安久谷九郎の悪役ロール(家族と練習中)
「くっくっく~。お主も悪よのぅ」
「くらえーっ。惨殺剣!」
「――うぎゃああぁぁぁぁ!」
オレは弟の九龍が振り下ろす玩具の剣に斬られてリビングの床に倒れた。
……ファンタジーな世界観で悪代官は厳しいか?
「にーちゃん。次はわたしー」
「了解」
立ち上がったオレは魔法少女のステッキを構えた九龍の双子の妹、九鐘に向かって叫ぶ。
「ヒャッハーッ! 下水の水は消毒だーっ!」
「エクストリームスローター!」
「――あでしっ!」
良いことしているのに倒されたぜっ!
……次は。
「――ガーハッハハッ! よく来たな異世界人。我輩はゴブリンの森を支配するゴブリンだゴブーッ!」
「惨殺剣!」
「エクストリームスローター!」
「――やられたゴブゥウウウゥゥゥウウ!」
……今のはさすがにバカっぽいので却下。
「――フッ。ヤツは四天王の中でも最弱。ヤツ程度に苦戦していたお前たちにオレが倒せるか?」
「おれたちには超ウルトラスーパーハイパーモードがある。にーちゃんなんて余裕だぜ」
「――フッ。ならばオレは超ウルトラスーパーハイパーグレートアルティメット級の技で迎え撃とう」
「なんかすげー強そう」
「――フッ。お前たちを超ウルトラハイパースパーグレートアルティメット級の技で倒したら邪魔者はいなくなる。世界を征服したら、めちゃくちゃ悪いことをしてやろう」
「どんなことー?」
「――フッ。電気のつけっ放し! 水の出しっ放し! 脱いだ服を洗濯機に入れない! そして手洗いうがいをしない! ――どうだ、悪いだろ! はーはっはっは~っ!」
「かーちゃんに怒られるー」
「……ねぇ、お兄ちゃん。さっきから何をやっているの?」
荒ぶるウーパールーパーのポーズを決めていたら、オレの一つ年下の妹、九音がリビングに入ってきた。
「見てわからないのか九音? 九龍と九鐘と遊びながら悪役っぽい演技の練習をしているんだ」
「…………演劇部に入部したの?」
「次にプレイするゲームで悪役ロールが必要みたいだからその練習だ。ところで九音はオレの演技どう思う?」
「気持ち悪い。今すぐやめてほしい」
「惨殺剣!」
「エクストリームスローター!」
一撃必殺! オレのメンタルはボロボロになった。
……てか地味に痛いからビシバシ叩くのはやめてくれ。お兄ちゃんは人間なんだぞ!
「次はどんなゲームに手を出すの?」
「【お願いっ! 魔王を倒して異世界人さまっ!】ってゲーム。九音は知っているか?」
「知っているどころか友達に誘われて遊んでいるよ。お兄ちゃんから貰ったVR機器のことを話したら『そんなハイスペック機で勉強にしか使わないなんてもったいない』って半ば強引に」
「――おっ、ちゃんと使ってくれているのか。それなら昔みたいにパーティー組もうぜ」
「絶対に嫌」
「………………」
……もうやめて。オレのHPはとっくに0だよ。涙が流れちゃう。
「にーちゃん。おれもVRゲームしたい!」
「わたしもー」
「お前たちにはまだ早いな。10歳になるまで待て」
双子がむーっと頬を膨らませた。
「そういえばエネミーモードの試験があるってお知らせがあったね」
「それそれ。ゲーム仲間に誘われて受けることになった」
「……仲間って狂演の人たちだよね? 全員試験受けるの?」
「当然。九音はエントリーするのか?」
「私はやらないよ。暇なときにちょっと遊んでいるだけだもん。そもそもウサギや犬ならいいけど、見た目が気持ち悪い魔物の中の人なんかやりたくないし」
「そっか」
そういうのが嫌なら仕方がない。
「ちなみに九音が遊んでみた感じの評価は?」
「管理AIのキャラがかなり濃いよ。他はネットの評判通りでストーリー性はゼロ。設定が適当だからツッコミどころも多くて、細かい部分が気になったり勢いで誤魔化されるのが苦手な人はやめたほうがいいかも。戦闘はアシスト機能があってゲーム慣れしていない私でも戦えているから難しくはないと思う。――あっ、アシスト機能はオフにできるけど自由度が上がる代償にプレイヤースキルが必須なって、例えば剣を振るときに刃の侵入角が適切じゃないと与ダメージが大幅に減ったりとかするんだよね。……でも、お兄ちゃんなら余裕かも。そうそう、頭と首と心臓部分が急所になっていて攻撃が当たると即死になる可能性があるから注意が必要だよ。あと課金が時間を買うタイプだから財布に優しい」
「……九音。実はガッツリ遊んでないか?」
「そんなことはないよ。毎日5時間くらいしかログインしていないもん」
「それなら普通だな」
むしろオレ基準だと少ない。ゲームは毎日最低50時間(時間加速使用)だ!
