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追放エンド?


 転移先は巣穴の中だった。


「もきゅ。(現在地はイヌカの森付近か)」

『日常の様子を撮影したいので最初はプレイヤーの少ない場所にしました』


 視界に小窓が追加されてアイちゃんが映った。


「もきゅ?(訓練用のフィールドで良かったんじゃないか?)」

『敵に狙われるのも日常です』

「もっきゅん。(なるほど)」


 エネミープレイヤー向けのPVなら絶対に外せない要素だ。


『それでは撮影を開始します』

「もっきゅー。(オッケー)」


 まずは巣穴の出入り口まで移動する。そしてオレは鼻先をちょっとだけ巣穴から出した。


「もきゅ。(臭い、問題なし)」


 次は耳を出して全方位の音を探る。

 

「もきゅ。(音、問題なし)」


 最後に顔を出して周りを見渡す。

 

「もきゅ!(プレイヤーの姿、――ヨシ!)」


 オレは巣穴から飛び出した。

 今日もいい天気だ!


「もきゅ?(アイちゃん。日常風景って本当にいつも通りでいいんだよな?)」

『問題ありません』

「もっきゅー!(それならまずは、――準備体操だ!)」


 ウサギの身体に慣れるべし!


「もっきゅっきゅっきゅー。(1,2,3,4、ログインだー)」


 ログアウト体操もといログイン体操の音楽に合わせてウサギの身体を動かしていく。

 最後に深呼吸したら準備体操は終了だ。

 次は……。


「――もっきゅー!(草原の草うめぇ!)」


 モチベーションの維持に美味しい食事は必要不可欠!

 味覚補整のおかげで草原の草が美味いことを未来のエネミープレイヤーに向けてアピールしておく。


「もっきゅ~。(お腹が満たされたら昼寝だ~)」


 日向ぼっこしながらSTを回復。

 さわやかな風が吹き、草木が擦れる。そんな環境音をBGMにしていると気持ちが良くて本当に眠ってしまいそうになる。


「……すぴぃ~。(……すやぁ)」

「――いたぞ角アリだ!」


 男の声が聞こえてきた。


「白い角アリの周囲に穴掘りウサギが5羽……あれは白百合だな。リタの経験値稼ぎには丁度いい。みんな戦闘準備だ」

「頑張ります。石油王」


 白百合ならオレとは無関係。昼寝続行で問題なさそうだ。


『クゥロさん。スローライフは十分に撮影しました。次は仲間のウサギを助けるヒーロー的なシチュエーションでいきましょう』

「もきゅ~。(はいよ~)」


 依頼主の要望ならやるしかない。

 オレは簡易マップに表示された指定ポイントに向かった。


「……もきゅ。(聞き覚えのある声だと思ったらイーケメンだったか)」


 少し離れた草むらに隠れて様子を見る。

 ちょうどイーケメン&5人の女性アバターとウサギたちの戦いが始まるところだった。


「俺が挑発して穴掘りウサギの気を引く。――さぁ、来い!」

「もっきゅー。(ごめんなさい、お姉さま。あんな男は好みじゃないけどルールだから……)」


 挑発を受けた5羽の穴掘りウサギたちが渋々イーケメンに群がっていく。


「すごーい。イーケメン、ウサギにはモテモテじゃん」

「ウサギすらも虜にしてしまうお兄様。さすがです」

「これが石油王のチカラなんですね」

「ちょっと。何悠長なことを言っているんですか。ご主人様は攻撃を受けているんですよ」

「自動回復で実質ノーダメだから大丈夫だ。それに穴掘りウサギは急所を攻撃してこない。どんな攻撃にも絶対に耐えられる」

「そうだとしても油断はいけませんよイーケメンさん。HPが危険になったらすぐに言ってくださいね」

「そのときは頼むよ。……さぁ、リタ。みんなと協力して白百合を倒すんだ」

「わかりました石油王」


 リタが前に出ていく。

 ……それにしても。イーケメンのお助けNPCは全員同じ女性声優だよな? 声優の力ってやべぇー。石油王の財力もやべぇー。レイドになったときのメンバーが楽しみだ。


「もきゅ。(レベルが低いのかリタの動きが悪いな)」


 それにイーケメンは群がる穴掘りウサギを倒す気がないらしい。

 白百合を倒したあとで1羽ずつリタに倒させて経験値を稼がせるつもりだろうか?


