第21話 おっさん、唖然
3,000PV、ありがとうございますm(__)m 銃関連のディティールはなるべくリアルに書きたかったので、だいぶ更新が遅くなりました……ひと山超えたのでここからは5,000PV目指して更新頑張ります!
「さて…次はこいつじゃが」
レマット爺は手製の手巻き煙草に、これまた手製の小型金属器具で簡単に火を付けた。ここ……火気厳禁じゃないのか? 今日も一応そのことにツッコんでみると
「儂がそんなヘマするかよ」
と、これまたいつも通りの返事が返ってくる。そして俺が上着の隠しから葉巻を取り出そうとすると……
「おい」
懐から見事な早抜きで拳銃を突き付けてくる。理不尽だ……まぁ、彼の工房なのだ。ここにいる間は喫煙欲を我慢しよう。
スパァ……と手巻き煙草を旨そうに吹かしながら、レマット爺は話の続きを始めた。
「それで、トークブランシェの説明じゃが……さっき撃ってみた通りじゃ。試作の擲弾発射器を更に小型化させた、擲弾発射拳銃とでも言おうかの。従来のデカい筒より命中精度は格段に上がっておろう?
高低圧理論と起縁雷管薬莢を組み合わせた特殊な炸薬になっとる……細かい説明は省くがな。
これが、弾薬の選択によって単独戦術幅を拡大、不意の会敵で状況を選べない場合も臨機応変な対応を可能にさせるための武装――その構想の基となるものじゃ」
そう言って、レマット爺は机に並べられた弾薬の数々に目を移し、言葉を続ける。
「通常の榴弾、散弾型矢弾、焼夷弾、冷凍弾、硫酸弾……その他諸々の直接攻撃用と、発煙弾や閃光榴弾、捕獲弾や照明弾など敵の撹乱や捕縛、自身の逃走、支援部隊への合図もしくは……それが居るかの様に見せかける欺瞞のための弾薬――そういう駆け引きはお前、得意じゃろ? とりあえず何種類か製造してみた」
おいおい、一度で覚えきれんぞ。というか……常人の理解を超えた開発能力だ。ヤマタイユ連邦がこの爺さんを重用してたら……本当に歴史が変わってたんじゃあないか?
「銃本体は元々、信号照明弾専用の拳銃を改良したものじゃ。
単装式じゃが、中折式のダブルアクションじゃから咄嗟の機転で戦況を打開しうる……か、どうかは使い手次第じゃがお前ならなんとかなるじゃろ?
低初速じゃが旋条も切ってあるし、運動エネルギー弾ではないから射程は弾薬によっても変わってくるが……だいたい適正射角で200メートル程度かの。構造もシンプルじゃから動作不良も心配ない。
弾薬自体は別の外装部品を取り付ければ、本来の投擲武器としても使える」
レマット爺はあいかわらず煙草を吹かしながらさらっと説明するが……個人兵装の擲弾発射器など燧石式の大筒しか見たことがない。しかも弾薬の種類が桁外れだし、それを拳銃サイズに小型化って……。
冷凍弾や硫酸弾も先刻試射させてもらったが、射撃対象の木製案山子が一瞬で氷漬けになったり、ドロドロに融解した。
人間相手に撃つのは中々……特に榴散弾はその絵を想像したくないが、相手の持つ強力な火砲を大雑把な狙い方でも使用不能にすることは十分可能であるし、炸薬弾でも破壊できない城壁や遮蔽物に効果が期待できる場面もあるかもな。
そして何より――敵に与える恐怖が凄まじいだろうな。戦意喪失……を暗殺者が然う然うしてくれるとは思えないが、さすがに魔術使いでもなさそうな男がいきなりこんなものを撃ってきたら怯みくらいはするだろう。
「あとは私も携わった錬金術製の魔力撹乱弾、これはいいですよ。それこそ私も撃たれたら嫌だなーと思うくらいには。……なんせ魔術行使の妨害はもちろん、術士が展開中の魔術障壁も霧散させますからね。
電撃弾に催涙弾なんかもありますよ。毒薬、劇物類も試しましたが、暗殺者が相手ならその手の耐性は保持しているでしょうから今回は不要でしょう……それに、私は構いませんが……貴方がた造る側と使う側、どちらも大量殺戮兵器には嫌悪感があるでしょうから。
――あの戦争でも使用された、ね」
ルタナブラ戦争。これまでの常識と倫理を覆す殺戮兵器の見本市。
