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フコーナモブと壺割りの家


「じゃあな、スフィア。戦場での再会を楽しみにしているぜ」

「うん。ありがとう」


 戦闘イベントが終わり、スフィアと別れたオレはデッキブラシに跨って空に上がった。


「学園の外は中世ヨーロッパ風なんだな」


 木材やレンガの建物が目立つ。テンイーシャノ学園だけが現代風の建物で滅茶苦茶浮いているな。

 何かの伏線ではないかと疑ってしまうが、最初の街なので適当に作っただけってオチもありえる。やっぱり異世界といったら中世ヨーロッパ風だよねって感じで。


「冒険者ギルドは真っ直ぐ行って青い屋根の建物だったな。……あった」


 空から探すと簡単に見つかった。

 練習を兼ねて低空飛行で建物の間を縫うように進んでいく。ついでに体験会では調べられなかったEN消費量も確認。


「よし、無事着陸。さて冒険者ギルドの受付は……」

『どうも。冒険者ギルド受付係のアイちゃんです』

「…………まぁ。予想はしていた」


 新登場のアイちゃんはメガネをかけた受付嬢だ。仕事ができる大人の女性ってちょっと憧れちゃう。

 説明を受けて冒険者登録を済ませると、視界端に地図を表示できる【簡易マップ】のアプリが追加された。

 このアイちゃんには工房じゃなくてもアバターを強化できる生産系の能力があるらしい。プレイヤーも獲得できるので調べておこう。


『本日はどのような依頼をお探しでしょうか?』

「お使いだ。この街限定のお使いクエストを全部頼む」


 今のオレに受注可能なお使いクエストはチュートリアル的なモノばかりだ。武具屋、魔法具屋、雑貨屋などのゲーム攻略に必要な施設を巡るようになっている。

 そんなワケで運ぶぞー。飛行練習もできて一石二鳥だ。

 オレは簡易マップに表示される目的地に向かって、ハジマーリの街を飛び回った。ENが尽きたら、今度は走ってラビィの身体に慣れていく。

 お使いクエストの報酬を貰ったら、アバター工房に寄って【空中ジャンプ】【三角跳び】のアプリを購入。これらは離陸時の垂直移動に使用することで、デッキブラシよりも速く高度を稼ぐことができる。

 あとはノジー用に【騎乗】を購入して……完璧!


「アプリ構成は空中戦特化。イイ感じのアバターに育ってきたな」


 ステータスを確認したら経験値も貯まってきた。

 お使いクエストは一通り達成したし、そろそろ最後のチュートリアルを受けに行こうかな。


「そういえばフコーナモブのお礼イベントがまだだったな。それを片付けたら初心者マークを卒業するか」

「wW!」


 ENが心許ないのでデッキブラシからノジーに持ち替える。

 オレはノジーに跨り、飛行性能を確認しながらフコーナモブの家を目指した。


「ノジーで飛行中はEN回復に専念できるみたいだな。交互に使えば長時間飛べて最高じゃん」

「Ww!」


 ただしノジーの飛行性能はレベルアップに期待って感じだ。指示を出す関係で反応が遅れてしまうのと大雑把な飛び方しかできない。


「赤い屋根はアレだな。ノジーあそこまで頼む」

「w!」


 ノジーが掌の角度を変えて旋回する。地味だけどこういう演出は好きだぜ。


「そういえば赤い屋根の家って壺を割ると状態異常耐性付与のアイテムが手に入るって攻略サイトにあったな。……空から見ても他に赤い屋根の家はないよな?」

「w!」


 肯定するようにノジーの頭が縦に揺れた。


「……つまり、お礼はそのアイテムってことか」


 ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン! ガシャーン!

