狂演会議
オレがこのVRゲームを始めたきっかけは夏休み2日目まで遡る。
× × ×
待ち合わせの時刻になった。
ゲーム用のヘッドギアを着けてVR世界へダイブするとオレの意識は真っ暗な場所に到着。スポットライトが自身を照らし、デフォルメされた全身真っ黒なウーパールーパーが現れた。オレがこの場所で使っているアバター。ちなみにVRの世界で使用するアバター名は本名を弄ってクゥロで統一している。
続いてライトアップされたのは正面にある円卓。そしてオレよりも先にログインしていた白いウサギがこっちを見た。
「来たわねクゥロ」
「久しぶりだなスノウ」
オレの挨拶に不満だったのか白ウサギのスノウが眉を寄せた。
「……あなたどれだけ加速していたのよ?」
「体感的に一ヶ月ぶりって感じだな。夏休みの課題を終わらせるために学習システムをフル稼働させた」
フルダイブ型学習システムの時間加速機能。これを使えば大量の課題も初日で終了だ。ただし過度な使用は現実時間と体感時間にズレを発生させるので注意しなければいけない。そのため10歳未満は使用が制限されている。
「頑張った甲斐あって夏休みは遊び放題だぜ」
オレが親指を立てるとスノウが呆れたような顔をする。
「とりあえず、あなたの予定が空いているなら丁度良かったわ」
「丁度いいって?」
「それに関してはあなたの奥さんが来てから話すわ。もうすぐ来るでしょ」
奥さんというのは以前プレイしていたゲームでの話だ。結婚特典が強力だったのと運よく使用キャラの性別が合致したから一緒になっただけのロールプレイ。現実で結婚しているわけではないし、そもそもオレは学生で彼女いない歴=年齢だ。
数秒待つと円卓にスポットライトが追加されて桃色スライムのサンチが出現した。
「ちわっす! スノウちゃん久しぶり~」
サンチがゲル状の触手を左右に動かす。
「……あなたも初日で宿題を終わらせたのね」
「よくわかったね。クーちゃんと一緒に頑張った! ねー、クーちゃん」
「おう! 教え方が上手で昨日はとっても助かった!」
「ふっふっふー。現実だと私のほうが一つ年上のお姉さんだからねー。このくらい余裕なのだよー」
桃色スライムがドヤ顔でプルプル震えた。
「相変わらず仲がいいわね」
「私たちは最高の夫婦だからねー」
「今は元夫婦のほうが正しいけどな。SSSOはサービス終了したし」
「世界が滅んで死に別れちゃったわけだね。――よし、別のゲームに転生してまた結婚しよう。きっと感動のハッピーエンドが待っているよー」
連絡取り合えば今みたいに簡単に再会できるのに感動するほどのエピソードが生まれるのか? ……まぁ、サンチのロールプレイ的にはアリってことなんだろう。
「一応言っておくけど、サービス終了を機に夫婦ロールはやめてもいいんだぞ?」
「えー!? 私は続けるつもりだよ。こんな面白いことゲームじゃないと無理だし。それに私……クーちゃんのことが大好きだから」
きゃ~、っとサンチが触手で顔を隠した。異形タイプのアバターは操作が難しいのに芸が細かくて尊敬するぜ。
「……でも、クーちゃんが年上のお姉さんキャラを嫌いになったらやめるよ?」
「年上のお姉さんキャラは大好物だ。嫁にしたい!」
仮想世界ではオレのリビドーフルスロットル!
「だったら継続決定だね! ――そうだ、愛情たっぷりの電子クッキー食べる?」
「もちろん!」
スライムの体内から二つの包みが浮上した。
サンチは触手を蠢かせながら片方をスノウに渡す。もう一つの包みはサンチが開封して中身のハート型クッキーを一つ掴み、オレの口元へと触手を伸ばした。
「クーちゃん。あ~ん」
……ビジュアル的にはちょっとアレだな。
しかしここは仮想世界だし味や中身は問題ないと思うので口を開けてパクリ。……うん、今日の電子クッキーも甘さ控えめでうまうまだ。
こんなロールプレイも仮想世界における楽しみかたの一つ。本人が続けたいなら好きにさせようと思う。大切なのは“仮想と現実は区別する! 細かいことは中身を知らなければ問題ない!”だ。そんな感じで円卓を囲むオレたち“狂演”のメンバーはリアルについてあまり話さないのが暗黙のルールになっていた。
「私には苦いわ。……って、全員集まったし始めるわよ」
カリカリとクッキーを齧っていたスノウが仕切り始めた。
「今まで私たちが遊んでいたSSSOがサービス終了して遊ぶゲームがなくなったわ。空白になった時間を埋めるために二人とも新しく始めるゲームを探していると思う。今回あなたたちを呼んだのは次にプレイするゲームを提案するため。――そのゲームがこれよ!」
でーん! 円卓の中央に画面が出現した。
そのタイトルは……。
【お願いっ! 魔王を倒して異世界人さまっ!】
「タイトルが直球だねー」
「ネット小説みたいで内容が理解しやすいな」
「簡単に説明すると“異世界の住人が滅亡を回避するためにVR機器を利用して地球人を召喚した”という設定よ」
VR機器を利用した転移モノか。馬鹿っぽいネーミングだけど微妙にリアリティのある設定だな。そういうの嫌いじゃないぜ。
「このゲーム最大の特徴と言えば世界観や設定は適当。キャッチコピーは“世界を救いに日帰りで冒険しよう”となっているわ」
「世界がピンチなのにノリが軽いねー」
「シリアス要素は極力排除して気軽に遊べるようになっているみたい。明らかにNPCが死んでいる状況でも死体は残らずにあとでひょっこり現れて無事だったというオチが待っているわ」
