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23話 笑い合ってる方がいい

「────魔力を、奪う?」


 ヴァンは、意味が分からないと言いたげであった。

 眉間に皺を寄せている理由は、私が言葉足らずであったからだろう。

 だが、程なくヴァンは私の言わんとする事を理解してくれる。


「……この陣を逆に利用して、〝聖遺物(アレ)〟から魔力を奪うのか」


 ダメで元々。

 言葉にした事を現実のものに出来る自信など、殆どない。

 あるなら、陣を壊しに向かってくれたリキさん達を止めている。


「精霊術や魔法を扱うには燃費が悪過ぎる。だけどそれは、燃費が悪くても問題ないだけの魔力量があれば解決する問題でもある」


 でも、私にはヴァンと違って剣の心得はない。

 だったら必然、燃費が悪くても精霊術を使ってどうにかするしかない。


 だからこその、この案。


「──────ッ」


 息をのむ。


 悠長に会話をする暇など与えないと言わんばかりに、溢れた屍が決壊したダムのように押し寄せた。

 

 出来るか出来ないかじゃない。

 最早、やるしかない。

 緩んでいた表情を引き締め、私はしゃがみ、陣へ手を当てる。


「……本当に、世の中、何があるか分かんないね」


 言葉は独り言であり、ハクに向けての呟きだった。


 傍で、微細の光────魔力を剣に乗せ、限りなく節約を心がけてヴァンが剣線を描く。

 見惚れるような剣技には、こんな状況であっても優美さを損なっていない。


 基本に忠実な、確かな努力を重ねてきた剣。


 親父殿に言われて仕方がなく剣を────そんな事をヴァンは常日頃より口にするが、曇りのない真っ直ぐに積み上げたその剣は、ヴァンの努力の証だ。

 それを、私はよく知っている。

 だから、彼の剣には何よりも信を置いていた。だから、無防備に自分のやるべき事をこうしてする事が出来る。


「こんな事なら剣を学んでおけば良かったかな」


 冗談めいた一言。

 でも、他でもない自分自身が己にその才能が一切備わっていない事を理解している。

 ヴァンにせがんで教えて貰おうとして、素振り一つで軽い怪我を負っていたのが何よりの証拠だろう。


 意地を張ろうとしたけど、ヴァンに止められたからという理由ですぐに諦めた事を────ほんの少し(、、、、、)だけ後悔した。


「……ううん。私の場合は、やっぱりこれで良かったのかな」


 屍が押し寄せた事で、ヴァンが剣を振るう。

 私の言葉に対する返事も、もう出来なくなるほどに余裕を削り取られる。


 しかし、その中で一瞬だけ私達の視線が交錯した。

 そして、微かにヴァンの唇が動く。


 呻き声と衝突音にかき消され、音として私の鼓膜に届かなかったソレは────しかし、私自身にはちゃんと届いていた。

 読唇の心得もない私がすぐに理解が及んだ理由は、きっとヴァンからの言葉だったからだろう。


「『任せた』、かあ。うん。任された」


 無謀であるとも、無理であるとも。

 ましてや、やめろとすら言わず、ヴァンは迷いなく『任せた』と一言。

 その信頼の厚さが肩にずしりとのし掛かる。


 でも、やると言ったからには、無様な姿を見せる訳にはいかない。


「────〝アナライズ〟────」


 私は、初歩とも言える〝精霊術〟を行使した。


 それは、〝精霊術〟にのみ効果を発揮する分析を行うもの。

 魔法である筈の〝吸魔の陣〟に対しては、本来、効果は現れる筈がない。


 筈が、ないのだ。


『……よく、分かったね』


