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11話 ディア・ガーデン

◆◇◆◇◆◇


『……それにしても、本当にやるつもり?』


 げっそりとした様子で、ハクが言う。

 最後の最後まで否定的な意見を崩さないハクであったが、流石に今の私がテコでも動かないと悟ったのだろう。

 今や、説得は諦めているようにも見える。


『ノアは知らないだろうけど、〝闇精霊〟の手口は、総じて悪辣なんだよ。そんな奴等を使う手合いだ。タチの悪い相手に決まってる』


 ……いや、全然諦めてなかった。

 私の勘違いだった。


 でも、口にされるその言葉一つ一つの全てが私を心配するものであるから、邪険に出来る訳もないし、私には苦笑いを浮かべながら目を逸らすのが精一杯だった。


『どう考えても、結界を壊されないように守りを固めるべきだと僕は思う』


 カルロスさんが展開している結界に加えて、ヴァンと私も協力し、外から誰も立ち入れないよう備えをする。

 それが一番安全で、確実性がある。

 『あえて危険を冒す必要はない』と口にするハクの意見は依然として尤もだ。

 でも、ここまで大掛かりな事をしているのだ。

 カルロスさんの結界を何かしらの方法で打ち破ってくると考えるべきだろう。


 だったら、仮にハクの言う通りにしても焼石に水ではないか。

 寧ろ、ある程度の対応が出来る人間がいると相手側に知られてしまう為、マイナスか。


 なら、『落ちこぼれ』で知られる私というお荷物が、ヴァンの側にいるこの状況を利用した方が確実な筈だ。きっとそこに、油断が生まれるから。


 恐らくハクもそれは分かってるのだろう。

 しつこく反対はしてるけど、偶に言い淀んでいる。

 付き合いが長いから分かる。

 これは、ハクもハクで一理あると頭では一応納得をしている時に見せる反応だ。


「……そもそも、目的が俺達じゃなかった場合、その予定は破綻しないか」

「うん。破綻するかもしれない」


 私は言い切る。

 そのあまりの呆気なさに。

 予想だにしない肯定に、ヴァンとハクは目を丸くした。



 ……いやだってその通りだもん。



 ヴァンの懸念通り、これは相手の目的が私か。ヴァンである場合にのみ効力を発揮する。


 参加をしている他の貴族達がターゲットであった場合、効果は本来の半分も発揮しないかもしれない。

 だったら、結果論になるが初めから守る事に尽力しておけという話になる。


 ただ────である。


「でも、それはこの作戦の立案が私達じゃなかったら(、、、、、、、)の話だから」


 そこで、何かを察したようにヴァンは口を真一文字に引き結ぶ。

 ハクは、「……そういう事か」と苦笑いを浮かべていた。


「私達なら、たとえそうだとしてもどうにか出来る方法がある。そうじゃない?」




 ────ねえ、ヴァン。折角だから、二人で何か編み出しちゃおう。


 それは、カルロスさんに散々追い回されていた私達が、途中から楽しくなって始めた事。

 文献による手掛かりもなく、本当に手探りの一から。


 だけどもし出来るのなら────精霊術と魔法による合わせ技を完成させたら、面白くないだろうか。

 そんな思いつきから始まった試み。


 パーティーの時間というのは、存外長い。

 一日どころか、二日にわたっての時もある。


 そして、夕方から夜にかけての時もあれば、もっと長い時も。

 要するに、時間は有り余っていた。


 だから、カルロスさんから逃げるために。

 二人で何か一緒に出来ればと。

 そう思って始めた、無謀な挑戦。


「だから、油断を誘うのが一番だと思った。それに、この方法なら下手人も捕まえられるかもしれない。そうでしょ?」


 守るだけの場合、それは結局、カルロスさんが駆けつけてくれるまでの時間稼ぎとなる。

