ダーリン&ハニー1
オレが操作する砦ゴブには兵ゴブを強化する指揮官能力がある。
基礎ステータスと状態異常耐性の上昇。それと地味に厄介なタゲ取りの完全無効化だ。コイツのおかげでエネミープレイヤーは兵ゴブに指示を出して臨機応変に戦うことができる。
しかし、ゲームに登場するボスゆえに弱点がバッチリ設定されていた。砦ゴブの場合“スタン”の状態異常がそれに該当する。
砦ゴブがスタンすると指揮官能力が30秒間無力化されて兵ゴブたちが大幅に弱体化する。その間に兵ゴブを処理してしまえば再出現するまで挑戦者は砦ゴブに集中できるというわけだ。
そんなわけで攻略パーティーの基本編成は、ゴブリン達を足止めする前衛枠×4、スタンを狙う高火力×1、自由枠×1という感じになる。
……さて、挑戦者の編成はリリィ(スノウ)とカンチョーが重量級タンク、グリィセリンが軽量級の前衛。エイロナとジッキーが後衛。スフィアは……遊撃? 一撃離脱戦法、武器を飛ばす、飛行時間を延ばすためにENを増量しているはずだから攻撃魔法も考えられる。
戦闘開始早々、オレはAIに命令した。
「――ゴブアアァァァァァァ!(剣盾ゴブはその場で待機!)」
「「ゴブ!(了解です。ボス!)」」
今回の相手は遠距離武器を装備していないし、エイロナとスフィアが魔法の詠唱を始める気配もない。現状、遠距離攻撃が飛んでくることはない。
「ごぶー!(相手は編成を変えてこなかったねー)」
「ゴッブァ!(攻略法の配信が最初の目的だったからな。装備を変えてきたら注意しろよ)」
「ご~ぶ!(は~い!)」
オレの後ろにいるハニーが適当に矢を放つ。
前衛は盾を構えたまま近付いてくる気配がない。後衛は曲射で落ちてきた矢をエイロナが何食わぬ顔で杖を振って弾いていた。
「ゴブ?(相手は何をしてくると思う?)」
「ごぶー?(壁が回復されながら殴ってくる?)」
「ゴッーブッ!(シールドバッシュでスタン狙いか。直撃3連発でスタン値がヤバいんだよな)」
ソフィアは機動力を生かして回復薬を投げるってところか。
……それなら軽装のグリィセリンだけでいけるよな? 飛行枠を削ってタンク3人にしたほうが安定する気が……。でもジッキーはソフィアが攻略の要だと言っていたから予想外の何かを仕掛けてくるのは間違いない。
「ゴブッ!(ハニー。相手が空を飛んできたら要注意で)」
「ごーぶ! ごぶ?(わかったー。随分と飛行アプリを評価しているみたいだけどいい感じだった?)」
「ゴブブッゴ!(遊んでみたけどアレは色々と応用できて面白いぞ。ヒキャクのレースも結構やり込んだし)」
「ごぶ~!(へぇ、アレをやり込んだんだ~)」
「……ゴブ!(まぁな。……って、今は戦闘に集中しないと)」
「ごぶ!(でも相手が攻めてこないんだよね)」
逆に早く突っ込んできてくれと言わんばかりに挑戦者側は守りを固めている。
「ごぶ?(あれって誘っているよね?)」
「ゴブ!(でもオレたちはAIじゃない)」
「ごぶー!(だよねー)」
オレは鉄球を振り回して投擲準備に入る。
「ゴゴゴゴッブ!(魔法が飛んでこなければ怖いのはシールドバッシュだな。このまま距離を取りながらオレとハニーで遠距離から攻撃。剣盾はハニーを優先して護衛)」
「「ゴッブ!(了解ですボス。奥さんは俺たちが守ります!)」」
「ごぶ~♪(えへへっ、奥さんだって~♪ 結婚式はいつにする?)」
「ゴブッブ!(相手を倒さないと式を挙げる前に死別だぞ)」
「――ごぶっ!(それは絶対にヤダ! 私頑張る!)」
ハニーの弓矢がエフェクトを纏い猛攻が始まった。次々と上空に放った矢が前衛を飛び越え、放物線を描いて後衛へと降り注ぐ。
「――ひぃっ!」
回避行動を取るジッキーだったが荷物の影響で動きが悪く矢が刺さっていく。装備が布や皮なのでそれなりのダメージは入っているはずだ。……盾くらい装備すればいいのに。
一方、エイロナは余裕で矢を弾いていた。こっちは近接戦もできるっぽいから要警戒だな。
「――ゴブッ!(次はオレの番だ!)」
タンク2人に狙いを定めたオレは遠心力を利用して鉄球を投げた。
「ここは吾輩が受けるのである!」
大盾を構えたカンチョーが鉄球を受け止めた。接近させないことが目的だから今はこれでいい。
「ゴッブウウウゥ!(もう1発!)」
素早く鎖を引いて鉄球を回収したらすぐに2投目だ。
カンチョーがジッキーに向かって叫ぶ。
「――敵が前進しないのである! ジッキー殿、指示を!」
「挑発で誘導はできませんか?」
「無理よ。ボスがスタンしていないし射程圏外。攻略配信するなら基本的な知識くらい頭に入れておきなさい」
「ご、ごめんなさい……」
リリィに怒られてジッキーが委縮した。当初の予定が狂ってしまったのと、自ら課した“最速攻略”の枷が冷静な判断を奪っていく。その気持ちはちょっとだけ理解できる。
そもそもエネミープレイヤーだって学習する。ランキング上位を維持するため、次々と発見される攻略法の対策するのは当然だ。
「どうするジッキー殿? このままだと長期戦なのである」
「――ど、どうしましょう!?」
「煙幕を使って!」
「リリィさん? ――は、ハイ!」
リリィの命令でジッキーが小さな缶を投げた。地面に落ちた瞬間に黒い煙が発生して挑戦者たちの姿を隠す。
距離があったので煙幕はオレ達まで届いていないが、追加の缶が黒煙の中から飛んできて少しずつ距離を詰めてくる。
「ゴブッゴ!(それなら、これでどうだ!)」
スキルの発動により鉄球が輝く。投擲すると鉄球が半円を描くようにフロアを薙ぎ払った。射程は短めだけど鎖にも転倒効果がある唯一の範囲攻撃だ。
「……ゴブ?(手ごたえがない?)」
煙幕で視界が悪い状態。その中で重量級のタンク2人がジャンプして鎖を回避したとは考えにくい。
だとすれば前進ではなくて……。
「――ごっぶー!(ダーリン。上からくるよ!)」
煙幕の中からグリィセリンが飛び出した。足装備を輝かせて空を走る。
オレの攻撃を読んで最初から飛んでいたか!
