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隠遁の交易商 The Ên Sôph Saga ―Episode V―  作者: 正気(しょうき)
第一章『辺境の経済協定』編
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第10話 おっさん、詰められる

 さて……色々と思案してしまったがキリがない。まずはサラ皇女の保護が第一優先だ。


 葉巻を消して、念のため自然な挙動でゆっくりと辺りを見回す……。人気がないのを確認したのちに荷台へと素早く移り乗り、幌の出入り幕を閉める。



「サラ様が道中おっしゃっていたマガフの伝手……皇国の協力者ということでしょうが、その者達は現在、どちらにいらっしゃるのでしょう?」



 サラ皇女は木箱に入ったまま、蓋だけを取り外し、ピンと張った長耳を持つ頭だけを出して答えた。緊張しているのだろうか。



「西の居住区画の一角、一階が雑貨屋になった建物……それ全体がマガフにおける我が国の隠れ拠点(セーフハウス)の本拠になっておりますわ。一応、各地方都市や近隣国にはそういった場所を皇国も設けております」



 西側区画か……。それならば幌馬車が道を塞がず通る程度の道幅があるし、一階が雑貨屋ということであれば入荷作業を装って木箱に皇女を入れたまま運び込むことも可能だな。


 建物の大体の場所や特徴、雑貨屋の店名をサラ皇女に教えてもらう。



「承知しました。問題ないとは思いますが万が一のときのため、あまり目立つ恰好はよろしくない。一応、こちらの頭巾付き羽織(ガルドコール)を上に羽織っておいてください」


「わかりましたわ……お気をつけて」



 小声でサラ皇女が頷く。地味な褐色の、少女には少し大き目な頭巾付き羽織(ガルドコール)を手渡して、御者席に戻る。


 ――よし、行くぞ。


 口笛で二頭の荷馬――ガーベラとスウォンジに指示を出す。基本的に鞭は使わずとも口笛や掛け声、手綱の機微だけで動いてくれる賢い愛馬たちだからな。


 ヒヒーン……ブルル、と了解の意を表す鳴き声を発したあと、馬車が動き出す。


 出来るだけ速くマガフに到着出来たとはいえ、まったく油断は出来ない。先の禍々しい気配を放っていた貴族用馬車も気になるしな……。


 今いる南側区画からサラ皇女に教えてもらった地点へと、自然な速度で馬車を走らせた。



❖❖❖❖❖



 地方都市マガフの城塞内の内訳は、主に南側が小規模な農園――主にカカオや嗜好品用のベリー、ブドウなどが多い――と、それらに基づく二次産業用の小さな製造工場が点在し、あとは各貴族の邸宅やそれに準じる高級住宅街と軍部の建物……兵舎や武器庫、軍馬用厩舎などが区画の殆どを占める。


 向かっている西側区画では、商業組合が主に管轄する卸売や小売店、酒場やレストランなどの飲食店や歓楽街がひしめき、そこで働く者たちの居住用住宅が多くを占める。


 北と東にはそれぞれ建築会社や物流会社の拠点が立ち並び、嗜好品以外の、例えば服飾や城塞外の農園や牧場から運び込まれる生産品を加工する大規模な製造工場、馬車の停留所や交易商人の積み荷置き場などが存在する。

 商人が交易をおこなう競り売り区画も東側にある。東区画にも西側ほどではないが宿や飲食店も点在している。商人を顧客層にしているためか、高級な店が立ち並んでいる印象だ。


 また、一般住宅街の奥には退廃地区・貧民窟と呼ばれる……所謂スラム街もこちら側にあり、非合法な組織群は北・東区画を根城にしている場合が多い。


 全区画には上下水道が完備されており、地方都市といえどもその生活水準は決して低くない。各区画に少なくない数の衛兵が配置されており、都市外の街路も保安官が巡回している。

 その様から治安維持も()()()成り立っているように見える……どんな都市にも大なり小なり後ろ暗い事情はあるものだ。

 暗殺組合や盗賊組合などの非合法組織イリーガルギルドはどこの都市にも蔓延っているからな。他ならぬ、その都市の有力者たちこそがそういった組織に支援しているのが実情だ。綺麗事だけでコミュニティーの統治は出来ない……諸刃の剣に変わりはないがな。



