【短編】呪われ公爵弟を拾いましたところ【改稿済】
『クロ殿下と剣聖ヴェイセル』にて登場するコーラルディーナの活躍を描いたとあるお話。
本編を読まなくてもわかるように?書いたつもりです。
あぁ何故!何故、異世界恋愛カテゴリーなのにここから始まるのかしら。
「おぅらぁっ!てめぇらぁっ!偽王軍になんぞビビってんじゃねぇぞぉ―――っ!!!」
※このお話のヒロイン・私、コーラルディーナのセリフ。
これでも正統なる王位継承者。北方に位置するエストレラ王国の西部にて、獣人族、魔人族、竜人族、天人族などの亜人を不当に差別、迫害する改革を打ち出し、その王位をもぎ取ったのは私の異母兄である。
さらに健康そのものであった先代父王が不審な死を遂げた。
私は反乱軍・西部辺境軍の御旗として、先代父王の娘エストレラ王国の正統な王位継承権の王女として、元夫・クリスタ侯爵子息・マティアスと共に反撃ののろしを上げた。
マティアスはふわもふフラッフィな、茶色のわふたん(狼)お耳にしっぽを持つ、至高のふわもふな茶狼族と呼ばれる獣人族だ。私は彼のことを愛しているし、彼も私を愛してくれている。だから誰よりも私に忠義を尽くし、守り支えるために夫をやめ、私の一番の騎士になってくれた。
「我らの剣は海賊王女殿下のために!!」
高台で海賊のキャプテン、通称・海のワイルドギャングから下賜された海賊のキャプテンハットをかぶる私の隣で元夫兼私の忠騎士・マティアスが叫ぶと。
『我らの剣は海賊王女殿下のために!!』
目の前に控える私の反乱軍西部辺境軍と、それに追従してくれた各領地の騎士たち、そして海賊たちが勢ぞろいしていた。
「さて、今日の獲物は憎き偽王を指示するシュテルン公爵を討ち、そしてこのシュテルン州を取り戻すことだぁ―――っ!!!」
シュテルン州は、エストレラ6大公のひとり、シュテルン公爵が治める海に面する州だ。そこで亜人迫害改革に反発し、活動していた海賊たちを私は見事に仲間に引き入れていた。
今日はそのシュテルン州の最高権力者・エストレラ王国の6大公がひとり、シュテルン公爵を捕らえるために集まっている。
王都を既に押さえ、4大公を味方につけた私たちにシュテルン公爵は、未だ抗い偽王の異母兄に付き従う男だ。他にもきな臭い噂は多く聞いていた。
中でもエストレラ王国に蔓延る犯罪組織・星の使徒とつながりがあるのだとか囁かれているのは極秘情報。
シュテルン州が面する海の向こう側は他国の領土だ。決して海を渡って外国に逃がしてはならない。だからこそ陸地だけではなく、海辺の領地の海兵隊だけではなくて、海の海賊たちも味方につけた。
『うおおおぉぉぉぉ――――っ!!!』
「全軍、突げ―――――っっ!!!」
ーーーと、言いかけたその時、その場にひどく冷静な声が響いた。
「あ、コーラル。ひとこと言い忘れていました」
「あら、どうしたの?ヨシュア」
ヨシュアは私たち西部辺境軍の仲間。ダークブラウンの髪に空色の瞳を持つ爽やかな人族の青年である。表向きは私たちの参謀を務める、片角の魔人族・ローウェンの補佐。因みに魔人族は黒く長い歪んだ角を持つ種族である。
ヨシュアの本来の姿は代々王国の闇の部分を担当している一族。王と認めるものにだけつくといわれる彼がここにいるのは、何故か私が気に入ってしまったのよね。彼が味方にいればそれほど心強いものはない。
ーーーと思って勧誘したら、その一族が一族だった。全く驚きよね。まぁ、一緒に戦ってくれる分には心強いし、偽王である異母兄側についていなくて本当に良かったと思う。
「シュテルン公爵邸は既に取り囲んでおります」
「え?」
「ですが、追い詰められた偽王は、既にシュテルン公爵邸を脱出したもようです。恐らくはシュテルン州南部のシュテルン公爵と共にセレーネー公爵家が治めるセレーネー領に逃げ込んだと考えられます」
「んなぁっ!!」
いきなり出鼻を砕かれた!!