 目的の家が近付いてくると、たくさんの壺が割れていくような音が聞こえてきた。しかも玄関前に一般プレイヤーたちが列を作って順番待ちみたいなことをしている。


「新人か。最後尾は俺の後ろだ」


 身長2メートル越えのタンクトップを着た筋肉モリモリマッチョマンに言われて後ろに並ぶ。

 ……ちょっと変だな。並んでいるプレイヤーたちにはオレみたいな初心者マークが付いていない。とっくの昔にお礼イベントを終わらせているはずだ。


「……ちょっと聞きたいんだけど、ここって校門で戦ったNPCがお礼にアイテムをくれる場所でいいのか?」

「そうだ。それと1日に1回だけ壺を割るとランダムでアイテムが手に入る。レア枠にアイちゃんコインがあるし、すぐに終わるからみんなデイリークエスト感覚で割りに来ているのさ。初回は【ソボのネックレス】で固定だ。詳しいことは攻略サイトを確認するといい」

「そうなのか」

「壺を割るときは室内の鶏に気をつけろ。怒ると攻撃してくる上に無敵だから逃げるしかなくなる」

「わかった。教えてくれてありがとう」


 親切な筋肉モリモリマッチョマンの言ったとおり、すぐにオレの順番がやってきた。あれだけ壺が割れる音がしていたのに家の中は綺麗だし傷一つない壺がたくさん並んでいた。


「――あっ、異世界人さま。この前は助けてもらいありがとうございます。お礼にこちらを」


 家に入って数歩進むと強制イベントが発生。

 フコーナモブからHP回復用のポーションを貰った。


「あのまま汚邪魔素に侵されていたら、いずれ妻と娘に手を出していたかもしれません。本当にありがとうございました」


 フコーナモブが頭を深く下げると身体が自由になる。


「……あれ? これでイベント終わり? 壺割りの説明はないの?」

「あのまま汚邪魔素に侵されていたら、いずれ妻と娘に手を出していたかもしれません。本当にありがとうございました」

「なぁ、この壺って割ってもいいのか?」

「あのまま汚邪魔素に侵されていたら、いずれ妻と娘に手を出していたかもしれません。本当にありがとうございました」

「…………壺、割っちゃうぞ?」

「あのまま汚邪魔素に侵されていたら、いずれ妻と娘に手を出していたかもしれません。本当にありがとうございました」


 フコーナモブはテンプレ台詞で良いともダメとも言わない。

 ……もしかして壺割りってプレイヤーたちが勝手にやっているのか? 生きたNPCを謳ったゲームだと感度が下がりまくるダメなヤツだぞ。

 住人NPCに嫌われたという情報はまだ聞いたことがないけど、……何かが引っかかる。


「エネミーモードには関係ないからアイちゃんに聞いても答えてくれないヤツだよな。自分で考えるしかないか」


 レトロゲームでプレイヤーが箪笥を漁ったり壺を割ったりするのはよくある光景だ。そして特別なイベントがない限りNPCはプレイヤーの犯罪行為には反応しない。

 気になるのはフコーナモブは汚邪魔素に浸食されていたことだ。そして汚邪魔素は精神的状態によってヤバいことになるとアイちゃんが説明していた。偶然にしては狙い過ぎている。


「フコーナモブの闇落ちの原因が壺割りだったらヤバいな。初回入手のアイテムが“ソボのネックレス”というのも形見みたいな名前で嫌な予感がする。――よし、壺割りはやめた!」


 ラビィの設定に“異世界人を憎んでいる”がある以上、清く正しい悪役でなければいけない。この世界の住人に危害を加えるなんて絶対にダメだ!


「……さて。異世界人を憎んでいるって設定だと、異世界人の破壊行為を見過ごすことはできないよな? 一般プレイヤーに戦いを挑む理由になる」


 ちょっと面白くなってきたぞー。

 アイちゃんにエネミークエストを申請する。

 内容は『ラビィの設定だと異世界人に家を荒らされているフコーナモブを助けそう』でいいか。受理されれば公認で一般プレイヤーを襲えるぞ。


『申請が受理されました』


 視界隅に出現したウインドウにアイちゃんが映る。


『エネミークエスト【フコーナモブの家を荒らす異世界人を追い返せ】を構築しました。クエスト成功条件は“迷惑な異世界人を1人以上追い返す”ことです。失敗時のペナルティは“退場回数+2”です。制限時間は60分。成功条件を満たせば残り時間のスキップが可能。またクエスト時間中の退場はカウントされません。この内容でエネミークエストを実行しますか?』

