第22話 過去の亡霊
ほとんど絶句しっぱなしだった銃火器の試射はひとまず終わったか……。
その才能が皮肉にも、先の大戦で各先進国兵装の革新を促してしまった……紛れもない天才銃工技師の1人。
技術の革新は詰まるところ、常に戦争で如何に敵国を出し抜くかという魂胆から始まるものであり、彼を戦争加担者として単純に断罪することはあまりにも強引且つ短絡的である……そしてこれは決して忘れてはいけない記憶ではあるが、どう足掻こうとも変えれない過去の話であって、所詮は結果論に過ぎない。
英雄と戦争犯罪者の区別など……勝利国の情報操作や歴史改ざん、そして――その事象を捉える視点の角度の違いに過ぎず、意見が多数派か少数派かという数の問題と……そうして民衆を誘導するヒエラルキーの上位に立つ存在の利害から生み出された虚構である。
民族的イデオロギー、資本機関や死の商人の経済活動、国際情勢などという相対的かつ不安定な要素なんぞ、『いち技術者の儂が知ったことか』と……ただただ、銃という彼にとっての機能美を追求した芸術に一生を捧げてきた銃工技師という名の芸術家。
あの時、俺がレマットを救出できたのは……偶然だった。タイミングが少しでもずれていたら彼を助けることはできなかった。
――特殊遊撃調整部隊【夢幻の恐怖】がヤマタイユ連邦の強襲計画を知ることができたのも、そして偶々、工廠近くの野戦区域で"財団"から出撃命令が出ていたことも。
俺の贖罪のひとつだ、などと考えるのはおこがましいな……。
リングィルと出会ったのも、あの頃より少し前だったな。まさかこのふたりがこうして共に働いているなんて、当時は思いもしなかったが。
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『ほう……中々ヒューマンにしては面白そうな人を救出しましたねえ。
<レマット銃>のレマット・デュモリエ、ですか。これはまた。久々に貴方以来の興味が湧く人材だ……。
そうですねえ――そうだ、私もしばらく彼に同行してみることにしますよ……単なる興味ですがね、私の生き甲斐はそこにしかないですから』
『……そうか。"手術"、あらためて礼を言う』
あの出撃後も何度か"調整者"として戦闘部隊に加わっていたが、人格の乖離症状と、死に場所を求めるように重ねた自棄的な戦い方によって心身の摩耗が限界に達していた当時の俺は、何よりも、部隊から死傷者が出ることを異常に恐れていた。
これ以上、自分に関わる者を喪失する恐怖に耐えられず、除隊願いを申し入れるためにローレンス財団本部へと直接赴いた。
リングィルとそんなやり取りを交わしたのはそんな時だった。
『財団には私、貸しが昔から相当ありますから止められることはないでしょうし、別に離反するという訳でもありません。
彼がいつまた自棄になって自殺するか分からないからそれまでの保護、ということで体裁は保てるでしょう。
そうそう……貴方の【魔動核】も興味深いものでしたが、この間は対処療法を施したに過ぎません。経過観察は必要ですからね。
貴方にまだ生きる気力があるならば、ですが……レマットへの見舞いも兼ねてまた尋ねに来てください。除隊されるおつもりでしょう? では、またいずれ』
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いつかのリングィルの言葉を思い出す。このふたりには救われてばかりだな……今回は見積もりを聞くのがちょっと怖いが。
そう言えば……あれだけ元は黒色火薬の弾薬を撃ちまくったのだから、白煙がいつもならもっと酷く工房に漂っているはずなのだが。
「空調も改良したのですか? あれだけ銃を試射したにも関わらず……白煙がいつもより少ない気がするのですが」
「ん? おお、説明しとらんかったの。改良火薬は爆轟によって生じる白煙も従来の3分の1程度に抑えられとる。防水性を上げたのが結果、思わぬ良い副産物となっての。
単独戦力での戦闘にも多少、恩恵が得られるじゃろうて。隠形術を駆使したゲリラ戦術を取っても、煙がもくもくと派手に出ちまっては潜伏場所がモロバレだからのう」
確かにその通りだ。発煙弾と閃光手榴弾を使用したとしても、従来の黒色火薬で連発式の銃を撃ちまくれば敵に白煙を察知される。この程度の白煙で収まるならば……発煙弾と音響操作を上手く併用すれば攪乱はだいぶ楽になるだろうな。
「まあ、そういうことじゃ。――それで、どれを持っていく?」
そうだな……金の面は後で聞くとして、現実的に優先するべきは『不可視の梟』からサラ皇女を護衛すること。そうなると、ヴァルト・フックスの助勢はあるだろうが……俺も全力を以て対策を講じなければならない。
詳しく説明してもらった輪胴式拳銃、擲弾発射拳銃、そして新型騎兵用小銃……あとは。
「これも頼みたい」