 しかし、〝アナライズ〟は効果を発揮した。

 私の目論見通り、多少の物足りなさはあるが、効果を発揮していた。


 その事実に、精霊であるハクでさえも驚いていた。


「何年一緒に────何年、〝精霊術〟を勉強したと思ってるの」


 私に、ラバンさんと比べられるような知識は殆どない。

 ただ、唯一張り合えるか。もしくは勝てそうなものは〝精霊術〟に関してのものくらい。


 伊達に、家に引き篭もってハクと共に学んでいた訳ではない。

 そして、勝算ゼロで案を出すほど、お花畑な頭もしていない。


「……ただ、お姉様のようになりたい。そんな想いで勉強してた事がここで役に立つって本当に皮肉だよね」


 アイルノーツ侯爵家の次女として、魔法の才を私もまた望まれた。

 けれど私には、お姉様のような才はなかった。


 だから、お父様やお母様は私を早々に見切ってお姉様に愛情を注いだ。

 でも、私もお姉様のようになれば、きっと私の事も────そう思って、ハクと出会うまでずっと、ずっとずっとずっと魔法を学んだ。

 正攻法でダメなら、違う方法で。

 そう思って、足りない頭で考え抜いた。


 その努力が、今ここで発揮されるのは本当に、皮肉でしかない。


 そんな私だから、禁術と呼ばれる魔法のホンモノを目にして、瞬時に気づけたのだろう。


 これは────ある意味で〝精霊術〟であり、魔法でもあるもの。

 言うなれば〝精霊術〟を無理矢理に魔法に落とし込んだであろう代物。


 取り繕う事をせずに言うとすれば、〝精霊術〟を使えない人間が、無理矢理に使おうとし、魔法によって強引に再現したもの。


 魔法を使えない人間でありながら、どうにかして魔法を使えるようにと足掻きに足掻いた私だからこそ、気づけた。


「でも、そのお陰で足手纏いにならずに済む」


 解析────解析────解析。


 頭に流れ込んでくる膨大な情報量。

 この禁術を作り上げた人間は、間違いなく天才だろう。

 効果が意図的なものだったのか。

 はたまた、偶然の産物だったのか。


 それは兎も角、こんな術式を想像にとどめず、現実のものにしてしまえる人間がいた事に驚愕を禁じ得ない。


 ただ────。


 似たような想像は、私も行った。

 私の場合は、当時、〝精霊術〟すらも使えない状態だったからどうしようもなかったけれど、今なら。


「〝接続(コネクト)〟────」


 意識全てを陣へ向ける。

 完全なる無防備。


 けれど、そばにはヴァンがいる。

 ハクもいる。

 なら、心配する理由は何もない。


 術式構成を理解し、頭の中で必死にありったけの知識をかき集めて改変の為の知恵を振り絞る。


 術式そのものを改変する必要はない。

 禁術というある種の化物を改変出来るとすれば、それは天才とは名ばかりの怪物にしか無理だろう。

 生憎、私は怪物ではない。


 ヴァンやリキさんが力を合わせれば何とかなりそうな気はするけど、今は時間がない上、懇切丁寧に教える時間は勿論ない。


 だから、私という凡人に出来る最善は、魔力を奪うこと。

 つまりは、魔法陣自体に手は加えず、後から手を加えられた供給先を私に変えるだけ。


「─────ハ、ハハハッ!!」


 乾いた笑い声。

 今までにない集中力を発揮していたからだろう。私の鼓膜は、遠く離れている筈のラバンさんの笑い声を何故か捉えていた。


「私は貴公を過小評価していたらしい。禁術にさも当たり前のように手を加えようなど正気の沙汰じゃない。一歩間違えれば廃人。否、そもそもそこまで辿り着ける人間自体稀だ────貴公は化物か? ノア・アイルノーツ」


