ダーリン&ハニー3
エイロナは音もなく一歩前に進んで、姿を消した。
「――ごぶ?(どこに行った?)」
速度に関しては自信がある。それでもあっさりエイロナを見失ったということは……。
チクリと首に冷たいモノを認識した瞬間、――瞳孔の開いたエイロナの顔が目の前に出現した。
「――ゴブ!(――怖っ!)」
無骨なノコギリの刃から逃げようと、咄嗟に体を倒したがガリガリと赤いダメージエフェクトが飛び散る。
派手な演出だったがダメージは小さい。掠っただけだ。
仕切り直すためにそのまま転んで受け身を取って距離を稼ぐ。
「……あらあら。直撃を避けたとはいえ急所への一撃。なのにあまり効いていませんね」
エイロナがノコギリを振って刃についた赤いエフェクトを地面に飛ばす。
「見た目のとおり防御の値が高いようですね。それに反応も素晴らしい。……ウフフッ、今ので倒せなかったのはあの方以来です」
すげぇな、そのプレイヤー。今のはボスの高耐久で助かったようなものだから称賛するぜ。
……しかし、参ったな。
エイロナを見失った理由はおそらく姿を消すタイプのアプリ。暗殺という本人の言葉から間違いはないだろう。
「……ゴブゥ!(相性が悪い!)」
赤パンプロレスラーな砦ゴブのアプリ構成は鈍足脳筋。姿を消したエイロナを発見できるような能力もなかった。アプリによるサポートを受けられない以上、自力で何とかするしかない。
「それでは参ります」
エイロナがまた消えた。
音は……逃げながら喚き散らすジッキーのせいで聞こえない。足跡も硬い石だから残らない。
「――ゴブァ!(これはどうだ!)」
鉄球で足元を叩いた。たとえ破壊不可能な床でも鉄球がぶつかれば演出で埃が発生する。
ゲームゆえに埃が発生するのは数秒だけ。それでも十分だ。
オレは鎖から手を放し、歪な空間に向かって拳をふるう。
「埃で空気の流れを見えるようにしたのですね。……ウフフッ、面白い試みですが動作が遅いです」
姿勢を低くしてエイロナが躱す。そのまま急接近してきて、ノコギリの刃をオレのわき腹に当てた。
「――さぁ、断裁の時間です」
身体を軸にしてエイロナが回った。ノコギリの刃が高速で滑り砦ゴブの肉体が削られる。
捕まえようとエイロナに手を伸ばしたが、くるりと躱されてもう1回転。そのまま流れるように背後へ移動されて追加ダメージを貰う。
「――ゴベァ!(攻撃が当たらない!)」
踊るように回るエイロナを捉えることができない。姿を現すのは攻撃の瞬間だけだし、奥の手の吸引力も発動前に潰される。
オレは全身を切り刻まれてHPが減っていった。
「……おかしいですね。いつもより動きが遅い気がします。それにSTの減りも速い」
虚空からエイロナの不思議そうな声が聞こえた。
「――あぁ、忘れていました。そういえば余計なモノを預かっていましたね」
――ゴトン! ゴトゴトゴトゴトッ!
いきなり地面を転がってきた大量の爆弾に思わず顔が引き攣った。
「邪魔なので全て差し上げます」
「――ゴブァッ!(お願いマッチョル!)」
ポージングと同時に視界が爆炎と煙に支配される。
――ダメージは少ない! 耐えたぞ、筋肉が全てを解決した!
エイロナは爆発に巻き込まれないために距離を取っている。あれだけ激しく動いたんだからスタミナだって回復させなければいけない。
今のうちに立て直したい。
――ガシャン、ガシャン。
煙の中から全身鎧が走ってきた。
……このタイミングで仕掛けてくるか、
「ゴブアアァァァ!(リリィ!)」
「――衝撃のファーストバッシュ!」
エフェクトを纏ったリリィの盾が、防御姿勢を取ったオレの両腕をぶっ飛ばす。初撃は何とか防御したけど、ネーミング的に1発だけじゃ終わらないよな!
「クイックストレージ!」
リリィの武器が二枚目の盾に変わる。まさかのダブルシールド。
――マズイマズイマズイ! 防御が間に合わない!
このまま2発目が直撃したらどうなる? まずスタンしてハニーたちのバフが剥がれる。そこでリリィが挑発したら剣盾ゴブたちが「すいません。ルールなので行ってきます」と制御不能に。
その後はノコギリや爆弾で総攻撃を受けてゲームセット!
劣勢からの逆転劇。プレイヤーを引き立てるベタベタの悪役ムーブでやられ役の演出としては上出来。きっと視聴者たちも満足するだろう。
――でもな!
「――撃滅のセカンドバッシュ!」
「ゴッブアァアァァ!(最後まで諦めない!)」
インパクトの瞬間、後ろへ飛んだ。
「威力を殺された!」
――耐えた!
スタンは《危険》表示でギリギリセーフ。そして空中にいたから想定以上に吹っ飛ばされてリリィとの距離が離れた。
全身金属製の防具の重量でリリィの敏捷値は非常に低く、この距離を詰めるには時間が必要。ラストブリットも届かない!
