ラビィ世界最強戦闘狂化計画
イヌカの森に生息するイヌカウルフ。
エネミープレイヤー専用のイヌカウルフは通常個体よりも体が大きくステータスも若干強めに設定されている。体毛も普通は茶色だがオレの個体はイメージカラーの真っ黒だ。
「……きゅ~ん。(……やられたぁ)」
「――ガウッ!(3号が倒されたか!)」
火球の直撃で、群れの1頭が光になって砕け散った。
「がう?(リーダー。どうするっス?)」
群れの仲間に指示を仰がれる。
現在、オレはイヌカウルフの群のリーダーとして三人組の女性パーティーと戦闘中だ。
「ガウッ!(1号は大盾。2号は剣士。命大事に! 引き付けるだけでいい!)」
「「――ワンっ!(了解っ!)」」
生き残っている2頭に指示を飛ばして空を見上げる。
杖に跨った女魔法使いが徐々に高度を下げてきた。
「ガルルルッ!(やっとENが尽きたな。ここで潰す!)」
イヌカウルフの攻撃方法は牙、爪、体当たりの近接攻撃だけだ。
空を飛ばれると一方的に攻撃されるのでチャンスを逃すわけにはいかない。
女魔法使いが攻撃圏内に入る。――今だ!
「させないよ」
「――ガッ!(コイツ、いつの間に?)」
跳びかかる進路上に女剣士が割り込んできた。頭部狙いの突きをギリギリで躱し、バックステップで距離を取る。
「サンキュー、クノン」
「アオイ。回復早くしてね」
「……くぅん。(リーダー、申し訳ない)」
横目を使うと倒れた2号が消えていく。
「回復終了! もっかい飛んだほうがいい?」
「残り2頭だから様子を見ながらでいいと思うよ」
回復薬を飲み干して女魔法使いが復帰してしまった。
数的にも不利。これは詰んだかもな。
「……がぅ?(リーダー。どうするッスか?)」
「ガウガゥ!(1号は撤退していいぞ。生き残るのも仕事だ)」
「がう?(リーダーは残るんッスよね?)」
「ガウッ!(当然!)」
イヌカウルフは誇り高い種族という設定だ。リーダーがドヤ顔脱兎は評価点が下がってしまう。
「がぅ!(だったら俺も付き合うッスよ!)」
「ガウッ!(悪いな1号)」
「ワン!(リポップしたらみんなで肉食いに行くッス!)」
「グルルルッ!(そうだな。ちょうどリアルも昼時だ)」
ヘリハラハラヘリ~。メシ食いたいっ!
「ガゥ!(行くか! 1号!)」
「ワン!(どこまでもついていくッス。リーダー!)」
「――ガオォォオオオオオォン!(リポップしたら生肉パーティーだぁああぁぁぁ!)」
「――ワオォォォオオオオオン!(イエーイ!)」
ぶっちゃけAIがノリの良さは非常に助かっている。毎回シリアスな会話になったら正直ウザったい。
オレと1号は雄叫びを上げながら女性パーティーに突撃した。
× × ×
「あ~。死んだ死んだ~」
エネミープレイヤー専用の拠点に戻ってきたオレはイヌカウルフの身体のまま畳張りの床に腹這いになって倒れた。真っ黒な空間だと居心地が悪かったのでEPで内装を12畳ほどの和室に変更している。
「とりあえず。イヌカウルフは調整終了でいいか」
座布団に座ってローテーブルに置かれたPCディスプレイを見る。
思考操作で今回使用したイヌカウルフパーティーの設定をエンカウント登録して完成だ。
登録は一つの種族につき三つまで。それぞれステータスや行動パターンを変えてある。フィールドにはその中からランダムで一つが出現するようになっていた。
オレのイヌカウルフの場合は【ガンガン行こうぜ!】【命大事に!】【リーダーを決めるタイマンだ!】が登録されている。
最後の【リーダーを決めるタイマンだ!】はアイちゃん(運営)が条件を指定してきたもので、一般プレイヤーの立ち回りによってはテイム成功率が大幅に上昇する特別仕様だ。
「さてさて。ランキングはどうなっているかな?」
エネミーランキング【クゥロ】……142/1543
現在エネミープレイヤーが操作できる魔物は一角ウサギ、イヌカウルフ、そして熊型のモリノベアーの3種類。
評価の内訳は一角ウサギが1位だけどイヌカウルフとモリノベアーが若干低めの順位となっていた。こればかりは操作する魔物との相性があるから仕方がない。
「今後はランキングが下がっていくだろうな」
一般プレイヤーたちは成長と共に狩場を変えていく。最近は一角ウサギに憑依しても穴掘りウサギさんと戯れるか、草食って昼寝くらいしかすることがない。
まったりできるから、それもアリだけどな。
――ピーンポーンパーンポーン♪
昼の12時になった瞬間、公式からのお知らせが届いた。確認ボタンを選択するとアイちゃんが転移してきた。
『呼ばれて飛び出て、じゃんじゃかじゃ~ん』
無表情で淡々と出現されるとシュールだ。お姉さんキャラならそれもアリだぜ!