「どーんとこい!」

『認証しました。幸運を祈ります。……エネミークエスト開始』


 視界にタイマーが追加されてカウントダウンを始めた。


「それじゃ、プレイヤーを狩りに行くか!」

「w!」


 デッキブラシを装備して気を引き締める。ひょっこり現れたノジーも顔文字に気合が入っている気がするぜ。

 オレたちは玄関を開けて戦場に踏み出した。


「やっと終わったか。次は俺の番だ」

「待ちな!」


 家に入ろうとする一般プレイヤーの進路をデッキブラシで塞いた。


「壺を割るつもりなら帰れ。この家の住人が困っている」

「……は?」

「えっと……器物破損ってヤツだ。他人のモノを壊すのは犯罪だぞ」

「…………いったい、どういうことだ?」

「まさかこれって……」


 並んでいた一般プレイヤーたちが戸惑い始めた。

 今まで壺を割り放題だったのに、いきなりそんなこと言われたら当然の反応だ。


「それでも壺を割りに行くならオレを倒すんだな! オレの名前はラビィ。世界最強を目指す戦闘狂だっ!」


 ――よしっ! イイ感じに自己紹介も決まったぜ!

 あとは「ふざけるなー!」って感じで一般プレイヤーたちが襲ってくれば完璧な悪役だ!


「ラビィだったな。ちょっといいか?」


 オレの前に並んでいた筋肉モリモリマッチョマンが前に出てきた。


「俺の名前はアーマルド。既に壺を割ったあとになるが俺と戦うことはできるか?」

「もう一度壺を割りに行くならアリだと思うぞ」

「わかった。そこのキミ、すまないが俺にやらせてもらえないか?」

「……お、おう」


 相手は筋肉モリモリマッチョマン改めアーマルド。

 武器を持たず、防具も動きやすい布系。アプリ構成は格闘技を軸にした近接型と予想。

 他のプレイヤーが家に侵入しないようにノジーを玄関前に待機させたらオレはアーマルドと向かい合う。


「新人相手では一方的になりかねない。先手は譲ろう」

「その言葉、後悔するなよ」


 ……ぶっちゃけラビィのレベルが1だからそのくらいのハンデがないとキツイ。槍くらいは買っておけばよかったな。

 あと戦闘狂としては失格だけど全員で襲ってこなくてよかった。


「――行くぜ!」


 地面を蹴ってアーマルドに突撃する。

 やることは最速で真っ直ぐ進んでデッキブラシで突くだけ。それが今のオレに叩き出せる最大ダメージ。レベル差があっても急所に当たればちゃんとダメージは入るはず。

 胸部核は筋肉の鎧が凄そうだから狙うのは頭か首だ。


「やはり攻撃力を速度で補うタイプか」


 アーマルドは額を突き出すように身体を前に倒した。急所をさらしてくれるなら遠慮なく狙わせてもらうぜ。


「モストマスキュラー。……からの【アイアンマッチョル】!」


 アーマルドが全身の筋肉に力を込めた瞬間、赤いエフェクトが鍛え抜かれたボディを包み込む。

 デッキブラシの先端が鋼鉄化したアーマルドの額に激突して弾かれた。


「――硬い!」

「当然だ。【アイアンマッチョル】は筋肉を鉄のように硬くすることでダメージを大幅に軽減するのスキル。――鍛え抜かれた筋肉は絶対に裏切らない」

「額に筋肉はないだろ!」

「脳みそが筋肉なのさ」

「それ意味が違う!」


 見た目が脳筋キャラなのは認めるぞ。


「どうしたラビィ。それで終わりか?」

「まだまだっ!」


 たしか【アイアンマッチョル】の発動中はSTを常に消費されるのと、マッスルポーズを崩した瞬間に効果が強制解除される欠点がある。要するに滅茶苦茶硬いけど動けないしST効率が悪い。

