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10話 カルロス・エスターク

◆◇◆◇◆◇


 遡る事、二時間前。

 顎髭を拵えた茶髪の男────カルロス・エスタークは目の前の惨状を視界に移し、気怠そうに後ろ頭を掻きながら呟いた。


「────たく、随分と厄介な事になったな」


 王都から領内へ帰る最中、突然馬車が停止した理由が橋の崩落によるものだと把握し、どうしたものかと悩ましげな声を出す。

 これが、偶然起こった事ならば、「運が悪かった」の一言で済ませる事が出来た。


 だが、どこからどう見てもその崩落の様子を見るに、人為的なものであり、不自然なゴタゴタで王都に予定より長く滞在させられた事も恐らくここに繋がっていたのだろう。


 …………随分と、手間を掛けた真似をする。


 エスターク公爵家が何者かによって狙われている事を自覚させられながら、カルロスは表情を歪めた。


 そして何より。


「……しかも、だ。ここも『精霊痕』ときた。となると相手の目的は、」

「────恐らく、エスターク公爵家の地位の失墜。でしょうかね」


 馬車を降りたカルロスは、橋があった場所へと歩いて向かう。

 僅かに散らばっていた木材を拾い上げ、そこに『精霊痕』が確認出来たのを目にした上で結論を口にしようと試みた。

 しかし、それを遮るように結論を告げた声が一つ。

 カルロスと同様に、馬車から降りた一人の男性によるものであった。


 黒尽くめの外套を頭から被る事で鼻の下以降の相貌を隠す彼は、続け様に小さく唸る。


「何はともあれ、王都を騒がせているあの一件に関係している可能性が高いですね。両派閥にとって、貴方の存在は邪魔でしかないでしょうし、エスターク公爵家で何らかの騒ぎを起こす事で身動きを取れなくさせる。そんなところでしょうか」

「まあ、そういう結論になるわな」


 王都では今、王位継承に関するゴタゴタによって混乱の坩堝にある。

 カルロスが王都へ頻繁に出向いているのもそれが理由だった。

 特に、その厄介ごとで最近になって頻繁に見受けられる『精霊痕』。


 現状、『精霊痕』どころか、精霊術に関する知識も殆ど限られており、一族に精霊術師を持つカルロスが多忙に見舞われるのも仕方がないと言えば仕方がなかった。


 問題は、その『精霊痕』がただの『精霊痕』ではないという点。

 少なくとも、カルロスの目には『精霊痕』に酷似したナニカとしか判断出来ず、それ故に足踏みをしている状態にあった。


「一応、万が一の事を考えて結界は張ってある上、ヴァンにも情報の共有は行ってるとはいえ……もしもの事を考えて早く戻りたいところではあるんだが」


 カルロスの言葉が止まる。

 ざり、と響く複数の足音。

 人間のものではないソレを耳にしたカルロスは、うんざりした様子で後ろ頭を掻いた。


「……徹底してオレ達を屋敷に戻らせたくないらしいな」


 草陰から姿を現したのは、四足歩行の魔物。

 ハウンドと呼ばれる魔獣であった。


 目は血走っており、空に夜の色が混ざっている事もあって赤く光るその瞳はよく目立つ。

 次々と増えるハウンドの気配。


 後ろは橋だった残骸。

 前から迫るハウンド。


 この場にいた人間がカルロスだけならば、無視して屋敷へ急ぐという手段も取れた事だろう。しかし、馬車の御者や、付き従ってくれていたエスターク公爵家の使用人を見捨てる選択肢はカルロスの中になかった。

