表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠遁の交易商 The Ên Sôph Saga ―Episode V―  作者: 正気(しょうき)
第一章『辺境の経済協定』編
17/56

第17話 ~賞金稼ぎの推察・後編――ベルモント~

 包囲していた3人を戦闘不能にしたあと、俺はキール・ワイザーから吐かせられるだけの情報を入手するため……一番手っ取り早い方法を取った。

 眉間に、魔鋼を用いた合成短弓(ハイブリッド・ボウ)の照準を合わせながら、四肢を射抜かれた賞金首にゆっくりと語りかける。



「おい……これじゃ暗殺組合イリーガルギルドからの依頼もこなせないな。さて、末端ながら奴らの計画の片棒を担ごうとしていたお前に、これから『不可視の梟』はどう動くだろうな? 1、哀れなお前を突如助けに来てくれる。2、口封じのため殺しに来る――なぁ、どれだと思う?」


「う、うぅ……くそが。どうせてめえも俺を殺すだろうが」


「お前の出方次第だ……ちなみに、お前にはあまり考える時間の猶予はない。上腕動脈と大腿動脈を矢が貫いてる。このまま何も処置を施さなきゃ持って数分で失血死だ。オーケー?」


「ぐッ……」


「ぐッ……じゃなくてよぉ――服従(オーケー)か、今すぐ哀れに死ぬかって聞いてるんだよ。オーケー?」


「あ、ああ……オーケーだ」



 俺は辺りを見渡し、まだ開いていない発酵麦酒エールの瓶を見つけた。蓋を指で弾いて開けてぐっと飲む。うん、意外に悪くないな。アルコールも弱くない。



「お、おい……頼む、まだ死にたくねぇ! た、助けてくれるんだろ?」


「お前の出方次第だと言ったろ? 耳クソでも詰まってんのか? で、お前らが強盗タタキに入ろうとしていた店はどこで、なんでその店を襲わなきゃならないんだ? それを教えろ」



 実際、上腕動脈に矢は当たってない。放っておいても1時間以上は少なくとも持つだろう。だが医学的知識のない者に、しかも当人が負傷して狼狽している時に『この傷は〇〇だからあと数分で死ぬな』と脅せば大抵信じる。今まで死の淵まで追い詰めて命乞いをしなかった奴はごくわずかだ。


 殺人が絡んだ犯罪で、その結果として金や女……何でもいいが利益を得た経験がある者なら死んだ奴らを見て『次にこうなるのは自分かも知れない』と深層心理に恐怖が植え付けられるものだ。

 極論だが、その死の恐怖から逃れる為にまた強盗殺人などを繰り返して恐怖を忘れようとする。俺の経験上の話ではあるが……捕らえた賞金首どもは、大体が同様の心理状態に陥っていた。


 一度手を汚してしまえば社会復帰は困難だという現実的問題もあるが、それ以上にそいつは犯罪の表面的快楽と潜在的恐怖の双方に溺れてしまっているのだ。例えるなら酒や薬で仕事のストレスを忘れるのと似ている……それも国家が決めた都合よい法治の埒内か外かってだけの話だが……犯罪で死のストレスを忘れる、つもりがどんどん心理がその行為に深く浸食されていく。人間、紐解けば大体そんなもんだ。


