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隠遁の交易商 The Ên Sôph Saga ―Episode V―  作者: 正気(しょうき)
第一章『辺境の経済協定』編
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第16話 ~賞金稼ぎの推察・前編――ベルモント~

 おいおい……金貨ロサ3枚の手配書が出ている賞金首【キール・ワイザー】とその徒党。生死不問なのは助かるが、ただの馬車強盗と銀行強盗、それに関与する殺人その他の犯罪――ありがちな(ワル)じゃあなかったのか? 


 今あいつが出てきた施設は……暗殺組合イリーガルギルド『不可視の梟』の拠点、知る奴ぞのみ知る話だが――カーライルが裏から専権してやがる旧教会じゃあねえか。

 あの野郎、暗殺組合の構成員だったのか? そんな情報は仕入れてねえし、それならイェフディード通商国家の司法局も手配書なんて出さねえ、いや……()()()()だろうさ。


 ダラムの旦那に色々聞いておくべきだったか。いや、キール・ワイザーを追っていることは旦那に喋った。だが、俺に何も言っては来なかった。


 解せねえな……司法局捜査官でもまだ知らない状況ってことか? 


 しかし、村人たちも呑気なもんだ――まさか村の地下にくそったれの暗殺者がうじゃうじゃいるとは知る由もねえんだろう。一刻ほど様子を伺っていたが、ウルダンの村人はシロだな。村人に化けた暗殺者も居なさそうだ。

 村長のハーフマンも見かけたがありゃほとんど何も知らねえって面だ……薄々何か感づいていたとしても口は出せないだろうがね。


 現実的に考えられるのは――『梟』側から接触を持たれて、ひと暴れしてくれって依頼でも請け負ったか。賞金首なら使い捨ての駒にしやすいし、何かヘマをしても大した情報を与えていないなら、追々牢屋の中で自殺に見せかけた暗殺でも仕掛けちまえば何とでも口封じできるからな。

 だが、奴をその依頼遂行前に表立って捕らえるってのは……俺が暗殺組合イリーガルギルド標的マトにされちまう危険を冒すことになる。


 面倒くせえが……毒を以て毒を制す、か。()()()()()()()()()始末する為には――暗殺でカタを付けるしかねぇ。


 遠眼鏡をしまい、丸鍔帽子(キャトルマン)を被り直す。馬で村から出ようとしているキールとその一党を柳樹林の中から視認しつつ俺は尾行する。

 行き先はすでに把握してる。村から馬を走らせて20分程度の所にある、現在はマガフの軍部が管理を放棄した城砦跡……そこが奴らの根城だ。城砦内なら暗殺もやりやすい。


 はぁ……面倒くせぇな。


 多幸感を一時的にもたらす葉っぱをひとかじりして、俺は柳とミズキの太枝を渡りながら馬の速度になんとか食らいつきながら尾行を続ける。ありゃあ、駄馬だな……尾行が楽で助かるぜ。


 今のところ、あいつらが携行しているのは何の変哲もない片手剣に手斧、旧式複合弓コンポジット・ボウに払い下げの散弾銃……あれじゃあ奪って帰っても二束三文だな。着込んでいるのも全員が革鎧、あとは数人が鉄製の錆びかけた小型腕盾(バックラー)を持っちゃいるが――俺の両手長剣(ツヴァイ・ハンダ―)を防げる代物じゃねえのは確かだ。


 賞金首の一党が城砦に入っていく。俺にとっては……奴らの共同墓地にしか見えないがな。


 ――面倒くせぇんだが、さっさと片づけるか。



❖❖❖❖❖



「ぎゃははッ!! 最近はシケた強盗タタキばっかりだったが、俺らにもツキが回ってきたなぁ!」


「へへ……なんでしたっけ? 【ルース雑貨店】とやらを強盗タタくだけで金貨ロサ10枚弾むってんなら良い商売っすねぇ」


「なかなか暗殺組合イリーガルギルドも人を見る目があるぜ……俺らの懸賞金より高ぇじゃねえか、なぁ!」



 キールは機嫌よく古びた座椅子に座りながら発酵麦酒エールを飲み干して手下と談笑していた。


「しかし……あのナントカの梟? 村の下にあんなにドデカい施設を造っちまうとは。炭坑とかのレベルじゃなかったですね……あそこを根城に出来たら良い暮らしが出来るだろうなぁ……」


 手下の背の低い、散弾銃を背負った髭面の男が葡萄酒ワインの瓶を口につけながら喋っている。


「それよ……今回の強盗タタキを終わらせりゃ、あそこに匿ってもらうって話もすでに織り込み済みだ。あんだけの施設をのうのうと造って住んでやがるってことは背後にはどこぞの大金持ちが付いてるんだろう」


 少し声のトーンを落としたキールがしたり顔で語り始めた。


「俺たちが表で派手に暴れてる隙に、向こうは裏でコッソリ殺る……利益は一致してんだ。あとは奴らの出資元(スポンサー)が上手く手を回してくれるよう話を進めりゃ合法的に犯罪もやり放題って寸法さ……引き際は肝心だが、ここらでしばらく金と女を奪り放題ってのも悪くねえな、おい! ぎゃはは!」


