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16話 レオン・アルバレス

 魔法学園。


 それは、ノーレッド王国の隣国にあたるディアナ王国に位置する世界有数の学舎。

 魔法使いの卵を育成する事を主としており、世界各国から貴族の子弟子女が集う場所。

 それが、魔法学園。


 貴族として相応しい教養を身につける場としても知られており、交友関係を広げる目的も含めて、多くの貴族子弟子女が入学をする場所。


 しかし、だからこそだろう。

 偶然にもロヴレンさんから投げ掛けられたその言葉に、私はあからさまな渋面を浮かべ目を背けてしまう。


 ただ何故か、私だけと思っていたその反応が一人だけではなかったようで、すぐ隣にいたヴァンまでもが気まずそうに目を逸らしていた。


『ノアは兎も角、なんで君も目を逸らしてるのさ』


 私の事情を事細かに知り尽くしているハクは、私の反応はさておいて、先にヴァンまで不都合な言葉として認識していた事実に疑問を投げ掛ける。


「ヴァンくんは、休学中ですからね」


 問いに答えたのはヴァンではなく、ロヴレンさんだった。


「休学?」

「……一応、これでも公爵家の後継だからな。籍だけは置いてたんだよ。というか、置かされていた、が正解だな」

「あぁ、そういう」


 丁度、私が目を背けた理由に関係していたこともあり、私は納得してしまう。


 本来であれば、貴族子弟子女の大半が魔法学園へと通う事になる。

 それこそ、私のように家の恥になるから通わせないという実家の強い意志でも介入しない限り、ほぼ確実に。

 見識や交友関係を広げる為。

 また、魔法使いとしての技量を高める為にも、基本的に入学が推奨されているのだ。


 だから、魔法の才に恵まれた人間ならば魔法学園に通っていても何一つとして不思議ではない。

 けれども。


「……でも、どうして休学? っ、て、そんなことは分かりきってるか」


 尋ねようとして。

 しかし、ヴァンの性格からその理由はすぐに理解出来た。

 恐らく、肌に合わないだとか。

 面倒臭いからだとか。

 つまらないだとか、そんな理由なのだろう。


 元より、魔法の技量は勿論、所作も含めて学園で得られるその殆どをヴァンは既に得ている。交友に関しても、中立を貫くエスターク公爵家が何処ぞの家や勢力へ不用意に深入りするのは褒められたものではないと言われてしまえばカルロスさんはどうしようも出来ないはずだ。

 事実、ヴァンは似たり寄ったりの発言をしたのだろう。


 私が頭の中に浮かべていた可能性を肯定するかのように、ヴァンは苦笑いをした。



 ……ただ、疑問が残る。

 ロヴレンさんもこれまでの言い草からして、ヴァンと面識がない。

 という事はない筈だ。


 だったら、ヴァンが休学している事は承知の上だろう。そして、彼の性格もまた。


 そんなヴァンも含めて、魔法学園に興味はありますかと尋ねるロヴレンさんの意図が私には分からなかった。


「……魔法学園に興味がない。といえば嘘になりますけど、どうしてヴァンと私にそんな事を?」


 目の前でアリスが通っていたところを目の当たりにしていたから、興味はある。

 殆ど魔法を扱えない私とは水と油な場所だろうが、それでも多少なりの好奇心があった。


 ただ、自分の意思で魔法学園を後にしたであろうヴァンと、魔法と絶望的なまでに相性が悪い私に提案する事ではないと思う。

 何かの間違いだと言って貰えた方が納得が出来る。

 なのに、当の本人は私から指摘を受けて尚、表情一つ変える事はなかった。

 寧ろ、私からの疑問が飛んでくる事を望んでいたかのような態度ですらあった。


「それが一番、都合が良いから(、、、、、、、)ですよ。打算的に考えるならば、それしか選択肢はないと言えるほどに」


 ……それは、どういう事だろうか。


「恐らく、今回の一件を踏まえてカルロスは当分、自領から出ようとはしないでしょう。いえ、出ませんね。彼の性格を考えれば間違いなく」


 己がいないタイミングを狙っての襲撃。

 死傷者こそ出なかったものの、次もまたこの結果になるという保障は何処にもない。

 原因解明は急務だろうが、それ以上に守りを固める必要がある。

 相手の狙いが、ヴァンを含むエスターク公爵家であった事を考えれば尚更に。

 そうなってくると、これまで通り王都で政争に関する対処を、という訳にもいかなくなってくるだろう。


「ですが、そうなれば相手の思う壺でしょう」


 究極、エスターク公爵家の失脚を望んでいた連中からすれば、カルロスさんを王都から────政争から遠ざける事が出来れば最低限の目的は達せられたと言える。


 相手の思うように事が運ぶことは癪であるし、私は勿論、ヴァンもそうなる事は望んでいない。寧ろ、ここまで掻き回してくれた相手の鼻をどうにかして明かしてやりたいという気持ちの方が強い。


