38.生誕祭
「ではお大事になさってください。」
由美さんの案内で最後の患者が帰っていった。
今日は全員治療院でお仕事だ。
「ふー。終わりましたね。やれやれです。」
「みんな、お疲れ様。」
「しかしあのおやじはキモかったな。」
「あーあの中年太りのハゲおやじですね。私のことを上から下までじろじろ見ていたのです。」
「ゲヘヘとか言ってるし。」
「死ねばいいのです。」
「おいおい、あれでも偉いお侍さんらしいぞ。下手なことい言って耳にでも入ったら取り返しがつかないぞ。」
「いーの。その時はお殿様に言いつけちゃうもん。」
うーん。お殿様には病気治療の恩人として気に入られているから何とかなるかもしてないが、若い子は怖いもの知らずだ。女子高生最強とか言わないでくれよ。
最近は生活面は安定している。衣食住は充実しているしお給金も貰っているのでお小遣いには困らないし、少しづつ貯金も出来ている。ネット環境やスマホ、テレビなどはないが慣れてしまえばどうということもない。
ここしばらく悪霊も妖怪も出てきていないのでのんびりしている。
さて、明日は生誕祭。何でもこの世界を作った神様が生まれた日、神様の誕生日だ。
お正月もにぎわったが今日から3日間続く生誕祭には多くの参拝者が訪れる。この町だけでなく周辺の町からも大勢のお客さんが来るのだ。
「ええと、お守りにお札におみくじ、お茶にお菓子に、巫女服と」
「優香、お茶やお菓子は必要なのか?巫女服も今でも着ているんだし。」
「お茶やお菓子は私たちがこっそり食べるの。でないと一日中笑顔なんてできないんだから。私たち巫女は神社の顔だから嫌なことを言われても我慢しているのよ。今日もあの患者が私のことを触ろうとしてきたし。でも笑顔で頑張ったんだから。」
「なんだってあのハゲおやじが触ってきたのか。今度会ったら・・・」
「ううん、うまく逃げたから大丈夫だよ。先生、怒ってくれてありがとう・・・」
「ならいいけど、今度何かあればすぐに言うんだぞ!」
「うん、わかった。」
そうか、優香たちもいろいろ大変だな。
「それに巫女服も普段使いの奴じゃなくて祭事用を着るのよ。ほら。」
祭事用とやらを広げて見せてくれるが違いがよく分からない。これなら参拝者も見分けがつかないだろう。
「うーん。そんなに変わらないよ」
「よく見て!ここにリボンが付いてるでしょ。袖のデザインも可愛いし、全然違うよね。」
優香が周りの女子に問いかける。ここは間違わないように、
「ほ、ほんとだな。よく見ると全然違うよ。袴もこっちのほうがいいし。」
「袴は同じですー!」
みんなが疑いのジト目で見てくる。俺は笑ってごまかす。
「さ、風呂掃除でもしてくるかな。」
「もう終わってますけど。」
「そ、そうか、早いな。ははは。じゃあ先にお風呂いただくよ。」
もう余計なことは言わずに退散しよう。
翌朝、今日から生誕祭、早くから参拝者が詰めかけた。
「やっぱり生誕祭でお参りをするといいな。心が洗われるようだよ。」
「俺はナナちゃん押しだな。」
「俺は優香ちゃん押しだけど、最近決まった人が出来たようで悲しいよ。」
「桜ちゃんや理央ちゃんもできたらしいぞ。」
「できたって言い方が悪いぞ。赤ちゃんができたわけじゃないんだから。それに桜ちゃんはわかるけど、まさかの理央ちゃんが?まあ、俺には関係ないけど。」
理央は人気薄か。顔は悪くないがあの口調と性格が問題だな。まあ忠長さんがいるからいいだろう。菜々美は不動の人気1位というところか。それと優香を変な目で見るんじゃないぞ。
3日間みんなで頑張った。無事乗り切って参拝者もほとんど帰り昼間の喧騒がウソのようだ。。
「あ~やっと終わりだね。疲れた~。」
「足がしびれてるのです。体もバキバキです。」
「明日は休みだからのんびりするぞー。」
「みんなお疲れさま。笑顔で頑張ったな。偉かったぞ。」
俺も本殿の仕事が片付いたのでこちらに合流した。
「はい、頑張りました。お菓子が切れて泣きそうになったけど。」
あれだけのお菓子を全部食べたのか。体重は大丈夫か?
