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9話 精霊痕と闇精霊

◆◇◆◇◆◇


 それから隠し通路を進むこと数分。

 カルロスさんの執務室。

 その天井から出てくる事になった私達は、けほけほと舞っていた埃に咳込みながら何とかたどり着いていた。


「取り敢えず、最低限の物は借りていくとして、だ」


 ケースの中に丁寧に収められていた魔導具を必要な分だけ取り出し終わったヴァンが言う。


 基本的に部屋に篭り切りの日々を送っていた私にとって、普段の時間の潰し方などハクと言葉を交わすか。もしくは本を読むか。外へこっそり散歩に出るか。そのくらい。

 だから、魔導具についての知識もある程度持っていた。

 それ故に、ヴァンが次々と取り出してゆくそれらの価値がなまじ分かってしまった事もあり、目を奪われる私だったけど、程なく我に返る事となった。

 その理由は、魔導具とは全く関係ないであろうカルロスさんのデスクやらをヴァンが物色し始めていたから。


「あ、あのー。えと、ヴァ、ヴァン……?」


 明らかに魔導具とは無関係な場所を探し始めているから、そんな勝手な事をして良いのだろうか。

 やめておいた方がいいんじゃないか。

 小心者な私は恐る恐る声を掛けてみるが、ヴァンの手は止まらない。

 だけど、手を止めない代わりにと言わんばかりにヴァンの声がやってくる。


「ついさっき、ふと思い出したんだが、俺に精霊術師はいるかって聞いてたよな」


 それは、ハクに向けられた言葉だった。

 少し前にハクに尋ねられていた事について、何か思い出したのだろうか。


「精霊術師の知り合いなんて、ノアや曾祖母以外にはいないんだが、ひと月程前にそう言えば親父殿が奇妙な事を言ってたんだ」

「……奇妙な事?」

「最近、王都で精霊術に似た痕跡を幾つか見かけた────そんな話だ」

『……それって具体的には?』

「その資料が恐らく、どこかにある筈なんだ。ああみえて親父殿は几帳面だからな。何処かに記録を保管していると思うんだが……」


 ……だからデスクの中身を漁り始めていたのか。


 奇行のようにも思えたヴァンの行動に納得がいくと同時、しかしハクの表情が険しいものへと変化してゆく。

 だが、確証がまだないからか不用意に場をかき乱す必要はないとハクは口を真一文字に引き結び、ヴァンからの続きの言葉を待っていた。


「王位継承権を巡る小競り合いが起きてる事は、もう話したよな」

「うん。それはちゃんと聞いた」

「普段は親父殿を始めとした中立派と呼ばれる貴族が目を光らせてる事もあって、その小競り合いも最小限に抑えられていたんだが、」


 歯切れの悪い様子で、ヴァンの言葉が止まる。


「……最近になって少し、状況が変わったらしくてな。親父殿達の目を掻い潜って度々襲撃が行われたり、変死する貴族が出たり。奇妙な事が頻繁に起こるようになったらしい。そしてその現場には、決まって『精霊痕』があったらしい」


 『精霊痕』とは文字通りのそのままの意味で、精霊術の痕跡が残っている事を『精霊痕』と呼ぶ。

 魔法が使用された痕跡を『魔法痕』と呼ばないのは、使用者の限られる精霊術と異なって魔法が広く使われて親しまれているからだろう。


 あくまで、魔法との差別化の為にその言葉は使われているに過ぎないといったところか。


「知っての通り、うちの家系は曾祖母が精霊術師だ。精霊術を使えないとはいえ、ある程度の知識を持っていた親父殿はそれが精霊術に似た何かであるとすぐに見抜いたらしい。曰く、最近になって怪しげな勢力から力を借りる貴族が出てきている事もあり、それが原因ではないかと言っていた筈だが、恐らく原因は明確に分かっていない。……あった。これだな」


 棚に収められていた書類の束を取り出し、ヴァンはデスクの上に広げた。


 私の頭の上に乗っかりながら覗き込むようにハクが書類の中身を確認する。

 だが、複数枚に渡って記録されている中身を熟読する事なく、一ページ目の時点で答えを導き出したのか、ハクは声をあげた。


『────悪霊の類じゃないかな、これは』

「「悪霊?」」


 私とヴァンの声が重なる。


 悪霊というと、幽霊とか、そういった類の話だろうか。


『〝闇精霊〟という言葉に心当たりはある?』

「いや、ないが」

「ううん。私もない」

『基本的には、悪霊呼びではあるんだけど、その痕跡が『精霊痕』に酷似してることから、〝闇精霊〟なんて呼ばれる事があるんだ。ただ〝闇精霊〟は、僕らと違って人に協力をするような存在じゃない。ただ不幸を撒き散らすだけの存在だよ』

「……あれ。でも、小競り合いをしてる貴族の人達が被害に遭ったんだよね」


 ハクの言葉に引っ掛かりを覚えた。


 デスクに置かれた書類をめくる。

 被害は偶然起こったにしては、数が多過ぎる上、見た感じ、被害に遭ったのは第一王子派と呼ばれる貴族に関わりのある人ばかりのようだった。


 これを、人に協力をするような存在じゃない〝闇精霊〟による単なる偶然と捉えて良いものなのだろうか。


『そう。だから、おかしいんだ』


 終始、ハクが険しい表情を解かなかった理由が判明する。


『でも、可能性はない訳じゃない。何らかの手段で操っている可能性はある。たとえば、何らかの触媒を用いて、とか。断定は出来ないけど、〝闇精霊〟を自由に扱える人間が何処かにいる可能性は極めて高いと思うよ。何より、あの嫌な感じは今思えば精霊にしては禍々し過ぎる気がするし』

