第20話 銃神 〜Αργης〜
「これは……いつ見ても壮観ですな」
地方都市マガフの貧困窟の奥地、小さな書店に偽態したその地下二階に存在するレマット銃火器工房……無骨だが重厚で美麗な大理石の壁に囲まれたそこは、一歩足を踏み入れる度に不思議と静寂さがより増していき、世俗とその一切を隔離された空間を生み出していた。
まるで銃の神を崇める社だ。
ここ数十年に渡る銃火器類の進化、それだけでなく投石や投槍、弓から始まった遠距離武器の歴史――まるで、その全てがここに詰まっているといっても過言ではない光景。
所狭しと時代別に並べられたこれら膨大な投射武器・銃火器類の展示品やその設計図面、専門書の数々は歴史博物館であり、ある種の美術館でもあり……その様は神聖ささえ漂わせている。
しかし、レマット・デュモリエは蒐集家ではなく、激動の時代に長らく翻弄された天才銃工技師である。
そしてこの場所は、老いてなお盛んなその天才が日夜銃の製作に勤しむ工房であって、今も尚、彼がその人生を賭けるたったひとつの目的のために存在している。
……より機能的で、より頑丈で、より精密で、より強力な――現存するすべての銃を超越した新たなる銃を創り上げるためだけに。
「ふん……所詮これらは古代文明の模造品に過ぎんさ。儂は……いや儂らは未だ、零から一を創り上げてなどおらん。
どこの国の工廠でもこの工房でも……銃火器という殺傷の道具を銃工という立場を通じて、造れば造るほど、研究すれば研究するほど――古代遺産というとてつもない叡智の神の輪郭が視えてくる。
そいつは、とてもじゃないが勝てそうもない巨大な化け物みたいなものじゃ。
だからと言って、諦めることなど出来ない愚か者……それが根っからの銃工技師という生き物なんじゃよ」
「……愚か者、ですか。はは……それこそまさに、人間の歴史そのものですよ。それでも私は、そうして造られた貴方の銃に助けられた。それが事実です」
「誰かを助ければ、誰かが犠牲になる……それを解っていてもこの手は銃を造ることを止められぬ……碌な死に方なんぞハナから望んじゃあおらんがな。墓標を立てる代わりに、儂は銃を死ぬまで造り続けるんじゃろう――あの時、死ねなかった儂のそれが宿命じゃと、今は思っとるよ」
「……」
"誰かを助ければ、誰かが犠牲になる"
そう、俺もその犠牲の上にこんな歳まで生き延びてしまった。宿命、か……割り切るしかないと頭では解っていても、絶望の累積が"リアム・ローンツリー"を創り出してしまった。
まるで他人事だと心の内で自嘲しながら、レマット爺の"強さ"を羨ましく思った。
「……じゃが、あの日から変わったこともある。儂は儂の造った銃を、儂が認めた者にしか使わせん――もう二度とな。
っと、昔話は後じゃ、な。儂もじじいになったの……ついつい話が長くなっちまう。お主も時間がないじゃろう? いつもの様に左端のものから順に、利点・欠点、運用方法、それに基づく戦術構想を詳しく解説する――後は実際に撃ってみろ。
銃がその使い手に馴染むかどうか……それが何よりも重要じゃからな」
レマット爺に促されて、俺はまず一番左端の射撃レーンに置かれた短銃身散弾銃をその手に取った。この銃がどんな性能を持つかを聞く前に唯々――美しいな、と感じた。一流の彫刻家が丹念に彫り上げた精巧な彫像に出会った時と同じような神秘的な感情を抱いた。
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「馬車にたんまり銃火器を格納しておいて、臨機応変に戦える状況ならいいが、馬車から離れて1人での戦闘を想定するならコンパクトかつ応用が利く銃器を数丁とその補助となる装備に限定されてくる。
所謂、歩兵装備に落ち着くのが普通じゃが……小隊単位で戦術規模の分担が可能なら役割に応じた携行装備で片付くが、お主の場合は基本的に一対多数の単独戦力で敵を制圧せなきゃならぬ」
そう言って、ある射撃レーンの手前で足を止めた。そこには信号弾拳銃のようなものが置かれている。
