43.赤石の夜
どうしよう。
部屋に二人っきり。目の前には2組のお布団が敷いてある。寝るには少し早いだろう。
しかし、寝るのか。優香と2人で。いや寝るに決まっている。明日もたくさん歩かなくてはならない。寝ておかないともたない。誰と寝るのか。優香とに決まっている。・・・
隣を見ると優香がいる。当り前だ。同室だし。俺たちは婚約者だ。今日何か起こっても全然不思議じゃない。
むしろ何か起こるほうが自然かもしれない。成り行きに任せようか。
いや、ダメだ。先ほど優香にも言ったじゃないか。襲わないって。襲わない、ということは優しくすればいいのか。いや優香は巫女だ。そんなことをすれば巫女の力を失ってしまう。絶対だめだ。待っている他の子たちにも示しがつかない。
だめだ。お風呂でのことがあり落ち着かない。先ほど優香がすっきりしたようなことを言ったが、二人っきりの部屋で布団を前にするとやっぱり意識してしまう。優香も落ち着かないのかそわそわしている。
「せ、先生」
「な、なんだ。」
「いえ・・・別に・・・」
「あの、私以前にクラスの男の子から告白されたことがあるの。」
え、いきなりなんだ?そりゃ優香なら一度や二度の告白もあったのだろう。ちょっとやきもきするけど。
「それでどうなった?」
「もちろんその場で断ったわ。その男の子のことは別に好きでもなかったし。」
「そ、そうか。よかった。ん?よかったのか?」
「私断ってよかったなーって、今思うの。」
「今?どうして?」
「私先生のことが好き。こんなに誰かを好きになるなんて思ってもなかった。あの時なんなくOKしてなんとなく付き合ってたら今こうしてないだろうから。」
「うん、そうかもしれないな。」
「だからよかった。私は今が幸せ。今こうして好きな人と一緒にいることが幸せなの。」
「俺も優香が好きだ。俺も幸せだぞ。」
優香が近づいてきて俺の肩にもたれる。
「先生、ごめんね。その、我慢、してくれてるんでしょ。」
「まあ、そうかな。」
「やっぱり否定しないのね。でも今はまだ駄目よ。私たちが良くても他の子たちに悪いわ。」
「ああ、わかっている。俺もみんなの先生だ。元の世界に帰すことを諦めちゃいけない。そこは任せておけ。」
「さすが先生。私が見込んだだけのことはあるわ。ちょっと頼りないところもあるけどね。」
優香が悪戯っぽく笑う。俺は肩で優香を軽く押して答える。
先ほどまでのギクシャクした緊張がなくなった。2人は笑顔で見つめ合う。
「なあ、優香あのコップの持ち主、どんな人だと思う?」
「やっぱり私と同じ女の子なんじゃないかな。巫女として呼ばれたんだと思う。」
「その可能性が高いよな。でも会えたとしても俺たちと同じで特に情報が無いかもしれないな。」
「うん、でもお互いの状況を知るだけでもいいと思う。もしかしたら1人で寂しがってるかもしれないし。それに私たちには転移があるんだから、いざとなれば助け合えるかもしれない。」
「そうだな、もし困っていることがあったら助けてやりたいよな。」
「私たちには先生がいたからこの世界の大人たちともうまくやり取りができた。でも女の子一人だったらとてもそうはいかないわ。」
「そのあたりは俺も一人の社会人として頑張ったからな。みんなを守りたくて。」
「私のことも?」
「ああ、もちろん優香のこともだ。」
部屋に戻った俺たちは最初こそぎこちなかったが、話をしているうちにうまく緊張がほぐれてきた。昼間歩き通しだった疲れと夕食後の満腹感でさすがに眠くなってしまい、そのまま布団に入った。
残念ながらその夜も何も起こらなかった。
「ふぁ~。おはようーございましゅ~。」
朝、目が覚めて布団でぼんやりしていると優香が起きてきた。
「ああ、おはようって、前、はだけてるぞ。」
宿の寝間着を着ていた優香だが夜のうちに帯紐が解けてしまっていた。おかげでおなか側の縦のラインが丸見えだ。胸まで半分見えている。
「えっ。きゃっ!」
優香が悲鳴を上げて寝巻の前を合わせる。昨夜お風呂で抱きしめたけど、見られるとやっぱり恥ずかしいのか。
「もう、朝から変な目で見ちゃダメです。」
いや、変な目って。それに見たというより見えてしまったんだが。
「おはようございます。」
「おはようございます、秋田さん。」
秋田さんと食堂で合流し、朝食を食べて頼んでおいたおにぎりを受け取る。今日のお昼ご飯だ。
「荷物を纏めたら早速出発しましょう。」
「私たちは準備できているのですぐに出れますよ。」
「それじゃ、鈴さん。お世話になりました。」
「こちらこそご利用ありがとうございました。こちらに来ることがあればまた寄ってくださいね。」
「はい、是非寄らせてもらいます。」
「おねえちゃん。ばいばい。」
「はい、ボクも元気でね。ばいばい。」
俺たちは宿を出る。今日もいい天気だ。
「秋田さん、今日はどこまで?」
「今日は摂津を目指します。少し距離があるので頑張りましょう。」
「よし、優香、行こう。」
「はい。」
俺たちは東に向かって出発する。
俺たちの姿を建物の陰から伺う視線には誰も気づかなかった。
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