「死体を目撃されなければセーフ理論だな」
「それって面白いのかな? ……って思ったけど、スノウちゃんが薦めるってことは何かあるんだよね?」
「当然よ」
白ウサギの口角が上がった。
「もうすぐゲーム内の試験に合格できたプレイヤーしか遊べない特殊なモードが始まるわ。それがコレよ!」
でーん、と円卓上の画面が切り替わった。
【世界の半分をやる。異世界人を倒してくれ!】
「運営側に付いてプレイヤーたちと戦う通称エネミーモードよ」
「こっちもネーミングが直球だねー」
「選んだらバッドエンド直行になりそうだな」
そしてオレの中でラスボスのイメージが竜の王様に固定されたぞ。
「公式ページを見た感じだと運営のサポートって感じね。人間アバターも使えるけど、メインは魔物の操作やダンジョンの管理よ。フィールドの雑魚からエリアボスまで色々な魔物を操作できるみたい」
空中の画面が公式ページに切り替わる。そこにはVR機器を装着した人間が、角の生えたウサギに憑依するイメージ図が描かれていた。
「エネミーモードでやることは単純明快。一般プレイヤーの攻略をひたすら妨害することよ。エネミープレイヤーは戦闘内容などが評価されてランク付けされ、ランクが上がると大規模イベントで上位エネミーを操作できる予定みたい。……そして、その最終到達点がラスボスよ」
「ラスボスってマジか?」
「公式ページに記載されているわ。もちろんラスボス登場までサービスが続いていればの話だけど」
スノウの言う通り、公式ページには『優秀なエネミープレイヤーはラスボスになれるかも?』と書いてあった。最後の疑問符が予防線を張っているようにしか思えない。
「……とりあえず、エネミーモード自体は面白そうだな」
昔ポケットなモンスターで飛行統一パーティーを作ってジムのリーダーになりきる遊びをしていたのはいい思い出だ。それに通常では怒られてしまうような悪役プレイが公認になるのも興味深い。
「へぇー、ログアウト中はエネミープレイヤーの行動を学習したAIが魔物の操作やダンジョンの管理を自動でやってくれるんだ」
「現実での生活がある以上、そうしないと成り立たないもんな」
「携帯端末でも管理できるし基本プレイ無料なのも悪くないね……って、クーちゃん。エネミープレイヤーにはリアルマネーも出るんだって!」
「――マジか!? いいなそれ!」
ゲームで遊びながら稼げるなんて最高だろ。テンション上がってくるぞ!
「年齢制限が低いから全体的に緩い感じで進むけど、戦闘は高評価だからSSSOみたいに即サービス終了とはならないと思うわ。一部の熱狂的なプレイヤーが相当売り上げに貢献しているみたい。基本無料だから合わなければ気兼ねなくやめられるのも強みよ。……そういうわけで、お試しって感じでどう?」
「結婚システムがないのは残念だけど、クーちゃんがやるなら私はやるよー。愛する人のために悪堕ちって設定も面白そう」
「現金が手に入るならやる。とりあえずお試しって感じだけどな」
たっぷり小遣いを稼がせてもらうぜ!
「もちろんそれで構わないわ。……というか、誘っておいて悪いんだけど、もしも妹に悪い影響を与えるようなクソゲーだったら私もすぐにやめるから」
……まぁ、そういうのは実際に遊んでみないと判断できないから仕方がないか。無料ゲームではよくあることだ。
「スノウちゃんの妹も遊ぶんだー」
「最近10歳になったんだけど“おねえちゃんと一緒にゲームしたい”って頼まれちゃってね。初心者向けで年齢制限の緩いVRゲームを探していたらコレを見つけたのよ。ファンシーフィルターを使えば魔物が可愛くデフォルメされるからテイマー志望でも問題なさそうだし」
「スノウの妹もエネミーモードの試験を受けるのか?」
「絶対に受けさせないわ。天使のように可愛い妹が不細工な魔物に憑依するとか想像するだけで…………あぁ、絶対に嫌っ! しかもプレイヤーに攻撃されるのよ。人間不信になったら大変じゃない。もしも妹を悲しませるようなことがあれば……ラストブリットで抹殺するわ」
スノウの据わった目が怖い。重度のシスコンっぽいから躊躇なく実行しそうだ。
「えっと、スノウちゃんはエネミーモードで遊ぶんだよね? それだと設定的に妹と敵対するんじゃないの?」
「妹の為なら即行で裏切るわ。妹にとっては初めてのVRゲーム。悪い虫が寄ってこないように私が排除しないと」
コイツ、エネミーモードの存在理由をバッサリ否定しやがった。
……いや、待てよ。
スノウの妹はテイマー志望。そしてスノウ自身はエネミープレイヤーになって魔物を操作する。魔物のAIはエネミープレイヤーの行動から学習するワケだから、まさか自分の魔物を妹にテイムさせるつもりか?
「なんだか妹が攻略対象の恋愛ゲームみたいだねー。姉に認められなければ妹と付き合えない的なヤツ」
「別の意味でスノウがラスボスだな」
「ちなみにクーちゃんは誰にも攻略させないからねー。転生しても浮気しちゃダメだぞ♪」
触手スライムがウインクを飛ばしてきた。――残念。お姉さんアバターだったら急所に当たって効果は抜群だった!
「エネミーモードの試験は二日後よ。公式ページでエントリーができるから忘れないように」
「わかったー」
「了解」
気になるのは試験内容か。実際に一般プレイヤーたちと戦うみたいだけど余程のことがないかぎり戦闘はなんとかなると思う。問題なのは演技のほうだ。
――よし。試験対策に悪役っぽい演技を練習しておくかー!