 それなら今はアーマルドのSTを削りながらチャンスを待つしかない。

 オレはデッキブラシで叩いて叩いて叩きまくった。


「フロントダブルバイセップス! サイドトライセップス! アブドミナルアンドサイ! サイドチェスト!」

「見ろよカセイツ。アーマルドのヤツ、一瞬でポーズを変えてやがる」

「それだけじゃないぞセメツイ。スキルの発動を攻撃を受ける瞬間に絞ってSTの消費も最小限で抑えている。……あの筋肉モリモリマッチョマン、どれだけ厳しい修行をしてきたんだ?」

「難しいことではない」


 アーマルドのスマイルが輝いた。


「筋肉への感謝。毎日鏡の前で一万回のポージング。たったそれだけだ」

「――それ、スゴイな!」


 オレは一旦距離を取った。

 アーマルドの筋肉愛とキャラの作り込みが伝わってくるぜ。


「筋肉が全てを解決するってノリは嫌いじゃないぞ。ファイターズオブストリートのザンガエヌとかよく使うし」

「ほう。ならば【プロレス】のアプリに同じようなスキルがある。興味があるならインストールするといい」

「機会があったらな」


 別ゲーの話はひとまず置いといて。

 たぶんアーマルドのHPは自動回復だけで満タンだよな。ほとんど動いていないからSTにも余裕があるはず。

 それに対してラビィは動きっぱなしでENとSTがかなり減っていた。

 今のラビィだとアーマルドを倒すのは無理だな。ノジーも飛行に特化しているから厳しい。

 ……マジで武器を買っておくべきだった。


「頃合いだ」


 アーマルドがストレージからショットガンを取り出した。


「……遠距離武器も使うのか」

「筋肉と銃火器は見た目の相性が最高だ」

「たしかに完璧だ」


 唸る筋肉。弾ける汗。ショットガンを構えたアーマルドの姿がアクション映画に出演しそうなほど様になっている。


「ラビィ。終わりにしよう」

「そうだな」


 オレはデッキブラシを構えた。

 負けるとわかっていても最後までやりきる。だってラビィの設定が戦闘狂だから。

 しかしアーマルドは、


「俺の負けだ」

「…………は?」

「降参すると言った」


 アーマルドの言葉が予想外で理解するまで数秒かかった。


「どうして?」

「確認したかっただけだ。決闘の同意がない場合、先に手を出したプレイヤーはアイコン色がオレンジに変わる。しかし何度攻撃を受けてもキミのアイコン色は変わっていない。つまりキミの行動はアイちゃん公認を意味している。そうなると俺のほうが厳しい立場だ。壺を割ることが犯罪行為とみなされる可能性がある」


 なるほど。だからアーマルドは防御に徹していたのか。


「……初見でその対応ができるとか、やるなアーマルド」

「初見というわけではない。最近になってキミと同じ行動をするプレイヤーがいると噂になっていた。知らなければ全力で倒していただろう」


 既に他のエネミープレイヤーがやっていたのか。そういうことなら納得だ。


「オレは今後、壺を割らないことを約束しよう」


 去っていくアーマルドの背中にオレは訊ねる。


「アーマルド。1つ聞いてもいいか?」

「何だ?」

「降参するつもりだったのにどうしてショットガンを出した? 手の内を晒す必要はなかっただろ」

「そんなの決まっている」


 アーマルドはショットガンを肩に乗せて振り返った。


「格好良いポーズを決めるためさ」


《エネミークエスト【フコーナモブの家を荒らす異世界人を追い返せ】の成功条件を達成しました》


 アーマルドの説明に納得したのか、家の前に並んでいた一般プレイヤーたちも次々といなくなっていく。


「……アイちゃん。これでよかったのか? もっと激しいバトルになると思っていたんだけど」

『最初はバチバチ戦っていましたよ。今回で9度目だからこんなものでしょう』

「おいしいところは早い者勝ちってことか。……まぁ、それで助かったけどな」


 今後は突発的なイベントでも対応できるように準備をしっかりしよう。

 ――まずは武器を買う。絶対に武器を買うぞっ!

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