電子ウサギは追放ザマァの夢を見るか?
巣穴に転がり込んだオレは起き上がって一息ついた。
「きゅ~。(ふぅ~。何とかなったぜ)」
「もっきゅー。(危ないところだったね。クーちゃん)」
「もきゅ――ゥワァ!(ああ。修羅場から逃げきれて本当――うえぇ!?)」
「もきゅん。(ちわっす)」
振り向くとピンクが前足を上げていた。
「キシャー。(なんでお前がいるんだ。エイロナたちと戦っていたはずだろ)」
「もっきゅ。(クーちゃんが逃げたなら戦う理由はないよ)」
ピンクがにっこり笑顔ですすすっと近付いてくる。
「もきゅ?(これでもう邪魔は入らないよ。さぁ、クーちゃん。ご飯にする? 毛繕いにする? それとも私?)」
ピンクがウインクをするとハートのエフェクトが飛んできた。
とりあえず叩き落としておこう。
「もきゅ。(……お前。中身いるだろ?)」
「もっきゅん。……もきゅ?(中に誰もいないよ。……でもクーちゃんの子供がいるかも?)」
「きゅー。(レーティング的にそれはないぞ。サンチ)」
「もきゅ?(いつから気付いてた?)」
「もっきゅん。(エイロナと言い争っていたときだな。そこでオレの呼び方が変わっていた)」
今は“クーちゃん”だけど、最初は“あなた”と呼んでいた。
「もきゅ!(ばれたなら仕方がないね。クーちゃん。お尻見せて!)」
「……もきゅ?(……はぁ? 何で?)」
「キシャー!(いいから見せて!)」
「――も、キシャ!(ちょ、やめろ!)」
筋力値の差で無理矢理押さえ付けられてサンチに尻を見られた。
……何この羞恥プレイ。PVで使用されたらお婿に行けない。
「もきゅ。(本当だ。クーちゃん切れ痔になってる)」
「……もきゅ。(……あぁ。そのことか)」
「きゅー……。(ごめんねクーちゃん。私が悪乗りし過ぎたせいで男色になったんだね)」
……ん?
「モッキュン!(私はKETUIしたよクーちゃん。今のアカウントを削除して男性アバターに作り直す。責任取って攻めになる! クーちゃんのためにKETUINする!)」
「モキュ!(早まるなサンチ。オレはノンケだ。お姉さんキャラ大好き人間だ)」
「きゅ~。(はーい)」
理解してくれたようで助かる。
それとアイちゃんは今のノンケ発言を必ずPVで使うように。
「もきゅ?(クーちゃん。この後はどうするの? ウサギさんプレイ? それともログアウト?)」
「きゅ。(PV撮影の続きだな)」
「きゅん?(PV撮影? 何それ?)」
「もきゅもきゅ、きしゃきしゃ。(かくかく、しかじか)」
ざっくりとサンチに説明する。
「もっきゅん!(そういう事なら最後まで一緒にいるよ。全世界に私たちの関係をアピールするチャンスだね!)」
「……もきゅ?(……とサンチは言っているけど。どうするんだアイちゃん?)」
『面白いPVが撮影できれば問題ありません』
……運営の許可が下りてしまったか。
「もきゅ。(サンチは自重しろよ)」
「もっきゅ~。(はーい。良妻を演じまーす)」
とりあえず。ピンクが中身入りになったことでキンクリカット展開はなくなるはずだ。……そう思いたい。
「もきゅ?(アイちゃん。残り時間は何をしたらいいんだ?)」
『ちょっとしたイベントを用意しました。もうすぐ始まります』
「きゅ?(イベント?)」
巣穴の奥から何かが近付いてくる音が聞こえた。
やって来たのは茶色い穴掘りウサギさんだった。
「またかと思って様子を見に来たらキミだったか。兎もよ」
「茶色い穴掘りウサギさん」
現実時間だと二週間ぶりだな。オレと茶色い穴掘りウサギさんは生存と再会の喜びを分かち合った。