 でも、私達を餌にしてしまえば、相手は油断をして踏み込んでくれるだろう。


「……それは、否定しないが」

「このまま逃して、私の大切な〝友達〟がまたこんな目に合うかと思うと、私は堪えられない」


 だから、危険だからやめろ。

 その言葉を繰り返すのはもう無しだからと言外に告げると、私の意図を察したヴァンは閉口し、黙り込んだ。


 万が一にも、狙いが私という可能性や、他の貴族達である可能性もある。

 だが、一番高い可能性はヴァンだろう。

 ヴァンの存在は、カルロスさんにとっても捨て置けないものだから。


「それに、私の〝精霊術〟はこういう時の為にあるものだと思っていたから」


 トドメに、人前で一度として精霊術を使った事も。使おうとした事もなかった事実の件を持ち出すと、観念したようにヴァンとハクは息を吐き出した。


 きっと彼らは、私までもが敵の的になる事の他に、万が一の時は精霊術を使わざるを得ない状況に陥る事を危惧していたのだ。

 露見すれば、これまで通りにとはいかなくなる可能性もあったから。


「……分かった。確かに、出来る事ならここで捕まえた方がいい。何より、ノアを無理矢理に押さえつけられないのは俺が一番知ってる」


 私が頑固で、一度言い出すと聞き分けがない子供のような性格をしている事をヴァンとハクは知っている。

 ちょっぴり申し訳なかったけど、私はその通りと言うように笑みで以て応えた。


『……あー。もう、分かったよ。分かった。僕も協力する。強力な魔導具もあるし、ヴァン(キミ)もいる。よくよく考えてもみれば分の悪い賭けでもないし、僕も協力するから』

「さっすが、ハク」


 ヴァンが折れたことで、最早止められないと悟ったハクが白旗をあげて協力を申し出てきた。


『……それで、やると言っても具体的な作戦は? ノアはどうする気なの?』

「そんなの決まってるよ。打てる手は全て打つ。出来る備えは全てする。後手に回るしかない以上、そうする以外に道はないでしょ? ね。ヴァン」

「まあ、相手の行動が殆ど読めない以上、そうする他ないだろうな」




◆◇◆◇◆◇



「……とは言ったものの」


 過ぎる事十数分。

 カルロスさんやヴァンがあまりに長い時間、不在であると何かあったのかと不安が広がる。

 それ故に、程なく執務室を後にした私達はパーティー会場へと戻って来ていた。


 未だに場はざわめいており、耳を澄ますと聞こえてくるのはヴァンやアイルノーツ侯爵家についての事ばかり。

 これから奇異の目にさらされるどころか、どうしてお前が、といった嫌悪の感情を一斉に向けられると思うと胃がキリキリと痛んだ。


 言い出しっぺの私が言える訳もないけれど、本音を言えるなら今すぐに逃げ出したいと叫びたかった。


「無理をしなくて良いんだぞ」


 ヴァンから心配する声が寄せられる。


 お姉様の嫌がらせから始まった事とはいえ、婚約の件についてはすぐに解消────という訳にもいかないはずだ。

 となると、これまで通り屋敷に引き篭もって過ごすという事も難しいだろうし、何よりこうなる事は最早、避けようが無い。

 なにせ、経緯は兎も角、公爵家の跡取りの婚約者、なのだから。


「……ありがとう、ヴァン。でも、大丈夫だから」


 私の側に、ハクの姿はない。

 万が一を考えて、ハクには貴族達を守る為に私達の側から離れて貰っている。

 少し心細く思っていた事もあって、ヴァンのその言葉は素直に嬉しく思った。


「それに、今までは私の醜聞だけで済んだけど、もうそうじゃない。逃げ続けるのも良くないから」


 アイルノーツ侯爵家の落ちこぼれ。


 その蔑称があった事に加えて、家に対して何の後ろめたさもなかったから、私は好き勝手に生きさせてもらっていた。

 社交の場に出る事もしなかったし、精霊術の才能だって隠した。

 基本的に部屋に引きこもって、自分なりに好き勝手過ごしていた。

 

