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vsエイロナ


 襲い掛かってくるエイロナの鋸を気合で避けた。

 着地と同時に距離を取って状況を把握する。

 この場にいるのはエイロナ、ジッキー、スフィア、グリィセリンか。ようやく愛の巣を脱出できたのに鉢合わせとは運が悪い。


『ワタシは無罪ですよ。クゥロさんの要望通り地上に最も近い場所へ案内しただけです』

「もきゅ。(分かっているって)」


 アイちゃんが地上の状況をオレに伝えるのはゲーム的にフェアじゃない。むしろ道案内をしてくれたのが例外だ。


「……カンチョー。予感はしていたけど今回も退場ッスか」

「グリィセリンさん。カンチョーさんに何があったんですか?」

「あの黒いウサギッス。アイツが地中から飛び出してカンチョーをやったッス」

「カンチョーに浣腸? ――ぷっ」


 マジか。小学生レベルのダジャレでスフィアが笑っている。


「ジッキーさん。解析結果はどうッスか?」

「ステータスは……黒のヴォーパルと一致しています」

「ならば次はAIの確認ッスね」

「その必要はありません。この胸の高鳴りはあの人に間違いありません。……ウフフッ」


 エイロナの笑顔が怖い。

 ……というかエイロナって一体何者? 第六感的なオカルトパワーでオレの存在を感じ取っているのか? サンチレベルのヤバさだぞ。

 とりあえず今は……。


「モッキュー!(勝ち目がないから逃げる!)」

「えっ? どういう事ッスか? ドヤ顔脱兎化はまだ早いはずッスよね?」

「中にあの人がいるのです。これはもう運命なのでしょう!」

「エイロナさんの言っているは全く理解できませんが、あの黒ウサギを追跡すればいいんですね」


 ジッキーが【カメラアイ】を飛ばしてきて撮影を始める。


「もきゅ!(こんなもの。撮影範囲外に出れば!)」

「簡単には逃がさないッス」


 上空を駆けるグリィセリンが丸い物体を投げてきた。地面に着弾すると怪しげな煙を噴出してオレの進路を塞ぐ。

 オレの使役が目的なら普通の煙幕はありえない。間違いなく麻痺や睡眠などの効果が付加された行動を阻害するタイプ。この中を通るのは自殺行為だ。

 オレは空中ジャンプで強引に進路を変えた。


「勘のいいウサギッスね。だけどまだまだ行くッスよ! スフィアさんも頼むッス!」

「了解」

「もきゅ!(お前たち。上から物を落とすのが好きだな!)」


 次々と落下してくる煙幕弾から逃げていく。

 予想通りだ。煙に巻き込まれた不幸なウサギたちが倒れて鼻提灯を作る。

 投下位置を誘導しないと煙の牢獄に閉じ込められて詰むぞ。


「モッキュー!(でも面白い!)」


 心の中でカウントを始める。そして煙の有効時間終了と同時に突っ切った。


「中の人。本当に優秀」

「そうッスね。オイラも欲しくなってきたッスよ」

「ダメですよ。グリィセリンさん。ワタクシのモノです」


 煙の中から現れたエイロナの鋸を避ける。

 ……危なかった。感度のいいウサ耳じゃなかったらエイロナの接近に気付けなかったぜ。


「もきゅん!(というか。オレを殺す気満々だな! 捕獲する気がないだろ!)」

「ワタクシは【手加減】のアプリをインストールしています。どんなに切り刻んでも絶対に死ぬことはありません」


 魔物を捕獲するなら【手加減】は便利なアプリだけどさ。エイロナが言うと拷問みたいで怖い!


「ワタクシはこのときをずっと楽しみにしておりました。レベルも下げて条件は対等。――さァ。心逝くまで戦いましょう!」

「モッキュー!(結局戦うしかないのかよ!)」


 鋸の間合いに注意して仕掛けるタイミングを計る。

 他のプレイヤーはエイロナの邪魔になるからと見ているだけのようだ。


「もきゅ?(タイマンなら意外とオレに有利か?)」


 レベルダウンによるメモリ容量の低下。そして眠り効果がある煙の中で活動するために睡眠耐性を上げているはず。さらに【テイマー】や【手加減】などの余計なアプリをインストールしていればメモリ容量不足は確実。

