愛憎渦巻く全年齢ゲーム
「アナタは何を言っているのですか? 邪魔をしないでください」
「キシャァァァァアアア!(邪魔をしているのはそっちだよ! クーちゃんは私が最初に好きだったの。これから夫婦生活が始まって愛の巣で子作りするの!)」
オレは疲れているのだろうか? エイロナとピンクの間にバチバチと火花が散る幻覚を見た。
「……うむ。やはりこうなったか」
「どうしたんだよケンショー。急にオレ知ってます的な雰囲気だして」
「勉強が足りないぞセメツイ。クゥロがいる場所には必ずサンチがストー……見守っている。この界隈では“クゥロいるところにサンチあり”という諺があるくらい有名な話だと言わざるを得ない」
「つまり今現れたピンクのウサギはサンチってことか?」
「あぁ。そしてあのウサギが黒のヴォーパルで確定だ。――至急他の検証班を呼ぶんだ! こんなチャンスは二度とないぞ。データ収集を急げ!」
やっぱりピンクの中身はサンチ以外に考えられないよな。
……しかしウサギ姿のオレをどうやって見破ったんだ? 接点もほとんどなかったはずなのに。
「キシャー!?(あなた神官だよね? 略奪愛は良くないよ!)」
「ワタクシは正々堂々勝負して屈服させました。略奪しようとしているのはアナタです!」
「モキュー!(違うよ。私からクーちゃんを寝取ろうとしているのはそっち。そういうのはエッティーナゲームでやって!)」
「はぁ? 愛の巣で子作りとか頭おかしいこと言っているアナタのほうが問題でしょう!」
「キシャー!(今の私はアニマルだからセーフだよ! というかあなたのほうが設定ぶれぶれで頭おかしいキャラになってるじゃん!)」
「ワタクシは楽しく演じているのだからこれで良いのです!」
「もっきゅ~。(はいはい中二中二~。それって今は楽しくても将来絶対に黒歴史になるから。リアルバレしたら恥ずかしくて生きていけなくなるよー)」
「そんなの隠し通せば良いのです。ちゃんと顔は変更しているので絶対に知られることはありません。現実準拠は体型だけです」
「もきゅ?(…………えっ? その胸ってリアルサイズなの?)」
「そうですが何か?」
エイロナが見せつけるように揺らし、ピンクが悔しそうにガン見する。
……これ、全世界に配信されているけど大丈夫?
「もきゅ?(アイちゃん。あとはAIに任せてログアウトしてもいい?)」
『ダメです。朝ドラの愛憎劇みたいで面白くなりそうです』
「もきゅ?(年齢制限かかるかもしれないぞ?)」
『問題があればキンクリカットします』
運営に退路を塞がれてしまった。
オレはゲームを楽しんでいただけなのに。どうしてこうなった?
「……なぁ、カセイツ。クゥロとサンチがセットなのは理解できたけどさ。何でサンチはクゥロを判別することができたんだ?」
「一言で表すと“愛”と言わざるを得ない」
「愛?」
「クゥロのことが好き過ぎて観察していると、些細な行動のクセからアバターの中身がクゥロだと識別できるようになる。そしてサンチのような達人になればクゥロの行動を予知することも可能。その能力はクゥロ限定で未来を予知できると言わざる得ない」
――え? 何それ? 初めて聞いたんだけど。
「うむ。事実、我々検証班が知る限り、二人の対戦戦績はサンチが勝ち越している」
「重過ぎる愛って凄いんだな。……ん? そういえばさっきカセイツはあの黒ウサギがクゥロだと判断していたよな。その理論が正しいならもしかしてお前って本当はクゥロのこと……」
「――違う! アリスちゃんが可愛いと言わざるを得ないんだ!」
「お。おう……」
……すまんカセイツ。お前の気持ちは受け取れない。オレはお姉さんアバターが好きなんだ! ロールプレイでも男アバターは無理!