 化物じゃない。


 私よりも化物なんて、それこそ世界にごまんといる。


 単に私は、禁術と同じ考えを十年近く行なっていたというだけ。

 そこに、〝精霊術〟という借り物の力を使わせて貰っただけ。


 私の力というにはあまりに程遠い。


「────いくよ、ハク」


 基本骨子の理解はし終えた。

 ならば後は赤子の手をひねるようなもの。


 問題らしい問題は、これまで〝聖遺物〟に注がれていたエネルギーを逆流させて、私が無事に済むのかという話。


 だから、ここからはハクの出番。

 私一人なら無理だけど、二人なら。


 私は、禁術へ真逆の術式を通わせ、濃く深く刻み込んでやる。

 〝聖遺物〟との繋がりそのままに、私という新たな繋がりを作った上で、


「────〝反転しろ(リバークロス)〟───!!」


 どくん。

 何かが脈動する音が、殊更大きく聞こえた。

 直後、頭の中に。

 身体の中に何かが流れ込んでくる。


 〝吸魔の陣〟の対象が、〝聖遺物〟に。

 吸い込んだエネルギーが、私へと猛烈な勢い。送り込まれてくる。

 身体という器をゆうに超えるであろうソレが、堰を切ったように


『……ッ、ノア!! 溜め込まないで!! 今すぐ、〝精霊術〟を使え!!』


 ひどい、嘔吐感。

 頭痛。頭痛。頭痛。頭痛。頭痛。


 身体が鉛のように重たくなる。


 一応、繋がり(パス)はハクにも繋いでいるから負担は軽減されている筈なのに、それでも辛いものがあった。


 どれだけ溜め込んでたんだ。


 そんな愚痴すらこぼせないほどに、一瞬にして襲いくる不快感。

 視界の先に映り込むデュナンが、信じられないものでも見たかのような表情を浮かべていた事が痛快だったが、そうも言ってられない。

 だけど、視界を埋め尽くすほどの物量にまで膨れ上がった屍をどうにかするには、適当に〝精霊術〟を使うのではダメだ。

 だから、焦燥感に駆られたハクの叫びに従うのではなく、私は続け様に言葉を口にする。


「ヴァン」


 身体が悲鳴を上げているせいで、碌に声が出せない。

 今の私は、とても酷い顔をしているだろう。


 私の声に反応し、肩越しにほんの一瞬振り向いたヴァンの表情が全てを物語っていた。


 でも、言いたい事も後回しに、私の伝えたい事を理解してくれる。


 要するに。


 溢れに溢れたエネルギーを用いて、足下に〝吸魔の陣〟を覆うように更なる陣を展開。


 碌に打ち合わせもしていないのに、私達の言葉はものの見事に被さった。


「「────〝ディア・ガーデン〟────」」


 同時、強烈な眩暈とふらつきと共に、意識が一瞬、私の手から離れる。

 襲いくる浮遊感。


 無防備に背から倒れ込んでいるのだと自覚は辛うじてあるのだけれど、肝心の身体の制御が効かない。


 ……まぁ、少し痛い程度だろうし。


 割り切って許容しようとした瞬間、何かに支えられた。


「……流石に、無茶をしすぎだ」


 あの物量を一人で対処していたせいで、生傷が見受けられるヴァンにそんな事を言われる。


 私に言わせれば、どっちもどっちな気がするのに、深刻そうに心配されていた。

 特別、燃費の悪い魔法なだけあって、不快感は薄れているが、それでも万全とは言い難い。


 とはいえ、


「────まぁ、これで終わってはくれませんよね」


 驚きが優っていたのだろう。

 不意をついたお陰で〝ディア・ガーデン〟発動分の魔力こそ確保出来たが、相手は腐っても〝吸魔の陣〟を用意した人間だ。


 理解のレベルも私とはレベルが違うだろう。

 そんな彼が、私と同じ真似が出来ないわけがない。事実、〝吸魔の陣〟を伝って行われていた魔力吸収も、何故かその手応えが今はもう全くなかった。


 どころか、〝吸魔の陣〟の下に何か細工をしようと試みているように見える。


 ────……化物か。


 ……ひとまず、リキさん達が破壊するまでの時間稼ぎをするべきだろう。


 ただ、屍は〝ディア・ガーデン〟による蔦を始めとした自然が食い止めているものの、術者であるデュナンの動きが不穏すぎた。


「デュナン・レジナ。俺でもその名はよく知っている。曰く、数十年に一人の天才であると。その天才が、何を思ってこんな事をしているのか、実に気になるところではあるな」


 攻撃の手が止んだ────というより、〝ディア・ガーデン〟で強制的に止めさせたところで、ヴァンが口を開く。


 こんな事、にはレオンさんが傷だらけの事も含まれているのだろう。


「逆ですよ」

「……逆?」

「数十年に一人の天才が、こんな真似をしているのではない。こんな真似をしなくてはならなかったから、ワタシは天才と呼ばれるように血反吐を吐く努力をした。ただそれだけです」


 それではまるで、天才と呼ばれるようになる前────それこそ、二十年以上前からこの行為を計画していたかのような物言いではないか。


 順序が逆と指摘を受け、ヴァンは勿論、私も眉間に皺を寄せる。

 ならばその動機は。

 そもそも、何故、そうしなければいけなかった?


