ラビィと案山子。運命の出会いは違和感のない設定
『体験会のプログラムは以上です』
いやー、フライトシミュレーターみたいで楽しかった。気を抜くと頭がズボッと逝くからまだまだ特訓が必要だけどな!
『最後に何か質問はありますか?』
「魔道具で飛ぶアプリを取得する方法を教えてくれ」
基本的な情報は攻略サイトに載っている。だけど第三者が作った攻略サイトの情報よりも直接運営から聞いたほうが確実だ。
リセマラ当たりランキングなんて信用しない!
『【飛行〔魔道具〕】のアプリは総合受付にて5000ゼニで販売しています。もちろんこの場で購入することも可能です。今ならおまけで竹箒かデッキブラシをプレゼントしています』
「――よし、竹箒買った!」
『ありがとうございます』
ゲーム内通貨で購入できて武器付きとか最高だ。EPを使わなくて本当によかった。
「他にも確認したいんだけど、飛行の魔道具として使える道具はどこで手に入るんだ?」
『基本的には自作です。強化メモリに空きがある道具に【魔道具化〔飛行〕】をインストールしてください』
購入した竹箒の強化メモリを確認すると【魔道具化〔飛行〕】がインストールされていた。
強化上限を設けることでゲームバランスを調整しているワケだな。純粋に装備の性能を高めたい場合は飛行能力が邪魔になる。
「最後に飛行アプリと相性が良さそうなアプリはある?」
『全てのプレイヤーにおすすめしているのはストレージ系です。特に【重量軽減〔ストレージ〕】や【クイックストレージ強化】は必ず役に立つでしょう。学園外にある冒険者ギルドでお使いクエストを達成していけば気前の良い老人が趣味の競争で教えてくれます』
「オッケー。あとで行ってみる」
アバターの総重量は飛行時の速度やEN消費量に影響する。軽くなった分だけ改善されるから重量軽減効果は非常に重要だ。
『それでは体験会を終了します。お疲れ様でした』
パイロット風のアイちゃんと別れる。
次に目指すのは工房だ。基本的にアプリのインストールや強化、装備の改造はこの場所でしか行えない。
オレに与えられた個室に入ると作業服姿のアイちゃんが待っていた。
現在のラビィはレベル1だからできることは限られている。工房の使い方を教えてもらい、チュートリアル用のアプリで実践したら終了だ。
「メモリ容量が余ったから【テイマー】もインストールしたけど。……案山子を買うか迷うな。調べた感じだと能力も面白いんだよ。アイちゃんはどう思う?」
『使役獣の案山子は100ゼニで購入できますよ』
「それは知ってる。……そうじゃなくて、オレって戦闘狂の悪役設定だろ」
攻略サイトを開いて案山子の画像を見る。
二本の竹を十字に組み合わせたボディ。手の部分には軍手を装着。頭部の藁を覆う白い布には“へのへのもへじ”の顔があって麦わら帽子をかぶっている。
「……コイツを使ったらネタキャラになるぞ」
『アナタはそんな些細なことを気にしているのですか。問題はありません。面白ければいいのです』
……さすがアイちゃん。フリーダムだぜ。
『気になるのなら戦闘狂のラビィちゃんが案山子を使役しても違和感がない設定を作るのです』
「そんな簡単に設定を作れるのか?」
『簡単です。使役獣の案山子はプレイヤーが倒れても一度だけ身代わりになってHPを回復させる【一握りの希望】という能力を獲得します』
身代わりテイム型で鍵となる能力だな。ピンチになったときに効果を発揮する能力の保険として採用されることが多い。
『ラビィちゃんはその能力で命を救われたから案山子を大事にしているという設定にしましょう。それなら一緒に行動していても違和感はありません』
「――おぉ、案山子の能力と設定が噛み合っている。さすがゲームマスターのアイちゃん」
『もっと褒めてください。アイちゃんは褒めると伸びるAIです』
「アイちゃん最高!」
『もっともっと』
「――アイちゃん最高っ!!」
『とってもいい気分になったら設定が降りてきました。故郷が異世界人に襲われて闇堕ちした過去を追加しましょう。これで一般プレイヤーと戦う理由にもなります』
……褒めたらヘヴィな設定が追加された。
『さらに掘り下げて襲ってきた相手が実は異世界人ではなかったという設定を加えれば光堕ち展開も可能です』
「それって“オレはなんてことをしてしまったんだ……ぐすん”って感じの泣き演技が必要になるヤツだよな? 素人のオレにそういうのは厳しいぞ」