 結果、『出来損ない』だとか『出涸らし』だとか、侮蔑する声が大きくなったが、別に私は構わなかった。

 損をするのは私だけだし、私以外に誰にも迷惑をかける事はないから。

 家については、おあいこだろう。


 ただ、今の私には自分が望んだことではないとは言え、ヴァンの婚約者という立場になろうとしている。

 手を差し伸べてくれた大切な友達に、恩を仇で返す気はない。

 ならば必然、もう逃げられない。逃げちゃいけない。


 だから、最低限ヴァンにだけは迷惑を掛けないで済むように、頑張るよ。

 自然と浮かんだ笑みを隠す事なく胸を張ってみる。らしくない事をすると、少しだけ気恥ずかしくてそんな様子を、微笑ましい表情で眺められた。

 ……あぁ、くそ。すごく恥ずかしい。


「そう、か。分かった。だが、しんどいと思った時は、」

「流石に心配し過ぎだよ、ヴァン。小さい子供じゃないんだから」


 同じ言葉を繰り返そうとしていたヴァンの言葉を遮り、私は会場へ向かって踏み出した。



「先程は、席を外してすまなかった。今一度、皆に──────」



 伝えたいことがあるんだ。


 畏まった口調で声を張り上げ、周囲の視線をヴァンが一身に集めた瞬間だった。

 発言を遮るように、何かが割れる音がひときわ大きく響き渡った。


 例えるなら、ガラス造りの何かを手から誤って離してしまった際に聞こえるような。

 集まっていた視線がヴァンから外れる。


 耳朶を掠めた音の発生源を探し、視線を向ける。そこには、私にとってよく見知った人物がいた。思わず、声に出してしまうほどに見知った人物だった。


「……お姉様?」


 足下に、藍色の破片────執務室で目にした香炉によく似た残骸を散らばらせるアリス・アイルノーツの姿がそこにはあった。


 だが、その瞳の焦点は合ってないように見える。色も……何かが違う。

 お姉様の瞳は、あんなに妖しく赤く輝いてなどいなかった。これは、どういうことだ。


 思わず呆然としてしまう私達だったが、破壊された香炉から生まれる見るも禍々しい紫の靄の存在もあって、我に返る。


「目を、覚ましてください、ヴァン公子。貴方は騙されているのですわ。ノアに、騙されているんですの」


 アリスの言葉に私は疑問しか抱けなかったが、アリスは違うのだろう。

 これが当然で、自分は何一つ間違っていないと言わんばかりに言葉を続ける。


「でも、安心して下さいまし。わたくしが、貴方を今お救いいたしますから。ノアに騙されてしまっている貴方を、わたくしが」


 喜色の色が散りばめられた表情で、アリスは手を差し伸ばす。

 彼女が誰かしらに利用されている事は明らかで、その理由に恐らく私が関わっているのだと理解をして思わず表情が歪んだ。

 

「それで、救うとでも言ってるのか?」


 そんな側で、ヴァンはアリスへ侮蔑の感情を向けた。底冷えた瞳で、香炉を残酷に射抜く。


「……成る程。そういう事だったか。確かに、これならば、親父殿の結界も打ち破れるだろうな。盲点だったよ、内から壊すなんてのは」


 アリスを相手にしたのもたった一瞬。

 ヴァンはすぐに意識を別の場所────結界が展開される天井付近へと向け、立ち昇る紫の靄が結界にたどり着いた事を視認する。

 続け様に靄は際限なく広がり続け、それは悪霊を思わせる異形の姿を形取る。


 突然の出来事に慌ただしくする貴族達。

 そんな光景をよそに、正体不明のソレは不気味極まりない笑い声を響かせながら、結界と私達の下へと飛来を始めた。


 ────やっぱり、目的は私達か。


 私を狙う理由は単純に、ヴァンにとっての足手纏いにあたるからだろう。


 ただ、何が起こっているのか、分からないのだろう。カルロスの件を知っている一部のエスターク公爵家の使用人達でさえも、何が起こったのかが分からないのか。

 立ち尽くしている。

 外にいる騎士達は、未だ気付いていないようだ。


 だから、どうしようもない。

 仮にこの窮地を凌いだとしても、結界は破壊され、外からの侵入に制限がなくなったこの場は地獄絵図と化す。




 ────恐らくは、そんな予定だったのだろう。


準備はいい(、、、、、)? ハク」



 問題があった。

 カルロスさんさえもを出し抜いた下手人を捕まえる為には、ある程度の譲歩が必要だった。


 初めから守りに徹してしまえば、相手が姿を現さない可能性が跳ね上がる。

 だから、結界は壊れたと認識して貰う必要があった。

 加えてもし仮に、全てを打ち砕ける完璧な策を用意していた場合、相手にただ情報を与えるだけになってしまう。

 それは一番避けたかった。


『問題ないよ。結界の崩壊が始まったからか、首謀者らしき人間も、範囲に入った(、、、、、、)


 婚約の件で間違いなく迷惑をかけてしまうから、早々にこの借りを少しでもカルロスさんに返したかった。


 加えて、友達が命の危機に見舞われるかもしれない可能性を許容するわけにもいかなかった。


 最大の問題は、ここに居合わせた貴族達も危険に晒されるという事。

 でもここは、まあ、これまでの私への散々な対応と相殺という事で目を瞑って貰おう。


 我ながら少し考えが悪人染みている気がするけど、ちゃんと守るし許して貰え……るよね?


「なら、やるよ。ヴァン」

「任せろ」


 カルロスさんのような強固な結界という訳でもないが、私達なりに編み出した合わせ技。

 爆発だとか、そういった派手さとは無縁だけど、ここから先は────私達の『テリトリー()』だ。


 幻惑系の魔法と、精霊術の混合。



「「────〝ディア・ガーデン〟────」」



 ────擬似固有結界(、、、、、、)


 緑が大地に走ると共に、自然の香りが鼻腔をくすぐり────ソレは顕現し、有無を言わさず、当たり前のように禍々しい紫の靄と異形の悪霊を消し飛ばした。

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