「もっきゅ。(どちらにせよ。白百合に勝ち目はなさそうだな)」

『クゥロさん。そろそろ助けに行ってください。白百合が倒されてしまったら、間抜けなヒーローになってしまいます』

「もきゅ?(登場や倒しかたの指定は?)」

『お任せします。……勝てますか?』

「もっきゅん!(イーケメンはリタの応援に夢中だし、アバター性能に慢心して急所を守る防具がない。勝てる可能性は十分にあるぞ!)」


 オレは穴を掘って地中を進み始めた。

 さすが穴掘りウサギの変異種。サクサク進むぜ。


「もっきゅー。(……っと、この辺りだな)」


 慎重に地上への出口を作ると、ちょうどイーケメンの後姿が目の前にあった。……よし。白百合はしぶとく生き残っている。

 オレはイーケメンに向かって全力で跳んだ。

 ――グサッ! とイーケメンの首を角が貫く。


「……え? いつの間に?」

「もっきゅん。(女の尻ばっか見ているからこうなるんだよ)」


 その気持ちは理解できるけどなっ!

 イーケメンが砕け散るとお助けNPCたちも消えていった。

 あとはアイちゃんの要望通り、ヒロインのピンチを救ったヒーローっぽい感じで白百合に近付いていく。

 

「もきゅ?(大丈夫か? 白ウサギさん)」

「…………もきゅ。(何よあんた)」


 ……あれ? 白百合に警戒されている?


「もっききゅ?(そんなに睨むなよ。危ないところを助けたんだし一言お礼くらいあってもいいだろ?)」

「きゅぃ!(別に助けてなんて言っていないし!)」


 おーい。アイちゃん。台本と全然違うぞー。


「も……もっきゅ。(……でも。まぁ…………あ、ありが)」

「――キッシャー!(お姉さまに近付かないで!)」


 挑発状態から解放された5羽の穴掘りウサギたちが叫びながら、オレと白百合の間に割り込んで壁を作った。


「キシャー。(お姉さまはね。黒いウサギが大っ嫌いなのよ)」

「キッシャー。(そうよ。お姉様は黒いウサギに大切なものを奪われたせいで心に深い傷を負っているの)」

「モッキュー。(黒いウサギなんてゴッキー以下の存在ですわー)」

「……もきゅ?(え? 私そこまでは言っていな……)」

「キシャー!(――とにかく! お姉さまが嫌いなモノはわたしたちも嫌いなのよ)」

「シャー!(ちょっと格好良く助けたからってヒーロー気取りにならないで!)」

「モッキュー。(黒いウサギなんて排泄物以下の存在ですわー)」

「モキュ!(全くです。食べる価値もありません)」


 ……そんなにディスられたら凹むんだけど。


「モキュー!(さぁ。みんなでお姉さまを守るのよ!)」

「キシャー!(二度と近付かないように徹底的にやりましょう!)」

「モッキュー。(倍返しですわー)」

「――も、きゅ!(ちょ! 痛いって!)」


 穴掘りウサギたちに囲まれてポコポコ叩かれる。

 黒いウサギ嫌われ過ぎだろ。いったい何をやらかしたらここまで嫌われるんだよ!


「もっきゅー!(やめて。こんなこと私は望んでいないわ!)」

「もきゅきゅ。(敵に情けをかけるなんてお優しい。だからいつもお姉さまは最後の最後で失敗してしまう)」

「もきゅう。(何度も寝取られているのに懲りないお姉さま。そんなお姉さまだからこそ私たちが側にいる間だけでも支えなくてはいけません)」

「モッキュー。(ドジっ子属性も追加ですわー)」

「キッシャー!?(運に恵まれていないだけよ! あなたたち本当は私のこと馬鹿にしているでしょ!?)」


 ……白百合の中身は普段どんな生活を送っているんだ?

 会話から想像すると“彼氏を寝取られた薄幸ドジっ子お姉さま”って。追放要素が加わったら悪役令嬢婚約破棄モノのテンプレをコンプリート。可哀想だからロールプレイだと思いたい。


