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毒にも薬にもなる仕様


 野生のウサギにとって食事は命がけだ。食物連鎖の底辺に位置するウサギは巣穴から出れば獲物として捕食者に狙われる。

 それは一角ウサギでも変わらない。

 

 ――地面が弾けて土が巻き上がった。


 遅れて乾いた発砲音が聞こえてくる。

 狙撃されたと気付いた瞬間、オレは食事をやめて近くに用意しておいた塹壕に隠れた。


「もきゅん!(今回は運が良かったぜ!)」


 一角ウサギの索敵は音頼み。音速を超える攻撃には無意味だ。

 オレはウサ耳を倒して塹壕から少しだけ顔を出す。イヌカの森方面に太陽光を反射する金属のようなものが見えた。


「……もきゅ。(遠いな)」

『クゥロさん。今回は逃走を推奨します。戦闘は無理です』

「もきゅきゅ。(何を言っているんだアイちゃん。世界最強を目指す戦闘狂が逃げるわけにはいかないだろ)」

『それはラビィちゃんの設定です』


 ……そうだった。いつものクセでつい。


「もきゅ!(それでも一撃くらいはやり返したい!)」

『強制はしません。ですが警告はしましたよ』

「もっきゅん!(後悔はしないぜ!)」


 オレは塹壕から飛び出した。

 真っ直ぐ敵に突っ走れば格好の的になってしまう。速度に緩急をつけたりジグザグに跳ねることで、こちらの行動を予測させない。


「もきゅっきゅー。(見えてきたぜ)」


 敵は二人組。

 一人は筋肉もりもりマッチョマンのアーマルド。もう一人はスコープ付きライフル装備で初心者マークを付けた小学生くらいの女の子だった。


「マミィ! ウサギがこっちに来る!」

「落ち着いてよく狙うんだサリア。距離が縮まればアシスト補正で当たりやすくなる」

「わかったよマミィ」

「ゲーム内ではダディって呼んで」

「もっきゅー!?(アーマルドの中身は女性だったのかっ!?)」


 そして夏休みに親子プレイ。現実もゲームも充実しているようで良いことだ。


「もきゅきゅ!(だけど手加減はしないぞ!)」


 外れた弾丸が地面を抉った。

 サリアのライフルはボルトアクション方式だな。連射ができないならこのタイミングで距離を詰める。


「動きが早くて当たらないよ! マミィもショットガン使ってよ!」

「その必要はない」

「もっききききゅ!(随分と余裕だなアーマルド。それなら大事な娘を退場させてやる!)」


 サリアの銃弾が頬を掠めた。

 二人までの距離はあと4メートル。ここで一気に攻めてやる。

 オレはサリアに向かって跳んだ。


「――きゃぁ!」


 サリアが恐怖で体を強張らせる。

 オレは角の先端をサリアの頭部に狙いを定め、空中ジャンプで加速した。

 ――もらったぜ!


《警告:初心者保護区域。侵入禁止》


「――ぶべぇ!(ぶべぇ!)」


 一角ウサギの身体が透明な壁に衝突して張り付いた。


「……もっきゅ~ぅ。(侵入禁止ってマジかよ)」

『戦闘は無理だとワタシはちゃんと警告しました』


 ズルズルと見えない壁に沿って地面へと落下していくオレにアイちゃんが声をかけてきた。


『そしてありがとうございますクゥロさん。おかげでルール説明にぴったりの素晴らしい映像が撮れました』


 ……そりゃ、どうも。


「マミィ。これってどういうこと?」

「サリアが初心者でいる限り魔物はこの中に入れない」

「それって一方的に攻撃し放題じゃない。アリなの?」

「修正されないということはアリだ。ただしこれは初心者マークがついている間だけ。チュートリアルが終わったら普通に攻撃してくる。わかったな?」

「イエス、マム」

「違う。そこはsirだ」

「そんなことより。この距離なら外れないよね」


 ――ヤバい! サリアが銃口を向けてきた。逃げろーっ!

 飛び起きたオレは脱兎になる。

 ドヤ顔している余裕なんてなかった。


   × × ×


「……もきゅぅ。(ふぅ。何とか逃げ切ったぜ)」

『プレイヤーに倒されるシーンが撮れず非常に残念な結果です』


 オレは簡単には倒されないぞ! この弱肉強食の世界を生き抜いてやる!


