4.裏切り
「おい、召し使い‼ 足が遅い、遅れてるのが分からないのか? 隊列を乱すんじゃねえ、この足手まといが」
「おっ、おう……」
《賢者》ロナルドの叱咤を受け、俺は慌てて隊列に戻る。
暗闇の先から次々と魔獣が牙を向けるが、アリスやロナルドはそれらを歯牙にもかけず撃破していた。
「荷物持ちさん? 小腹が空きました」
と《聖女》カタリナが言ってきたので、俺は慌てて持ってきた荷物の中から携帯用のパンを選び、干し肉を挟んで渡す。
「おい、俺にもそれをよこせ。アリス、お前も食うだろ?」
「うん。ほら聞いたでしょ、さっさとよこしなさい、それだけが取り柄でしょ?」
同じように、俺は二人にも食料を渡す。時折求められるまま、水も渡したりする。襲い掛かる魔獣はアリスとロナルドが迎え撃ち、二人の負った傷はカタリナが癒し、トラップはロナルドが解除して、いつも通りの攻略が進んでいた。
ダンジョンは基本かなり大きい。一つ攻略するのに一週間かかることも珍しくない。日の光の届かないダンジョン内で長時間過ごすことは精神的な疲労もかかる。
このダンジョンは最後なだけあって、かなり長丁場だった。度重なる疲労に、俺への当たりも強くなるばかり。
「ねえ、なんか魔物が強くなってきてない……?」
「ああ、俺もそう思った。でも、引き返すほどじゃないだろ。くそっ、足手まといさえいなけりゃな」
さらに、魔物も強くなってきているようだった。パーティメンバーの焦りが見え始めた一方で、食料の不安や俺自身の身の危険も感じ始めて、俺はこのまま進むのは不味いんじゃないかと冷静に考え始めていた。
「なあ、せっかくここまで来たんだし、一旦拠点まで戻らないか? みんな、疲れがたまってきてるみたいだし」
ダンジョン攻略を始めて10日ほど経った頃、分かれ道で休憩を挟んでいるところで、ついに俺はそう聞いてしまった。
「はぁ? ここまで来たから行くんだろうが。どうせあと少しで攻略できるんだ。そんなことも分からないのか?」
「そもそも、あなたが役に立たないせいでこれだけ時間がかかっていることに気が付いていないのですか? それはあまりに自分勝手な意見だと思いません?」
「身の程をわきまえなさい。いつも寝てるあんたを待ってあげてるのは誰よ? あんたがいなければ、今頃攻略できてたと思うけど?」
むしろ、メンバーたちが野営で睡眠を取っている間、毎回ずっと見張りをしているのは俺だ。こいつらがいつもとっている睡眠時間に比べたら、俺の睡眠時間なんて微々たるものだろう。
しかし、苛立ちを露わにするメンバーには俺の意見を聞き入れるほどの余裕はなかったらしい。多少の八つ当たりも含むようなメンバーからの言い草にイラッとしたが、俺は頷くしかなかった。
だが結果的に、俺のそんな不安は的中した。
そんなやり取りの後休憩を終え、攻略を再開した俺たちの前に牛の頭の巨人――――ミノタウロスが現れたのだ。
「はっはぁ! こいつは大物だ! やるぞ、お前ら!」
しかし、そんなロナルドの意気込みも空しく……ロナルドとアリス、《賢者》と《勇者》の攻撃は全く通じない。
その上、二人を圧倒するほどの強さを持ち、《聖女》の魔力が尽きるのに、それほどの時間はかからなかった。
「おい、もう撤退するべきだ!」
後方から状況を見ても、このまま戦えば全滅は必至だと感じ取った俺は、思わず声を上げていた。しかし、こんな状況であるにも関わらず、むしろ俺が声を上げたことが癪に障ったのか、ロナルドは目を吊り上げて怒鳴る。
「うるせえ! てめえごときに指図される謂れはねえ! 役にも立たねえ木偶の坊が何を言ってんだ!」
しかし、戦況は相変わらずよくない。だが、こんな時こそ、ようやく俺の修練の成果が役に立つ時じゃないか。
そう思った俺は、戦いで初めて、俺の作った罠を使おうと決めた。
「後ろに罠を設置した! これがあれば、しばらくは時間を稼げるはずだ!」
足止め用の罠を設置した後、叫んだ俺を見て顔をゆがめた後、アリスはロナルドに言った。
「もう撤退しましょう! わたしたちは、ここで死んでいい人間じゃないはずよ!」
「……ちっ、撤退するぞ」
ロナルドの舌打ち交じりの指示に、メンバーは一斉にもと来た道を走り出す。アリス、ロナルド、カタリナは人類の中でも突出した足の速さを持っていたが、《斥候》の俺も、足の速さに関しては3人よりも速い自信があった。
「ブモォォォオオオ!!」
それを見たミノタウロスも、もちろん目を血走らせて追ってくる。そのスピードは、俺よりまだ速い。何も障害がなければ、すぐに追いつかれてしまっただろう。だが、
「ブモッ⁉」
地面に張っていたロープに足が絡まり、ミノタウロスは地面に勢いよく激突する。瞬間、仕掛けによって地面から跳ね上がったロープがミノタウロスの体をがんじがらめにした。
ミノタウロスが身動ぎしてロープを引きちぎろうとするが、それはただのロープではない。特別な繊維を使って編まれた、鋼鉄より硬い特注のロープだ。いくら圧倒的な身体能力を持つ牛頭の怪物であろうと、しばらくは動けない。
「これで逃げ切れるはずだ……!」
ミノタウロスの様子を見て、俺がそう言った途端、足に衝撃を感じて俺は後ろから転んだ。次の瞬間、左脚に熱湯でもかけられたような痛みを感じる。
「ぐっ、あぁぁ! っ、何を……っ⁉」
目を左に向けると、左足の太ももにナイフが突き刺さっていた。
予想外の痛みに動けない俺に、パーティ一行はニタニタとした笑みを浮かべている。
「ぐッ⁉」
すぐさま俺に突き刺さっているナイフを引き抜き、アリスはこう言い放った。
「あんたはもう、このパーティから追放よ。アレイン?」