「……触媒、か。まて、それにも確か心当たりがある」


 資料の最終ページ。

 そこには、紺色に染まった香炉────その残骸が記録されていた。


「不自然に香炉が転がっていたらしく、親父殿からこれに心当たりはあるかと聞かされた事があった」

『……なら、それが触媒になってる可能性は高いだろうね。ただ────』

「ただ?」

『術者や、その触媒を見つける事はほぼ不可能だと思う』


 それは、殆ど断言と言っても良かった。


『特に、悪霊でしかない〝闇精霊〟を利用する、なんてふざけた思考を現実のものとするあたり、その技量は頭ひとつ抜けてると思う。だから、今回の下手人の目的が明瞭になってない以上、屋敷を離れて探すことは悪手だと思う』


 だから、闇雲に探して見つかるとは思えないし、ここまで大掛かりな真似をしておいて、おめおめどじを踏むとも思えない。


 仮に橋を壊した人間の目的が、ヴァンでもカルロスさんでもなく、屋敷に招待された人間だった場合、ハクの言うように犯人探しの為に屋敷の外に出る事は悪手極まりない。

 ハクの主張は、尤もなものに思えた。


 ならばどうするのか。

 このままカルロスさんが来るまで時間を引き延ばし、待つのが最善なのだろうか。


「……なら、屋敷にある結界もどうにかされると思っていた方が良いか」


 世界でも五指に入る魔法師であるカルロスさんが構築した結界魔法。

 その強度は推してしるべし。


 だが、それに胡座をかけば取り返しのつかない事になるのは火を見るより明らか。

 ヴァンの言うように、どうにかされると思っていた方がいいだろう。



 主犯を探すのもだめ。


 触媒も恐らく見つからない。


 カルロスさんを待つのもだめ。



 …………私達は、八方塞がりに陥っていた。

 そんな中、私はふと思った。


 今回の橋を壊した張本人が、カルロスさんを警戒してることは明らかだ。

 カルロスさんに対する信頼は、私達も一貫して高い。それは周知の事実な筈だ。なら、それを私達も利用すれば良いのではないだろうか。


「ねえ、ヴァン」

「ん?」

「何か策を講じていくんじゃなくて、あえて、何もしないのはどうかな」

「何も、しない?」


 訝しむ声をあげるヴァンに、私は首肯で応えた。


 私達も、カルロスさんの結界を百パーセント信用している体を装うという選択肢。

 幸い、側には落ちこぼれの私がいる事になっている。ヴァンが策を講じるのではなく、だからこそ結界のある屋敷に引きこもる選択を取ってもなんら可笑しな事ではない筈だ。


「だから、あえて敵に結界を壊させるの」


 何かをするにしても、結界がある限り自由には出来ない筈だ。だから敵の想定通り、壊す事をもういっそ、容認してしまう。

 私にはどういう仕掛けなのかは分からないけど、この屋敷には招待された人間以外は入れないようになっているから、その行動は必須の筈だ。


 それを待つ事で後手にこそ回るが、予め備えをしておき、確実に被害を最小限に留める。

 備えこそ用意するが、相手に対してはひとまず何もしない。私にはそれが一番いい方法のように思えた。


『……確かに、魔導具が手に入った以上、一番悪くない方法かもしれないね。でも、』


 ハクは言い淀む。

 被害を最小限にするにはこの方法が一番良い。ただ、欠点が一つあった。


『それをする場合、君たち二人でパーティーを進行させる事になる。警戒心を抱いていないと示す為にも、二人で前に立って婚約の件について話すって事でしょ』


 カルロスさんの結界に全幅の信頼を置いているという体で進めるのだから、この結界が壊されることは無いと思っていると思い込ませる事が肝要だ。

 何より、パーティーに参加している他の貴族達は恐らくこの事を知らない。

 騒ぎが広がれば、二次被害が生まれる。

 向こうの思う壺だ。

 だから極力、普通に振る舞う必要がある。


 ……となると、ハクの言うように割を食うの私達だ。狙って下さいと言わんばかりに前に立つのだから、危険度が文字通り跳ね上がる。


『……危険すぎない?』

「俺も反対だ」


 間髪いれずにヴァンからも否定の言葉が飛んで来た。


 私に、剣の心得はなければ、魔法に対する心得もない。

 唯一あるのは、精霊術について。


 まるきり無力という訳ではないが、戦力に数えるには頼りがなさ過ぎるだろう。

 だけど。


「でも、ハクもいるし、ヴァンもいるんだよ。私達が揃ったら、カルロスさんにだって勝てたんだから」


 厳密には逃げ切った、であるが、出し抜いたと言う点において、『勝った』と言っても強ち間違いではないだろう。


「それに、今回の婚約の件でどうやってもエスターク公爵家には迷惑を掛けちゃう。だから、私に協力出来る事は可能な限り協力したい。償いって訳じゃないけど、受けた恩にはちゃんと報いたいから」

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