「もきゅ。(まずは消耗したステータスを回復させないと)」


 落ち着ける場所を探して草原を進む。

 他のウサギが掘った巣穴でもあれば利用したいけど簡単には見つからないか。


「おーい! こっちにもいるよー!」


 空から女の声が聞こえた。

 見上げると竹箒に乗った魔法使いが遠くに向かって手を振っている。


「もきゅ。(仲間が集まる前に逃げたほうがいいか)」


 現在のステータスで戦闘を行ったら30秒程度で行動不能になってしまう。

 オレが走り出すと魔法使いが追跡してきた。


「逃げても無駄だって」


 ……状況が悪い。この広い草原で上空から見張られていたら逃げ切るなんて不可能だ。


「きゅもっきゅ。(こうなったら巣穴を掘るしかない)」


 背の高い草が生い茂る場所に飛び込んだオレは地面を掘り始めた。

 5センチ。10センチ。15センチ。

 いい感じだ。この調子ならあと20秒もあれば隠れるには十分な穴が完成する。

 しかし無情にもSTが尽きてHPが減少を始める。そして、


「……もきゅ。(動けなくなった)」


 30センチほど掘ったところで行動不能に。穴から可愛いお尻を出している情けない状態で固まってしまった。


「アオイ。どの辺に隠れた?」

「そこの草むらにいるはず」


 草をかき分ける足音が聞こえてくる。


「ねぇ、見当たらないけど本当にいるの?」

「絶対にいるって。空から見張っていたけど草むらから外に出てきてないし」

「巣穴に逃げたのかな?」


 ――むにゅ。

 お尻を踏まれた。


「――あ、いた」


 ……くそ。見つかったか。


「行動不能状態ですね。STとHPがありません」

「これで隠れているつもりなのかな?」

「ぷっ。なにこれ可愛い~」


 ――うるせぇ。お尻を出した子は一等賞なんだぞっ!


「この子。たぶん黒のヴォーパルだと思う」

「能力値は攻略サイトに記載されているモノと一致していますね」

「いやいや。こんなバカっぽいのが本物のはずがないでしょ」

「攻略サイトだと戦闘以外は食べて寝るだけのアホの子だって書いてあったよ」


 どこのサイトだ? あとで削除申請を送ってやる。


「……もきゅぅ。(でも、その前に生き残らないと)」


 オレが動けないからと雑談している今がチャンスだ。

 時間経過でSTが回復したら静かに穴を掘っていく。


「クノンもエイコも攻略サイトっていうけどさ。もうそんなの役に立たないって。他の黒ウサギを見なよ。あっちは昼寝。そっちは穴掘りウサギと遊んでいる。行動までもコピーしちゃって、どれが本物なのか見分けがつかないって」

「もしかすると弱っているふりをして女の子にテイムしてもらおうという魂胆かもしれませんね。一時期話題になった白いロリコンウルフみたいに」


 ――ちょっと待て! そんな変態と一緒にするな!


「……でも。これは本物だと思う」

「その根拠は?」

「雰囲気かな。いつも見ているのと似ている」

「狂演のクゥロだっけ? 配信動画を見ただけでそこまで分かっちゃうものなの?」

「毎日見ているから間違えるはずがないよ」

「……クノン。ガチなファンだったんだ」

「ガチじゃないよ」

「毎日見ていてガチだと言わずになんという? というかガチ恋でしょ?」


 現実と違ってクゥロはモテモテだなぁ……。

 クノンだっけ? オレの懐が潤うのは嬉しいけど、投げ銭はほどほどにしろよー。


『クゥロさん。素直にテイムされたらどうですか?』

「キュ!(こんなアホな捕まり方はプライドが許さない!)」


 オレは地上の三人に怪しまれないように静かに土を掻き出していく。

 ――よし。もう少しで地中に逃げられるぞ。STも余裕が出てきた。


「……あれ? ウサギがいない!」

「あの状態では走ることすらできないはず。…………穴から土が噴き出してる? ――地中に逃げるつもりですよ!」

「モキュ!(ばれたか!)」


 ここからは全力で掘り進む!


「逃がさない」

「もきゅん!(変なところを触るな。エッティー!)」


 尻を撫でられたので後ろ脚で蹴っておく。


「ちょっと待って。――うぇ、土が口に入った」

「クノンどいて。水責めにする。――ウォータービーム!」


 ――ドババババババババーッ!

 ちょ、水圧強過ぎ! 切れ痔になっちゃう!

 しかも顔が水に浸かったら酸素ゲージが現れたし!


「さぁ、早く穴から出ないと溺れ死んじゃうよ!」


 とうとう酸素もSTもHPも尽きてしまう。


「も、もきゅぅ……。(やばい。もう無理かも……)」


 そのとき。

 足元の土が崩れて大穴ができ、その下にある地下空間へと押し流された。

 身体を振って水を飛ばす。


「もきゅ?(誰かの巣穴を掘り当てたか?)」

「もっきゅー?(間に合ったねー。大丈夫ー?)」

「きゅ。(お前は……)」


 振り向くと、ピンクの一角ウサギが嬉しそうに笑っていた。

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