41.赤石再び
かもめ屋に到着した俺たちは部屋に案内される。
「優香、部屋割りだけど、どうする?なんなら俺が秋田さんの部屋に行って優香が一人でここを使ってくれてもいいけど。」
「う~ん、どうしよっかな~。先生は男同士がいい?それとも・・・」
「お、俺はもちろん、こ、このままがいいな。優香が良ければだけど・・・」
「うん。いいわよ。せっかく旅に来てるんだし、私だって二人っきりの時間がほしい。」
優香が甘えたように上気してこちらを見てくる。そんな目をされたらいつもの可愛さに色っぽさが混ざってドキドキする。
「じゃあこのままということで。よ~し、頑張るぞ。」
「ん?何を頑張るんですか~?」
優香が俺の顔を覗き込むように見てくる。
いやいや、なにも優香とのナニを頑張るわけじゃないぞ。優香が隣に寝ていても手を出さないように自制することを頑張るんだ。好きな女の子と一緒に寝るのだ。俺だって健康な男子。気を許せばダークサイドに落ちてしまう自信がある。
俺が勝手に妄想していると、
「先生、荷物を置いたら神社に行ってみませんか。」
「そうだな。時間もあるようだしそうするか。」
モンモンと気をもんでいても仕方がない。何か他事をすれば気がまぎれるはずだ。
俺たちが部屋を出ると秋田さんも自分の部屋から出てきた。
「あ、健太さん。少し時間があるので私は市場を見てきます。いいものがあれば仕入れてきます。」
「私たちは神社に行ってみます。以前お会いした神主さんがいるかもしれないので。」
俺たちは女将さんに夕食までに戻ることを伝えると、分かれて出ていった。
「確かこっちだったよね。」
「ああ、このまま真っすぐ行って左手のほうに・・・ここがは集会所か。ここに重傷者が運び込まれていたな。」
「火傷がひどい人が多くてみんなで頑張ったわ。」
「あの時は大勢出来て正解だったな。」
「集会所を過ぎてさらに行くと。あ、見えてきた。あそこが神社だな。」
まずはお参りをする。
2礼2拍手1礼
最近は慣れたもので形だけは様になっていると思う。でも信仰心が強いかというとそうでもないんだよな。もともと無神論者だし、この世界に飛ばされたことが神様の仕業だとしても半信半疑だ。だって神様を見たことがないんだから。あまり身近に感じられない。
優香のほうを見る。まだ手を合わせている。優香は神様を信じているのだろうか。
お参りを終えた優香に聞いてみる。
「変なことを聞くけど、優香は神様を信じてる?」
「もちろん信じてるわよ。今お参りしている間も神様を感じてたよ。」
やっぱりそうだよな。信じてるんだ。
「神様を感じるってどんなふうに?見たことはあるのか。」
「はっきりとした姿を見たことはないかな。感じるというのは、ふだんのお参りでは目をつぶってても周りが明るくなって、体も心も温かくなってくるの。お告げというか神託を受けた時は朧気だけど姿が見えるし声も聞こえるわ。顔はぼやけてるというかよく見えないけど。」
さすがは優香。巫女になっても部長だ。
神の力が使えるのは信仰心によるのか。優香は強い信仰により神の力も強い。俺は信仰心が薄いから普段は神の力が使えない。いや、それだけではないな。この世界でも信仰の厚い人はいるだろうけど、特に力は無い。今までに見たのは由美さんだけだ。素質とか選ばれるとか条件がありそうだ。
「先生は神様を信じてないの?」
「全く信じてないわけじゃないけど、感じることができないんだ。」
「立野の悪霊や天狗退治のときはどうだった?」
「あの時は確か神様に願ったと思う。でも夢中だったからよく覚えていないんだ。」
「そう・・どこかで神様に会えるといいね。」
「うん、そうだな。」
お参りを終えて社務所に来た。
「こんにちは、誰か居られますか?」
しばらくするとお爺さんが出てきた。神主さんだ。
「はて、あんたはたちは?」
火事の時は優香が巫女服、俺も神主の服だったので着物姿ではわからないのだろう。といってもこちらもあまり覚えていないが。
「火事の時にこちらに伺った健太です。こっちは巫女の優香です。」
「ああ、あの時の巫女さん達か。その節は町を救ってもらってありがとう。」
「その後お変わりありませんか?」
「おお、おかげさんであれだけの火事だったのに亡くなった人がいなかったのは奇跡じゃ。これも巫女さんのおかげじゃ。火事の焼け跡も復旧工事が進んどる。このままいけば大丈夫じゃろ。」
「よかったですね。あの時頑張った甲斐がありました。」
頑張ったのは俺じゃなくて優香たちだけど。
「今日は珍しいお客さんが続くな。先ほども若い娘さんが来ていてお参りしていたところじゃ。」
知り合いだろうか?