 だから根っからの殺人狂や、漆黒の意志を以て殺人者となる覚悟を決めた者じゃなければ、半端に殺人を犯した人間は己の死に誰よりも恐怖する顛末を迎える。


 ある意味それも因果応報か……まぁ端的に言えば、そういう奴には死を背景にした脅しが効きやすいってことだ。



「……奴らには『マガフの西側区画にある【ルース雑貨店】という店に押し入れ。押し入った後は北区画にある5番下水道まで来れば逃げ道の案内人を用意している』――と。

なんで暗殺者どもがそこを狙っているかとか、そんなことまでは聞いてない。それさえ遂行すれば金貨10枚支払うと……支度金として金貨2枚をすでに貰ってる。

襲撃は本来なら明日の深夜……各都市門が閉じたあと、2時から決行予定だった……てめえのおかげで全部パーだがな。へッ……」


「さあ、それはどうだろうな? 俺の気分次第かも知れんぞ。正直お前を今すぐ殺して衛兵に首を持っていけば金貨ロサ3枚だ。

だがな……いまのお前の……明らかに使い捨てにしか思われてねえなぁ~~っていう可哀想なお話の中で、少々気になる点があった――とりあえず、まだ十数分程度は生かしてやる。ほれ、てめえで足の付け根をそれできつく縛れ……あとは、そうらっ!」



 携帯していた包帯をキールに放り投げたあと、消毒用のアルコールをキールの身体にぶちまけ、更に失った体細胞の増殖を助ける治癒薬も雑にぶっかける。口の中に入ったようだ。ゲホッ、ゴホッ、と汚くむせている。


「それが乾いたら傷口に今投げた包帯を巻いておけ。妙な真似をしたり俺の指示に背けばてめえの懸賞金でまた医療品を買い足すだけで済むからな……俺の慈悲を無駄にするなよ? 

で、だ。お前、中々貴重な体験をしたぞ。あの旧教会の地下に入ったそうじゃあないか。そこで見たことを事細かく話せ。それとどんな細かいことでもいい。奴らが喋っていたことをその足りない頭で精一杯思い出して全部吐け」


 【ルース雑貨店】――あそこはエレンディラ皇国の隠れ拠点(セーフハウス)だ。賞金稼ぎの世界でも情報は生命線だ。イェフディード通商国家やロスリック教国、ファルス・スタンレー共和国の信頼が置けて精度が高い情報屋ならば、ほとんど網羅している。


 あとは、この都市にもある盗賊組合シーフ・ギルドの連中だ……。あいつらも国家機密の情報を盗み出してくるとか、要人の不祥事(スキャンダル)に絡む証拠を盗ってくるなんて依頼を、国家や貴族連中から非正規に請け負うことがある。伝手は持っておくものだ……中々にやばい情報が転がり込んでくることもあるからな。


 最近のデカい情報ネタと言えば、エレンディラ皇国の外交特使が件の『梟』に襲撃された……そしてその皇女はいまだ行方不明……そんな噂を方々から聞いている。いつだって情報は玉石混交の山だ。だが、ある時思いもしなかったところから符合してくる事実が出てくるものだ。こいつが持ち掛けられた襲撃依頼……どう考えてもキナ臭すぎる。


 つまり――皇女は現在そこに居て、こいつらの犯行に見せかけて(もしくは囮に使って)暗殺しちまおう……大方そんなところじゃあないか?


「そ、そうだな……旧教会の下は、俺も全区画を見た訳じゃあないが……だいたいあの村くらいの規模はあった。中もしっかりと建築された石造りの部屋が何棟も並んでいたな。

俺が立ち入ったのは地下一階、一層目までだが……下に続く階段も見えた。当然、厳重に人を通さないよう警備されていたがな」


 ウルダン村はだいたいマガフでいえば東区画分くらいの規模だ。奴ら……地下に街でも造ろうって勢いで拠点を拡げてやがるのか。

 はぁ……面倒くせぇ暗殺組合もあったもんだ。俺は嗜好品の葉っぱを齧り、発酵麦酒エールをまた一飲みする。



「なるほどな。で、そこに俺より強い奴はいたか?」


「へ……へへ。さすがの【剣風】でも、あれだけの手練れ相手に1人で大暴れってのは多勢に無勢が過ぎるってもんだぜ――1対1であんたに敵いそうな奴はそうはいなかったんじゃねえか?」