オレは前足を合わせてカセイツに頭を下げた。ごめんなさい。
「――やめろ黒のヴォーパル。そんな目で見るなと言わざる得ない!」
「落ち着けカセイツ! お前のはきっと推し活的な愛だ! そうだろうケンショー!?」
「うむ。そうだな。愛には様々な形がある。あとでギルドメンバーと一緒にキミの感情を徹底的に検証しよう。……心配するなカセイツ。我々のギルドには恋愛ゲームのエキスパートが多数在籍している。きっと納得できる検証結果になるだろう」
恋愛ゲームの知識で検証するって、ケンショーのギルドが別の意味で心配になってきたぞ。
「……もきゅ。(さて。ステータスも回復してきたし、そろそろ逃げるか)」
『クゥロさんを奪い合っている2人のことは良いのですか?』
「もきゅ。(この場に留まっていたら確実に“ピンクとエイロナどっちがいい?”って詰め寄られる。そうなる前に脱兎化だ)」
『せっかくのテンプレ展開がもったいない』
「きゅー。(全世界に修羅場を生配信とか勘弁してくれ)」
脱出ルートはピンクが出現してきた巣穴だ。これならプレイヤーたちの包囲網を突破できる。あとはタイミングを見計らってゆっくりと穴に近付いていけば……。
目の前に【カメラアイ】が飛んできた。
「逃がしませんよ?」
「もっきゅー?(クーちゃん。どこへ行くの?)」
『クゥロさん。フラグ回収。おめでとうございます』
……アイちゃんめ。嬉しそうに言いやがって。
「もきゅ?(クーちゃん。私とこの女。どっちがいい? もちろんずっと一緒に過ごしてきた私だよね?」
「ワタクシに決まっています。ウサギとお姉さんアバター。アナタなら即決でしょう?」
「モキュ!(ちょっと! アバターでクーちゃんを釣るのはズルい!)」
「それならアナタも人間アバターを使用したらどうですか? ……あぁ、エネミープレイヤーの人間アバターは知られてはいけないから無理でしたね」
「むきゅきゅ……。キシャー!(ぐぬぬ……。クーちゃん大事なのは中身のお姉ちゃんパワーだよ! こんな狂人ロールプレイヤーに騙されないで!)」
「アナタに言われたくはありません! 配信動画を視聴しましたが、食べ物に薬を盛ったり、椅子に拘束してご飯を食べさせたりと明らかにアナタのほうが狂っているでしょう!」
「キシャー!(狂ってないよ! 私のはクーちゃん一筋の純愛ロールプレイだもん!)」
……うん知ってた。サンチ基準だとそれが純愛。
アイちゃんは必ず注意テロップを入れておくように。良い子は絶対に真似しちゃダメ! 現実でやったら犯罪だぞ!
「ジッキーさん。この状況は何ッスか?」
「私たち。蚊帳の外」
「それでいいんです。生半可な覚悟で首を突っ込んだらボクたちが危険です。野次馬になって楽しみましょう。そしてやばくなったら逃げます」
その対応は間違っていないぞジッキー。
サンチのロールプレイにおける最終到達点の一つに“みんな死ねばクーちゃんは私のモノになる”がある。いつでも逃げられる準備をしておけよ。
「――エイロナ!」
おっと。怖いもの知らずのレオーラが乱入してきたぞ。
「エイロナ。配信で君が困っているみたいだったから助けに来たんだ。オレにできることがあれば何でも言ってくれ! ……え? RQ強制参加? どうしてエイロナは俺に武器を向け……」
「邪魔です!」
「キシャー!(邪魔!)」
「うわあああぁぁぁぁぁぁあ!」
――ぱりーん!
エイロナとピンクの攻撃を受けてレオーラが砕け散った。
……お前は何しに来たんだよ。
『なかなかのカオスっぷりですね。クゥロさん。どうやってこの状況を治めるつもりですか?』
「モキュ。(こうなったら他のプレイヤーを巻き込んでうやむやにするしかないだろ。ちょうどいい感じの男がいるし)」
「キシャー!?(待ってクーちゃん。どこへ行くの?)」
「ワタクシたちのお話はまだ終わっていませんよ!?」
2人のことは無視だ。
オレはカセイツのほうへと進んでいく。
「どういうことだカセイツ。黒のヴォーパルがこっちに来るぞ!」
「自分に聞かれても困ると言わざるを得ない」
『クゥロさん。彼らを巻き込むのですか?』
「モキュ。(検証班は攻略ブログを運営している動画配信者。目の前に儲けのネタが転がってきたら飛びつくに決まっている)」
さぁ。どう動くケンショー?