「その解決方法のひとつとしては、状況に応じた特殊弾薬を選択できる小火器が妥当なところじゃな……ま、初めからそのつもりで色々用意しといたんじゃがの」
以前この工房に来たのは半年前ほどだが……たった半年の間に数えきれないほどの銃を含めた小火器類と弾薬が増えていた。
いつもながらのことなんだが……それでも俺は今回もまんまとレマット爺の才能に驚かされていた。ひとまず、用意されていたすべての武器の試射を終えたが、どれも圧巻の性能だ。
「さすが……としか言いようがないです。特にこの二銃身の拳銃とその信号弾拳銃みたいな単装筒……こんな発想、普通なら思い付きもしないでしょうな」
「当り前じゃ、儂を誰だと思っとる。ふむ、<葡萄>と<料理人帽>じゃな? レザンの方は今言った単独戦術を銃本体で完結させたものじゃ。とは言っても、そいつにも弾薬換装は出来るがな。
九連装の輪胴式拳銃に滑空砲身を併せた……。中々こいつの開発には骨が折れたわい」
輪胴式拳銃を手に取りながらしみじみと、レマット爺が解説を続ける。
「シングルアクションは安定性を考えれば本来、せいぜい6発止まり……ヴォルカニックでは装弾数云々の以前に自殺拳銃じゃし、構造上、命中精度にも難がある。
胡椒挽きは論外じゃ。
それらを超えた装弾数に散弾筒を取り付けて再装填せずに10連発。
連装銃身のバランス取り、構造の複雑性による部品劣化、密閉不足によるガス漏れ……まあ意地になって10連発拳銃を実現しようと四苦八苦したが、なんとか完成させたわ」
10連発拳銃……その無茶を押し通して完成した拳銃は、実際撃ってみた身としても、既存の輪胴式拳銃と使い勝手において全く遜色がなかった。
「錬鉄じゃ強度が話にならんからの。部品含めてほぼ軽魔鋼製にして、銃弾も最初は管打式だったのをグロースホルンが開発・導入し始めた起縁雷管薬莢に転換させた。
<妖精>の異名は伊達じゃねえな、あの銃工技師……カニ目打ちの暴発ぶりには笑ったが、今度は面白え雷管作りやがったもんじゃ」
銃工界の<妖精>、ニコラ・ルフォシオのことだな。噂は聞いたことがある……グロースホルンの銃火器製造会社<ヴィヴィエ>。その工廠は『妖精の巣』と呼ばれているらしい。現代の最先端を行く銃火器工廠のひとつだ。
「話が逸れたの、当然扇叩きも問題ない……。
そして、撃鉄の上部を変形させて引き金を引けば、即座に散弾をぶち込める。こっちはさすがに管打式のままじゃがな」
「連発数も凄いが、まさか散弾機構を拳銃に取り付けるとは……咄嗟の状況でも散弾に切り替えられるのはデカい利点です」
弾薬箱から色々と取り出しながら、孤高の銃工技師が話を続ける。
「滑空砲の弾丸も色々造ったぞ。通常の散弾はもちろん、焼夷弾や炸裂弾も用意してある。雷管填めと弾込め、2秒あれば事足りる……輪胴式用の装填器具も用意した。
安心せい……起縁雷管薬莢の弱点である発射不良については解決したぞ。
縁に火薬が均等に貼りつくよう特殊な細工を施した雷管になっておるから、発火感度については心配せんでいい。どこを撃鉄が叩いても確実に着火するはずじゃ」
起縁雷管薬莢の着火についての不確実性は俺も耳にしていたが……つい最近開発されたばかりの新型弾薬を、この短期間でよくもまあ改良したものだ。
「レザンについては大体こんなもんかの。あとは、すべての弾薬についてのことじゃが黒色火薬も改良した。主に威力と防水性の向上じゃ。これについては……おい、リングィル来とくれ! ってなんじゃ、居たのか」
いつの間にかリングィルは俺の後ろに立っていた。来ていたことには気づいてたが、ほんの数メートル後ろに近づいてくるまで完全に気配を読み取れなかった……。
「ふふ……空間転移とか使ってませんよ? 普通に少々高度な隠形術を使って階段を下りてきたのに。リアム君もベツェレムとして見ればトシなんですから、いつまでも昔のままの実力が持続しているとは思わない方が良いですね。この位の使い手、『梟』にもたくさん居ると思いますよ?」
「痛いところを突いてくるな。だがまぁ……確かにその通りだ」