「もう一つ聞きたいんだけど、悪役といったら九音は何を思い浮かべる?」
「うーん。……悪役令嬢?」
「なるほど。“オーホッホッホ! ワタクシは悪役令嬢ですわーっ!”っと、――どうだ! 今のは良かっただろ?」
「乙女ゲーや女形を参考にしたらいいんじゃないかな。それと自分のことを悪役令嬢って普通は言わないと思う」
「確かにその通りだ。……やっぱり悪役ロールは奥が深いな。昨日から徹夜で研究しているんだけど全然イイ感じにならない」
「深夜に聞こえたお兄ちゃんの奇声はそれだったんだね」
「奇声って……」
そんなに酷かったのか? やっぱりオレに演技は向いていないのかも。
「参ったな。ある程度は形にしたかったんだけど。……試験まであと30分しかないぞ」
常時ロールプレイなサンチは演技とか余裕だろうし、シスコンのスノウは妹が絡んだ時点で最高のパフォーマンスを発揮すると思う。
「……もしかして、オレだけ試験に落ちるかも?」
「設定が適当なゲームなんだから、そこまで演技に拘らなくてもいいんじゃないの? そもそも登場する魔物って“ガァー!”とか“ぐるるっ!”みたいな鳴き声ばかりだから演技力は必要ないと思うし」
「そっか。メインが魔物の操作だから必要なのは戦闘技能だけって可能性もあるのか。……でも、人間アバターも操作できるみたいだしそっちもなんとかしたいんだよな」
「それは諦めたほうがいいと思う」
バッサリだー!
「どうせどんな役をやってもお兄ちゃんにしかならないんだし今まで通りでいいじゃん。どうしてもって言うなら設定をシンプルに戦闘狂とかにして、最強を目指すついでに世界征服するくらいの適当さでいいんじゃない?」
「――九音、頭いい! 戦闘狂って設定なら“とりあえず目が合ったヤツと戦う”って感じでよさそうだもんな。オレに勝ったら所持金の半分をプレゼントで完璧だ!」
これならいけそう。それに世界征服=ラスボスっぽいぞ。
「――よし。演技の方向性もざっくり決まったし、そろそろ部屋に戻ってログインするか。……九龍、九鐘。オレは戦場に行ってくるから今日はここまでだ。九音、ゲーム内で出会ったら敵同士。手加減はしないからな!」
「はいはい。頑張って」
「よくわからないけどがんばれー」
「ふぁいとー」
オレは妹弟に見送られながらリビングを出ようとして。
「……って、九音はログインしないのか? もうすぐ新イベントが始まるぞ」
「開始直後は危険だから様子見。情報を集めてからにする」
九音がスマホを弄り始めた。
攻略サイトに効率のいい狩場が掲載されるのを待つのだろうか? スタートダッシュを決めようとするオレとは大違いだ。
自室に到着したオレはVR機器を装着。ベッドにダイブしたら――レッツ、ログイン!
オレの戦いはここからだーっ!