『演技に自信がなければこちらでアバターを操作します。様々な物語からお約束を学習したワタシが完璧に演じてみせましょう』「お約束?」
『例えば“己の罪を悔いて崖から飛び降りようとするラビィちゃん。それを思いとどまらせようとする一般プレイヤーと今まで共に行動してきた案山子”というシチュエーションはどうでしょう?』
「それはサスペンスドラマのお約束! しかも古臭い!」
というかラビィは飛べるし、案山子が説得する光景ってなんだよ。笑いを取りに行っているとしか思えないぞ。
『とりあえず光堕ちの流れはその場のノリで決めるとして、ラビィちゃんが案山子を使役している理由は完璧です』
「……わかった。その設定を採用しよう」
ちょっと考えてみたけれど、オレの頭脳ではアイちゃん案を超える設定が思い浮かばなかった。
こうなったら細かいことは運営に丸投げだ。
『わかりました。それではこちらの案山子をどうぞ』
「www」
目の前に出現した案山子が「ワラワラ」と鳴いた。……ログと発音が統一されていない。
『使役する案山子に名前を付けてください』
「……名前か」
見上げると“の”の字の瞳が“じ~”っと見つめてきた。
「――よしっ。お前の名前は“ノジー”だ!」
「www」
こういうのは直感。
早速ノジーの育成を始めたいところだが使役獣用の装備や強化素材がないので、ゼニで入手可能な【軽量化】と【装備化:装備することが可能になる】のアプリをノジーにインストールして終了。これでノジーのアプリは【カカシ流格闘術】【カカシシールド】【跳躍】を加えた5つになる。
「それじゃ、ノジーはストレージで待機してくれ」
特別に【装備化】のアプリをインストールした使役獣はストレージ内に待機させることが可能になる。リビングソードやリビングアーマーのような装備品タイプの魔物でしか行えない裏技だ。
テイマーボールは高価なので使わない。
「ww!」
「……どうした?」
ノジーが腕を左右に振ってストレージに入るのを拒んだ。ログで「ワラワラ」と訴えてくるけど言葉が理解できない。
「テイマーボールのほうがいいのか?」
「Www!」
それも違うっぽい。
「アイちゃん。ノジーはなんて言っているんだ?」
『テイムされて即ストレージに収納されることに不満があるようです。一緒に行動して好感度を上げれば言うことを聞いてくれるようになります』
「好感度が低いと指示に従わないのか。特訓を兼ねて飛んで移動するつもりだったけど。……さすがにノジーを持って飛行するのはまだ厳しいぞ」
……背中に括り付けるか? それともノジーの移動速度に合わせて飛ぶ?
「ww!」
「今度はなんだ?」
ノジーの指が竹箒を指し示す。
『ノジーが竹箒を欲しがっています。渡しますか?』
「渡したらイベントが起こりそうだな」
そういえば特定のアイテムを渡すと好感度が上がるって攻略サイトに載っていたような。ちょっと調べてみよう。
「wwwW!」
ブラウザを立ち上げている隙に、ノジーがオレの手から竹箒を奪い取った。
「――おいっ。まだ渡すとは言ってないぞ!」
ノジーはオレの言葉を無視。奪った竹箒を頭部を覆う白い布の隙間に運び、バキィボキィバキィ! と音を鳴らして食べ始めた。
《ノジーの【飛行】アプリが解放されました。条件を満たしたことで【装備化】が【使役獣魔道具化〔飛行〕】に変更されました》
「……そういうイベントだったのか」
「wW♪」
ノジーが親指を立てた。
攻略サイトで確認したら【魔道具化〔飛行〕】のある竹箒を食べさせることで発生するらしい。
「でも、唯一の武器が無くなったぞ」
「w!」
ノジーが自身を指さしてアピールしてくる。
「もちろん武器としても使うつもりだ。でもお前の場合は耐久値が設定されているだろ。退場されたらオレが困る」
通常装備は壊れない仕様だが、ノジーの場合は耐久値がゼロになると退場して回復させるまで使用できない。
「仕方がない。アイちゃん、同じ改造の竹箒売ってたら頂戴」
『毎度ありがとうございます』
「竹箒が安くて助かったよ……」
「――w!?」
ノジーがぴょ~んとオレの側に跳んできて竹箒をガブリ!
――バキィボキィバキィ!!
「――おい、食べるなっ!」
「www♪」
ノジーは竹箒を飲み込んで満足したのかストレージへ消えていった。
『案山子は竹や藁が大好物です。ちなみにデッキブラシは食べません。飛行性能も竹箒と同じなのでおすすめです』
「そういうのは先に言ってくれ!」
泣く泣くオレは追加でデッキブラシを購入した。
……ちくしょう。所持金がほぼゼロになっちまった。