「それが。それだけが、私の存在意義であったから。故にこそ、」


 ばりん、と何かが砕け割れる音が響いた。

 それは、〝吸魔の陣〟を構築する際に用いたであろう宝玉が壊れた音。


 やがて薄れて消える陣を前に、デュナンは不気味なくらい、晴れやかな笑みを浮かべた。


「失敗する訳にはいかないんですよ。失敗をする訳には、いかないんだ。祖国の為にも。死んでいった故郷の人間の為にも。……驚きはしました。ですが、その程度でワタシは止まらない。止まる訳にはいかない。たとえそれで、ワタシが命を落とす事になろうとも」

「────あ?」


 素っ頓狂とも取れるその呟きは、一体誰のものであったか。

 否、最早そんな事はどうでもいい。

 重要なのは、確かな違和感がデュナンの言葉と共に発せられたという事実。


 気づけば、錫杖が床へ深々と突き刺さっていた。


「八卦を束ね四象を回し、両儀を経て太極へ至れ────」


 詠、唱。


 しかし、私は瞬時にさせてはならないと思った。これだけは、止めなければならないと理解した。

 なのに、


「広がれ────〝骸屍錫杖(クシャーナ)〟」


 感情とは裏腹に、身体が動かなかった。

 無理をし過ぎた弊害。

 それを否応なしに思い知らされる。


 何より、未だ健在の大量の屍がそもそも、接近を許してはくれなかった。


 直後、かは、とデュナンが吐血。

 手の甲で拭いながらも、「……流石に〝聖遺物〟。代償なしとはいきませんか」

 そんな呟きを漏らした。


「────そんな事をして、何になるって言うんですか」


 変化が見受けられる。

 デュナンの身体の崩壊。

 〝大図書館〟の外からであろう異音。


 続け様、聞こえてきた『外に向けて〝聖遺物〟を使ったのか』というハクの呟きで、先の行為について理解した。


 故の、疑問だった。


 こんなものが外に出れば、多くの人間が死ぬだろう。

 誰かが死ぬ。

 その結果を得て、何になるというのだ。


「理屈じゃないんですよ」


 答えがやってくる。


「ワタシは、この為に作られて。生かされて。これを成す事こそが存在意義として育てられてきた。そして、それが正しいのだと教えられてきた。それが、ムエリダの人間としての唯一の道であるのだと」


 言うなれば、悲願。


 理屈で、それは間違っている。

 何になるというのだ。

 何より────デュナン(貴方)自身も無事では済まないはずだ。


 命を削ってまで、行う事なのか。


 そんな、当然とも言える理屈で責め立てても、止まる理由にはなり得ないと否定された。


「苦しんで、苦しんで、苦しんだ人間がいるのに。その元凶は、素知らぬ顔でのうのうと生きている。そんな今を許せるものか。許せる訳がない。許してなるものか。だからワタシは、思い知らせてやらなければならない」


 会話の最中にも、屍は増殖を続ける。

 どころか、擬似固有結界をもろともせず、侵食を始めていた。


 この結界の中では私達の独壇場になる筈なのに、それすらも上回る出力で、侵食力で。


「────知るか、そんなもの」


 焦燥感に駆られる私の傍で、毅然とした態度でヴァンが一刀両断した。

 そこには僅かの気負いもなく、ただただ事実を事実として突きつけているだけにしか見えなかった。


「別に、俺はあんたが何をしようが構わない。故郷の復讐に、帝国を巻き込もうが、〝魔法学園〟を巻き込もうが、言ってしまえば俺からすればどうでもいい」


 ヴァン……?