「――まだよ! 【アーマーパージ】」
……うそーん。
盾以外の防具を弾き飛ばしてインナー姿になったリリィがものすごい勢いで肉薄する。……まさか、そこまでして勝負を決めにくるとは思わなかったぜ。
「抹殺のラストバ――ッ!」
死角から飛んできた矢がリリィの身体に刺さって攻撃が止まった。
鎧を脱ぎ捨てて全身が的になったんだ。チャンスがあれば相棒が狙うに決まっている。
「ゴブッ!(グジョブハニー。愛しているぜベイベー!)」
「ごぶ~ぅ!(私も愛してるぅ!)」
ハニーが作ってくれた絶好の機会。これを活かせなかったらゲーマーの恥だ!
「ゴブウアアアアアァァァァ!(行くぞ!)」
「――くっ、麻痺で身体がっ!」
動きが鈍ったリリィに向かって両手を広げながら突進する。
リリィを捕まえたら背後に回り、両腕で腰をがっちりホールド!
「――ちょ、まま、待って! これってファイナルでアトミックなヤツよね!? いくらゲームでもそれは怖いからっ!」
「ゴッブァァァァアアアア!(オマエノコトバ、ワカラナイ!)」
「いやあああぁぁぁぁぁぁっ!」
衝撃のバックドロップ! 撃滅のバックドロップ! そして最後はリリィ担いで特大のジャンプ……か~ら~の。
「ゴブブゴブゴブゥブァァアアア!(抹殺のサイクロン・パイル・ドライバー!)」
――ノックアウト。
目を回し、泡を吹いて倒れているリリィのアバターが砕け散った。
「ゴブァーッ!(ハラショー!)」
オレは両手の人差し指を天に掲げて勝利のポーズを決めた。
エネミープレイヤーは最後に必ず敗北する運命だ。それはつまり、オレたちは常に格下で主人公たちに無謀な戦いを挑む挑戦者だということ。
だからこそ、――勝ったときは最高に気持ちがイイッ!
× × ×
エキシビジョンマッチはオレたちゴブリン側の勝利で決着した。
リリィ退場後、ジッキーも剣盾ゴブの斬撃を受けて消滅。補給が途絶えたことでグリィセリンも飛べなくなってハニーの矢で沈む。最後まで生き残ったエイロナは剣盾ゴブを倒して善戦したが、ENとSTが尽きたことでHPが溶けた。
『お疲れ様でした。ダーリン&ハニー』
公式生配信も終了の時間がやってきた。
アイちゃんが歌うバラード曲をBGMにオレとハニー、アイちゃんが並んでカメラの前に立つ。
『素晴らしい戦いでした。振り返ってみてどうでしたか?』
「ゴブ!(今回戦ってくれたプレイヤーの皆さんが強敵でとても苦しめられました。勝てたのはハニーのおかげです。もしもハニーがリリィさんの攻撃を妨害していなかったら、そのまま押し切られていたと思います。最高のパートナーだと改めて実感しました)」
「ごぶ~♪(ダーリンも格好良かったよ。体を張って爆弾から守ってくれたときは惚れ直しちゃった♪)」
ハニーがオレの腕に抱き着いてくる。
「ごぶごぶ!(そういうわけで。――アイちゃん、出演料のウエディングドレス頂戴!)」
『……今ですか? まさか装備する気ですか?』
「ごぶ~!(もちろん! 配信中に結婚フラグを立てたんだから今着ないとダメでしょ。ちゃんとフラグを回収してスッキリ終わらないと、フラグ管理もできない駄女神認定されちゃうかもよ)」
ハニーのロールプレイ恐るべし。そこまで計算していたのか。
『…………わかりました。駄女神属性はアリですが、運営としてフラグ管理のミスは許容できません』
「ごっぶ~!(やった~!)」
ハニーの装備が輝き、ウエディングドレスに変化した。ちゃっかりオレもタキシード姿に変わっている。
「ごぶ?(どうかな? ダーリン)」
「…………ゴブッ!(グッドだ。ハニー!)」
「ごぶっ♪(えへへ♪)」
ここまで突き抜けたら、オレもロールプレイを続けるしかない。配信が終わるまで付き合おう。
『それでは最後にお知らせです。この度、ワタシことアイちゃんはVRアイドルとして歌手デビューしました。現在流れているエンディング曲【AI will always love you(いつまでもあなたをAIしてる)】が配信終了後にダウンロードできます。アイちゃんコインでも購入できるので、サービス継続のためにどんどん課金してください』
――もう少しオブラートに包もうよ!
『それではダーリン&ハニーからも一言どうぞ』
「ゴブッ!(クセのあるゲームだけど、この配信を見て少しでも楽しみ方が伝わったらいいと思います)」
「ごぶ~!(私たち、このゲームで幸せになりました!)」
「ゴブ!(みんなの挑戦を待っているぜ!)」
『それでは、次の配信でまた会いましょう』
公式生配信はアイちゃんの新曲MVを背景にしたエンドテロップに切り替わった。
やがて曲が間奏に入り、そして……。
――ピーンポーンパーンポーン♪
『アイちゃんからのお知らせです。公式生配信で登場した“ダーリン&ハニー(再現AI)”が期間限定で戦えるようになりました。2人の強力な連係を打ち破り、結婚フラグをぶち壊せるかはアナタ次第。皆さまの挑戦をお待ちしています』
THE,END?