「故にこそ、この提案なのです」

「……成る程。理解した。学園を勧めた理由は、守る対象である俺達がエスターク公爵領(此処)にいなければ、親父殿はこれまでと変わらず王都で行動が可能だからか」

「……あぁ、そういう」


 ヴァンの言葉を耳にして、漸くロヴレンさんの提案に納得がいった。


 そういう事か。


『でもそれって、襲われる場所が変わるだけじゃないの?』


 ハクの呟きは尤もだ。

 対象であった私達が移動すれば、相手は移動先を襲撃すればいいだけの話。

 しかし、こと魔法学園に限って言えばその道理にかなった発言は成立しなくなる。


「魔法学園は不干渉域だから国は勿論、個人であってもおいそれと手は出せないんだよ、ハク」


 基本的に魔法学園の話は意識的に避けていたから、ハクに話す機会はなかっただけで、ある程度の知識を私は有していた。


「だから魔法学園なら多分、下手な場所よりずっと安全ではあるんだ」

『成る程ねえ』


 世界有数の魔法師の卵────を、育てられる技量を持った教師達。

 国々に対して『不干渉域』を押し付けられる程の影響力を持った学園の長。


 少なくとも、表立って襲われる事は殆どなくなるだろう。

 魔法学園には各国の貴族が通っている。

 襲ってもみろ。

 結果はどうあれ、世界全体が下手人の敵となる事は必至だ。


 鉄格子に覆われた牢屋より、ある意味、魔法学園の生徒である方が余程、安全といえば安全であった。


「確かに、貴方の提案は尤もだと思う。ロヴレン・マグノリア。魔法学園には帝国所縁の人間もいるだろう。最低限の安全は確保出来るだろう。親父殿も、これまで通り動く事が出来るだろう。世界有数の学舎に相応しい大図書館にて更なる魔法の知識や精霊術についての知識も得られるかもしれない。だが、俺は反対だ(、、、)


 ヴァンがメリットを羅列する。


 私達は私達で今回の背景について調べられるとしても。

 カルロスさんにこれ以上迷惑を掛けないで済むように動けるとしても。

 先程口からこぼれた『強くなりたい』という願いの成就に近付けるとしても。


 だとしても、その上で認められないのだとヴァンは明確な言葉を残し拒絶した。


「……何故、とお聞きしても?」

「俺が学園に籍を置いているだけの状況にした理由を知らない貴方ではあるまい。答えはそれだ、ロヴレン・マグノリア。平等を語りながらも、貴族社会の染み込んだあの場所は、俺から見ても反吐が出る。そして、ノアの姉だったアリス・アイルノーツが通っていた場所だ。そんな場所にノアが赴けば、間違いなくノアが苦しむ。俺はノアが苦しむ事を望んでいない。たとえ、先の一件の下手人をのさばらせる結果になるとしても、俺にとって優先すべき事柄はノアだ」


 通っていた。と、あえて過去形にした理由は、あの状態のアリスが今後もこれまでと変わらない生活を送る事が難しいと理解しての事だろう。

 才女として知られるアリスが通っていたならば、その正反対に位置する私の事も知られていても可笑しくない。

 貴族社会が反吐が出るほど染み付いているという事はつまり────そういう事なのだろう。


 伊達に、パーティーでひとりぼっちだった訳じゃない。

 そんな人間が、ヴァンの側にいてもみろ。

 どうなるかなんてものは、火を見るより明らかだろう。


 実家でそれなりの扱いをされていた私が、その結果は誰よりも理解している。


「だが勿論、エスターク公爵家の人間として今回の一件については解決に努めるつもりだ。政争についても、公爵家として最大限の貢献をする。その上で言おう。それでも、貴方の提案に俺は頷けない」


 ただ、ロヴレンさんの提案こそが、最善である事は理解できる。

 そしてヴァンがその上で、こうして明確に拒絶する理由も、なんとなく分かる。

 きっとそれは、


『……ヴァンがこう言わない限り、ノアが罪悪感から了承する。せざるを得ない。そういう性格をしてるって理解してるからだろうね』


 ……私にだけ聞こえる声量で、ハクが答えを口にする。

 その通りだった。


 ヴァンが声を上げなければ、カルロスさんに迷惑をかけた自分が恩返し出来る絶好の機会。

 そんな事を思って二つ返事をしていた気がする。否、していただろう。


 でも一つ、勘違いをしてる事がある。



 了承するだろうと自分自身でも思った理由は、決してそれだけじゃない。



 その事を、理解していたのだろう。

 ロヴレンさんの視線が、私に向く。


 視線は、ヴァンを説得してくれと縋るようなものではなかった。

 貴女はどうなのですかと、問うているかのようなものだった。


 だから。


「私は、ロヴレンさんのお話を受けて良いと思いました。ううん、受けたい(、、、、)と思います」

「ノ、ア────?」


 驚いた様子で、慌てて言葉を紡ごうとするヴァンの声を遮るように、私は続ける。


「勿論、罪悪感だとか、そういったものは関係なしに」


 まず、否定する。


 そうしないと話す余地がなくなると思ったし、まともにヴァンに聞いて貰えないと思ったから。


「ヴァンの気遣いは素直に嬉しかった。懸念は、尤もだと思います。都合よくそんな事が起こり得ない────なんて事がないのは私がよく知ってる。嫌な気持ちになるし、出来れば避けたい。そんな目にあいたくない。なら、これまで通り必要以上に誰かと関わらないように生きた方がずっとマシで、幸せだと思います」

