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隠遁の交易商 The Ên Sôph Saga ―Episode V―  作者: 正気(しょうき)
第一章『辺境の経済協定』編
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第7話 ~梟雄の戯れ――公爵と組合長~

 窓のない部屋を燭台が数本、薄暗くひっそりと照らす。出入り扉の対面にある壁にはこのあたりの地方一帯と、精巧に描写された世界全土の地図らしきものが額縁に飾られている。


 そこかしこに――鬼熊種(オーガ・ベア)牙狼種(ドルヒ・ヴォルフ)巨狂鹿種(シエルボ・ヒガンテ)などの狩猟ハンティング剥製トロフィー、将軍級の装飾が施された全身鎧、魔石や宝石類の飾り棚や高価そうな調度品の類、各国の様々な業物(わざもの)と思われる刀剣や槍斧……無数のそれらが整然と並べられており、この部屋の主が持つ権威を無言で物語っていた。


 執務机の上には星球儀が置かれ、横風な物腰で革椅子に座する男がそれをくるくると回している。宮廷服を身に纏った壮年の神経質そうな男は、正面にいる立ち膝の姿勢で畏まった男へと静かに話しかけた。



「……なるほど。つまり満を持しての襲撃にも関わらず結局、成果は全くなく――そして『梟』たちは全滅、と」


「……はい。そのうち、エレンディラ皇国第三皇女、サラ=アデライード=エレンディラを追った5名については現在も消息不明の状況で……胴体に埋め込んだ魔術探知器による捜索を行っておりますが……恐らくは何者かによって殺害されたあとに死体が地中深くなどに埋められているか、魔術探知器ごと破壊されるほどの損傷を負ったものと思われ……難航しております」


「フム。確かこの間は……相手はたかだが20名程度の取るに足らん亜人ごとき……確実に暗殺を遂行出来ると……事前の襲撃準備も抜かりないと……()()()、そう語っておられましたよね? アレティノ殿?」


「……一切、申し開きのしようもございません」



 ノイデック城……15年以上に及ぶ二国間が血で血を洗う千年紀戦争ミレニオムス・クリークが終結を迎え、奇跡的に共和国化を果たしたファルス・スタンレー共和国の北東――ベルヒテスガーデンに構えるバロックシュロスの城館であり、元々は旧ファルス王国の属国領であった。


 城館の周辺には八基もの堅牢な城砦が築かれており、延べ10万人もの死傷者を出した戦争で……これらはたった一度たりとも抜かれることなく、ノイデック城は先の戦乱で唯一無傷のまま今日に至る。


 その領主であるサミュエル・ノイデック公爵がアレティノと呼んだ、黒一色の外套を纏う初老の男。彼は旧ファルス王国へと主に仕えていた暗殺や諜報を生業とする闇の組合『不可視の梟』の現組合長(ギルドマスター)だ。

 実行部隊となる暗殺者アサシン、及び工作員コンタクトと呼ばれる諜報員、陰陽併せて千名近く有すると噂される、暗殺組合イリーガルギルドの中でもとりわけ規模の大きい組織である。


 ――表と裏の盟主。先の戦争でも旧スタンレー王国に甚大な被害を与えた勢力を指揮していた2人は、昨日、失策に終わったエレンディラ皇国第三皇女の暗殺計画について密談を交わしている。


「共和国化など、軽くつつけばすぐに瓦解すると思っていましたが……ベントも中々しぶとい。そこに来てさらに隣国のエレンディラとハンザに経済協定を結ばれてしまうと……我が【革新派】の計画に支障が出る事は、当然理解してますよね?」


 ノイデック公爵が口にした男の名は、ファルス・スタンレー共和国の現首相である。彼――アヴジュ・ベントは旧スタンレー王国を代表する名家、ベント公爵家の現当主でもあった。


 戦時中【スタンレーの謀聖クヴァシル】と呼ばれ、類稀な軍略と政略の才によって、官僚と民衆双方の絶対的信頼を味方のみならず敵国の将兵からも勝ち取った彼が、国民選挙の結果――圧倒的な支持によって首相に選出された。


 和平など以ての外として最後まで継戦を訴えたノイデック公爵にとっては、平和の担い手として期待を掛けられているこの男が、なおさら気に食わなかった。



「仰る通りで……」


「ハァ……梟たちも質が落ちましたね。半端な亜人に遅れを取るとは。そしてエレンディラの外交特使……第三皇女も行方知れず、と」


「…………」


「ハンザにめでたく落ち延びて、もしも経済協定のみならず軍事同盟など結ばれたらと思うと……非常に面倒くさい。愛する我が祖国ファルスが再び覇権を握る日が、何年遅れてしまうでしょうねぇ……。もしもそんなことになったら――いったい、誰が責任を取れます?」