『毎日のログインありがとうございます。今回は新ダンジョン追加のお知らせ。それに伴う更新データになります。一般には公開されない情報なので漏洩は厳禁です。よろしければ確認ボタンを押してください』
ポチッとな。
『確認しました。まもなく第1エリア最終ダンジョン【ゴブリンの砦】が実装されます。エネミープレイヤーの皆様には【ボス及び各種ゴブリン】と【ダンジョン製作】に関係するデータが追加となります』
――おぉ! ついにボスキャラがきたぞ。しかもダンジョンもまで作れるとかテンション上がるぜ。
『次のお知らせです。エネミープレイヤーの拠点に調整施設が実装されました。魔物やダンジョンの調整が可能となります』
「その施設はもう使えるのか?」
『…………更新終了。利用可能となりました。案内しますのでワタシについてきてください』
襖を開けて廊下を進むアイちゃんの後ろをイヌカウルフの姿で追いかけていく。
『こちらになります』
案内プレートに【調整施設】と書かれた鋼鉄の扉をアイちゃんが開く。中に入ると4畳半くらいの広さで全面鉄製の部屋だった。
「狭いし何もない部屋だな」
『メニューを呼び出して【ハジマーリの街周辺の草原】と【一角ウサギ】を選択してください』
「……こうか?」
言われた通りに思考操作すると一瞬で室内が草原に変わった。一角ウサギが出現する見慣れたフィールドだ。ボディも一角ウサギに変更されている。
「……草原の草うめぇな」
いつもの癖でつまみ食い。だって昼飯前で腹が減っているんだもん。
『このように実装中もしくは実装予定のフィールドを再現できます。次は【ゴブリンの砦・ボス部屋】を選択してください』
今度は石造りの部屋に変わった。
「ここで戦うのか」
『肯定します。ボス部屋の広さは、床が30×30メートル。高さは25メートルです』
ゴブリンの砦は七つのフロアとボス部屋で構成される。今回は内部レイアウトの変更は不可。エネミープレイヤーが設定できるのは魔物とトラップ配置だけになる。
「砦の内部構造が大雑把なのはゲーム性を重視したって感じか?」
『それもありますが最初からガチな要塞を作ったらネタが無くなってしまいます。長期間のサービス継続を視野に入れるならギミック等は小出しが良いと判断しました』
ゲームとしては正しい判断だと思うぞ。
「登場するゴブリンは見れる?」
『メニューから呼び出せます』
メニューを操作すると目の前に2体のゴブリンが出現した。片方は体長2メートルくらいの大型。もう一方はそれよりも70センチほど小さい。
『大きい方がボスの【砦を守るゴブリン・レベル17】、小さい方が【兵士ゴブリン・レベル12】となります』
「砦を守るゴブリンか」
『翼竜ではないので、三割ゴブの確率で攻撃を回避できる能力はありません』
「そんな能力があったら強過ぎるだろ。……ボスの出現は単体?」
『取り巻きとして3体の【兵士ゴブリン・レベル15】が出現します。こちらは倒されても一定時間で復活します』
ふむふむ。各種ゴブリンにはEPで購入した【剣】【盾】【弓】【槍】【槌】【鉄球】【棍棒】【プロレス】など武器やアプリを設定できると。
今回は人型を操作するのでPvPみたいな感じか。試しにボスの砦ゴブに憑依して動かすと人間に近い動きだった。
「魔法に関するアプリはないけど、物理主体のダンジョンになるのか?」
『肯定します』
個人的には動き回るほうが好きだからアリだな。