「クラヴィス、か。レザンの弾薬も併用可能じゃからな。隠し銃はすでにお主も持っておったしの。一度に装備出来る限界となるとそれが妥当かもな」
今しがたレマット爺が【クラヴィス】と呼んだのは、最初に試射させてもらった水平二連式の短銃身散弾銃だった。
レザンとの弾薬併用も魅力的だが、やはり取り回しと最後の砦として一撃二速射の威力は捨てがたい。装填数は他の銃が補ってくれるだろう……ということでの選択だった。
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「金貨10枚じゃな。おい、そんな顔するな。正直これでも足が出とるんじゃぞ?」
まあ……金貨30枚と言われても不思議じゃない買い物だ。俺もそう思う。だが……なんとかハリドのおかげで払えない金額ではないが、ほぼ今ある残金の全額だ。やはりキツイ。
「まあ、とても一括でとは言わんよ……分割で構わん」
「た、助かります。レマット殿」
このあと支払うであろうリングィルの調薬類を購入する資金と、シオン村や近隣の村落への支払いも考え……半額の金貨5枚をレマットに支払った。
サラ皇女の護衛中に何かあった時のためにも、念のため少しばかり手元に残しておきたいからな。今回ばかりはすまないがレマット爺に甘えさせてもらう。
「半額も出せるのか? 無理はせんでええぞ」
「今回の交易でカーソン商会から臨時収益を得ることが出来ましたから……それにここまでの装備を用意していただいて半額も出さないのは申し訳ないです。護衛が無事終わればきっと、色をつけてお支払いできるとは思います」
「お前の運に期待はしとらんよ……まあ、せっかく造った銃たちだ。せめてお前自身の命は守り切れ。支払いのことはそのあとゆっくり考えればよかろう」
「恩に着ます……。本当はゆっくりしていきたいのですが」
「わかっとるよ――そうじゃ、リングィルから頼まれてた例の装置を渡しておかんとな」
例の装置? なんのことだ……? そんなものをリングィルに頼んだ覚えはないのだが。俺はレマット爺から小型の機械を渡された。なんだこれ?
「儂も頼まれて造っただけじゃからな……詳しい説明はリングィルに聞いとくれ」
レマット爺は、俺が購入した銃器類や弾薬を纏めておくから先に地下一階へと足を運んでくれとだけ告げた。その表情からみて、あまり自分からは説明したいものじゃないらしい。
なんとなく大枠の察しはついてきたが、とりあえずリングィルの研究室へと向かうことにした。
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リングィルは水薬や丸薬などを個別に瓶や包装紙で分けて、机に並べていた。工房で話していた、強化薬や治癒薬の類だろう。リングィルの医術、錬金術にも昔から助けられている。
「おや、案外早かったですね。もっと銃の選定に悩まれるかと思っていましたよ」
「レマット殿が予め戦術構想を練っていてくれていたからな。俺が考えていた『梟』への対策戦術とも概ね合致していたし、悩むことはほとんど無かったよ」
「そうですか」と、あまり感情の籠っていない返答が返ってくる。暫し間を置いて、リングィルがゆっくりと口を開いた。
「それでも……かつての貴方ならまだしも現在の実力を考えると、正直厳しいと言わざるを得ないですね。『梟』も私なりに調べましたが、もしかしたら――過去の亡霊と遭遇するかも知れませんよ?」
「……まさか。ただの比喩だろう?」
「どうでしょうね。まあ……さすがに貴方の過去を断片的に知る者として、そのことくらいについては真面目に語りますよ。もし、そうなった場合の対策を私も私なりに考えておきました」
冗談であって欲しいが……どうにもそんな雰囲気ではないな。そして、この装置は――。
「察しましたか。そう、今もリアム君の胸に埋め込まれた【魔動核】――正式名称:強化魔動核・左心埋込型補助人工心臓――かつて貴方が話されたご友人が命を賭して機能の一部を停止した、そして私たちがあらためて手術によって遮断した……それを再稼働させるための装置ですよ」
「いや……待て待て。話が見えん……コイツはもう、ただの血液循環機能しか残されてないんじゃないのか?」
「もしも、を常に考えて行動するものですよ。リスク・ヘッジは当然考えての上ですがね。――私たちがあの時、段階的にリアム君の心臓へと施した手術は3つ……。
ひとつは貴方もご存じである、永久凍結が掛けられていた魔動核回路の一部、つまり洗脳信号回路と自殺信号回路に念のため、あらためて医術・魔術の双方からアプローチして元々凍結状態だったそれを完全遮断したこと……。
ふたつ目はあなたが望んだ……魔核エネルギー回路の遮断。そして秘密にしていた最後の施術――実はエネルギー迂回路を造ってたんですよ」
迂回路……だと? 何故そんな回りくどい真似を?