❖❖❖❖❖



 サラ皇女に教えてもらった建物だが……どうやら、ここみたいだな。


 レンガ造りの四階建て、中々に老朽化が進んでいる建物だ……あるいはそう見せかけているだけか。外壁にはナツヅタだろうか……植物の蔦がその半分以上を覆っている。一階に店舗の看板が飾っており【ルース雑貨店】と書かれている。間違いない。


 幌馬車をその建物の前で停車させる。まずは1人で降り……何気ない仕草で古びたスイングドアをそっと開く。

 キィキィ……と後方で扉が軋む音がする。店内に入ると、カウンターに店番の若い男が1人だけおり、他に客は誰もいない。店番は特にこちらの様子を伺っている様子もなく、気だるそうにしている。


 サラ皇女に事前に教えてもらった合言葉を、俺は若者に近づいて告げた。



「やあ。買い物に来たんだが……『この店手製の木工雑貨と花瓶を探している』んだが」


「……。『うちは柳製の木工雑貨ならあるがそれでいいのか?』」


「いや……『出来ればエボニー製が良い』」



 男は雰囲気を変えずに立ち上がり、カウンターの机の一角を上げる。


「……少しなら在庫があるかも知れないから倉庫に来て、見てみてくれ」


 と、店の奥の扉を開いて、その中へ入るよう促した。


「そうか。気に入るのがあれば嬉しいがな」


 喋りながら扉を開けて入った瞬間――死角にいた若い女に拳銃を首元へと即座に突き付けられる。



「要件を言いな……」



 ……隠形術の使い手か。中々、良い気配の絶ち方をしていた。



「……俺はリアム・ローンツリー。ファルス・スタンレー共和国商人組合所属の商人だ。

マガフに交易へと向かう途中、暗殺者の徒党に襲われていたエレンディラ皇国第三皇女サラ=アデライード=エレンディラ様を保護し、マガフまで護衛を務めてきた。

……暗殺者は全員始末して地中に埋めてきた。外に停めてある幌馬車の荷台にサラ皇女がいらっしゃる。すぐ保護して欲しい」


 首元の拳銃に込められた圧は変わらないまま、訝しみながら女が警戒心を解かずに尋ねてくる。


「なんだと? ……嘘ではないな? 証拠は? 他の護衛士たちはどうした?」



 矢継ぎ早に詰問される。やれやれ……。

 証拠か……サラ皇女から何か預かって来ればよかったかな。



「本当だ……ハンザ共和国へと外交特使に向かう途中に襲撃を受けたらしい。

他の護衛士たちの戦況が不利と見て、セイオ森林に単身で逃げ込んだようだ。そこから出てきたところで偶然鉢合わせた。

襲撃地点に戻るのは危険とみて、皇女の許可を得てマガフまで強行してきた。だから他の護衛士の状況は分からん」


 回答として不十分だと言わんばかりの無言の重圧で睨まれる。確かに、ここまでの情報であれば襲撃者たちでも話せる内容だからな。


「証拠か……。サラ皇女は皇族伝統の印章『紫緑の実り』が刻まれた短剣ダガーを所持している。

あとは、そうだな……。ハンザ茸が好物なのと、『紅葉と旅立ちて』という歌が好きでご自身でも洋琵琶リュートで演奏が出来る……これじゃ駄目か?」


 ちなみに、と前置きしてサラ様の身なりも付け加えて伝えた。


 銃を突き付けてきた女は数秒ほどそのまま微動だにしなかったが、唐突に銃を下げた。



「……そこまでのプライベートを調べきれる暗殺者もいない、か。とりあえずは信用しよう。私はラナ。暗号名コードネームだがな。エレンディラ皇国マガフ支部秘密情報機関【ヴァルト・フックス】の一員だ」



 秘密情報機関……つまり各国に潜伏する諜報部隊だ。この女の練度は悪くない。専守防衛・他国非干渉を謳っている皇国ではあるが、決して理想に盲目になっている訳ではなく情報戦の重要さを国家単位で認識しているのは抜け目なく、正しい。



「よろしく頼む。ここは幸い雑貨店で俺も交易商人だ。だからサラ皇女を積み荷の中に入れたままこの建物に運び込みたい。構わんか?」


「わかった……ペイパー。手を貸してやれ」



 さきほど気だるそうに店番をしている……ように見せかけていた若い男――ペイパーと呼ばれた諜報員が俺の後についてくる。歩法、距離の取り方も一応プロのそれだな。


 俺は馬車の荷台から皇女が身を隠している大きめの木箱を降ろし、店内に運び込んだ。



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