 発酵麦酒エールを更に開けて、キールは尚も上機嫌で手下たちに自分の計画を話した。



「マジですかい! さすがはお頭!」


「軍も保安官のクソも気にせず金と女を奪り放題……よだれが出ちまいますね」



 手下たちも酒と、欠けた丸机に置いた丸薬をナイフでトントン……と砕いた粉を鼻から吸引スニッフしながらゲラゲラと笑っていた。


「おいガストン! どうせ誰も来やしねえんだ。お前も突っ立ってねえでコッチ来いよ! こりゃ上物だ……今のうちにキメとけよ」


 見張りをしていたと思われる男に、片目に眼帯をした手下の1人が声を掛ける。だが、ガストンと呼ばれた男は微動だにしなかった。


「おい!? ガストン、聞いてんの……か?」


 ガストンはまるで人形のように仰向けの体勢で力なく倒れた。眉間には矢が突き刺さっている。


「――くそったれが! 尾行(つけ)られたか」


 キールと手下たちは素早く回りの遮蔽物に身を隠す。


「野郎……兵士や保安官のボンクラじゃねえな。奴らだったら気配丸出しだ――賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)か。てめえら、相手は多くねぇ! あらゆるすき間に気を配っておけ!! 矢が飛んできた方向を覚えろ!!」


 城砦に予め隠しておいた先込め式の単発式小銃(ライフルドマスケット)に素早く火薬と弾を詰めながら、キールが手下に激と指示を飛ばす。


「どこに潜んでいやがる……?」


 鉄兜を被った手下の1人が複合弓を構えながら壁から少しだけ顔を出す。


 ヒュンッ――


 風切り音が微かに鳴った後、鉄兜のすき間……眼球に矢がドッ……と軽く音を立てて突き刺さる。そのままその男は前のめりに倒れた。


「ジョット!! くそがッ、そこか!!」


 髭面の男が散弾銃を構えながら矢が飛んできた方向へと突撃する。


 ヒュッ――


「馬鹿がッ! 効くかよ!」


 飛矢を男が小型腕盾(バックラー)で弾いた。その瞬間、隠れていた刺客が物陰から髭面の男目掛けて一直線に飛び掛かる。姿勢を低く保ちながら両手長剣(ツヴァイ・ハンダ―)を右片手突きで繰り出し、髭面の心臓部を革鎧ごと易々と貫いた。


「グホッ!!」


 男が呼吸すらままならない断末魔の叫びを上げながら吐血した。すかさず散弾銃を脇と左手を使い巧みに取り上げる。水平二連型(サイド・バイ・サイド)のそれを中折りして弾丸を抜き、そのまま剣のといにぶち当てて叩き折った。

 ダンヒル・ベルモントはそのまま、今しがた貫いた髭面の男を盾代わりに一番近くにいた眼帯の男に悠々とした足取りで近づいていく。


「この野郎!! 来るんじゃねぇ!!」


《ガァンッ!!》


 眼帯の男は散弾銃を一発、発射した。ダンヒルは上手くその盾にしている男の死角に身を隠している。散弾は人間盾にすべて命中した。上下二連装の中折式装填型(ブレイク・アクション)――眼帯の男が持つ散弾銃の装弾数はあと1発。


 その間隙を縫って、空気抵抗を螺旋運動が貫いていく、散弾銃とは異なる銃声が|《ドォンッ!!》と勢いよく城砦内に轟いた。


 賞金首、キール・ワイザーが放った単発式小銃(マスケット・ライフル)の弾丸は盾の男の腹部を回転しながら貫通し、ダンヒルに直撃する。


「つぅッ……あぶねえなぁ。ヘタクソ、頭を狙ったほうが良かったんじゃねえか?」


 ダンヒルは死体越しとはいえ弾丸を食らっても怯む様子もなく軽口を叩いた。


 そのまま盾に使っていた男の死体を蹴り飛ばして眼帯の男にぶつけ、引き抜いた両手長剣(ツヴァイ・ハンダ―)を目にも止まらぬ速さで横薙ぎに一閃した。


「げッ、あ?」


 眼帯の男は死体もろとも胴体を両断されたまま明後日の方向に散弾銃を放ち、何が起こったか解らない様子で臓物と血をまき散らしながらその場に倒れた。



「てめぇ……その忌々しい両手剣と傷面――そうか、【剣風】ベルモントだな?」


 獣か、鉤爪で鼻から右頬を切り裂かれたような三本の古傷を見て、キールは賞金稼ぎの正体に当たりをつけた。


「ほう……チャチな馬車強盗でも俺のこと知ってんのか。物知りだな、お前。

奇遇だが、俺もお前のこと知ってるぜ。

金貨ロサ3枚の賞金首――キール・ワイザーだな? こいつら含めても4枚程度か……中々その程度の腕で金貨ロサを首に掛けられるまでよく頑張ったな。まぁそれもあと数分で終わりだが。それより弾を早く込めたほうがいいんじゃないか? それ、単発式だろ?」


