泣きの1回(協力プレイ)
『この度はボクのミスで最速攻略に失敗してしまい、大変申し訳ありませんでした』
配信窓の中でジッキーが頭を下げる。
再開した挑戦者側の配信内容が最速攻略から謝罪に変わっていた。
『こういう配信って成否に関係なく話のネタになるからよくできているよねー』
「メンタルが鋼じゃないと続けられないけどな」
『ゲームの配信なら気にしないと思うよー。炎上したらアバター変えて転生すればいいだけだし』
通話画面越しに出番が終わったサンチと雑談。
その間、公式配信ではアイちゃんが今後の予定などを説明していた。第2エリアの実装、PvPの大会、大規模レイドイベントを計画中っぽい。
『――あっ、現実でも色々と配信している人は大変かもねー。アバターを現実と同じ容姿にする配信者が多いし』
顔を売るなら現実と同じ容姿が便利だ。キャラクリエイトの手間が省けるし、他のゲームに移ってもすぐに本人だと認識される。
薔薇騎士物語。世紀末幕府伝川越。SSSO。今まで3つのゲームを渡り歩いてきたけどリアル準拠で配信する人は一定数存在していた。
もちろん一般人は個人を特定されないようにアバターを弄ったほうがいい。現実と同じ容姿を使うのは目的があるか、何も知らないVRゲーム初心者くらいだ。――そう、薔薇騎士物語でリアルフェイス使っちゃった初心者のオレみたいになっ!
……おっと、アイちゃんの配信で何かあったみたいだ。
『突然ですがアイちゃんからのお知らせです。挑戦者たちから泣きの1回をお願いされました。このままでは放送時間がたくさん余ってしまうので再挑戦を認めることにします。ということで婚約者と通話しているスライムお姉さん出番です』
『私たちのラブラブタイムを奪わないで~』
『配信時間内はすぐに対応できるようにすると約束したでしょう。視聴者が嫉妬で狂う前に婚約者との通話を切ってください』
『はいは~い。……でも視聴者は狂わせておけばいいんじゃないかな? 私もクーちゃんも敵役だし。――うん、きっと私たちはプレイヤーにとって最高の敵になれると思う!』
サンチが『ねー?』っと通話越しに聞いてきた。
このゲームでは世界最強の戦闘狂を目指しているので「そうだな」と答えておく。
『――そうだ、いいこと思いついた! 確かアイちゃんって面白そうな展開を求めているんだよね? それなら私たちを一緒にしたほうが面白くなるよ』
『アナタは何が言いたいのですか?』
『今のエネミーモードってソロで遊んでいるのと同じなんだよね。ソロでスコアを競わせるのも悪くないけど、エネミープレイヤー同士で協力プレイみたいのがあっていいと思うんだ。それに一般のプレイヤーたちが男女で楽しそうにしているのを見ているのはもうヤダ! 私もクーちゃんと遊びたい! 結婚システム実装して~!』
途中までは真面目な感じだったのに後半部分から台無しだ。
しかし現状に飽きてきたエネミープレイヤーが多いのか、サンチの主張に賛同するコメントも少しだけ流れている。結婚という単語は少ないけど。
『わかりました。皆さまのコメントは今後の参考にしたいと思います。派閥があるという設定は面白そうなのでエネミープレイヤー向けのクランは前向きに検討しましょう』
『やったね! これで結婚できそうだよクーちゃん!』
あれ? ちゃっかりクランの実装が決まりそう?