 現にエイロナは前回よりも攻撃にキレがないし、姿を消したりもしない。おそらく戦闘系のアプリは最低限のはず。


「モッキュー!(それでも強い!)」

「ウフフ。――アハッ!」


 エイロナはオレの動きを予測して的確に攻撃を潰してくる。その正確さはまるでサンチと戦っているみたいでやりにくい。

 残りのSTも一割を切って追い詰められていく。


「……フフッ」


 優勢だったはずのエイロナが距離を取って構えを解いた。


「もきゅ?(何のつもりだ?)」

「小休止にしましょう。ST切れでアナタに勝利しても屈服させたとは言えません。食事もどうぞ遠慮なさらず」

「……もっきゅー。(じゃあ御言葉に甘えて)」


 エイロナがレジャーシートを広げて座る。水筒とクッキーの入ったバスケットを取り出すと優雅なティータイムが始まった。


「アナタもご一緒にいかがですか?」

「モキュ!(敵の食べ物は食わない!)」

「残念。胃袋を屈服させるにはまだ早かったようですね」


 オレはエイロナを警戒しつつ草原の草を食べて消耗したステータスを回復させていく。

 ……チクショー。クッキーから美味そうな匂いがするぜ。


「もの凄い煙が立っているから来てみたけど。……これはどういう状況なんだ?」

「兎殺神官って黙っていればお嬢様みたいだよな」

「あの笑い声がなければクルクル回っている姿も美しいのに……もったいない」


 ……いつの間にか結構な数の観戦者がいる。騒ぎに気付いたプレイヤーたちが集まっているみたいだ。


「配信を見て来ちゃいました! ジッキーさんファンです! 握手してください!」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 ジッキー。応援してくれるファンがいてよかったな!


「あの。配信でアリスちゃんが合流するって言ってましたけど……」

「彼女は……ちょっとトラブルがあったみたいでこれなくなっちゃいました」

「何だ。残念」


 前言撤回。アリス目当てのファンだった。ドンマイ。


「うむ。ずっと観察していたが、あの黒ウサギは本当に素晴らしい動きをしている」


 後方で腕を組んで頷いている男は見たことがあるぞ。ゴブリン砦の警笛ギミックに気付いたケンショーというプレイヤーだ。

 その横にはセメツイとカセイツの便利な説明係もいた。


「カセイツ。もしかしたら本物の黒のヴォーパルじゃないか?」

「その可能性は高いぞセメツイ。クゥロについて長年研究してきたが、あのウサギは身体の動かし方に多数の類似点がある。細かい動作までコピーするのは至難の業だと言わざるを得ない」