「……ってことは少数、俺とやり合えそうな奴が居た――そういうことか?」


「あんたに敵うかどうかは解らねえよ。なんせさっきだってまだまだ本気じゃあなかったんだろ? ただ……他の暗殺者とは様子の違う、格好や武装もそうだったが纏ってる雰囲気がヤバそうな奴は何人か見かけたぜ」



 こいつの言ってるのはおそらく戦術級戦闘員(ストラス・ナンバー)のことだな。大体30名程度の精鋭暗殺部隊……実力的にはこないだ闘った【爆鎖】より一段劣る程度だが、油断はできん相手だ。

 だがまぁ……戦術級戦闘員(ストラス・ナンバー)は戦争中でもない限り、基本的には単独ないし多くて2、3名が投入されるのが今までの戦闘記録から割り出されている。

 幹部クラスとなるとさらにごく少数、数名しか居ないと言わているが……今回の暗殺に出張ってくる可能性はありそうだな。会敵したことはないが……1人で幹部と真正面から戦うとなれば死闘になるだろう。


 まったく……馬車強盗を追ってきたはずが面倒くせぇ話を色々聞いちまったな。だが……お前らならやるんだろう? なぁ? ――サイラス、グレン。


 俺は両手長剣(ツヴァイ・ハンダ―)の柄に刻まれた、古びた獅子の紋章を眺めた。



❖❖❖❖❖



 キールの手下どもの死体を一体ずつ、城砦内の真ん中あたりに集める。両断した死体は切断面に城砦の中で調達した古びた窓掛け(カーテン)を破り、それを纏わせて置く。これで全部か。



「おい……お前に付いてきたばかりに哀れにも死んじまった人間はこれで全部か?」


「て、てめえで殺しておいて……いや、……くそッ! 

ああ……そうだ、俺の手下はそれで全員だ――俺だけがおめおめ生き残っちまった……。

ちッ……俺らみたいな半端モンは、いずれこうなる日が来るのは解ってたさ。俺も悪党だ――悪党なりにケジメはつける。断頭台だろうが首を叩っ斬ろうが好きにしろ」


「そうか」



 丸椅子や座椅子、丸机などを拾った手斧で叩き割る。それを死体の周りに散りばめた。


「ケジメをつけるんだろ? お頭として弔ってやれ。ほれ、さっきのアルコールの残りと燐寸マッチだ」


 壁に背をもたれているキールにそれらを投げて寄こした。



「……お前」


「経緯はどうであれ……この【剣風】に勇敢に挑んで死んだんだ、こいつらは。

さぁ、早くしろ。いつ暗殺者どもが来るか分からんからな」



 俺は窓掛け(カーテン)の切れ端で手を拭き、返り血もとりあえずそれで拭き取った。それから城砦内で集めたすべての布切れや窓掛け(カーテン)を死体たちに掛けてやる。城砦の二階に上り、残っている発酵麦酒エールを飲みながら外を見る――夕刻まであまりもう時間がないな。


 ボッ……後ろで火が付く音がした。火の勢いが強くなっていくのを背中で感じた。「すまねえ……すまねえ……」と小声でぼそぼそキールが呟いていた。



❖❖❖❖❖



 遺体のひとつから脱がしておいた強盗の革鎧と鉄兜を被る。貫頭衣ポンチョ丸鍔帽子キャトルは袋にしまってある。俺は強盗の馬に跨った。



「おい、早くしろ」


「いや、あんたな……俺は四肢を矢で射抜かれたばかりだぞ!?」


「だから治癒薬をかけてやっただろ? ……首だけにして持って行ってもいいんだぞ?」


「くっ……鬼だな、畜生……」



 キールは連れていくことにした。今夜、襲撃の前に何かすることはあるのか? と聞いたら、


「西区画の廃屋の扉をノックして『木を取ってくる』と言え、と指示された」


 ということらしい。どうするかはダラムの旦那と話を詰めるが……上手くいけば『梟』を出し抜けるはずだ。駄馬に鞭を入れ、地方都市マガフの南門へと手綱を向けた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