日頃、狩りの時なんかに気配の探知は使っているが……本格的な暗殺者相手となると、より高度な探知能力が必要だ。
昨日の暗殺者は末端の者たちだろう、にも関わらず俺は……術での探知ができなかった。
それは今回の不安要素のひとつでもあった。
「……と、思ってしっかり強化薬と治癒薬は作っておきましたから。リアム君も調合出来るのは知ってますが、念のため私の薬も持って行ったほうがいいでしょう。お金は残しておいてくださいよ? レマットとの話が落ち着いたら私の所にも寄ってください――そうそう、火薬の話でしたね」
用意が良いな……俺がマガフに入った時からこの男は察知していたのだろう。というか、俺の代わりに護衛やってくれないかな、この人……。
それからしばらく、リングィルとマレット爺の改良火薬についての解説を聞いた。
防水関連の調合は爆轟を発する火薬の特性との相性が良く、すんなりと上手くいったらしい。弾丸についても、雷管に湿気など水分から装薬を守るため撥水塗料を塗り込んだりする技術は聞いたことがあるが、そこらの工廠で使っている塗料とは比べ物にならないものを使っているから、水中で銃を撃つことがない限り安心してよいと。
散弾銃と滑空砲用の弾丸も、従来の紙製薬莢ではなく防水仕様かつ発射に問題ない特殊な素材を用いた合成紙らしい。これはリングィルの錬金術で生み出したものだ。
さきほどレマット爺が語っていた火炎弾や炸裂弾も、その構想を成立させるためにこの合成紙を使用しているとリングィルが説明してくれた。
2人が苦労したのは火薬の威力を上げる追加調合……その中でも、威力と弾丸の膨張性に対しての調整ということだった。単純に火薬の量を増して上手くいくなら誰でもやっている。
それが出来ないのは真鍮製の薬莢が雷管による着火時に膨張する密閉性に由来する。下手に膨張しすぎれば発射前に暴発してしまうからだ。
なので、単純な銅と亜鉛の合金である真鍮ではなく、様々な材質を新たに合金して組み合わせた改良真鍮を生み出したとのことだ。
「これはホント、苦労したぞ……その甲斐あってレザンは当初40メートル弱の有効射程じゃったが、本体を軽魔鋼製にしたことによって従来のものから更に旋条と銃身に改良を施すことができた。
100メートル近くにはなったかの。無論、威力とはすなわち打撃・抑止力が格段に向上しておるということじゃ。安心せい。無闇やたらと威力を上げた訳じゃないから連鎖暴発なんぞ火術を使われたって起こしはせんわい」
最新鋭の拳銃でさえ、せいぜいが70メートルの有効射程だ。100メートルだって? 元の射程の2倍以上伸ばすとは……。ということは、今俺が使っている騎兵用小銃も連射式のまま300メートル以上の有効射程が出るということか?
「ふ……驚いてるようじゃのう? お主のその顔を見るために今日までやっとったんじゃ、感謝せい。あとこないだ渡したプルトーティトゥムは文字通り、試作品じゃ。
装弾数も本当はもっと上げたかったが原型となったニコラ・カービンのチューブ式弾倉と梃子操作の脆弱性が気に食わなくての……クリスの造った梃子は、その構造の複雑性ゆえに壊れやすく弾詰まりを起こしやすかった」
梃子操作の生みの親、クリス・ビリングスのことだな。
プルリヴス連合王国の機械製造会社<B&G工業>もまた<ヴィヴィエ>と並ぶ銃火器開発・製造業界の重鎮だ。
出資者であるローパー家が元々、発明家一族のため銃だけではなく多岐に渡る機械製品を世に送り出している。いま最も注目されているのは石炭で走る『鉄の馬』らしいが……。
「とはいえ、ニコラが構想した金属製弾薬を連発式で実用化した技術は評価するがの……とにかく弾詰まりと脆弱性を解決するため、装填数を数発減らした代わりに動作保証を優先させたが正直歯痒かった……。
ふふん、さっき小銃の新型を撃たせなかったのは、わざとじゃ。そいつは最後に説明するからとりあえず次はトークブランシュじゃな」
嬉々として語り続けるレマット爺。
もしかして……暗殺組合よりヤバいんじゃないか? この工房……。そんなことを思いつつも同時にお金、足りるかな……と財布が心配になってきていた。