 つまり、彼は己らを取り囲むハウンドを相手にする他なかった。


「……どうしますか、カルロス。何なら、貴方一人だけでも先に屋敷へ急いでくれても」

「馬鹿を言うな。魔法師でもないやつに、こんな状況を丸投げ出来るかよ」


 狙われているのは間違いなくカルロスだ。


 だからこそ、外套の男はカルロスを屋敷へ向かわせようとした。

 何より、カルロスから任せられないと言われているものの、一人であってもこの場を乗り切る手段がない訳ではなかった。


「ですが、」

それに(、、、)、このタイミングなら恐らく、問題はない。不安じゃないと言えば嘘になるが、今の屋敷はヴァン一人じゃない」

「……もしや、強い護衛でも雇ったのですか」

「いいや? あのヴァンの婚約者になる予定の少女が一人いる、ってだけだな」

「今は冗談を言っている場合でないと思うのですが」


 「あのヴァン」という物言いが通じる程度には、外套の男はヴァンを知っていた。

 だが、彼はまだ成人すらしていない。

 魔法師としての腕は平均を優に超えているが、それでもカルロスにはまだ遠く及ばない。


 如何に天才と呼ばれた人間だろうと、これまで培った経験や場数が足りなさ過ぎる。

 そんな彼の婚約者である。

 恐らく歳もそう変わらないだろう。


 安心できる要素どころか、不安を掻き立てる要素しかないじゃないか。

 責め立てる外套の男だったが、落ち着かせる為に口にした冗談の割に、何故かカルロスは発言を撤回しようとも、冗談めいた様子で言葉を続ける気配がなかった。


「冗談じゃねえさ。オレは大真面目だ」

「……まさか、アリス・アイルノーツですか」


 アイルノーツ侯爵家を、カルロスが頻繁にパーティーに招いている事は広く知られていた。


「確かに、彼女の才能には目を見張るものがありました。恐らく、己の才に驕る事なく訓練を積めば、良き魔法師となる事でしょう」


 褒める言葉を口にする。

 しかし、それは暗に精々が優秀止まりの魔法師とも告げていた。


 カルロスさえもを翻弄する此度の下手人。

 アリス・アイルノーツがヴァンのサポートに徹したとしても、状況は好転しないだろう。

 そう、言おうとして────。


「ちげえよ。そもそも、あのヴァンが貴族らしい令嬢を己の婚約者に据える事を許容すると思うか? それに、アリス・アイルノーツなら、オレはここまで評価していない」

「……では、誰だというのです」

「ノア・アイルノーツだ」

「ノア、アイルノーツ……、ッ、落ちこぼれと呼ばれている妹の方、ですか」


 一瞬、誰であったかと記憶を探る外套の男であったが、すぐにそれが誰であるのかを理解し、カルロスの正気を疑った。


 ノア・アイルノーツは、アリス・アイルノーツと対極に位置する妹。

 確か、魔法師としての才能は皆無であった筈。なのに、どうしてと疑問が渦巻く。

 その様子が、可笑しかったのか。

 迫るハウンドという脅威に対して魔法を展開しながら、カルロスは笑う。


 馬鹿にしているのではなく、その笑いは「そうだよな。お前もそう思うよな」と肯定しているかのようなものであった。


「姉の方も優秀だろうよ。才能もある。だが、本当に怪物なのは姉じゃねえ。妹の方だ。巷じゃ、お前が言ったように『落ちこぼれ令嬢』なんて呼ばれてるらしいが……オレから言わせれば才能の塊どころか、怪物レベルだ」


 カルロス・エスタークという男は、どこか抜けていると思われがちな男だが、実際は几帳面で、どこまでも真面目な男である。

 特に魔法に関しては顕著で、どこまでも真摯に向き合っているカルロスは、こと魔法に関してはいかなる虚飾も剥いで口にする。

 要するに、容赦がない。


 外套の男はその事をよく知っていた。

 だから驚く。


 本来、怪物と呼ばれる側の人間であるカルロスが怪物と言い表した人間は、過去を遡っても片手で事足りるほどであったから。


「少なくとも、二人掛かりとはいえ、オレ相手に鬼ごっこで逃げ切れる奴なんざ殆どいないだろ」

「……まさか、貴方から逃げ切ったんですか?」

「サボリ魔二人を捕まえようと割と本気を出した事もあったが、結局、今に至るまで一度も捕まえられなかった。それに、周りがよく見えてる。……いや、これはあの子の相棒が関係してるか」


 サボリ魔二人。相棒。


 外套の男にとって訳の分からない言葉の連続であったが、それらの言葉は本気を出して追いかけたカルロスでも捕まえられなかったという衝撃的過ぎる言葉によって彼方へ追いやられていた。