「取り敢えず、シュテルン公爵邸を、支配下に置きましょう」
「そうね、じゃぁ行くぞぉっ!てめぇらああああぁぁぁぁぁぁ――――っっ!!!」
『うおおおおぉぉぉぉっっ!!!海賊王女殿下あああぁぁぁぁ―――っっ!!!』
―――
シュテルン公爵邸に踏み込んだ私たちに、シュテルン公爵に見捨てられ、残されたシュテルン公爵家のひとびとは抵抗をしなかった。
人族の小娘である私だけならともかく、私の後ろには屈強な茶狼族であるマティアス、そして戦闘向きではないにも関わらず天人族の猛将と呼ばれるテイカ、人族ではありながら類まれなる魔法の才を持つゴーシュ。
更には魔法も武術も堪能な黒く長い歪んだ魔人族の角を持つ魔人族、そして同じく魔法も武術も桁違いの竜人族、魔法が苦手ながらも魔人族や竜人族に勝るとも劣らない武勇を誇る巨人族たちまでいるのだから。
抵抗しても無駄だとわかっていたのだろう。
「あなたがシュテルン公爵の異母弟妹・リーンハルト、アレクシア、そしてリーンハルトの妻・メリダね」
「はい、コーラルディーナ王女殿下。我らは、シュテルン公爵である異母兄、いえもはやシュテルン公爵でもありません!かの謀反人の断罪に全面的に協力いたします!」
全く哀れなものね。権力に執着し人族至上主義を掲げたシュテルン公爵。だけれど異母弟妹には愛想をつかされ、彼に置いて行かれた臣下たちは私、コーラルディーナを掲げる西部辺境軍に全面降伏、協力を説いたリーンハルトとアレクシアに続いた。
「わかりました。一緒にエストレラ王国の真なる姿を取り戻しましょう」
『はい、海賊王女殿下』
いや、その―――。さっきからそう呼ばれているけれど、いつの間にその愛称を知ったのかしら?先に邸を包囲していたヨシュアの一族が何かやったのかしらね?
「他にシュテルン公爵家の者はいるか!」
私は海賊王女猛々しく告げる。
「あの、恐れながら」
「申してみよ、リーンハルト」
「地下牢に。その、私の異母兄がおります。恐らく逃亡したシュテルン公爵の息子も」
「母親は、シュテルン公爵夫人はどうした」
「コーラルディーナ王女殿下が王都を制圧完了の一報が届いた時には、既に屋敷から夫人の姿は消えていました。彼女はロザリア帝国に親戚がいるのです。恐らく秘密裏に出国したかと思われます」
「ーーーっ!逃がしたかっ!」
「それよりも、姫さん。まずは地下牢だ」
と、マティアス。
「えぇ。そうね。でも何故、地下牢に?それに子息まで。母親が息子をほっぽって逃げたのも納得いかないけれどその方は何か罪を犯したの?」
「いいえ。まず、公爵子息の甥は公爵夫妻から冷遇され、碌に面倒も見てもらえず、私たち異母弟妹が隔離されていた別邸で共に暮らしていました」
「正気なの?」
「私には理解できませんでした。けれど公爵には愛人がおり、夫人は公爵との息子を産みましたが、自らも愛人を囲っておりましたから」
「ぐだぐだじゃないの、それ。因みに愛人との子は?」
「おりません。私たち異母兄弟は先代の愛人の子で、もうひとり愛人の子はおりますが、公爵にはおりません。夫人も妊娠の傾向はみられませんでした。邸に残っていた愛人については既に我々が捕縛しております」
「そう。じゃぁ、後はあなたたちの異母兄と甥。あれ、ちょっと待って。あなたたちの他にもうひとり、いるのよね」
公爵、リーンハルト、アレクシア、公爵弟、その他にひとり。
「はい。ですが彼は既に国を離れており、今はどこにいるかもわかりません。エストレラ王国に戻って来たという話も聞きません。先代公爵から邪険に扱われていた以上、公爵に従うことはないでしょう。恐らくは捨て置いて構わないかと」
「リーンハルト、あなたは公爵の仕事を肩代わりしていたそうね」
「はい。公爵は権力におぼれ、まともに州内の統治をおこないませんでしたから」
「公爵家にあなたのような優秀なものがいたことは幸運ですね。いいでしょう。あなたたちが私に忠誠を尽くすのなら、あなたたちを信じます」
「ありがとうございます。コーラルディーナ王女殿下」
ここはさすがに海賊王女殿下ではないわね。
「それで地下牢のあなたの女の甥と異母兄の件だけれど」
「甥は、コーラルディーナ王女殿下が王都を制圧されたとの一報が入った時に、異母兄が閉じ込められている地下牢に入れました」
「それは、何故?」
「そこが一番安全だったからです。コーラルディーナ王女殿下もご存じだと思いますが、ここ、シュテルン公爵家は代々星の使徒と浅からぬ“縁”があるのです。
公爵の息子となれば例え冷遇されていたとしても、その血を狙われる危険は多くあります。ですから一番安全な場所に隠しました」
「一番、安全?」
「コーラルディーナ王女殿下、お覚悟はありますか」
「覚悟なら当の昔に決めてきたわ。じゃなければ謀反なんて起こしていないもの」
「とても良い目です。あなたなら異母兄を任せられる気がします」
「それはっ」
「異母兄の元へご案内しましょう」
「えぇ、お願い」
―――
シュテルン公爵邸の地下。じめじめとした湿気が立ち込める。こんな場所に、子どもを?普通ならば考えられない場所。だけれど争いに巻き込まれ、星の使徒に狙われる危険のあった甥。その子を守るために必要だったという処置。