<邪神島>の今は亡き国家、サシーア共和国が開発した"貧者の爆弾"――N1ガス、通称"黒煙"や、塩素ガス"死の霧"などが再生紀以降の人類同士による戦争で初めて使用された歴史の汚点だ。俺もレマットも立場は違えどその渦中にいた当事者である。
「所詮、同じ穴のムジナじゃがの……殺傷兵器に美学もクソも本来ないが、殺し合いを生業にしとらん連中共々巻き込むような戦略や兵器は好かん――使い方次第で結局そうなっちまうのが古来から武器の宿命じゃが、儂はもう、儂が造った銃だけはせめて信用に足る使い手だけに預ける……だからあっけなくおっ死んで、鹵獲なんぞされるなよ」
「もしもの時は自爆でもして隠匿しますよ。それで楽に死ねる天分じゃあないとは思いますが……奪われることだけは阻止します。レマット殿との昔からの約束ですからな」
ふん……と素っ気なく受け答えつつ、机に置かれた灰皿に煙草を押し付けながら、偏屈ではあるが筋を曲げぬ初老の天才技師が言葉を続ける。
「奪取されてどこぞの馬鹿に使われなきゃあ良い。あとはお前の好きにしろ」
これは暗に、俺が信頼できる相手になら一時的に貸与しても良いという意味だ。そこまで信用を置いてくれるのはありがたい。
敵に鹵獲されるという状況は大抵、命乞いの通用する相手でない限りは己の死と同義だ。そうなれば討たれる前に自爆くらいは難なく出来る――かつて、当たり前のように自決による情報漏洩の防止について教育された時代もあったな。
そんな事態になったとしても……俺はさきほどまで案山子だった、現在は惨い状態になっている融解物を見ながら……とりあえず硫酸弾での自爆だけは止めようと思った。
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「さて、最後の銃の説明じゃ」と言いながら、レマット爺は工房の奥から取っ手付きの小銃用収納箱を持ち出してきた。
「レベリオニス……現在の儂の知識と技術を総動員して製造した自信作じゃ。持って見れば自ずとわかるじゃろう」
俺は机に置かれたその収納箱を開ける。これは……
「見た目は……撃鉄と、梃子操作の形状が変わってますな。あとは補助外装用の取付口が色々付け足されていますね……先端下部の筒? 大きく変わっているのはやはりこの部分でしょうか」
銃工技師ではない俺にはそのくらいの違いしか判別できなかったが、あのレマット爺が自ら太鼓判を押した銃なのだ。今まで愛用してきた騎兵用小銃を凌ぐ仕掛けが施されているのは間違いない。
「……使ってみればわかるさ。撃ってみろ」
何やらニヤついているレマット爺に促されて俺は射撃レーンに立ち、射撃体勢を取ってみる。先端下部の筒状のものが丁度支えの形状になっているため左手はそこに添える……重量は重くなったが全体の比重は思ったほど悪くない。
先端の筒があることで大分前のめりになるかと思ったが、そこはやはり調整してあるようだ。
撃鉄を起こす――ことが出来ない。半起こし式ではない? ということは……梃子操作を行う。安心感のある重厚さがガチャ……という音を立てた瞬間、撃鉄が起きた。
一挙動で脱包・装填の動作――そういうことか。しかし、これは先進国に限定した話だが既存の技術である。
火薬改良の話を思い出し、反動に備えて慎重に銃床を肩口に押し込む。さあ……どうなる?
《ガァンッ!!!》 豪然たる爆轟の音響の――明らかに『質』が違う。
例えるならば、交響楽団が劇場の反響の中で奏でる管楽器の重奏………透き通った倍音の気鳴が耳の奥底に発砲後も残り続けている。
これまでの人生で様々な銃火器を扱ってきたが、こんな感覚、いや、得も言えぬ感動は初めてだった。
騎兵用小銃よりも確かに反動は強いが、重量増加の恩恵もあってかそこまで勝手が違い過ぎるものになっている訳ではない。
弾丸は鋼の鎧を着込んだ案山子に、従来より一際大きく――綺麗に円形の穴を空けていた。初速の感覚から明らかに弾速や打撃力は高くなっているだろうなとは思ったが……それだけでこうも標的への貫通形状が変わるものか?
