7話 勘違いじゃない勘違い
「一つ、ではなく全部……ですか?」
騎士の方の発言に私は引っかかりを覚えて、尋ねてしまう。
確か、エスターク公爵領から王都に続く道はいくつか存在していて、どれも橋を必要としていた。しかし、その橋の数は五つか六つあった筈。
何より、全てがバラバラの位置でそれぞれにそれなりに距離があった筈だ。
全部崩落している、なんて事があり得るのだろうか。
「はい。私が確認したものも含め、全て崩落しているとの事です」
この場にヴァンと二人きりで私がいる事に疑問を覚えた様子だったけど、騎士の方は質問に答えてくれた。今はその事を確認する時間すら惜しいという事なのだろう。
「となると、理由は一つだな」
「……ええ」
「親父殿が戻るタイミングを狙ったという事は、親父殿を屋敷に戻らせたくない。戻られると困る理由があったんだろう」
それ以外に可能性はないとまで言えた。
だが、どうしてそうする必要があったのだろうか。現状では分からなかった。
「……こうなってくると、ハクの言ってた事が気になるよね」
「嫌な感じがした、ってやつか」
ハクの姿が見えていない騎士の方がいるので、視線を一度移すだけに留める。
タイミングがタイミングなだけに、やはり気になってしまう。
ハクも適当な事を言うような精霊ではないし、無関係とは思い難い。
問題は、ヴァンの本気相手でも消滅させる事は出来ないと豪語するあのハクが、嫌な感じがすると言った事だ。
とても厄介な相手、である可能性は高い気がする。
「それと、ヴァン様。もう一つ、お伝えする事がございまして」
「もう一つ?」
……まだ厄介な事があるのか。
疲れた様子で耳を傾けるヴァンだったが、続く「領主様からです」という言葉に目を見開いた。
予想外のトラブルで屋敷に未だ戻ってこれていない御当主からの伝言。
一体何なのだろうかと身構える私達であったが、その内容はつい、素っ頓狂な声を思わず上げてしまうようなものであった。
◆◇◆◇◆◇
『せ、狭い狭い狭い狭い!!』
むにっ、と頬を圧迫されながらハクが悲鳴をあげる。
あれから私達は、成人男性がギリギリ一人通れるかどうかの道を、二人と一匹で進む事になっていた。
「仕方がないだろ。道はここしかないんだから」
「だからハクは外で待っててくれていいってちゃんと伝えたのに……」
領主様からの伝言は、橋の崩落についての心当たりがあるのか。
気を付けろと注意するものだった。
もちろん、言葉だけではなく、その注意に沿った対策も伝言の中に含まれていた。
それが、執務室にある物を持ち出して携帯しても構わない。というものだった。
ヴァンのお父様の執務室には杖を始めとした貴重な魔導具も保管されている。
それを持ち出していいと言う事は、それだけ今回のことを深刻視しているのだろう。
ただ、問題はその後だった。
『よ、よりにもよってこんな道を通る必要は、なかったんん、じゃ、ないっ、の』
「……だから言っただろ。親父殿の執務室は、留守の時は下手な城よりも頑丈な結界魔法で厳重に守られてるって」
貴重品を保管しているのだから、そういう事になるのは分かる。
ただ、だったら解除方法を教えてくれれば良いのに、ヴァンのお父様は解除方法ではなく、執務室に続く隠し通路を使えとの伝言を寄越してきた。
パーティーから抜け出す際に、灯台下暗しと言わんばかりに執務室へ隠し通路を使って足を踏み入れた事があったのでその道は知っていた。
けれど、ヴァンもまさか、隠し通路を発見している事に気付かれていたとは思ってなかったようで驚いていたが、事実、万が一を考えると執務室にある杖や魔導具を手にしておくべきという結論になったのだろう。
結局、私達はかなり狭い隠し通路を使って執務室へと向かう事になっていた。
「でも、こんな日までパーティーを抜け出すような真似をする事になるとは思っても見なかったがな」
今回に限っては自分達の意思でないとはいえ、傍から見ればパーティーを抜け出そうとしているようにも見えるだろう。
「でも、こういうのが私達らしい気もするけどね」
「……だな」
決して褒められた事ではないだろうけど、ヴァンやハクと一緒になって抜け出す事が私は好きだった。
こうやって誰かとはしゃいで何かをするなんて、以前の私なら想像も出来なかったから。
「にしても、結構ギリギリだなこの道」
「最後に通ったのは二年くらい前だもんね」
最近は、私とヴァンの力量が上がったからなのか。カルロスさんから追い掛けられなくなったのだが、以前までは割と本気で抜け出した際は追い掛けられていた。
初めの頃は本当に紙一重でどうにか逃げ切れていた場面が多く、それもあってどこか穴場に隠れる事が多かった。
最後に執務室に隠れたのも、かれこれ二年近く前の話である。
「でも、あの時言ってた冗談が本当になるとは思ってもみなかったなあ。……まぁ、十割くらい私のせいなんだけど」
もうかれこれ二年も前の話。
だから、どういう会話の流れであんな話になったのか、少し曖昧なところもある。
だけど、ヴァンと冗談半分に話していた内容はよく覚えていた。
『────十年後も、お互いに結婚をしていなかったら、二人で一緒になるのもアリかもな』
そんな、話。
現実はまだ二年しか経ってないし、結婚ではなく婚約で。
それに間違いなく私のせいでこうなってしまった訳なんだけど、相手がヴァンだからか。
ちっとも嫌な気はしなかった。
「俺は、冗談を言ってるつもりはなかったけどな」
「え?」
思わず変な声が出た。
でも程なく私の頭に初めてヴァンと出会った時に交わした会話が思い返される。
ヴァンにとって結婚したい相手は、対等な人間で、一緒に笑い合える人と言っていた。
きっと、偶々条件に合致する人が今も尚、私くらいだったというだけの話かもしれない。
恋愛感情を抱いている訳ではなく、単純に。
『ニブチンか』
そんな事を考えていると、何故かハクからジト目で責められた。
だから思わず、君は私が勝手に勘違いして、ギスギスする空気がお望みなのかと言ってやりたくなった。
そもそも、アリスにも言われていたけど、私がヴァンと釣り合ってる訳がないというのに。
『……環境が環境だっただけに、自己肯定感が低いのは仕方がないとはいえ、色々と先は長そうだね』
「先って何だ。先って」
ハクの言葉に何故かヴァンまで通じ合っているような反応を見せていた事に不満しかなかったけれど、取り敢えず気にしない事にしようと決めた。