「ほれ、そこに」
神主さんが拝殿のあたりを指さすが誰もいない。
「はて、先ほどまでいたはずじゃが?」
誰か知らないが、もう帰ったのだろう。
「さて、今日は何か用事で来られたのか?」
「いえ、旅の途中で寄らせた貰ったんです。ところで、変なことを聞くようですが、神主さんは神様を信じていますか?」
「ほっほっほっ。儂は神主じゃ。もちろん神様を信じておるぞ。」
「そうですよね。もしかして神の力を使えるとか?」
「いやいや、それは無いな。残念じゃが。それに力が使えるのは巫女と決まっておる。」
やはりそうなのか。男は力が使えないのだ。
俺たちはしばらく雑談して神主と別れた。
「先生、今日はどうする。転移で姫豊に戻る?」
「いや、今朝出発したばかりだし、マーキングもできてるし。戻らなくてもいいだろう。」
マーキングとは転移拠点の確立ことだ。一度来た神社なら転移できるはずだが、実際に転移を使えば確かなものになる。
「じゃあ宿に戻るか。」
「あ、おねえちゃん。おかえり。」
「健太さん、優香さん、お帰りなさい。夕食には少し時間があります。よかったら先にお風呂に入ってください。用意できていますよ。」
鈴さんたちが出迎えてくれた。
「ありがとう。じゃあお風呂にさせてもらおう。よく歩いたから汗と埃でベトベトだ。」
「夕食ができたらお呼びしますね。」
「お願いします。優香、行こう。」
「あ、それから・・・って行っちゃいましたね。まあ、良い仲なんだから大丈夫でしょう。」
鈴さんの言葉は最後まで届かなかった。でも顔はニコニコしている。
「おかあさん、何かうれしいことがあった?」
「うん、昔のことを思い出して。お母さんもあんな頃があったなーって。」
「よくわからないや。でもお母さんがうれしいなら僕もうれしい。」
「まあ、ありがとう。今はあなたがいてくれたらそれで幸せよ。」
鈴さんは息子の小さな体を抱きしめた。
「じゃあ、先生。また後でね。」
俺たちは男湯、女湯の暖簾をそれぞれくぐる。服を脱いで浴室へ入るとあっと驚いた。
「っせ、せんせいっ」
脱衣場が分かれていたので安心していたが、浴室は大きめの湯船が一つあるだけで男湯、女湯が分かれていない。
2人は目を合わせて驚いたが俺の視線はすぐに下に走る。小さな手ぬぐい一枚で大事な部分は何とか隠している。でも肩も腕も腰も足も全部見えている。もちろん手ぬぐいで隠れた胸は豊かなボリュームで手ぬぐいを押し上げていた。俺は慌てて顔を背ける。
「わ、悪い。俺は出ているから優香1人で入ってくれ。」
「は、はい、え、ダメよ。服も脱いだんだし風邪ひいちゃうよ。ほら、お互い隅っこに入れば大丈夫だから。」
優香がササッと湯船に向かう。
(あっ)
優香の背中もお尻も丸見えになった。俺は慌てて後ろを向く。
素早くかかり湯をした優香が湯船に入ったようだ。
「先生、もう大丈夫よ。早く入って。」
浴室は薄暗く湯気も出ているので離れていればはっきりと見えない。
「そ、そうか。本当にいいのか。」
「だから大丈夫ですから、早く・・・」
優香は女湯側の端で浸かっている。俺も反対の端で掛かり湯をすると湯船に浸かった。
「あーびっくりしたな。優香、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ。」
「そういえばこの世界の風呂は基本混浴なんだな。以前泊まった宿でも男と女で時間を分けて入ったよな。これからは気を付けないと。」
しばらくすると少し落ち着き2人はゆっくりと温まる。
「ねえ、先生。前にもこんなことがあったの覚えてる?」
えっ、以前にも2人で風呂に入ったっけ?