「うむ。ついにこうなってしまったか……」
「今度の俺知ってますムーブは何だケンショー。黒のヴォーパルは何を考えているんだ?」
「女性不信だ。歪んだ性格の女性アバターたちに囲まれて心が傷つけば、クゥロが男性アバターに興味を持つようになるのは必然と言えるだろう」
「つまり。偶然にもカセイツがクゥロ愛に目覚めたことで双方向の愛が成立したってことか?」
なるほど。オレとカセイツが相思相愛の可能性アリと全世界に発信。そうすることでサンチとエイロナの争いに介入する理由を作ったか。
「そんなことはありえない。二人とも落ち着けと言わざる得ない」
「だったら黒のヴォーパルは何でこっちに向かってくる? 答えは一つだ。明らかに地雷な女性アバターではなく、お前を相棒に選んだんだよカセイツ。なぁ、ケンショー!?」
「うむ。その可能性はゼロではない。検証するべきだ」
「そ、そうか? 自分は黒のヴォーパルに選ばれたと言わざる得ないのか?」
いい感じの展開になってきたぜ。それにしても検証班のメンバーはノリがいいな!
とにかくあとはサンチ、エイロナ、検証班で潰し合ってくれるように立ち回るだけだ。
「もきゅ?(カセイツ)」
「……黒のヴォーパル」
カセイツの正面で一時停止。オレはつぶらなウサギの瞳で相手を見上げた。
「モッキュー!(ダメだよクーちゃん! そこにはヤマもオチもイミもない!)」
「追い詰めたのはワタクシなのに。どうしてそうなるのですか!」
「うむ。黒のヴォーパルはカセイツを選んだ。彼らの愛を邪魔するならば、このケンショーが相手をしよう」
サンチとエイロナの前にケンショーが立ちはだかり戦争が始まった。
――どっかーん!
――ちゅどーん!
――バリバリダーッ!
「マズい退避だ! 電撃に巻き込まれるぞ!」
「――うぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!」
第三勢力の介入によって戦いは激しさを増す。その余波は周囲の野次馬たちにも被害を及ぼし始めた。
「カセイツ。ケンショーが敵を食い止めている今がチャンスだ。このテイマーボールを使え」
「ハートの模様が描かれたテイマーボール? まさかこれはラブラブリーボール!? オークションでしか手に入らない貴重なものだと言わざるを得ない。……セメツイいいのか?」
「ラブラブリーボールはお前が使うべきだ。オイシイところを持っていけ!」
「ありがとうセメツイ。感謝を言わざるを得ない」
ラブラブリーボールを受け取ったカセイツがオレを向かって振りかぶる。
「黒のヴォーパル。これが自分の気持ちを言わざるを得ない。行け! ラブラブリーボール!」
「キシャッ!(当然断る!)」
自慢の角を振ってラブラブリーボールをピッチャー返し。
超高速の打球にカセイツは反応できず、ボールが顔面に直撃して身体ごと吹っ飛ばされた。
「……そんな。期待したのに。酷いと言わざるを得ない」
「もきゅ!(お姉さんアバターにTS転生してきたら考えてやる!)」
これで男色疑惑は否定できた。
「もきゅ。(さてと)」
エイロナたちは戦闘中。巻き込まれた野次馬たちも大混乱。
――さぁ。逃げるぞっ!
「――おい! 黒のヴォーパルが逃げたぞ!」
オレの逃走に気付いたプレイヤーたちが動き始める。
しかし彼らは地面を踏み抜き、落とし穴に片足を突っ込んでいった。
「ピンクの悪魔の落とし穴だ! いつの間に!?」
「罠探知でとんでもない数の落とし穴を確認したッス!」
ピンクのヤツ。相変わらずいい仕事をするぜ。飛べないプレイヤーの殆どが足止めを食らっている。
「マズいッス。黒のヴォーパルの進行方向に巣穴があるッス!」
「無理。追いつけない」
「モッキュー!(さらばだー!)」
オレは巣穴に飛び込んだ。