「先生、今、何考えてた?」
「いや、別に・・・」
体重のことを気にしたのがばれた?気配察知か鑑定スキルか?巫女恐るべし。
そんな時、
「はぁはぁ、遅くからすみません。今からでもお参りはできますか?」
大きな荷物を背負った30代くらいの男がやってきた。
「はい、大丈夫ですよ。今なら空いているのでどうぞ。」
「ありがとうございます。」
走って疲れたのだろうか、男はふらふらしながら拝殿に向かった。
「カランッ」
荷物が落ちた。コップのようだ。俺は拾い上げてギョッとした。えっ、これは・・・
参拝を終えた男が戻ってくる。
「あのぉ、」
俺はどう切り出すか迷っていると、
「あ、私は旅をしながら行商をしております、秋田といいます。先ほどこのそばを通りかかったら生誕祭をされているのを聞きやってきました。いまお参りと商売繁盛の祈願をさせていただきました。」
「そうですか、ありがとうございます。ところでこれは?」
俺は先ほど拾ったコップを男に見せる。
「あっ、それは。」
男は自分の荷物を確認するように振り向いて背負いを見る。
「すみません、それは私のコップです。」
「そうですか、先ほど落とされたようです。これのことを聞きたいのですが。」
そのコップはプラスチック製だ。まだこの世界にはプラスチックは無いはずだ。俺はコップを秋田という行商人の男に返して、
「これはどうしたんですか?」
「このコップは私のお気に入りです。軽くて丈夫で、ほら、落としても割れなかったでしょう。」
「ええ、そうですね。でもどこで手に入れられたんですか?」
「んー。それは・・・」
秋田という行商人は言葉を濁す。誰かに口止めされているのだろうか。
なにか情報があれば聞き出したい。元の世界に戻るヒントがあるかもしれない。
「実は私も変わったものを持っているんですよ。」
俺は羽織の内ポケットから100円ライターを取り出して秋田に見せる。
「これは透明な筒に・・・中には水が入っているようですね。それにこの材質・・・私のコップに似ているようだ。」
俺は周りを見渡して人がいないのを確認すると、
「それにこれはほら、火が点くんですよ。」
カチッ。ボッ!
「ええーーー!」
俺はライターを慌ててしまうとその男の口に指を立てた。
「そ、それはいったい・・・」
「これのことは後にして、先ほどのコップの元の持ち主は私と同じ境遇の人かもしれません。その人のことを教えてもらえませんか?私もその方の情報を知りたいですがその方もきっと私の話が聞きたいはずです。」
「う~ん。確かにそうかもしれません。それにあなたは悪い人には見えないし。実はその人との約束で詳しい話をすることはできません。でも私は旅をしながら行商をしています。これから行く旅先にその方のいる町があるかもしれません。もしあなたが私と旅をするなら止めることはできません。申し訳ないですが、私から言えることはそれだけです。」
「ありがとうございます。もう少しだけいいですか?秋田さんのご予定は?それとその街へはそのくらいかかりそうですか?」
「私は今晩この町で宿を取り明日は商人相手に商売をします。明日の晩もう一泊して次の町へ出発します。それと、その街へは1カ月くらいかかるでしょう。ちょうどそちらへ向かっていく道中でした。歩き詰めならもっと早いですが、行商の仕事がありますからそのくらいかかると思います。」
「なるほど、泊まる宿は決まってますか?」
「ええ、町に入ってすぐに予約を入れています。姫豊荘という宿です。」
姫豊荘ならここからそう遠くない。
「わかりました。お話しありがとうございます。明日の夜、宿にお伺いするかもしれません。私は健太といいます。よろしくお願いいたします。」
「はい、今日はだいぶ歩いて疲れたので失礼します。では。」
秋田が神社を後にした。
「先生、さっきの話は・・・」
優香も聞いていたようだ。
「うん、きっと俺たち以外の転移者がいるんだろう。俺はその人に会ったみたい。元の世界に戻るヒントが見つかるかもしれない。」
「そうですね。私も会ってみたい。話を聞いてみたいです。」
「いや、行くなら俺一人で行こうと思うんだ。優香は治療院のこともあるし、みんなのまとめ役だから。」
「駄目だよ。先生一人で行かせられないよ。私は先生とずっと一緒だから。」
「でもひと月も留守にするんだぞ。俺と優香が抜けたら・・・」
「大丈夫よ、みんな今の生活に慣れてるから私や先生がいなくてもどうってことないわよ。」
「まあそうかもな。今夜みんなに話してみよう。」




