4.状況整理
現在の状況を再確認する。
俺たちはソフトボールの練習試合に行くためにマイクロバスで他校への移動中だった。
山間の峠のトンネルで不思議な光に包まれて気を失ってしまった。
バスのエンジンは止まっている。
しかし交通事故に巻き込まれたわけでもなさそうだ。
しかしこれは・・・?
バスの周りは薄暗いものの、トンネル内ではない。窓の外には木々が茂って見える。
それにトンネルどころか道路もない。
周りは静かだ。
スマホを確認すると時刻は表示されているが、電波は圏外になっている。
朝8時に出発して1時間程度バスで走り、トンネルの中にいた時から1時間程度たっているようだ。
現在10時過ぎ。
バスのエンジンキーを回してみるが全くかからない。
もう一度、部長の優香を起こしてみる。
「おい、優香、大丈夫か?起きてくれ。」
何度か声をかけるうちに優香がうっすらと目を開けた。
「あれ?先生?私どうしたんだろう?」
優香がボーっとしながら起き上がる。
そして、周りの状況をみて首をかしげる。
「先生、ここはどこですか?」
「俺もわからない。気を失ってしたようで、少し前に気が付いたところだ。」
「たしかトンネルの中で怪しい光に包まれて・・・。」
「優香は体のほうは大丈夫か?」
「少し頭がぼやけてますが、どこもケガはないようです。」
優香は自分の体を触りながら確認をする。
あっ、と気づいてはだけた胸のボタンを留めてちらっとこちらを見る。ドキドキ。
俺は視線をそらしてごまかすように、「ほかのみんなも起こそう。」といった。
やはりみんな気を失っていただけで大事はなさそうだ。
「どうなってるの。」「早く帰りたい。」「怖いよ、お母さん・・・。」
起きたみんなは不安を口にする。
「大丈夫よ。何とかなるわ。先生もいるんだし。」部長の優香がこちらを見る。
俺は内心不安でいっぱいだったが、無理して笑顔で頷いた。
「私に任せなさーい。不思議な感じだけど少しワクワクしてきちゃった!」
4番サードの桜が明るい声で言った。
「私これ知ってるかも~?」
そう言ったのは1年の高橋楓だ。ポジションはファースト。
背が高いのでファーストになったらしい。
「気が付くと知らないところにいたということは~。」
「いうことは~?」隣に座っている1年生吉田芽衣が相槌をいれる。
ポジションはセカンドでファーストの楓とは仲良しコンビだ。
「ズバリ、異世界転移でしょう。」
「「「異世界転移?」」」
みんな注目して聞いていたが、声を合わせて聞き返した。
「私の好きなアニメではよくあることです。ある日突然、異世界に飛ばされるのです。」
「ちっ!いい加減なこと言いやがって、何か証拠はあるのかよ?」
ガラの悪い言葉で理央が聞く。
2年センター山本理央。いわゆるヤンキー娘だ。
両親は幼いころに離婚し、母親と義父に育てられたが義父との折り合いが悪く、家にもあまり帰っていないようだ。
上級生と揉めて行き場をなくしたピッチャー木下真紀と1年の林富美の3人でよくつるんでいる。
といっても1年の富美はパシリのようだが。
怖い先輩の理央に責めよられたが、明るい性格の楓はめげない。
「こうすればわかりますよ。」
楓は右手を開いて前に突き出すと叫んだ。
「ステータスオープン」
みんな楓に注目しているが、何も起こらない。
「あれ?おかしいな~。ステータス!ウィンドウ!・・・」
「楓やっぱり異世界なんかじゃないんだよ。」隣の芽衣が諭すように言った。
「お前は夢でも見てろ!」ヤンキー理央がそらみろという顔で返す。
「理央あんまりきつく言わないで。」ピッチャーの真紀が言う。
真紀は根っからのワルではない。居場所をなくして拗ねているだけだ。
「そうそう、今の状況はよくわからないけどみんな協力して乗り切りましょう。」
流石、部長の優香がまとめる。
「みんな、不安なのはわかるが、そのくらいにしてくれ。俺は今からバスの外を見てくる。」
俺は状況確認のために外に出ることにした。
バスは周りを木に囲まれているし、第一エンジンがかからない。歩いて外に出るしかない。
「先生、私も行きます。」「私も」部長の優香と4番サードの桜が言う。
俺は危険度がわからないため迷ったが、優香と桜の提案を受け入れる。
「わかった。2人とも頼む。ほかのみんなはここで待っていてくれ。くれぐれもバスから出ないように。」
俺は試合用に持ってきていたペットボトルのお茶を全員に配って自分用にも持っていく。
「先生、念のために。」優香が後ろの席からバットを3本持ってきた。
「よし行こう。」
先ほどは楓が異世界転移などと言っていたが、俺はここが日本であると思う。
周りの木々や草が自分が見知ったものであったからだ。
バスを降りた3人は周囲の様子をうかがう。
「先生、どうしましょう?」優香が聞いてくる。
はっきりとした高低差がある山なら、山裾へ向けて降りていけば、集落なり道路に出ると思われる。
しかし今いる地形は高低差がはっきりしなかった。
「どちらか方向を決めて進んでみよう。何か変化があるかもしれない。無理をせずにいつでも引き返せるようにしよう。」
「「はい。」」
比較的ひらけたバスの前方に進路を決めて、俺たちはゆっくりと進んでいった。
ケガに気を付け、帰りの体力も考えながら進む。
「桜、なんだか大変なことになったね。」
「そうだけど、私ワクワクする。」優香の言葉に桜が返す。
「なんだか冒険してるみたいで楽しい。」桜は神経が太いのか、子供っぽいのか。
俺は足元から手ごろな石を拾って横の木にキズを付ける。
「先生、何やってるんですか?」
「迷わないようにね。帰りの道しるべだ。」
俺は山歩きは慣れている。
ど田舎で育った俺は、山が遊び場だった。
じいちゃん子だった俺はいろんな山遊びを教えてもらった。
おかげである程度に山の知識もある。
「ぷはぁ~」1時間以上歩いた俺たちはペットボトルのお茶を飲みながら休憩していた。
「さすがに少し疲れたな。」
「え~。歩いただけなのに。先生運動不足ですよ。」
毎日部活動で鍛えている2人に比べると、自分の体力の無さを感じる。
「そうだな。帰ったら、俺も練習頑張るか。」
「先生には無理じゃないかな~。」桜に笑われた。
空振りの悲劇が脳裏に蘇る。
「ふふ、そうかも。」「2人ともひどいな。」3人で声をあげて笑った。
「さて、大して収穫もなかったけど、ここで引き返すか。おなかも空いてきただろう。」
「そうですね。」
俺たちが立ち上がった瞬間、前方の草むらがガサガサと揺れた。
俺は咄嗟にバットを握りしめる。
日本の野生動物で怖いのは熊だ。本州ならツキノワグマ、北海道ではさらに大きなヒグマがいる。
子供のころ熊の目撃情報が出ると山には入らなかった。
山に慣れたじいちゃんでも一緒だ。
俺は警戒して前方の草むらを見つめた。