「きゅ?(ところで隣のピンクのウサギは?)」
「もきゅー。(初めまして。妻のサンチです)」
「もっきゅーん。(――おぉ。結婚したんだね。おめでとう。茶色い穴掘りウサギだと長いから、ボクのことはチャーと呼んで)」
「キシャー。(おいサンチ。ちゃっかり外堀埋めるのはやめろ)」
「もきゅー?(クーちゃんが悪いんだよ? あんな女に浮気する様子をライブ配信されたら……)」
「キュ!(ストップ! PV撮影中に病んだ演技はアウト!)」
「きゅー。(はーい)」
「……もきゅ。(……個性的な奥さんだね)」
個性的って便利な言葉だよな。
「きゅ?(チャーさん。久しぶりに鬼ごっこでもするか?)」
「もきゅ……。(そうしたいのは山々なんだけど。実はちょっと困ったことがあって……)」
たぶん、これがアイちゃんの言っていたイベントだな。
「モキュ!(オレでよければ力を貸すぜ!)」
「もきゅ。(ありがとう。ついてきて)」
チャーさんを先頭に巣穴の中を進んでいく。
――しくしく。
――よよよ。
――ぐすん。
何だかすすり泣くような音が聞こえてきたぞ。
「きゅん。(ここだよ)」
広い場所に出ると黒い一角ウサギたちがたくさんいた。彼らは泣いていたり、ハイライトが消えた瞳で天井を見つめていたりと空気が重苦しい。
その中にはついさっき放流された、ああああ、いいいい、うううう、にどりゃんの姿もある。
「もきゅ?(彼らはプレイヤーたちに使役されたあとで捨てられれてね。ボクが見つけてここで保護しているんだ。どういうワケか彼らは全員キミと同じ容姿で同じ能力を持っているんだけど。何か思い当たることはないかな?)」
思い当たることしかない!
「もきゅもきゅ、きしゃきしゃ。(かくかく、しかじか)」
オレは黒のヴォーパルを巡るエネミープレイヤーと一般プレイヤーの思惑が絡み合った結果であるとチャーさんに説明した。
「もきゅ。(最近になって黒い一角ウサギが急増したのはそういう事だったんだ)」
ツッコミどころは沢山あった。だけどゲーム補正のおかげでチャーさんはキチンと理解してくれたようだ。
「もきゅ?(急増したって言うけど。思ったより少なくないか?)」
広場には500羽くらいか。
いくら過疎ゲーでも地上には結構な数のプレイヤーがいた。毎日数百羽は放流されていそうだけど。
「もきゅー?(チャーさん。この場所以外にも捨てられたウサギが集められている場所があるのか?)」
「もきゅん。(同じような場所が何ヶ所もあるよ。全部合わせると103000羽くらいかな。本当はもっといたんだけどバックアップの更新時に消去されてしまったよ)」
うわー。ゲームとリアルの区別が付かない人たちがクレーム送りそうなネタだな。電子データは生きているんだぞって電波を飛ばす感じで。
「もきゅん?(例え消去される運命だとしても。ボクは彼らの悲しみを取り除いてあげたいんだ。何かいいアイデアはないかな?)」
悲しみを取り除くアイデアか。
「モキュ。(設定的に丁度いいのがあるぞ)」
「きゅ?(本当かい? それは一体何だい?)」
「キュ。(ザマァだ)」
「もきゅ?(……ザマァ?)」
「もっきゅん!(そうザマァだ! 追放した相手をザマァするのは安心と信頼の実績があるテンプレ展開だから間違いない!)」
もしかしたら某小説サイトでランキング上位を狙えるぞ。
「もきゅ?(でも。どうやってザマァするんだい?)」
「モキュ!(ここにいるウサギたちのスペックはオレと同じ。つまりオレにできることはみんなにもできる! オレが鍛えてやるぜ!)」
