!(クソッ。どこへ行った!)」
「モキュ!(黒いウサギばっかで見分けがつかねぇ!)」
……よし。上手く撒けたようだな。木を隠すなら森の中。ウサギを隠すならウサギの中だぜ!
ちょうどいい巣穴を見つけたので身を隠して様子を伺う。すると血走った眼のレオーラがオレを追いかけていた3羽の前に立ち塞がり、剣先を向けた。
「――見つけたぞ。エイロナの敵イィイイ!」
「もきゅ!(ちょっと待て! 俺たちはお前と同じでお姉さんの敵討ちがしたいんだ!)」
「もきゅきゅ!(そうだ! ボクたちなら手を取り合って共に戦える!)」
「……もきゅ?(……なぁ、俺たちの言葉ってコイツに通じているのか?)」
「「「…………」」」
そもそもお前たちはエイロナを攻撃していただろ。レオーラから見れば同罪だと思うぞ。
「――死ねええぇぇぇ! このクソウサギがぁぁあああ!」
「「「もきゅううぅぅぅ!(ぎゃああぁぁぁ!)」」」
こうして3羽のエッティーナウサギはレオーラによって成敗されたのだった。