「これでもくらえっス!」
空中からグリィセリンが爆弾を投げた。
落ちてくる爆弾はピカッ、ピカッ、と赤く点滅を始め徐々にその間隔が短くなる。
……マズいな。スキル発動後の硬直時間で防御が間に合いそうもない。
「ゴブ!(ハニー!)」
「ごぶ!(任せて!)」
ハニーが放った矢が爆弾に当たった。
落下地点をずらされた爆弾が離れたところで爆発する。
「中身の腕がいいっスね。アシストなしで当ててきたっス!」
「ごぶっ!(どやっ!)」
――よし。今のうちに鎖を引いて鉄球を回収だ!
「グリィセリンさん! 手持ちの爆弾を全部使ってください!」
「全部っスか? ――雇い主のモノだからいいっスけどっ!」
グリィセリンが逃げ場を奪うように爆弾が広範囲にばら撒く。その数は15発。
「ゴブ!(ハニー。フォロー!)」
「ごぶっ!(夫婦の共同作業だね!)」
投擲した鉄球で弾き切れなかった爆弾をハニーが処理。モーゼのごとく爆発の海が割れる。
「ごぶー!(どやー!)」
「ゴブゴブ!(グジョブハニー。最高だぜベイベー!)」
視界の端に表示させてある配信のコメントもイイ感じに盛り上がっているぜ!
「……今のを簡単に処理するとか化け物っスか」
「ゴブブ!(化け物じゃねぇよ!)」
「ごぶぶ!(夫婦だよ!)」
鎖を引っ張って上空にある鉄球の軌道を変える。回収するついでだ。空中で呆けているグリィセリンの背後を狙ってやる。
「――うげぇ!」
グリィセリンを地面に堕ちた。幕府伝で鎖分銅を使った経験が役に立ったぜ!
「ゴブアァァァ!(孤立したグリィセリンに追撃だ!)」
「ごぶぶい!(ストップ! ダーリン、バック!)」
反射的にバックステップ。
――コトン。ドカーン!
目の前に明滅する爆弾が落ちてきて爆発した。
直撃ではなかったけど爆風を受けてHPがわずかに削られた。
「ゴブ!(やってくれたな)」
挑戦者の中で真上から爆弾を落とせる人物は限られている。
「……ゴブ!(……お前か、スフィア)」
薄暗い天井すれすれの限界高度。左手で箒を掴み、矢筒を装備したスフィアがオレたちを見下ろしていた。
「助かったっス。スフィアさん」
「後退して補給。援護する」
スフィアの指の間に挟まれた三本の矢がエフェクトを纏い放たれた。
「「ゴブブッ!(奥さん頭を下げて!)」」
兵ゴブの盾が矢を弾く。すかさずハニーがやり返したが回避行動をとったスフィアには当たらなかった。
「ゴブッ?(スフィアの加速が悪い?)」
スフィアの見た目は軽装。だとすると原因はストレージ内の重量。おそらく積んでいるのは大量の爆弾。
「……じり貧。武装変更」
「ごぶーっ!(また爆弾降ってきたよーっ!)」
スフィアが投下した爆弾をハニーの矢が迎撃する。
……だんだん挑戦者側の戦略が見えてきたぞ。
飛行持ちの二人が近接武器の届かない高度から交互に爆撃してスタン狙い&兵ゴブの排除。ポーターとタンク、ヒーラーは補給基地みたいな役割だ。
補給基地を叩こうと前進したら爆撃の雨を進まないといけないし、接近できてもシールドバッシュのノックバックで距離を取られされて爆弾を投げられる。たぶん戦闘開始直後に剣盾ゴブを突撃させていたら、シールドバッシュからの爆弾投擲で2体とも落ちていた。
攻略法としては面白い。
――だけど、ゼニの消費が激しすぎる! ブルジョア以外はお断りだろ!