「ほら、お爺さんお婆さんのところに世話になっていた時、私が洗い場で体を拭いてると、先生が飛び込んできたことがあったでしょ。もう忘れたの?」
「いや、もちろん覚えてるさ。あの時は屋根の修理をしていて夕立にあってびしょ濡れになったんだ。慌てて飛び込んだら優香が居たんだ。」
「私、恥ずかしくってしばらく動けなかったんだから。」
「そうなのかゴメン。あの時は俺も慌てたな。でも少し前のことなのにすごい昔のように感じる。」
「そうね、いろいろあったから。でもあの時、私思ったの。絶対先生に責任取ってもらうって。」
ま、まさかそんなこと思ってたのか。もしあの時洗い場にいたのが優香以外だったら別の展開になっていたのか。こうして一緒に風呂に浸かっているのも菜々美や桜だったかもしれない。
「先生、変な妄想はだめだよ。私たちはきっとこうなる運命だったのよ。」
別に変な妄想はしてない・・と思う。
でも少しづつ小さな偶然が重なって今の俺たちがあるのだろう。それは優香の言う通り運命なのかもしれない。
その時、脱衣場の方から話し声が聞こえてきた。まずい、誰か入ってくるのか。
(優香!)
俺は優香に目配せをすると優香もわかったようで立ち上がろうとする。しかしタイミングが悪く戸が開けられると数人の男が入ってきた。もう無理だ。
俺は優香に駆け寄ると肩を抱いて湯船に浸からせる。
「ああ、今日は疲れたな。風呂でゆっくり休もうぜ。」
「おう、そうだな。ん、先客が居るのか。」
俺は優香の肩を抱いたまま、湯船に浸かっている。目の前には手ぬぐいで胸を隠した優香の顔がある。優香も恥ずかしくて目をつぶっている。くっついている俺に対して恥ずかしいのか、入ってきた男たちに対して恥ずかしいのか、多分両方だろう。
「はい、先に使わせてもらってます。」
黙ってるのも変なので挨拶代わりに言葉を交わす。
「なんだ、女連れか。」
その言葉に優香がぴくっと反応する。湯けむりではっきりとは見えてないはずだがシルエットでわかるようだ。
「ええ、うちの嫁さんなんですよ。あまり見ないでくださいよ。」
「あ、あんたの嫁さんか。娘さんなら見たい・・いや、なんでもない。」
俺は振り向いて男の方を見る。2人連れの男だ。一人はチラチラとこちらを見ている。
(優香の肌は見せてやらないぞ)
俺はさらに優香を抱き寄せた。
(あっ)
優香の驚きが伝わる。俺の体に胸が当たっている。押しつぶれるくらいに。顔も目の前だ。優香は伏し目がちに下を向いている。最初は優香を守る気持ちが強かったが、だんだん優香を意識する。
(あ、だめだ。)
男として反応してしまった。
俺は抱きしめた腕の力を抜くと体を引く。後ろを向くと男たちはまだ入っている。なんだかのぼせてきた。でも男たちの視線があるのでここで離れたり湯船を出たりはできない。
(はやく、出て行ってくれ)
男たちはしっかり浸かり、出ていったのはたっぷり30分はたった後だった。