「えっと、調整用の相手は…………全身タイツさんか」
『他にもお助けNPCやエネミープレイヤー専用の人間アバターを調整相手として使えます』
兵ゴブの横に小さいアバターが追加された。ウサ耳のような黒いリボンが特徴だったデッドリィ・ラビィだ。
……よく見ると微妙にデザインが変わっている。
「ラビィの目が死んでないか? 前に見たときはちゃんと瞳にハイライトがあったと思うんだけど」
他にも髪がボサボサというかワイルドな感じだし、頭に着けていた大きなリボンが消滅して代わりに同じ色のボロ布を左の二の腕に巻いている。
『性別が判別できないようにリボンの位置などを修正。ついでに試験合格後、一度も構ってもらえなかったラビィちゃんの悲しみを表現してみました』
「魔物の調整で忙しかったんだから仕方ないだろ」
3種族×3パターン。エネミープレイヤーって地味にやることが多い。
「ラビィはレベル1か。レベル上げとかは一般プレイヤーと同じでいいの?」
『EPで強化することも可能です。エネミープレイヤーの特典として、レベルを上げる【不思議なガム】や【レベルコントローラー】などの調整に必要な要素はポイントで購入できるようになっています』
「そこは標準装備するところだろ」
『このゲームは皆様の課金で運営されています。楽をしたければ課金してください。ちなみに課金でEPの購入も可能ですよ』
アイちゃんが課金箱を持ってこっちを見ている。
…………ゲームを楽しんでいるのでお布石として有償のアイちゃんコインをちょっとだけ購入しよう。
――チリーン!
『ご購入ありがとうございます』
……さて。真っ先に取り組むべきなのはダンジョン製作とゴブリンの調整なんだけど。
「ところでアイちゃん。確認なんだけどここってボス部屋の再現なんだよな?」
『肯定します』
「そっか。…………ちょっと天井が高いな」
そしてボス部屋には障害物が何もないと。
空を飛ばれると少し面倒だな。飛行対策をするなら調整相手が必要になる。
「飛行アプリは最初の街で入手できるんだっけ?」
『拠点にあるアバター工房で取得可能です』
序盤で入手できるアプリならエネミーポイントを節約できそうだ。
それに調整相手として機能させるなら、実際に使ってAIに学習させる必要がある。ラビィ最強ボス計画もあるし、オレ自身が慣れるためにも正攻法での育成が妥当かな。
「ラビィを使った行動も評価対象になるんだよな?」
『もちろんです。アナタが希望すればキャラクター設定に応じた評価基準などを設定できます。逆に人間アバターを評価対象外にして一般プレイヤーとして遊ぶことも可能です』
キャラ設定を無視した行動は評価が大きく下がるワケだな。
「それならとりあえず戦闘狂って設定で一般プレイヤーに戦いを挑んでいくけど大丈夫? オレに勝ったら報酬として所持金の半分を渡すって感じで」
『……ラビィの行動指針として【戦闘狂】を構築します。戦闘可能エリア及びワタシが指定する一般プレイヤーとの戦闘が評価対象。対戦相手への報酬はラビィのレベルに比例した最低金額を設けます。あとはその場のノリで修正。それでよろしいですか?』
「オッケーだ」
『他もにラビィの設定を生かせるシチュエーションがあれば“エネミークエスト申請”をご利用ください。面白そうなら専用のイベントを構築します』
「了解した」
よーし。ログアウト体操して昼飯を食べたらラビィの育成を始めるぞー。
――ラビィ世界最強戦闘狂化計画はここからだっ!