「ねぇ、アリスちょっと見て。あそこで白いウサギたちが仲良さそうに遊んでいるわ」

「…………仲良さそう?」


 ――この声。アリスとリリィか。


「もっきゅ!(これはいけません。二人が来る前に黒いゴミを処分しなくては)」

「もきゅきゅ。(早くしないと誤魔化せなくなってしまいます)」

「モッキュー。(ここ掘れワンワンですわー)」

「――も、きゅぅ!(――ちょっ。生き埋めはやめろって!)」


 落とし穴に無理矢理押し込められたオレは穴掘りウサギたちに土をかけられる。


「……お姉ちゃん。あれってどう見ても仲が良くないよね?」

「そ、そんなことはあり得ないわ。だってみんな私のことを大切にしてくれる優しい性格で……って、どうして黒い一角ウサギがいるの?」

「きゅ。(――ちっ。気付かれてしまいました)」

「もきゅい。(作戦を変更しましょう)」

「モッキュー。(私たち、今からお友達ですわー)」

「「「「「もっきゅ~?(……ねぇ?)」」」」」

「もきゅ。(は、はい……)」


 ……こいつら怖い。並の穴掘りウサギじゃない。


「モキュ!(――さぁ、お姉さま。舞台は整いました!)」

「もきゅきゅい。(あとはお姉さまがくっころ宣言して捕獲されるだけです)」

「モッキュー。(栄光のアリスロードですわー)」


 アリスに対する執着心がやべぇ。白百合はリリィのエネミーモンスターで確定だろ。


「もきゅ。(……私の友達がごめん。ここまで過激だとは思わなかったわ)」


 白い一角ウサギが小さな声で謝ってきた。


「……きゅぃ。(お前も苦労しているんだな)」

「きゅきゅ。(この程度は些末なことよ。私はアリスにテイムされるためだけに産まれてきた。そのためならなんだってするわ。私の存在価値はそれだけだから)」

「……もきゅ?(……それって楽しいのか?)」

「――モキュ!(――最高よ!)」


 白百合の意外な返答に少しだけ驚いた。

 一般的な創作物だと境遇に不満を抱えている場合がほとんどだが、どうやら白百合は違うらしい。

 白百合はうっとりした表情で語り始める。


「もきゅきゅぃもっきゅうきゅきゅぃもっきゅう!(だって、1日中アリスのことを考えていられるのよ。アリスに抱きしめられて優しく撫でられる。あぁ、想像をしただけで心が天国へと昇っていくわ!)」

「……もきゅ。(そっか。……まぁ、がんばれ)」


 AIもシスコン拗らせることが理解できたぜ!


「……もきゅ。(最後に一言だけ言っておくわ。……あんたのこと、アリスの次くらいには気に入ったわ。あの状況で助けてもらったのは初めてだったし。おかげでアリスとエンカウントすることができた。…………ありがとう)」

「きゅぃ。(どういたしまして)」


 オレはアイちゃんの指示に従っただけだが、無粋なので言わないでおこう。

 ……さて。オレは戦闘が始まる前に離脱するか。


「もっきゅー!(――さぁ。アリス。勝負よ!)」


 白百合はアリス正面に立って鳴いた。


「きしゃー!(私を瀕死状態まで削りなさい!)」

「くーちゃん。やっちゃって」

「モッキュー!(了解だ。ご主人さま!)」


 くーちゃんの一撃で白百合のHPが全損した。


「やったね。くーちゃん!」

「もきゅ!(報酬は草餅なっ!)」


 消滅していく白百合を見てリリィが呟いた。


「ど、どうして……」

「? もしかしてお姉ちゃんが倒したかった?」

「そうじゃなくて。……えっと、可愛いウサギさんを一撃で倒しちゃうのは可哀想じゃないかなって」

「そんなの無理だよ。レベル差があり過ぎるもん」


 ですよねー。


「【手加減】のアプリはインストールしていないの?」

「くーちゃん【手加減】は好きじゃないみたい」

「モキュ!(手加減は相手に失礼だ!)」


 さすがオレのAI。戦闘に関しては徹底しているな!


「それにさっきの白いウサギさんは変だったよ」

「……変って、どういうこと?」

「レベルが上がって魔物の言葉が少しだけ理解できるようになったんだけど。白いウサギさんは最初からわたしにテイムされることが目的だったみたい」

「…………」

「そういう変な魔物はテイムしちゃダメってラビィちゃんが言ってたよ。情報交換所にも書いてあった」

「そ、そうね。アリスの判断は間違っていないわ」

「それじゃあ、あとは通報するだけだね」

「――ちょっと待って!」


 通報ボタンを押そうとするアリスの手をリリィが掴んだ。


「どうしたのお姉ちゃん? 手を放してくれないと通報ボタンが押せないよ」

「……本当に通報するの?」

「お姉ちゃんだって迷わず通報するようにって言っていたよね?」

「…………」

「……お姉ちゃん?」

「ごめんアリス。ちょっと急な用事が入ったからログアウトするわ。ジッキーたちにも伝えておいて」

「わかった」


 アリスが通報ボタンを押した瞬間にリリィの姿が消滅する。


「……もっきゅぅ。(成仏しろよ)」


 オレは両手を合わせてリリィを見送ったのだった。

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