40.旅の始まり
朝日が眩しい。さあ、今日から旅の始まりだ。どこに行くのか知らないけど。
「秋田さん。秘密かもしれませんが、とりあえずははどこを目指しますか?」
「はい、今日のうちに赤石に行こうと思います。」
赤石か、そこまでなら転移で行ける。以前に大火事の救助で行っているからだ。
(優香、どうする?赤石なら転移できると思うけど。)
(そうね。私たち2人だけならそれでもいいけど、秋田さんがいるし。)
(秋田さんが一緒でも転移できるだろう?)
(そうだけど、こちらの手の内を見せたくないというか、知られて頼られるのも困るし。)
(じゃあ、このまま歩くか。どうせその先は歩きだからな。)
「えーっと。何かありますか?」
秋田さんが俺たちのごにょごにょ話が気になったのか声をかけてきた。
「あーすみません。長旅は初めてなので少し不安になって。それにしても今日はいい天気ですね。」
「はい、絶好の旅日和です。私は行商で旅慣れてるので何でも聞いてくださいね。」
「ありがとうございます。頼りにさせてもらいます。」
転移は神社間で行うが、一度行ったところでないと飛べない。だから今回の旅も帰りは転移できるが行きは歩くしかない。もちろん馬や馬車という手もあるが素人だし、秋田さんのペースに合わせないといけないので徒歩一択だ。
転移には距離の制限はあるのだろうか。今までは姫豊と近隣の町にしか飛んだことがない。今回の旅行ではそのあたりも検証してみよう。
街道を歩いて進んでいくわけだが行きかう人はほとんどが徒歩だ。馬や籠も通るがたまに馬車も通る。もちろん道は舗装されてないのでデコボコだ。雨が降れば水たまりができるだろう。ましてやこの時代、靴などないのでみんな下駄か草履を履いている。俺も草履で歩いているが長時間歩くと辛くなってくる。
疲れもあるが足が辛い。歩くペースが落ちてきた。
「お昼にしましょうか。」
秋田さんの言葉で昼休憩となった。俺たちは適当な場所に腰を下ろし、それぞれ持ってきたおにぎりを頬張る。
「はぁー」
「健太さん、どうしました。疲れましたか?」
「いや、疲れたというより足が痛くて。」
草履で長時間歩いたため、血豆ができてしかもつぶれている。草履にも血が付いている。まだ半日しかたってないのにこれだ。これが1か月も続くのか。
「先生、見せて。血が出てるじゃない。治療しておきますね。”回復の術”」
すぐに血が止まり痛みが引いていく。
「ありがとう優香。楽になったよ。」
「こんなにひどくなる前に言ってくださいね。」
「草履だときついな。やっぱり俺はこれにするよ。」
俺は荷物からスニーカーを取り出し履き替えた。
「だいぶくたびれてるけど、慣れてるのがいいな。」
「私もこっそり回復をかけてたけど、こっちにする。」
優香もスニーカーを取り出した。
俺も優香も服装は簡単な着物だ。町人っぽい服装に合わせて草履をはいていたわけだ。まさか巫女や神主の服で旅をするわけにいかないからな。着物にスニーカーは似合わないが俺がグレーで優香がベージュ色なのでそれほどは目立たない。原色やパステルカラーならやばかった。
「秋田さんは足は大丈夫ですか?」
「全然平気ですよ。足袋に草履が定番ですね。」
この世界の人は足が強いのか。靴擦れというか草履ずれにならないようだ。まあ、原始人は裸足だったんだろうけど、それから思えば慣れの問題かもしれない。
「ん?」
その時俺はふいに視線を感じて顔を上げた。周りを見渡すが、特にそれらしい人はいない。
「先生、どうかしましたか。」
「いや、なんでもない。」
気のせいだろう。
昼飯を食べ終えた俺たちは赤石の町に向けて出発した。
「やっぱりスニーカーは歩きやすいな。」
「はい、草履だとどうしても足が痛くなります。」
「お2人とも変わった履物ですね。やはりあのコップのような特別な技術で作られているのですか。」
「そうですね。ここでは素材も無いし同じものは作れないでしょう。ゴムに代わる素材があれば似たようなものが作れるかもしれませんが。」
「そのゴムとは何ですか。」
「ほらこれです。」