「ふむ。非常に興味深い。セメツイ、カセイツ。【カメラアイ】を飛ばせ。マナーを守って正しく検証だ」

「了解ケンショー。……というか、カセイツって黒のヴォーパルを持っていないよな? どうやって調べたんだ?」

「黒世界のアリスのチャンネルをお気に入り登録していると言わざるを得ない」

「……そうか」

「二人とも。ちょっとこれを見てくれと言わざるを得ない」


 カセイツが空中にディスプレイを出現させた。


「黒のヴォーパルの肛門に傷があると言わざるを得ない」

「うむ。これは切れ痔だろうか? でかしたカセイツ。世紀の大発見だ。本物を見分けるのに役立つ」

「もきゅ?(アイちゃん。そんな傷あったっけ?)」

『水魔法を受けたときの傷を残しました。個性が出て面白いと思いませんか?』

「もきゅ……。(切れ痔が個性っていうのは嫌なんだけど……)」


 まぁ。ネタとしては面白いかもだし、倒されればリセットされるから別にいいか。

 ……さて。休憩中も高性能なウサ耳は勝手にプレイヤーたちの会話を拾う。その中で4羽の黒い一角ウサギを従えている2人組が気になって耳を傾けてみた。


「なぁなぁランカク。ケンショーたちの言葉が正しければ、ついさっき捕まえた黒ウサギたちは全部偽物ってことだよな?」

「完全にパチモンだよ。動きが全然違う。――クソッ! 今まで使ってきたテイマーボールが無駄になったし。あー、オレもゲンセンみたいに召喚契約にしておけばよかった」

「もきゅ?(あるじー。どうしたの?)」

「モキュー!(遊んでー!)」

「もきゅーん。(ごーはーん)」

「キュー!(マスター。ご命令を!)」

「召喚術は契約破棄が楽だぞ。――そういうワケだからバイバイ“にどりゃん”」

「きゅぅ……。(マスター。その命令は酷い……)」

「“ああああ”“いいいい”“うううう”お前たちもサヨナラだ!」

「「「もきゅ~~~!(うわぁ~~ん!)」」」


 4羽の黒い一角ウサギたちが鳴きながら草原へ消えていった。

 ……そんな光景を見せられたら今後厳選作業ができなくなっちゃう。


「ところでカセイツ。あの黒ウサギはどうして逃げないと思う?」

「可能性はいくつか考えられる。黒のヴォーパルの中身と噂されているクゥロは攻略動画の配信者だ。この状況は宣伝になると言わざるを得ない」


 ……確かに。数十個の【カメラアイ】に囲まれているこの状況は最高の宣伝になるな。

 配信者の中には『兎殺神官エイロナvs黒のヴォーパル。まもなくラウンド2開始』というテロップを入れているかもしれない。


「他には?」

「中身を知られたことによる行動制限だ。クゥロの場合は攻略動画の配信者だから安易に逃亡すれば炎上する危険があると言わざるを得ない」

「どんなゲームでも身バレには注意しましょうってか。……このゲームから学ぶことがあるとは思わなかった」

「もちろん本人のプライドという可能性も否定はできないと言わざるを得ない」

「もきゅ……。(ちょっと深読みし過ぎだぞ)」


 対人戦の映像は確保したからチャンスがあれば逃走するつもりだ。イヌカウルフとは違って一角ウサギならエネミープレイヤーの評価は下がらないからな。

 オレはルールに則ってゲームを楽しむぜ!


「ウフフ。そろそろ再開しましょうか」

「もきゅ。(そうだな)」


 オレとエイロナの第2ラウンドが始まった。

 今までの戦いでエイロナの弱点は把握した。エイロナのクルクル回る攻撃方法は回転時に一瞬だけ相手から視線を外す。狙うならその瞬間だ。ウサギの身体は砦ゴブとは違って小さいから見失いやすい。

 攻撃を避けつつ、タイミングを見計らって……。


「――アハハッ!」

「モッキュー!(今だ!)」


 エイロナの回転方向に合わせて全力で跳ぶ。

 背後を取った瞬間、視界の内にエイロナの後頭部が見えた。完璧だ。エイロナは完全にオレを見失っている。これなら防御障壁を張るのも間に合わない。

 オレは自慢の角でエイロナの急所を狙った。


「アナタの姿は見えています」


 ぐるんとエイロナの頭が動き、瞳孔の開いた目がオレを補足。軌道修正した鋸が迫ってくる。

 無理だ。【空中ジャンプ】は使い切ってしまった。直撃する。


「――モギュ!?(グベェ!?)」


 吹っ飛ばされたウサギボディが何度も地面をバウンドして止まる。

 ……やられた。HPは残っているけどエイロナの【手加減】がなかったらドロップアイテムになっていた。

 しかし、エイロナはどうやってオレの位置を把握した? 完全に死角を付いたはず。まるで第三の目でもあるみたい……。


「もきゅ!(【カメラアイ】か!)」

「正解です」


 上空を飛んでいた無数の【カメラアイ】の中の1つがエイロナの頭上で静止する。


「自身の弱点は理解しています。そしてアナタが狙ってくることも予想していました」


 ……エイロナの方が1枚上手だったか。

 便利そうだしオレも【カメラアイ】を使えるようになっておこう。


「回復して続けますか?」

「もっきゅー。(オレの完敗だ。好きにしろ)」


 右前足を左右に振って答える。

 タイマン勝負で、しかもエイロナはレベルを下げて挑んできたんだ。これはもう素直に負けを認めるしかない。

 ナイスファイトだった。


「ウフフ。ついにこのときが訪れたのですね」

「決着した。おめでとうエイロナ」

「……え? スフィアさん。それってエイロナさんの勝ちってことですか?」

「そう」

「スゴイッスね。オイラの知る限りだと黒のヴォーパルを従えるのって二人目ッスよ」

「「「おぉ~!」」」


 観戦者たちが盛り上がる。


『クゥロさん。よろしいのですね?』

「もきゅ……。(あぁ。あとはAIに任せ……)」

「――きゅうううううぅぅぅぅぅ!(だめえええぇぇぇぇぇ!)」


 地面を突き破って、ピンクの一角ウサギが叫びながら飛び出してきた。

 そしてエイロナに向かって威嚇する。


「キシャー!(クーちゃんは私の夫なのっ! あなたなんかに渡さない!)」

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