「……どうじゃ? 次はお前さんがさっきから気になっておろう、その先端の左手が支えておる筒の少し手前側に引き金が付いておるじゃろ? そいつを引いてみい」
相変わらずレマット爺はにやにやと嬉しそうに笑顔のままだ。確かに引き金があるが、これって……いや、まさか、だろ。
《ボヒュッ―― ……ドォォンッ!!!》
そのまさかだった。さっきの擲弾発射拳銃……それを小銃に取り付けるとは。案山子は鋼の鎧ごと木っ端みじんになっていた。
なんてことを考えやがるんだこの爺さんは。だが……小銃に取り付けることによって擲弾発射拳銃そのものよりも安定して撃てている。
「――【千年からの反逆】。超古代文明から見りゃあまだまだ児戯に等しい玩具じゃろうが……儂の人生約70年、すべてそいつにつぎ込んでやったわい」
数発試射を行った後、あらためてこの銃の性能についてレマット爺は詳しく説明してくれた。まず、あの円形の綺麗に大きく空いた銃創……新開発した弾頭、先端を平らに成形して円錐台状となったセミワッドカッター弾というものらしい。
従来のラウンドノーズ弾よりも貫通性と破壊力を向上させつつ、管状弾倉内での暴発防止を両立させた形状とのことだ。
そして、管状弾倉にも当然手は加えられていた。マレットの完全自作、二重式管状弾倉によって装填数は14発まで跳ね上がっていた。
銃身に並行させて管状弾倉を取り付けるという構想はあったが、それでは擲弾発射器を取り付けられない。さらにその構造だと弾丸が消費されていく毎に先端部の比重が変化するため命中精度に悪影響を及ぼす。
したがって、銃床内蔵式のまま装填数を上げるために新機構を発明した……というのがマレット爺の最終結論だった。
挿弾子式を採用しなかったのは、梃子操作との相性が悪かったのか、それとも最大装填数に重きを置いたのだろうか。
以前と同様に銃上部の薬室閉鎖部を開放して、単発装填して射撃することも可能みたいだ。円錐台弾でも貫けない敵が出てきたらこいつを単発装填して使え、と改良型の完全被甲弾を渡された。
これまた同様に鋼の鎧案山子の前に3枚、タワーシールドよりもブ厚い鉄板を固定して試しに撃ってみたが、弾丸は易々と鉄厚板を紙の様に抜いてゆき……案山子の心臓部は鎧越しにあっけなく貫通していた。どうやら単なる銅合金ではなくこれも錬金術で生み出した新合金による弾丸らしい。
「ただ硬くすればいいって訳じゃなかったですからねえ……なんとか完成させたら今度は銃身が保たないってことになって、結局それも全身ほとんど軽魔鋼製になっちゃいましたよ。
銃床にも念のため連鎖暴発防止用の火・熱術耐性付呪魔術式を施しておきましたが、お金……足ります? 足りなかったら私の投薬試験に付き合ってくれればいいですよ」
そう言ったのはいつの間にか紅茶を飲みながらくつろいでいるリングィルだった。単なる彫刻かと思った銃床の紋章は、よく見れば確かに火術耐性術式だった――それも耐火炎・高熱・爆発の、念を入れすぎだろ! という位の超高精度な三重付呪魔術式……。
「前金も貰ってるし、そんなに心配せんでええ。元が取れりゃ十分よ……とは言ってもレザンの開発時点で前金はとっくに使い果たしておったがの。まあ金の話は後じゃ」
え? いま、しれっと前金を拳銃開発だけで使い果たしたって言わなかったか……?
「最後の補助外装の説明じゃ、見たまんまじゃがの。本来は騎兵用小銃の時点で試作品は造っとったが、あれの射程距離で装着してもお主なら目視で狙えるからむしろ邪魔じゃろう。
そう思って以前は見送ったんじゃが、さすがに今回はこいつを用意した――光学照準器、これを取り付けられるために銃身上部に外装を加えておる。
なんせ今回は有効射程が400メートル以上あるからのう。光学照準器は2、4、8倍と三段階で調整できる。魔術工学には頼らず銃工技術と錬金術のみで拵えたから対それ用の術式なり対策兵器も効かん」
この銃身の長さで射程400メートル以上の、超高火力の連発銃? 光学照準器? ん? ちょっと何言っているかよくわからない。解っていても気持ちの整理が……。
「ざっくり総括すりゃあ――有効射程は3倍弱、打撃・抑止力は3倍以上、装弾数も倍以上。小銃本体の性能面の上がり幅はそんなとこか。
加えて、擲弾発射器と倍率照準器付になったって訳じゃ。
無論、動作の確実性や銃強度も前回より上回っとる……梃子操作にこだわったのは儂のわがままだからの。
伏せ撃ちが難しいのは申し訳ないが、そこらへんの鎖閂式操作よりよっぽど信頼性は高くしておいた。ちょいと銃が重くなっちまったがそこは勘弁じゃ……。取り回しについては慣れてくれとしか言えん」
…………。
おそらく世界、少なくともティフエレト大陸中でも、現代人が製造した最新鋭の銃火器を与えられた……よな?
まだ自分が与えられた武装への理解が追い付いていないが――とりあえず、破産とリングィルの実験台だけは勘弁してほしい。頭の隅でそんなことを思っていた。