 ノイデック公爵は特注の、金の彫刻エングレイブが施されたペッパーボックス型拳銃を執務机から取り出し、絹製の布でゆっくりと拭き始めた。


「各方面に諜報部隊と暗殺部隊を派遣しております。早晩、見つけ次第必ず始末します。今一度ご猶予を……」


 アレティノがいる方向に引き金が引かれた。ガチンッ……最初の銃身に弾は入っていなかった。円形の多銃身が回転し、2つ目のそれが撃鉄の前に来る。


 俯いたままの姿勢で、アレティノは微動だにしない。



「今一度、確認ですが……貴方が今の地位に居られること、組合が維持できていること、どちらも我がノイデック家が莫大な出資を()()()()()()()()()()()……ということを、しっかりと理解して務めを果たしてくださいね?」


「御意に……」


「話はそれだけです。皇女の首を待ってますよ? あぁ……あと議会にも、もっと間諜を入れてあらゆる手段でベントを追い詰め孤立させてください。()()を、ひとつ上げても構いません」


「はっ……」



 扉が開いた気配は全くなく、アレティノはいつの間にか消えていた。


 ノイデック公爵は拳銃を机の上へと乱雑に放り投げる。燐寸(マッチ)を机に擦り付けて火を起こしたのち手巻き煙草に点火し、ひと吸いした。

 トントンと吸い口を机で叩きながら、さきほどとは打って変わった唸る獣のような低い声で……苛立ちを露わにしながら独り呟く。


「……スタンレーのクズ共も……(きたな)らしい亜人共も……さっさと平らげてあの、ハンザ共和国などと騙る岩山の山賊くずれを叩き潰し……かつての、本来の帝国領土を盗っ人共から奪り戻さんとならんのに……使えぬ男だ。まだ、序盤にしか過ぎんのだ……ファルスが、いや……このサミュエル・ノイデックこそが、全てを手中に収めるには」


 公爵は拳銃を手に取り、憤怒の形相で引き金を引いた。


 出入り扉の一か所が、|《バガンッ!!》と派手に吹き飛んだ。



「恥辱は必ず晴らすぞ……。何倍にもしてな」



❖❖❖❖❖



 拠点へ帰る馬車の中で、アレティノは部下から手渡されたいくつかの報告書を読み終えたあと、それらをすべて、火術によって跡形もなく燃やし尽くした。


「……復讐に憑り付かれた男の相手は面倒だな」


 横に座る、黒衣を全身に纏った異形の仮面――魔術紋が幾重も彫られており、見ていると不安を覚える無数の目のシンボルが施された意匠――を被る男に、アレティノが淡々と呟く。



出資元スポンサーなら幾らでもおります……ただ、組合の面子を保つ為には、皇女の始末は早急かと」


「暗殺に面子などという感情は不要だが……権威と信頼は一度失えば二度と取り戻せぬ。我々もあの男を嗤っている場合ではないな」



 首に掛けた骨の欠片のようなペンダントトップに触れながら、アレティノは何かを思案していた。



「マガフ支部の【兇手】も手配しました……早晩到着するかと。……出来れば、奴を使いたくは無かったですが」


「……致し方あるまい。エレンディラにも共和国にも見当たらんのだ。移動しているとすれば、最早そこしかないだろう。ハンザに入られる前に仕留められればそれで良い。"ジュダ"、お前が直々に行けば【兇手】も御せるだろう……任せたぞ」



 どうやら、隣に座る男は組合長ギルドマスターの腹心であるらしいことが、会話の内容から窺える。組合長ギルドマスターの下には数名の幹部がおり……彼はおそらくそのうちの1人であるのだろう。



「御意に……『梟は母鳥食せど不徳とせず』」


「……『叡智、闇より梟雄を産む』――行け」



 ジュダと呼ばれた不気味な仮面の男は、馬車から姿を消した。


「我々さえも不可侵の……ミトラシュトラのはぐれ者。思わぬ拾い物ではあったが……あの、ネフィリム計画の化け物を使わざるを得ないとは、な」


 目を閉じながら、公爵や部下の前でもその顔色を一切変えることのない恐るべき暗殺組合イリーガル・ギルドの長であるアレティノ・ガルザが――"ミトラシュトラ"という言葉を呟く瞬間、わずかに……悍ましさと嫌悪感の入り混じった、苦々しい表情を独り浮かべた。



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