俺は足を持ち上げて靴底を見せた。
「ちょっと触りますね。ふむ、弾力があって丈夫で。確かにこんなものは見たことがありません。でも皮革なら近い感じがします。」
「もし似たようなものが再現できればきっと売れると思いますよ。」
秋田さんの目が光った。商人魂に響いたようだ。
「ん~。ああでもない、こうでもない、・・・」
秋田さんは歩きながらぶつぶつ呟いている。靴作りに気がいっているようだ。
道行く人々を見る。みんなゆっくりしたものだ。現代の日本人は時間に追われせかせか動き回るのが当たり前だった。でもこの世界では、みんな自分なりのペースで歩いていて、焦ったような人はいない。
ここは時間自体がおおざっぱだ。日が昇れば起きて日が沈めば家に帰る。時計を持っているのはお殿様とか、かなりの有力者だけだ。
一般の人は時計なんか持っていない。街中では鐘の音が時を知らせてくれるが旅の道中では時刻を知るすべはない。おてんとうさまの高さで判断するのだ。後は腹の虫も頼りになる。今はおなかが膨れているけど。
スニーカーに履き替えて歩くペースも上がり順調に進む。
「もうすぐ赤石の町ですよ。」
秋田さんが教えてくれる。
「ここは少し前に大火事がありました。怪我人もたくさん出たのですが巫女様が助けてくれたと聞いています。大変感謝されてそれ以来、神社の参拝者が増えたそうです。そういえば優香さんも巫女様ですがもしかして?」
「はい、多分私たちのことだと思います。あの時は確か巫女6人で救助に行きました。」
「そうですか。優香さんは町を救った英雄ですね。一緒に旅ができて光栄です。」
「いえいえ、英雄なんてそんないいものじゃないですよ。それに今は旅人です。巫女のことはなるべく伏せておいてください。」
「そうですね。わかりました。さあ、町に入りますよ。」
俺たちは赤石の町に着いた。中心部に向かって進んでいく。火事現場あとに差し掛かる。燃えた建物は取り壊されており、新しい家が建築中だ。みんな生き生きと働いている。
「あっ、みこのおねえちゃんだ。」
男の子が優香のところへ駆け寄ってきた。後ろからお母さんらしい女性がついてくる。
「巫女様、ご無沙汰しております。鈴といいます。火事の時には大変お世話になりました。おかげさまで息子ともども元気で暮らせております。」
火事の時に治療した母子だ。たしか火事で全部燃えてしまったと聞いたが。
「そうですか。ボクも元気そうでよかったね。」
「うん、ありがとう。いま、ぼくのあたらしいおうちをたててるんだ。はやくできないかな。」
お金の工面ができたのだろうか。
「もうこの子ったら。お家といっても自分の家ではないんです。もともと借家暮らしなんですが、大家さんが燃えた借家を立て直しているんです。工事が終わればそこに住む予定です。」
「そうでしたか。早くできたらいいですね。今はどうされているんですか?」
「旅館で住み込みで働かせてもらっています。旅館といっても”かもめ屋”という小さな宿屋ですが。」
「秋田さん、今日の宿は決まってますか?」
「いえ、今から決めようと思っていたところです。”かもめ屋”も知っていますよ。」
「鈴さん、もし空きがあるようなら今晩宿泊できますか?」
「はい、空いているはずです。私も戻りますのでご一緒しましょう。」
「おねえちゃん、ぼくがあんないしてあげるよ。」
「あら、ありがとう。偉いわね。」
「ここだよ。」
俺たちはかもめ屋に着いた。
「いらっしゃいませ~って、鈴さんか。」
「女将さん、お客様です。」
女将さんと呼ばれた人は、40代くらいの痩せた女性だ。
「あら、3人さまですか。ようこそかもめ屋へ。」
「女将さん、この方は以前の大火事で世話になった巫女様です。」
巫女のことはできるだけ伏せようと思っていたが、この流れでは難しいな。
「そうかい、あんたたちが火傷を治してもらったっていう。大したもてなしはできないけどゆっくり休んでください。部屋はどうされます。2部屋?3部屋?」
「この2人は良い仲なので1部屋と、私用に1部屋お願いします。」
俺と優香は顔を見合わせたが否定はしなかった。