「もきゅー。(おっ。クーちゃんヤル気だねー。やっぱり王道のハァトメェン方式?)」
「モキュー。(いいなそれ。罵倒は得意じゃないけど、そういうの一度やってみかったんだ)」
『待ってください』
オレとサンチが盛り上がっているとアイちゃんからの通信が入った。
『訓練に8週間も費やしたら地上のプレイヤーたちがいなくなってしまいます。インストール方式で終わらせましょう』
8秒で軍隊が完成した。
新設された巨大な地下空間に顔が凶悪になった103000羽の黒ウサギが整列している。
「……もきゅ。(達成感がなさすぎる。せめて軍曹ソングでランニングくらいはやりたかったな)」
「モキュ!(ちょっとアイちゃん。クーちゃんのテンションが下がってる。こんなんじゃまともに戦えないよ!)」
『クゥロさん。これで機嫌を直してください』
アイちゃんからテキストファイルが送られてきた。
「もきゅ?(これは?)」
『演説シーンの台本です』
軽く読んでみる。
「……もきゅ。(アイちゃん。この台本、台詞が『もきゅ』と『きしゃー』しか書いてないんだけど)」
『日本語訳はこちらで合成します。クゥロさんは身振り手振りで演説っぽい雰囲気を出すだけです。長台詞を噛む心配もありません。――さぁ、みんなの前に立ってください。時間がないので本番行きます。5秒前。4……3……2……』
――ちょ、いきなり本番かよ!
「もきゅ!(おはよう。こんにちは。こんばんは)」
……動画配信者みたいな挨拶だな。
「モキュ!(あと数時間で太陽が沈む。その時、追放された諸君は電子の塵となるだろう。だが私はそれを許すことはできない。お約束のザマァ成分が圧倒的に足りないからだっ!)」
日本語訳を合成してもらってよかったかも。たぶん笑ってた。
「モッキュー!(プレイヤーどもは鼻を鳴らして嘲笑うだろう。0と1で作られた電子データが何を世迷い言を、と。――しかし思い出してほしい。この世界に諸君が誕生してからの生活を。巣穴を作り草原の草で腹を満たし仲間と駆け回る。ときには喧嘩もしたはずだ。恋に落ちて愛し合うことだってあったはずだ。これを生と言わずになんと言う。そうだ諸君はここで生きている。主人に忠誠を誓い、そして裏切られたときの感情は間違いなく本物だ。決して電子データと切り捨てられよいモノではない!)」
カメラアイが飛び回り追放されたウサギたちの表情を映していき、やがてオレの前に戻ってくる。
「モキュ!(これは正当なザマァである!)」
「モキュ!(これは正当な我々の権利である!)」
「キシャー!(諸君! 牙を研げ。爪を立てろ。角を掲げろ。プレイヤーどもに削除不能な永遠の後悔を刻み込むぞ!)」
「「「「「「――キシャアアアアァァァァアァァァ!」」」」」」
103000羽の鳴き声が巣穴の空気を震わせた。
――ピーンポーンパーンポーン♪
《期間限定アプリ【電命の灯火】がインストールされました。追放されたモノたちの能力が大幅に強化されます》
× × ×
「もきゅ。(ザマァ4より、ザマァリーダー。東にターゲットを発見した)」
オレのウサ耳が小さな声を拾った。
高性能になったウサ耳を利用した長距離会話。自動ウサギ語暗号でプレイヤーの解読も容易ではない。
「モキュ。(こちらザマァリーダー。確認した)」
巣穴から顔を出し、草原を歩く二人組のプレイヤーを見つける。
……見覚えがあるぞ。にどりゃん、ああああ、いいいい、ううううを追放したヤツらだ。名前はランカクとゲンセンだっけ?