『エネミーモードの協力プレイについては、……すぐに遊べますが試してみますか?』
『え? できるの?』
『アイちゃんパワーで今作りました。褒めてください』
『さっすがー! アイちゃん最高ーっ!』
『もっと褒めてくだ……』
『――それじゃ。クーちゃん一緒にしよう!』
『…………』
――ピーンポーンパーンポーン♪
《協力プレイに参加しますか?》
……おいおい、この流れは断れないだろ。
「答えは“イエス”の一択だっ!」
『参加者の同意が確認できました。今回はエキシビジョンということでボス戦のみとします。バカップルさんの2人は使用エネミーを選んでください。挑戦者は準備ができるまでボス部屋の前で待機となります』
『やったねクーちゃん。私たちの愛が認められて公式カップルになったよ!』
頭に“バ”が付いていたけどな。……しかし、アイちゃんに認めさせるとはサンチのロールプレイ恐るべし。
――ピーンポーンパーンポーン♪
《ボス部屋に移動します。作戦会議時のアバターを選択してください》
「配信されるからラビィは使えないよな」
オレは使い慣れた一角ウサギに変化してボス部屋に転移した。
「ぷるる~ん!(――おぉ! クーちゃんがウサギだ! かわいい~!)」
到着早々サンチの触手が絡み付いてきて持ち上げられた。身体中を触手が撫で回してきてくすぐったい。
「――もきゅ!(おい、やめろよ!)」
「ぷっるるるっぷるっ!(もっふもっふぅ~だね。ほうほう、ここはこうなって、こっちはこう。――よし覚えた!)」
「……もきゅ?(……何を?)」
「ぷるっ!(ウサギの特徴!)」
そんなことを覚えて意味があるのか? サンチの考えていることはよくわからん。
『そこのバカップルさん。捕食行為はそこまでにして役割を決めてください』
ジト目のアイちゃんがこっちを見ている。
触手から解放されたオレはサンチに聞いた。
「もきゅ?(どっちがボスやる?)」
「ぷっるる~ん!(私は弓兵がいい。ボスは譲るよ~!)」
「もきゅ! ……もっきゅ?(オーケー、スライムお姉さん。……ちょっと長いから別の呼び方にしないか?)」
「ぷるる~!(そうだね~。とりあえず私が“ハニー”であなたが“ダーリン”でいこっか。二人合わせて“ダーリン&ハニー”って感じで)」
「もきゅ!(オーケー、ハニー。それじゃ砦ゴブは鉄球でも使うか。他のAIと装備はどうする?)」
協力プレイではハニーの弓兵が倒されても砦ゴブが生きている限り行動可能な他のゴブリンを操作することができるらしい。装備の選択は重要だ。
「ぷるるん?(AIはダーリンのヤツにして、装備は無難に片手剣と盾でいいんじゃない?)」
「もきゅ?(弓ゴブが倒されたらそっちを操作することになるけどいいのか?)」
「ぷっぷぷるる!?(バランス的に近接職はいたほうがいいし、アシスト使えばなんとかなるよ)」
「もっきゅも!(了解。……それにしても魔法もアイテムも使えない状況でよく1位になれたな)」
「ぷるるんるん!(ふっふっふ~。ボス戦は程々にして、道中で本気を出したんだー。たぶんボスよりも兵ゴブを操作している時間のほうが多いよ)」
きっと兵ゴブの巡回ルートに拘っていたり、落とし穴がいやらしい場所に配置されているのだろう。
『バカップルさんの役割が決まったようなのでアバターを変更します』
オレのアバターが鎖付きの鉄球を持った砦ゴブに変わった。
体格は大柄の筋肉もりもりマッチョで胸毛と髭がボーボー。モヒカンと赤いパンツがトレードマークだ。ステータスは筋力と耐久性能、重量を高めに設定。たまにはこういうパワー型も使いたい。
ハニーは女型の弓ゴブか。
「ごぶ~?(ダーリン。どうかな?)」
「ゴッブ!(グッド!)」
今まで使ってきたサンチのアバターと同じくらいの体格だ。使いやすさ優先で現実準拠にしたのだろう。この戦いに対するハニーの本気度がよくわかるぜ! オレも頑張らないと!
ボス部屋一番奥にある石と骨で造られた椅子にオレが座り、ハニーが側で待機。剣盾装備の兵ゴブが追加された。
行動不可のロックがかかる。
『……準備はいいですか?』
「ゴブッ!(問題ない)」
「ごぶ~!(大丈夫だよ~)」
『それではエキシビジョンバトルを始めます』
アイちゃんの姿が消えた。
しばらくすると重い音を響かせながらボス部屋の扉がゆっくり開いて挑戦者たちが入場してくる。
「ボス以外にも個性的な女形のゴブリンがいるのである」
「おそらくあれが中身入りね。……あいつを見ていると嫌な予感がするわ。みんな気を付けて」
見たところ挑戦者側のパーティー構成、装備に変更はなし。
あとは相手が指定位置に移動したら始まる戦闘前のイベントを待つだけだ。
小さな声でハニーが言う。
「ごぶごぶ♪(ねぇねぇダーリン♪)」
「ゴブ?(何だ?)」
「ごぶごぶ~♪(私、出演料としてウエディングドレスを貰えることになってるんだ。この戦いが終わったら結婚しようね♪)」
「――ゴブッ!?(――おい。オレたちはやられ役だぞ!)」
挑戦者にも行動制限がかかり、砦ゴブの登場イベントが始まった。
自動で椅子から立ち上がった砦ゴブが腹に響く重い足音を立てながら指定位置まで前進。
こちらの陣形は砦ゴブの左右に剣盾ゴブ、後ろにハニーの弓ゴブ。対して挑戦者たちはタンク2人の後ろに残りの4人が隠れている。自然とオレたちは睨み合う形になった。
砦ゴブが大きく息を吸い込み、開戦の咆哮を上げる。
「ゴッブアアァァアァアア!(負けフラグを立てるなーっ!)」
《行動制限解除。ダーリン&ハニー、戦闘開始!》