「なら、」

「ただ、思うんです」


 時間の経過と共に頭は随分と冷えた。

 だから、冷静に考える事が出来る。


「私が一歩踏み出していたら、お姉様もあんな事にはならなかったんじゃないかって」


 後悔があった。

 きっとヴァンやハクは、私は悪くないと言ってくれるのだろう。

 だけど、後悔があった。


 もし、私が一歩踏み出して歩み寄ろうとしていたら。

 ああして利用される事にならなかったのではないだろうか。

 こうして、ヴァンに迷惑をかける結果にならなかったのではないだろうか。


 好意的な感情は殆ど持ってない。

 あの結果は、ある意味お姉様の自業自得とも言える。けれど、あれでも私の姉なのだ。

 もっと、良い結果があったのではないだろうか。


「だから、やらずに後悔するより、やって後悔した方が良いのかなと……少しだけ思って」


 そうしていたならば、この筆舌に尽くし難い痼もなかったのではないか。

 ふと、そう思ってしまう。


「それに、何も悪い事をしていない私が遠慮するのも可笑しな話だなと思うんですよね」

「遠慮?」

「実は私、魔法学園に通ってみたかったんです。これでも知識欲は人並みにあるので、大図書館には憧れてましたし、友達と一緒に学園生活ってのもしてみたかった。でも、私の場合は家の縛りがあったので」


 通う事自体が不可能だった。

 家の縛りが殆どなくなった以上、その点に気をつかう必要はなくなっている。


「だから、本音を言うと通ってみたいなとずっと思ってまして。それに、先程も言ったように強くなりたい。立派になりたい。ヴァンの側に胸を張っていられるくらい。そうなる為には、きっと魔法学園が一番の近道。それで、その過程で、カルロスさん達のお手伝いが出来るのなら、万々歳なのかなって」


 だからロヴレンさんの提案を受けたい。

 その結論に至ったのだと告げると、もうヴァンからの否定の声は聞こえなくなっていた。


 代わりに、ハクのため息混じりの声が一つ。


『言っておくけど、これは嘘なんかじゃないよ。学園についてノアから聞く機会は殆どなかったけど、これはノアの本音。僕が保証する』

「尤も、ヴァンが認めてくれれば、が前提なんですけどね」


 私への気遣いだけならばまだしも、ヴァンが「嫌」と言った場合、私は強行してまで学園に拘る気は更々なかった。

 あくまでヴァンが認めてくれるなら。


 そんな私の発言を聞いて、ヴァンは髪を掻き上げ掻きまぜる。


「……それで、ダメと言える訳がないだろ」

「ごめん。ずるい言い方しちゃって」


 悪びれもせずに言うと、ため息を吐かれた。


「……相変わらず、お人好し過ぎる」


 吹かれる風に攫われそうな、消え入りそうな声で呟かれた声に対して、私は笑むだけに留めておいた。

 だって、ヴァンも人のことを言えないくらいお人好しだから。


「────という訳だ。ノアが問題ないなら、俺は構わない。好んで向かいたい場所ではないが、今回の一件があった以上、俺の感情は究極、無視で問題ないからな」


 そこらへんは、貴族家の人間としての割り切り、なのだろう。

 もしくは、エスターク公爵家の人間としてのケジメなのかもしれない。

 ともあれ。


「だから、教えて貰おうか。打算的に考えるならそれしかない、と言い切れるメリットを」


 ……そうだった。

 ロヴレンさんはそこまでしかまだ言っていなかった。

 あくまで私とヴァンが勝手に思考を巡らせてメリットを考えていただけ。


「ええ────と、言いたいところなのですが、最大のメリットは既にヴァン君が口にしてしまっているのですがね」


 話がまとまった事に笑みを浮かべるロヴレンさんだったが、苦笑いというか。

 頬を掻きながら、気まずそうに口を開く。


 ……あれ。じゃあ、やっぱり最大のメリットって、カルロスさんが自由に動けて私達の安全が確保される事だったんだ────


「今の魔法学園にはお察しの通り、帝国所縁の人間が通っていまして。名を、レオン・アルバレス。ご存知の通り、魔法学園は不干渉域。故に、我々にも手の出しようがない。だから、あなた方にお願いしたいのです。帝国の、第三皇子である彼を通して帝国について────を」

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