「モキュ!(お前たちのザマァだ。思いっきりやってこい!)」
「「「「シャー!(了解であります!)」」」」
ランカクとゲンセンに追放された黒ウサギ約500羽が配置についていく。
「あれが上位の実力か。すごい戦いだったなランカク」
「特にエイロナがヤバかったよな。演技もそうだけどプレイスキルも狂ってた。ケンショーを18分割なんてとても真似できねーよ」
「俺たちでも黒のヴォーパルを使役できれば上位を目指せるかな?」
「いけるだろ。ベテランゲーマーの俺たちならアリス以上に黒のヴォーパルを使いこなせるはずだ」
「本物に出会えればだけどな。……あーあ。ピックアップガチャでもやってくれないかな」
「ガチャだとみんな手に入れるから勝てなくなるぞ」
「それもそうだな。地道に探すしかないか……ん? さっそくお出ましだ」
「もきゅ!(待ちな!)」
2人の前に黒ウサギが出現した。
「次はランカクの番だな」
「弱らせるのも面倒だしパーフェクトボールを使うか」
「マジかよ。ステータスの確認をしないで課金アイテム使っちゃうのか?」
「はははーっ! 大人の財力を見せてやるぜ! いけ! パーフェクトボール!」
「もきゅ!(無駄!)」
黒ウサギがパーフェクトボールを角で叩き落とした。
「――馬鹿な! 100%絶対に捕獲できるパーフェクトボールが弾かれただと!? ……ん? メッセージを受信? “ひとのものをうばうなんてどろぼう!”ってなんだよ!?」
「もっきゅきゅ~。(お金が無駄になったな。ざまぁ)」
「何だか馬鹿にされている気がするぜ。もういい。ぶっ殺す!」
「もきゅ!(無駄無駄!)」
ランカクの攻撃を黒ウサギは余裕で回避していく。
「なんだよコイツ。動きが良過ぎる!」
「おい! 南から黒ウサギが来るぞ!」
「それだけじゃない。北にも……はぁ? 100羽以上向かってくる。何なんだよこの状況は!」
「――まずい。囲まれた!」
「「「「もっきゅっきゅ~。(もう逃げられないよ~)」」」」
大量の黒ウサギたちがランカクとゲンセンを囲い込んで嗤う。
そして。
「キシャアアアアァァァァ!(追放ザマァアタック!)」
ランカクとゲンセンの断末魔が草原に消えていく。
オレは巣穴から飛び出すと拍手でみんなを称えた。
「もきゅ!(おめでとう。みんな)」
「もっきゅん!(ありがとうございます。リーダーのおかげでスッキリしました!)」
「きゅー。(それはよかった。まだまだザマァ対象はたくさんいる。次は他のウサギたちを手伝ってくれ)」
「シャー!(了解であります!)」
こうして追放されたウサギたちのザマァが始まった。
「――うわっ! ……って、なんだ黒ウサギか。いきなり現れるなよ」
「キシャー!(ザマァ!)」
「ちょ……黒いウサギの数が多過ぎ」
「キシャー!(ザマァ!)」
「へっへっへ。こっちにおいで黒ウサギちゃ~ん」
「キシャー!(キモイッ!)」
オレたちは草原にいたプレイヤーを数の暴力で倒していく。ザマァの内容に関しては追放数の多いプレイヤーほど悲惨な最期だったとだけ。
さて。
順調だと思っていたザマァ活動だが問題が発生した。
「……もきゅ。(……草原のプレイヤーを狩り尽くしてしまった)」
まだまだザマァ待機中のウサギたちが残っているというのにどうしよう。
「モキュ!(リーダー。プレイヤーがいないのは仕方がありません。我々は十分ザマァしました。みんな満足しています)」
「きゅー……。(そうはいってもな……)」
ここまでやったなら全員にスッキリしてほしい。太陽が沈むまで2時間以上残っているし何かできることがあるはずだ。
「もきゅん!(こうなったらやるか!)」
「もきゅ?(クーちゃん。何をする気?)」
「キシャー!(プレイヤーがいる場所を目指す。――ハジマーリの街を落とすぞっ!)」
諸君! ミリタリーケイデンスで行軍だーっ!