1.平凡な村の少年
俺の名はアレイン。とある辺境の村ケンブに住んでいる。俺の父は木こり、母は薬剤師だった。
両親はその職業に就きたくて就いたわけではない。父は“木こり”が、母は“薬剤師”が天職であったからそうなったらしい。
この村では数年に一度、天の詔と呼ばれる儀式が執り行われる。首都から派遣された大司祭様より、14歳を過ぎた少年少女にそれぞれの天職が伝えられるのだ。
天職を与えられた子供たちは、儀式の後基本的にその天職のノウハウを学ぶことになる。例えば、母は近くの町の治療師ギルドで働くことになったし、俺より5歳年上の隣のお兄さんは天職が魔術師であったために近くの魔術学校に通うことになった。
もちろん、自分の天職に不満を持つ子供もいる。天職といっても将来のことは子供の自由意思が尊重されるので、そういった場合子供は別の職に就こうと試みるのだが、ほとんどの場合失敗して結局天職に就くことになる。
俺の父親もそのクチで、本当は冒険者になりたかったらしい。だが、やはり冒険者となれる天職を持つ者には実力で及ばず、失敗を重ねて最後は木こりに落ち着いたようだ。
こういった背景もあって、天職とは自分の人生の終着点そのものというのがみんなの共通認識らしい。
と、天の詔の儀式を待つ俺は親から何度も聞かされた話を思い出していた。
そう、今日俺は天の詔の儀式を受け、自分の天職を大司祭様から伝えられる。村の広場には俺と同じように天職を与えられる子供たちが和気あいあいと語り合っていた。俺の年齢は15歳。今いる子供たちの中では平均的な年齢だ。
「あっ、アレイン!」
と、馴染みのある声を掛けられたので振り返る。そこには予想通り、幼馴染のアリスが笑顔でこちらに駆け寄っていた。
「こんばんはっ、今日やっと私たちの天職が分かるね!」
「そうだね、アリス。アリスってさ、騎士になりたいんだっけ?」
「うんっ、私ね、お父さんよりずっと強くなってみんなを守れるようになりたいんだ!」
ただの村人が騎士になるなんて目が回りそうな夢見ごとに聞こえるかもしれないが、天職が騎士となれる資質を持つものであればアリスの願いは現実になる。比喩でもなんでもなく、天の詔の儀式は人生の命運を分けるのだ。
顔を紅潮させて興奮気味に語るアリスだけでなく、周りの子供たちも自分の夢を語り合うのに熱中している。
「わたし、《パン屋》になりたいなぁ」
「俺は《剣士》。男ならこれ一択だろ!」
「いや、お前が《剣士》なら俺は《勇者》だな!」
父親の話でしか聞いたことはなかったが、この世界には選ばれた人間しかなれない転職が存在するらしい。
今、人間は凶暴な魔族と戦争をしていて、各地に放たれた魔物によって首都は大騒ぎになっている。それを終わらせるために必要と言われている天職の一つが《勇者》だ。
昔、《勇者》の天職に就いた人間は人外じみた強力な力を得、同じく特別な天職に就いた仲間とともに魔族に支配されかけていた人類を救い、一度は世界の1割ほどだった人類の領地を、5割ほどまで奪い返したらしい。
その後《勇者》は力尽きてしまったものの、人類は彼を英雄として祭り上げたそうだ。
といっても、こんな村の子供が与えられる天職は大概は木こりや剣士、魔術師だ。《勇者》なんて天職はおとぎ話でしかないし、本当に存在するか怪しい。
「そういえばアレインってさ、何になりたいの?」
「俺も冒険者になりたいかな。経験を積んで、お貴族様お抱えになれたら、お金も稼げるし、父さんと母さんを楽にさせられると思うんだ」
「いいね、それ! だったらさ、もしわたしがつかえるお貴族様がアレインをお抱えしたらさ、わたしたち、一緒に働けるってことだよね!」
それってすごくいい! とはしゃぐアリスに適当に相槌を返したところで、大司祭様に名を呼ばれたアリスが壇上へ上がる。
後ろのほうから「アリス、頑張って~」と小声で応援する声が聞こえた。振り返ると、そこにはアリスの両親が期待に満ちた表情で壇上へ上がるアリスに声援を送っている。そのほかの大人たちも、アリスを応援するような視線を送っていた。
この天の詔の儀式は子供たちに天職を伝えるだけでなく、その天職が村人にとって誉れあるものであれば大司祭様から直接村人たちに伝えられる、いわば余興の一面も持っている。
発表を望まない場合、事前に希望することができるが、そもそも発表される天職は村人にとってあこがれのものであることが多いため、発表を拒否する村人はほとんどいない。
大司祭様は俯くアリスの頭に手をかざし、一瞬驚いたように硬直すると、満面の笑みでこう宣言した。
「素晴らしい! この子は143年ぶりの《勇者》です! ああ、神よ、新たな救世主の誕生に感謝します……! 王都の職庁に報告しなければ……‼」
言葉を失った。まさか、よりによってアリスの天職が《勇者》だったなんて。
大司祭様の興奮気味な宣言に、会場は沸き立った。
「え、わたし……? わたし、《勇者》なの!? すごい……それって、みんなを守れるってことだよね! やったよ、やったよ! アレイン!」
「おっ……おう……」
興奮した様子のアリスが、満面の笑みを浮かべて抱き着いてくる。対して、俺は茫然と受け入れることしか出来なかった。
一方、アリスの両親はものすごく嬉しいような、心配するような複雑な表情を浮かべていた。
嬉しそうなアリスに、友達から祝福の言葉が贈られる中、しばらくすると興奮冷めやらぬ様子で報告を済ませたらしき大司祭様が戻ってくる。
次は俺の番だった。《勇者》の後に沸き立ったあとの会場は、少々気まずい。
壇上に上がり頭を下げると、大司祭様はアリスと同じように俺の頭に手をかざす。
「ま、まさか……!」
両親やアリスが応援のまなざしで俺を見守る中、大司祭様は一瞬硬直した後、俺の天職を告げた。