39.旅に向けて
その夜、俺と優香が転移者に会いに行くことを伝えるとみんなからあっさりOKがでた。
「たまにはいいんじゃないの。2人とも頑張ってきたんだし。」
「そうそう、新婚旅行みたいなものね。」
「それを言うなら婚前旅行かな。」
「婚前旅行って。危険なにおいがする。」
「やっぱりやめとく?」
「ううん、私たちは大丈夫だから。」
「おいおい何を言ってるんだ。旅行といっても転移者の情報を探りに行くんだぞ。」
「そうかもしてないけど、情報があればよし、なくてもいいよ。せっかくだから楽しんできてよ。でも次は私の番だからね。」
桜が笑顔で押してくれた。優香と真紀と桜の3人が抱き合っている。3人は同い年ということもありいい友達だ。そういえば真紀にもいい人ができたらしい。達彦さんと忠長さんの知り合いで文官だそうだ。武術はからっきしだが頭が切れるらしい。
「俺たちの留守の間は悪霊や妖怪が出ても討伐はやめておいてくれよ。もし何かあってもみんなで助け合って頑張ってくれ。」
「ああ、アタシがいるから大丈夫だ。任せておけよ。」
「理央、頼りにしてるぞ。」
こんな時は強気の理央が頼りになる。
翌日、俺たちは旅の準備を整え、河田奉行と神社の玉田さんに挨拶をした。
そして夕方、優香と一緒に姫豊荘に行く。
「こんにちは、こちらに秋田さんという行商人の方が泊まられていますか?私は姫豊神宮の森健太といいます。」
「ああ、行商人の。確かに宿泊されてますね。部屋を見てきますのでお待ちください。」
女将さんだろうか。年配の女性が話を聞いてくれた。
すぐに秋田が出てきた
「秋田さん、こんにちは。」
「ああ、健太さん。やはり来られたのですね。こちらの女性は?」
「私、巫女の優香です。一緒に旅をさせていただきます。よろしくお願いいたします。」
「優香さん。お綺麗な方ですね。お二人はもしかして?」
「ええと、そうですね。師弟関係というか・・・」
「婚約者です!」
「ははは、優香さんははっきりしていますね。私は秋田といいます。よろしくお願いしますね。」
えっ、婚約者?婚約なんかしたっけ?優香のことはもちろん本気だけど。でももし元の世界に戻れたら教師と生徒の禁断の恋になってしまう。ここはやはり師弟関係で通すほうがよくないか?それとも元の世界に帰ることを諦めこちらで生きていくか。それなら特にしがらみもないだろう。
俺がいろいろ考えていると、
「それでは明日朝よろしくお願いしますね。」
「先生、帰りましょうか。」
いつの間にか話が終わったようだ。まあ、旅に行くことは伝えたからいいか。俺たちは神社へ戻る。
「なあ、優香。俺たち婚約者って・・・」
「うん、あれね。もう面倒くさいからそういうことにしました。それとも私と婚約なんていや?」
「そうじゃないよ。ただ元の世界に戻れたら”教師と生徒の許されない恋”になっちゃうだろ。」
「別にいいよ、他の人に何か言われたって。しばらくは2人だけの秘密にしてもいいし。それに先生、もう1年もしないうちに私18になるのよ。高校卒業年齢になれば何も言われないわよ。」
確かにそうだ。教え子との恋で卒業後にくっつくという話は聞いたことがある。
「どうせ簡単には戻れないわよ。戻れなくったっていいし。私ここで先生やみんなと生きていく覚悟はできているから。」
優香は肝が据わっている。こういう場合、女性のほうが強いみたいだ。
「わかった。そういうことにするか。」
「では、先生。はっきりと言ってください。」
歩きながら話をしていたが、優香が立ち止まってこちらを見る。
「え、何をだ?」
「え~。私から言わせる気?」
「っ。」
これはあれだ。そういうことだ。今の会話や2人の気持ちはお互いわかっている。でも優香は、はっきりと言ってほしいのだ。
「ゆ、優香。俺と・・・」
「・・・」
「俺と、け・け・けっこんしてください。」
俺は恥ずかしくて目をつぶった。何故か自然に右手を差し出していた。あ~ドキドキする。
優香がその手をそっと握る。
「はい、よろしくお願いします。先生。」
俺はゆっくりと目を開けた。目の前には優香の笑顔がはじけていた。
俺も思わず笑顔になる。
夕暮れの街角に抱き合った2人の長い影が伸びていた。
「あ、そうだ。さっきの話は今すぐじゃないぞ。結婚したら、な・何するわけで、きむ・・巫女じゃいられないから、神社やほかの、みんなのことも、考えて・・・」
「大丈夫よ先生。別に焦ってるわけじゃないから。もちろん将来の話でしょ。2人の気持ちがしっかりしていれば私はいつまでも待つわ。」
「いや、いつまでというわけにもいかないけど。元の世界に戻れる、戻れないの目途が立てば動きやすいかな。」
「確かにそうね。」
もしこちらで結婚してしまってから戻れる方法が見つかると話がややこしくなる。俺たちはまだいいが、桜、理央、真紀の3人はこちらの世界の男性とお付き合いしている。結婚後に別れて帰ることになれば不幸が待っている。よく考えて慎重に行動しよう。
俺たちは自然に手を繋ぎ神社へと戻っていった。
翌朝。もう旅の支度はできている。最後に俺は薙刀を持っていくか悩んでいた。
「優香、これどうしよう?」
「うーん。何かあれば武器があったほうがいいけど、薙刀は長いだけに目立つし、手がふさがって邪魔だろうし。」
「健太さん、そんな物もって旅なんかできませんよ。」
玉田さんが見送りがてら来てくれていた。
「刀や槍、薙刀も持っていけません。武士以外は認められていないんです。そうですね、あれなら。」
玉田さんが奥の部屋から小太刀を持ってきてくれた。
「これなら懐に入るので役人にとがめられることもないでしょう。万一のために持っていかれてはどうですか。」
「ありがとうございます。私に使えるかどうかわかりませんが何もないより安心ですね。お借りいたします。」
「妖怪や悪霊の類なら巫女の力で対処できますが、野盗や山賊に襲われたら大変です。用心してください。」
「先生、頼りにしてるわよ。」
「うーん。自信がない・・・」
「それじゃみんな行ってくるよ。」
「は~い。いってらっしゃ~い。」
「お土産待ってるよ~。」
「たまには帰ってきてね~。」
たまには帰る?そうか、要所要所で転移の術を使えばすぐに行き来できるし連絡も取りあえる。すぐに転移で戻れば旅程にも影響ないだろう。なんだか安心で拍子抜けだな。
俺たちはみんなに見送られて神社を後にした。
秋田さんは宿の前で待っていてくれた。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします。」「お願いします。」
「はい、こちらこそお願いしますね。準備がいいようなら早速出発しましょう。」
こうして俺と優香、秋田さんの3人旅が始まった。