私はリーンハルトに連れられて牢の前に立った。
「紹介します。私の異母兄、エリックです。そして甥のジョスランです」
そこにいたのは両眼を黒い布で覆われたオリーヴグリーンの髪の青年だった。身に纏うのは粗末な薄着。そしてその傍らには、彼によく似たオリーヴグリーンの髪に琥珀色の瞳の男の子がいた。不衛生極まりない牢の中だが、長期的に過ごせるようにできるだけの水と食料が設けられているのがわかる。
青年の方が、エリック。そして男の子がジョスランね。
「その声は、リーンハルトか」
エリックがぼそりと呟いた。
「はい、エリック兄さん。コーラルディーナ王女殿下をお連れしました」
「コーラルディーナ?」
「この国の、エストレラの女王となる女よ。エリック。あなた、私について来る気はない?」
「俺は無理だ。お前も俺のような呪われている男は嫌だろう」
「あなたは何故、呪われているの?」
「そこにいるのは、リーンハルトとお前だけか」
私に“お前”なんて言うひとは新鮮ね。そのツンケンした態度も不遜な態度も、ちょっとだけ面白いわね。
「私の騎士・マティアスがいるわ」
「兄さん、問題ない。コーラルディーナ王女殿下、ここに魔眼、もしくは邪眼保持者はいませんね。隠せば大変なことになりますのでご注意を」
「いないわ。私もマティアスも、そんな物は持っていないわ」
「それでは」
リーンハルトが告げるとエリックがゆっくりと黒い布を外した。
私にはわかった。それは、何の変哲もない、切れ長の琥珀色の双眸。しかしその目に宿るものは王族の血を持つからだろうか、何となくわかった。
「あなた、魔眼の保持者ね」
「そうだ」
「私の仲間には魔眼の保持者も多くいるの。魔人族の仲間も多いから。だからそんな物で脅かそうとしたって無駄よ」
「違う。俺の魔眼は“破邪眼”だ」
―――破邪眼。聞いたことがある。見ただけで魔眼や邪眼を破壊してしまう、特別な魔眼。魔人族や高レベルの者たちには効きにくいと言うけれど、それは人族系の魔眼保持者にとっては致命的なもの。星の使徒は元来、魔眼や邪眼を人工的に宿らせる研究をしていると聞いた。そんな彼らにとって彼は諸刃の剣。彼が生かされているのは、彼らの研究にとって何かの役に立つかもしれないと考えられたからだろう。だからこそ星の使徒とつながりのある歴代公爵は彼を幽閉したのね。そして彼の側ならば、星の使徒が操る魔眼も跳ね返せる。だから甥っ子おを守れるとリーンハルトはふんだんだわ。
「構わないわ。私、いいものを持っているの」
「いいもの?」
「じゃっじゃ~ん!これはどんな魔眼邪眼の効果もシャットアウトし、自らの魔眼邪眼の効果も抑えるマル秘ステキなアイテム・メガネよ!」
私は何の変哲もないメガネを取り出した。
「そんなものを、どこで?」
「私、西部辺境軍の御旗を務めているの。その決起場所は元夫の実家である西部辺境のクォーツ州クリスタ領。既にクォーツ州のクォーツ公爵には協力を取り付けてあるわ。クォーツ公爵は私たちの支持者。そしてその忠誠の印にこのメガネをもらったのよ。こんなものどこで役に立つのかもわからなかったし、クォーツ公爵弟も呆れていたけれど、こんなところで役に立つとは思わなかったわ」
「一体、そのクォーツ公爵は何を考えているんだ」
「さぁ?あのひとの真意は底知れないわ。私たちがこうして反乱を起こすことを見越したように支援してくれて、その上私とあなたが出会うことを予期したかのように私にこれを持たせた。あなたと私が出会うことは運命だったのよ。エリック。今こそその薄暗い牢から出る時よ。そして私に付いてきなさい。一緒に日向を歩くわよ。私はあなたと一緒にクイーンロードを歩みたい。あなたが欲しいの」
「こんな、俺を?何故だ」
「そうね。一目惚れかしら。私、あなたのその琥珀色の瞳が好きだわ。だって曇りのない、とても真っすぐな目をしているんだもの。思わずときめいてしまうほどにね。あなたが欲しい。そう、感じたの」
「お前は、女王になる気なのか」
「えぇ、なるわ。そのためにあなたが必要なの。一緒に行きましょう」
私は、エリックに向けて手を差し伸べた。その手をエリックは、躊躇いながらも取ってくれた。
これが、私とエリックとの出会い。
―――
後に、山賊女皇の愛称をほしいままにしたコーラルディーナはセレーネー州を制圧し、エストレラ王国を統一した。
そして彼女の異母兄である偽王とその妻・シュテルン公爵妹、シュテルン公爵、セレーネー公爵家の筆頭関係者の処刑を持って、無事に女王陛下に即位した。
またエリックの甥はまだ幼く、虐げられた身であったことから、その血を再び利用されぬよう公爵家から除籍の上国外追放となり、しかるべき者の手に預けられることとなった。
そして、コーラルディーナから賜ったメガネをかけたエリックはシュテルン公爵の爵位を継承してコーラルディーナの王配となり、公私ともにコーラルディーナを支える存在となるのは、また別の話である。
※ヨシュアの正体については、『クロ殿下と剣聖ヴェイセル』本編を読むと何となくわかります