「よ、余裕ぶっこきやがって……」



 ダンヒルは剣に付着した血糊や臓物の欠片を、ヒュンッ、と空中で軽く振り飛ばした。


(そうやって余裕かましてやがれ……ククッ、【剣風】を仕留めたとなっちゃ一気に俺の株も上がる)


 早合式の紙薬莢の先端を噛みちぎり、銃身の先端から火薬と弾を流し込む。単発式小銃(ライフルドマスケット)槊杖ラムロッドで弾を押し込みながら、壁の陰でキールはほくそ笑んだ。



「……で、お前の頭の悪い手下()()()()()どこにいるんだ?」


(ッ!? 畜生、バレてやがる。構わねぇ……グリゴス、殺れ!)



 キールの方向へ確実に歩いてくるダンヒルの右手前にある壁……そこに隠れていた手下のグリゴスへと、ちょうどダンヒルの死角からお互いを視認し合える場所にどちらも潜んでいたため、目線だけで指示を出す。


「おらあぁァッ!!」


 叫びながらグリゴスは片手剣を上段に構え斬りかかる……と見せかけてその剣をダンヒル目掛けてそのまま全力で投擲した。一回転半ほど剣が回りながら頭部へと音を立てながら飛んでいくが、両手長剣(ツヴァイ・ハンダ―)で軽くいなされる。


(かかった! 死ね!)


 懐に隠していた二連装拳銃をグリゴスは右手で抜き出そうとした――その瞬間。フォンッ……と何かが身体を通り抜けるのを感じた。構わず銃を向けようとしたが、そこには銃も右手も無かった。


「遅いよそれじゃ」


 右切上に放たれた斬撃は既にグリゴスを両断していた。


「そこまでだぁ!! てめえの剣でもこいつは防げねえだろ? 弓に持ち替える暇もねえ……てめえの負けだ!」


 単発式小銃(ライフルドマスケット)を両手で構えながら、物陰から出てきたキールは勝ち誇った様子でそう叫んだ。銃の照星は相手の心臓部を狙っている。



「弾込めが早いな。ヴァルティマとかの兵士崩れか、お前?」


「うるせえ!! 散々虚仮にしやがって……てめえはもう終わりだ。お前ら、出てこい!!」



 ダンヒルの後方、左右から1人ずつが城砦二階部分の縁から出てきた。いつの間にか手下を回り込ませていたらしい。どちらも10メートルほどの間隔を空けて複合弓を構えている。キールも同じく、ダンヒルから間合いを10メートル程度取っている。



「はは。もう5、6人は居ないと――俺に対して包囲とは呼べんぞ」


「ほざけよ……ハイエナ野郎が」



 2人の弓手に対してキールは目配せする――射て。


 その挙動を見逃さなかったダンヒルは予備動作無く両手剣をキールに向かって投げつけた。

 と、ほぼ同時に自分が纏う民族柄の貫頭衣ポンチョからその内側に背負った短弓と弓筒ごと素早く身を抜き、貫頭衣(ポンチョ)を脱いだことで露わになった腰の拳銃嚢(ホルスター)から四連装拳銃(ラチェットボックス)を瞬時に抜いた。


 屈んだ姿勢から即座に低空反転(バックスピン)しながらの曲撃ち――《ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ!》 

 とてつもない離れ業から発射された計4発の弾丸は2人の弓手の心臓と頭部それぞれに向かっていく。


 一方機構(ラチェット)作動式・連動式激発(ダブルアクション)の強烈な反動(リコイル)を人体力学に基づく卓越した身体操作で、精密射撃と連続速射を成立させる原動力に変換させた芸術的早業。


 弓を射る時間さえ与えられず、急所を撃ち抜かれた弓手たちは崩れ落ちた。


 剣の投擲と目前で起こった事態に混乱して銃口を右往左往しているキールに向かって、まだ地面に落ち切る前の貫頭衣(ポンチョ)の陰から短弓に矢を瞬時に番えて構え、匍匐姿勢でダンヒルは矢を放つ。二本射ちだ。

 矢は二本とも小銃を構えていたキールの引き金側、右手と右肩に命中した。痙攣によって引き金が押し込まれる。

 雷管によって点火され、音速を超える伝播速度で響き渡った《ドォンッ!!》という射撃音が放った弾丸はダンヒル……にではなく、城砦の天井にめり込んだ。


「うぐッ!」


 貫頭衣(ポンチョ)が地面にぱさりと落ち、続いてキールが負傷した腕に伝わる射撃の反動で小銃を取りこぼした。素早く矢筒から数本の矢を取り出しながらダンヒルは立ち上がり弓を連射する。


 左肩、左手、右足、左足……次々と賞金首に射掛けながら歩を進める。目の前まで迫った時、すでにキールは息も絶え絶えの満身創痍だった。



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