変(態)なヤツにご用心!
「初心者マーク付きのステータスであれだけの距離を投擲するのは不可能。……あなたの言う通り不幸な事故だったとしか考えられないわね」
……よかった。初心者マークのおかげで理解してもらえたぜ。
「お詫びにウサギのドロップアイテムいるか? ストレージ限界まで溜まっているから結構あるぞ!」
ラビィのキャラを戻したらリリィが呆れたような顔をする。
「ストレージの限界ってあなた初心者よね? ちょっと見せてもらってもいい?」
「いいぜ。肉でも角でも好きな素材を持っていきな」
オレはメニューを操作して、アイテムリストをリリィに送信した。
「……これ、あなた一人で集めたの?」
「当然。なんたってオレは世界最強を目指す戦闘狂だからなっ!」
「そう……」
リリィが顎に手を当てて黙り込む。簡単に入手できる序盤雑魚の素材しかないのに何を考え込んでいるんだ?
「ねぇ、ラビィちゃんはチュートリアルのクエスト中なんだよね?」
「そうだぞ」
「わたしたちこれからイヌカの森にワンちゃんを捕まえに行くの。ラビィちゃんも一緒に行かない?」
ワンちゃんというのはイヌカウルフだな。
テイム条件は一角ウサギとほぼ同じ。戦って上下関係をはっきりさせればいい。群にリーダー(エネミープレイヤー)がいる場合はそいつを先に倒すと成功率が上がる。他にも低確率でリーダーがタイマン勝負を挑んでくるので、そいつのHPを一割以下にするとリーダーをテイムすることが可能だ。
「いいぜ。ちょうど行くところだったからな」
「本当? ありがとう!」
街に戻るのも面倒だからノジーの復活は後回しにしよう。
「…………チュートリアル中は正規ルートを通れば安全。邪魔は入りにくいし、これってもしかしてチャンス?」
リリィがぼそっと呟いた。
……今“チャンス”って言ったよな? オレの地獄耳は誤魔化せないぜ。
しかし何がチャンスなんだ?
「ごめんアリス。ちょっと忘れ物をしたわ。先に二人でイヌカの森へ行っててくれる? すぐに合流するから森に入ったところで待っていて。昨日も行っているから道はわかるわよね?」
「うん。大丈夫」
「偉いわアリス」
リリィがアリスの頭を撫でた。
……そういえばオレも昔は九音の頭を撫でたりしたなぁ。今の九音にそれをやったらドン引きされそう。
「ラビィ。アリスのことをお願いするわ」
「二人には借りがあるからな。任せろ」
「変なプレイヤーに気を付けるのよ。変なヤツが出てきたら迷わず通報すること! ――それと森に入ったところで待っているのよ。絶対に森に入ったところで待っているのよ!」
リリィは待ち合わせ場所を念押しすると街の方へ走っていった。
「ラビィちゃん。パーティー組もう」
「オーケー。申請を送るぜ」
申請を了承したアリスとくーちゃんの簡易ステータスが追加される。
「……レベル15かよ」
始めたばかりでもうレベルキャップ到達か。かなりやり込んでいる。
「毎日お姉ちゃんに貰ったジュースを飲んでいたら1週間くらいで上がったよ」
「……課金ブーストだったか」
しかもアリスの装備が地味に凄い。エネミーポイントの交換で入手可能な現環境最高ランクばかりだ。……リリィのヤツ、妹を思ってのことだろうけど過保護じゃないか?
「ところでアリス。イヌカウルフとの戦闘経験は?」
「お姉ちゃんと一緒に何度か戦ったよ。でもみんなテイムに失敗しちゃった」
「オーケー。テイムの流れがわかっているなら問題ない。アリスはどんな感じで戦うんだ?」
「支援魔法と弓が使えるよ」
「それじゃアリスは後衛。オレと……くーちゃんが前衛だな」
「――もきゅ!」
くーちゃんが右前足で敬礼した。
……何だこの可愛いウサギ。オレもちょっと欲しい。
オレたちはイヌカの森に向かって草原を進み始めた。
「――おっ、穴掘りウサギが飛び出してきたぞ」
「わたしたちに任せて。お願いくーちゃん!」
「モキュ!」
アリスたちのお手並み拝見といこうか。……さて、どうする?