…………そうか、過去の、"ミトラシュトラ"の亡霊。
その存在をずっと危惧してくれていたのか。俺が忘れたいと、逃げようとしていた記憶。
「私だけが悪者ではないですよ? ローレンス財団も魔動核の調査は徹底的に行いました。安全であると、判断されたんです。
だがこの先もし……もし教団が完全に壊滅しておらず再建したら? 新機軸の技術によって魔動核を作動させる術を獲得したとしたら……?
リスク・ヘッジですよ、これも。この迂回路は従来の回路を基に設計しましたが、財団と私なりの計らいは施してます。
魔動核エネルギー回路を解析し尽してね。貴方の過去と記憶の呪縛を……少しでも回避できるように」
危険性の排除と両立させて、最悪の事態のために残しておいた再発動機構。どうやら、思った以上に厄介なことになりそうだ。しかし――
「……リングィルに言う訳じゃあないが、ローレンスたちも人が悪いな。患者への説明責任はちゃんと果たして欲しいもんだ……理解は出来たよ。
それでこの装置で魔動核をまた発動させても――コイツの能力を迂回路を通じて行使することが可能、ってことか。
だがな……記憶の断片的な封印をお願いした理由はあの時、お前にも話した通りだよ。呪剣と対で、この核も……」
「ええ、手術を施した1人である私も存じてますよ――ノエル君が封印された経緯もね。
けれど、切り札は持っておくものです――あと、その【羅刹陽炎の剣】についても、あれからさらに調査はしました。もっとも……財団が当時からある程度解析していたみたいでしたが。
神秘的な言い回しで語れば、その剣は単なる呪物ではなく聖と邪、両方の顔を併せ持つ神の力を宿した――謂わば神器の一種です。教団が秘匿していた理由がより理解できましたよ……。
災厄、というよりは単純な局地的天変地異を引き起こす能力を秘めていると、過去の文献から読み取れました。貴方たちから読み取った記憶情報とも一致します。
……そしてその効力範囲、天変地異の度合いもある程度ですが制御・操作可能なことも。
やれやれ、私も長年生きてきましたが、古代文明にはどうやらまだ敵いそうにないですね……」
「……装置なしで、制御可能なのか?」
「模造品ですし、簡易版ですが……とりあえず魔動核起動と剣の制御補助機能、ひとまとめにしてその装置に組み込みました。とはいえ、あくまで補助です。剣が有する能力が危険な代物であることに変わりはありません。制御できるかどうかは貴方たち、というより貴方次第です……。
その剣は凄惨な記憶を誘発させる引き金になっているんでしょう。
あらためて魔動核の件ですが、それも同じ理由で……貴方が結果的に封印してしまったもうひとつの人格を目覚めさせるでしょうが、彼を制御できるかどうかも、リアム君次第です。今のリアム君であれば――私は打ち勝てると勝手に思っています。
本当にまあ……蓋然的巡り合せ、因果律としか言いようがないですよ。貴方の奇運と魔動核、そしてその剣は」
切り札というには、あまりにも危険な装置だが……。
そもそも、"ミトラシュトラ教団"の残党、なのか? とにかく、奴らの関係者がまだ存在しているなんて唐突に切り出されても、整理が追い付かない。
すでに教団は消滅したはずだ。その一部始終を目撃していたのが……俺自身なんだからな。だが、リングィルほどの男が断言せずともそう言うのだ。裏取りを済ませているからこそ、ここで明言したということだ。
俺の贖罪は――まだ終わっていないのか。
メリル、アルフレド。そして……ノエル。俺は――
地下二階、レマットの工房からレマット爺が呼ぶ声がする。足を動かそうとしたが、だめだな……少し、心の整理が必要だった。