「そんなあの子が現れたのが二年前。勝手にオレから逃げる事を楽しみにしてたあの二人には言いたい事が山ほどあるが、それもあってヴァンの力量も二年前とは比べ物にならん。オレから逃げ切れば二人の時間が確保されるとでも思ってたんだろ。あいつも柄になく努力を重ねてたからな。正直なところ、あと十年もすれば家督を譲ってもいいと思える程度に成長してるよ、あいつもな」


 お前は王都に篭もり切りでヴァンに会ってないから分からないだろうがな。

 と、言葉を言い残し、飛び掛かるハウンドを魔法を用いて退け、始末してゆく。


 外套の男も、懐から魔導具と呼ばれるものを取り出し、カルロスに続くようにハウンドを対処してゆく。


「だから本当のところは、そこまで心配してないんだわ。だってそうだろ。オレから逃げ切るような奴らだぞ。心配するだけ、無駄だ」

「……成る程、そういう事でしたか。ですが、それでも二人は場数を全くと言っていい程に踏んでいません。如何に才能に溢れていようと、それが浮き彫りになる事でしょう。やはり、ここはカルロスが向かうべきでは────」

「そうだな。二人だけなら、オレもそうだと思う。ただ、厄介な事にあいつらは二人であって二人ではないんだ。厳密には、二人と一匹だな。随分とお節介そうで、場数踏んでそうな精霊も一匹いるんだよ、これが」

「────」


 そこで、外套の男は気付いた。


「……ノア・アイルノーツに魔法の才能がなかった理由は、一極端だったからですか」


 ここ最近、王都で『精霊痕』に関する騒動があった事が、すぐに気付かせる要因となった。

 カルロスが即座に否定しない事から、自身の予想が正しいのだと理解する。


「彼女は、あの精霊術師ですか」


 カルロスは、笑みを深めるだけの返事をした。


「そう。あの精霊術師だ。オレ達が二人掛かりでも手も足も出なかった婆さんと同じ、精霊術師なんだよ────ロヴレン(、、、、)


 ロヴレン・マグノリア。


 王国に五家しか存在しない公爵家の一つであり、エスターク公爵家と同格の御家。

 マグノリア公爵家、現当主かつ、カルロスにとって幼馴染にあたる人物。

 それが、外套の男の正体であった。


「……もしや、精霊術師である事を見抜いて引き合わせたのですか?」

「いいや。全くの偶然だ。まさか、『落ちこぼれ令嬢』なんて呼ばれてる子が、上位精霊と契約してる精霊術師なんて想像出来るものかよ。それに、そんな事をしてたら、捻くれに捻くれたヴァンが自分の婚約者に望むくらい、心を開く訳ないだろ」


 天才と呼ばれる者達は当然、周囲からの嫉妬を買う。ある者は、勝手に見下されていると捉えるし。ある者は己と違うからと距離を取ろうとする。ある者は、そんな天才に取り入り、利用しようと考え、ある者は、そんな彼を恵まれている奴は良いなと口にし、羨んだ。


 それらに嫌気が差したヴァンは、気付けば誰かと関わる事を面倒だからと極力拒絶するようになっていた。

 カルロスが頻繁にパーティーを開催するようになった理由は、そんなヴァンにも心を許せる相手が見つかればいい。

 そんな親心からの行動だった。

 ただ、とはいっても殆どダメ元に近かった。


 だからこそ、初めは目を疑った。

 ヴァンが心底楽しそうに誰かと笑って話している光景がある事に、カルロスは驚いた。


「聞いてくれよ。面白いんだぜ? ヴァンの奴、あんだけ貴族嫌いでパーティーからも逃げ回ってた癖に、ある日突然、頼み事があるって言って頭を下げてきたんだよ。何でも言う事を聞くから、助けて欲しいヤツがいるってな。二年前まで、碌に友達の一人も作れなかった奴が、孤立してた奴が、自分を犠牲にしてでもそいつを助けたいって言い出してよ────」


 際限なく湧くハウンド。

 紛れる他の魔物を片付けながら、カルロスは破顔する。


「私が王都にいる間に、随分と面白そうな事になってたんですね」

「まあな」

「その話をじっくりと聞くためにも、早いところこの場をどうにかしなければいけませんね」

「だな。取り敢えず最低限、ヴァンに伝言だけ届けさせておくか」

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