「くーちゃん。角で突く!」
「キシャー!」
急所に当たった。穴掘りウサギを倒した。
……レベル差があるから、まるで決定ボタンを連打するだけの作業ゲーだな。
「お疲れくーちゃん」
「もきゅ~」
「それじゃ、ちょっと休んでてね」
頭を撫でられていたくーちゃんがアリスの頭に乗って丸くなる。こうやって戦闘で消費したSTを回復させているようだ。
その後も襲い掛かってくる魔物は全部くーちゃんが倒していった。空中で2回ジャンプできたり、動きが洗練されていてキチンと育成されているみたいだ。
いい主人に出会えたみたいでちょっとだけ嬉しかった。
× × ×
オレたちは特に問題もなくイヌカの森に到着した。
「ここでお姉ちゃんを持っていればいいんだよね?」
「そういうことになるな」
……ぶっちゃけ、くーちゃんが強過ぎてアリスだけでもイヌカウルフをテイムできるだろ。
「――モキュー!」
くーちゃんが鳴いて戦闘態勢に入った。耳が良いから何かが接近してくるのが解ったのだろう。
「ラビィちゃん。何かくるよ」
「……厄介なことになりそうだ」
森の入り口でエンカウントか。
オレがチュートリアル中で正規ルートを外れていない。そしてチュートリアルで戦う魔物はもっと奥に進まないと出現しない。
以上のことから起こりえる可能性は2つ。特殊イベント、もしくは中身入りの待ち伏せだ。
オレは槍を構え、森の中から近付いてくるヤツを警戒した。
「……イヌカウルフのリーダーか」
現れたのは白い毛並みのイヌカウルフだった。
そうなると中身の有無に関係なく群れで行動しているはず。……だけど、周囲に取り巻きが見当たらない。
「くーちゃん。近くに別のイヌカウルフがいるか音で解るか?」
「もきゅん!」
「音はしないって。それとあのワンちゃんHPとSTが減っているよ」
他のプレイヤーから逃げてきた? 一角ウサギとは違ってイヌカウルフでの逃亡は評価点が下がるのに?
「……くぅ~ん」
弱々しく鳴いて白いイヌカウルフが倒れた。
初心者保護の結界から1メートルほど離れた位置か。……あやしい。
「アリス。イヌカウルフのHPとSTはどのくらい残っている?」
「だいたいHPが30%、STは20%だよ」
AI制御だったら活動限界まで襲い掛かってくる。中身入りは確定だな。
「……くぅ~ん」
「なんだか弱っていて可哀想……。ラビィちゃん。このワンちゃんテイムできないかな?」
「――ダメだ! 近づくな!」
オレは全力でアリスを止めた。このシチュエーションは出来過ぎている。
イヌカウルフには中身がいる。そして今のオレたちはちびっ子でアリスは女の子。
目の前のイヌカウルフは同情を誘うような声で鳴いているが実際にはこんな感じだろう。
「……くぅ~ん。(ロ~リ~、カモーン!)」
――ギルティ!
裏事情を知らないアリスにこんな変態をテイムさせるわけにはいかない! 3人の妹弟がいるお兄ちゃんとして絶対に許せない!
「アリス。あの魔物は変(態)だ」
「――がうっ?」
驚いたイヌカウルフが変(態)な声を上げた。
「……変? ラビィちゃんどういうこと?」
「行動が変(態)なんだ。HPとSTが残っている状態であんな行動をするヤツ、今までアリスが戦ってきたイヌカウルフの中にいたか?」
「…………そういえば初めてかも」
「だろ? そしてイベント関係で登場したならアイコンは黄色のはず。だけどあの魔物は赤。明らかに変(態)だ。これは罠に間違いない!」
「なるほど」
「――がう~っ! ――がう~っ!」
「ほらアリス。オレの言葉をイヌカウルフが首を振って否定しようしている。あの行動だって変(態)だ」
「……たしかにそうかも」
「いいかアリス。学校で変(態)な人と関わってはいけないと教わっただろ。それと同じで変(態)な魔物にも関わったらダメだ!」
「わかったよ。ラビィちゃん」
「よろしい。ならば復唱だ。――変(態)な人に近付かない! ――変(態)な魔物にも近付かない! ――はいっ!」
「――変な人に近付かない。――変な魔物にも近付かない」
「――よしっ! くーちゃんもわかったな?」
「もきゅー!」
くーちゃんが敬礼する。アリスが単独行動するときはお前がしっかり変態から守るんだぞ!
「ラビィちゃん。あの変な魔物はどうするの?」
「弱っているしサクッと倒すか。……でも、これはゲームだからそうするだけだからな。現実で変(態)な人に出会ったらすぐに逃げて助けを呼ぶんだぞ」
「わかった。お姉ちゃんに言われたし、一応この変なワンちゃんを通報しておくね」
「……さて、変態をぶっ倒すか。行くぞ、くーちゃん!」
「――モキュ!」
「くぅ~~~~ん!」
オレたちの総攻撃を受けた白いイヌカウルフが涙を流しながら砕け散った。
……ふぅ。これで一安心。いい仕事したぜ。
まったく、大事な妹に重要なことを教えてないなんてスノウはダメダメだな! ――感謝しろよ!