「だが、こんな俺にも守りたいものくらいはある。あんたは、俺の守りたいものに二度、刃を向けている。あんたの邪魔をしてやる理由としては、十分過ぎるだろ」

「二度……?」

「こんな俺を慕ってくれる領民達と……こんな俺を、大切な友達と呼んでくれたノアに」


 だから俺もまた────許す気はない。


 その言葉を最後に、ヴァンは横薙ぎに剣を振るった。

 直後、蠢いていた無数の屍。

 その大部分が、斬り裂かれた。


「────……まだ、進化してんのかよ。一体おれは、いつになったらお前に追いつけるのかね」


 それは、リキさんの呟き。


 彼が天才と呼んだヴァン・エスタークは、控え目に言って怪物だった。


 先のエスターク公爵家での一件は、周囲の貴族を傷付ける訳にはいかなかった事。

 得物に慣れていなかった事。

 私に気を回していた事。


 〝ディア・ガーデン〟で、相当量の魔力を負担していた事。

 顔にこそ出していなかったが、そういった事情が絡んでいた。


 しかし今は。


 〝ディア・ガーデン〟の大部分を私が負担し、気を使うべき相手も殆どいない。

 私という存在がやはりお荷物になってしまってはいるが、それでも。


「今から先、俺の後ろには風ひとつ通らないものと思え」


 直後、デュナンの背後に魔法陣が浮かぶ。

 言葉もなく、撃ち放たれる無数の魔法。


 だが、それら全てをヴァンは相殺してゆく。


 それこそ、言葉の通り風ひとつ通さないようにする為に威力の調整すら行った上で。


 本当に、圧倒的であった。


 ならば、ここにもう私は必要ない。

 デュナンの事はヴァンに任せる。


 だから私は────。



「ラバンさん。リキさん。それと────レオンさん。手伝って下さい」


 私のすべき事をしなくては。


「……随分と顔色が悪いけど」

「気のせいです。そんなことより、早く対処をしないと」


 申し訳なくはあったけど、リキさんの心配を一蹴する。


 ハクの呟きが正しいなら、今、外は〝聖遺物〟の影響が出始めている頃だろう。

 どうにか、しなくては。


 それ、と。


「……レオンさんが運んで下さった生徒の方達の状態、かなり悪そうですね」


 戦いの最中。

 傷だらけの身体に鞭を打ち、安全な場所へと倒れ伏す生徒達を、移動させてくれたレオンさんに感謝をしつつ、目を向ける。


「それについては、ボクに任せてほしい」


 レオンさんが口を開く。


「リキ。キミの魔導具にボクに貸してくれ。知っての通り、ボクに魔法の適正は勿論、魔力も持ち合わせていない。でも、知識は誰よりもあるつもりだ」

「勿論────と言いたいところだけど、手持ちの魔導具は殆ど、〝吸魔の陣〟の対策の為に解体(バラ)してる。作り直す事は可能だけど、時間がかかる」

「なら、私が手伝います」


 その状態でか?


 言葉こそなかったけど、私を見つめてくるラバンさんの目は口程に物を言っていた。


「私に〝聖遺物〟の知識は殆どありませんが、魔法なら違う。適材適所ってやつです」


 外への対処については、ラバンさんに任せるべきだろう。

 リキさんにも、今はデュナンが起こしたことへの対処に専念して貰いたい。


 何より、身体はこんな状態でも魔力はあり余っている。


「それに、お姉様を助けるときにきっとこれは役立つと思いますし」


 私なりの打算もある。

 そう伝えると、これ以上は時間の無駄と理解してか、「分かった」と短く一言告げてラバンさん達と別れる事になった。


『……お人好し過ぎるよ』


 ハクに呆れられる。


 レオンさんにはハクの姿は見えていないのだろう。

 「それに何も言わずに付き合ってくれるハクほどじゃないかな」と答えると、心底不思議そうな顔をされた。


「それ、で。私は何をすればいいですか」

「ぁ、ああ。この人達は今、魔力を根こそぎ奪われてる状態にある。だから────」

「分かりました。でしたら、助ける方法を教えて下さい」


 レオンさんは、今の状態を事細かに説明して、納得をしてから方法を教えてくれようとしていたのだろう。


 でも、その時間が今は惜しい。


「……この状況で、帝国の人間でもあるボクを無条件に信用するのは、」

「これでも、人を見る目には自信があるので」


 私の目に、レオンさんは悪人に映らなかった。これで痛い目を見るなら私がバカだったというだけのこと。


 私の言葉を受けたことで、場に降りる一瞬の静寂。黙考。


「分かった。じゃあ、ボクの言う通りにして欲しい。陣はボクが描く。だからキミには、魔力を注いで貰いたい」


 シンプルな答えだった。


 そこからの行動は早く、レオンさんは寸分の狂いのない魔法陣を床に描いてゆく。

 ただ、それは若干、見覚えのある物であった。


「これ、は」


 つい先ほど前目にしていたから、すぐに分かった。

 これは、〝吸魔の陣〟に限りなく近い物。


 私の考えが正しければこれは、


「……私の魔力を介して、周囲から魔力を取り込む陣ですか」


 大気中には、私達の目に見えないだけで多くの魔力が粒子となって存在している。

 消費した魔力は、本来緩やかに大気中の魔力を集め、回復してゆく。

 それをレオンさんは、意図的にその回復速度を早めようとしている。


 〝吸魔の陣〟の特性をよく活かしたものであった。


『無理矢理に魔力を取り込めば、さっきのノアみたいな事になる。だから、大気中から取り込んだ方が間違いなく負担は少なくて済む』


 身をもって知っているから、その手段が最善であると理解した。

 問題らしい問題があるとすれば、〝ディア・ガーデン〟を展開したままの状態で私が耐えられるかどうか。

 ううん。耐えられるかじゃない。どうにかして、耐える他ない。


 そこまで考えたところで、疑問が飛んでくる。


「キミはどうして────そこまで、献身的になれるんだ。どうして、そんな負担を強いてまで助けようと思える」


 困っている人がいるから助ける。

 己に見返りがなくとも、助け続ける。


 そんな、正義の味方のような聖人など、この世には存在しない。

 誰もが皆、起こす行動には理由があって、大なり小なりの動機がある。


 レオンさんの言葉は、若干、怯えていた。


 きっとそれは、こうまでする理由が帝国によって被害を受けたから────だから、同じ境遇の人間を助けたい。

 そこからくる行動だと思ったからなのかもしれない。

 レオンさんは帝国の皇子だ。

 決して無関係な立場ではない。


「そう、ですね」


 考えてみる。

 存外、答えはあっけなく見つかった。


「私がその立場だったら、助けて欲しいと思うから……ですかね?」


 もっと具体的な理由を挙げるとすれば、ヴァンの隣に立てるような人間になりたいだとか。

 散々迷惑をかけたカルロスさんへの恩返しとか。いつか私にとって大事な人に降り掛かった時、ちゃんと助けられるように。

 その予行というか。


 理由はあげればキリがないくらいあったけど、根本にあるのはそんな理由なんだと思う。


 助けて欲しいと願い続けて────ハクという存在に助けられて。

 ヴァンと出逢えて。


 そんな私だから、このくらいの事はしなきゃバチが当たる。見て見ぬふりは出来ない。

 それに、彼ら彼女らはこれから〝魔法学園〟に通う私の友達になるかもしれない人なのに。


 そこまで考えながら、私は描かれた陣に力を込めた。


 襲いくる脱力感。

 身体から何かが抜けていく奇妙な感覚。


「まぁ、綺麗事を言ってるって自覚はあるんですけどね。でも、自分勝手に、自分本位で生きるより、絶対にみんなで笑ってる方が楽しいですし」


 鏡を見なくても分かる屈託のない笑みを浮かべ、そう言ってあげる。

 すると何故か、レオンさんは瞠目をして────頬をほんの少しだけ赤く染めていた。


 ……どうかしたのだろうか?


「……確かに。キミのいう通りだ。憎み合うより、笑い合ってる方がずっといい」

「ですよね」


 やがて、陣にありったけの魔力を注ぎ込み終わる。ただ、やり過ぎたのだろう。


 気丈に振る舞っていた私に、突然限界が訪れた。今度こそ、倒れ込んでしまう。


『ノアっ!?』


 まだ、やらなくちゃいけない事があるのに。


 そう思っているのに、身体はいう事を聞いてくれなくて。意識が保てなくて。


 だけど寸前、私の顔に影が落ちる。

 聞こえてくる破壊音。

 また、リキさんが破壊でもしたのかなと思ったけど、視界に移った光景には何故か、見た事もない女性がいて。

 ラバンさんが、「いいとこ取りだな、魔女」と呼ぶその女性から、「────ありがとう。ここから先は、私に任せてくれ」という言葉が私に向けられていた。

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