34.天狗2
練習を終えて昼食後、俺は裏庭に出て薙刀の練習をしていた。もちろん弥生さんはいない。自主練習だ。
俺は午前中にやった型を思い出しながら薙刀を振るう。無心に小一時間やったころだ。不意に視線を感じて手を止めた。振り返ると優香が立っていた。
「先生どうぞ。」昼食の時には全く口を利かなかった優香が小さな声でタオルを差し出した。
「ああ、ありがとう。」
俺は縁側に座りタオルで汗を拭う。優香も隣に座った。
「あの、、、ごめんなさい。」
優香が謝ってきた。先ほど機嫌を悪くしていたことだな。
「べつにいいよ。優香は悪くない。」
「ううん。先生は天狗退治のために薙刀を練習していただけなのに。私が、その、嫉妬しちゃって練習も止めちゃって。本当にすみません。」
「ほんとにいいよ。それに好きな子に嫉妬してもらえるんだから俺は幸せ者かもしれないな。」
「先生、あの時、私、先生をとられてしまうんじゃないかと思って頭が真っ白に」
俺は優香の肩に手を回すと、その口を人差し指でふさぐ。そしてそのままキスをした。
俺はさらに肩を抱き寄せると優香に言った。
「優香、俺は鈍感なんだ。これからも気になることがあったら何でも言ってくれ。」
首筋まで赤くなった優香は無言で頷いた。
各自、自主練を行ったその日の夕方、よくない知らせが届いた。
鉢伏山の麓に住む家族が昨夜から行方不明になっているらしい。山菜取りに行った母親と子供が戻らず、探しに行った父親まで帰ってこなかったようだ。
「先生、もう待ったなしですね。」
「ああ、武器の扱いについては練習不足だが仕方ない。明日の朝、出発しよう。みんなもそのつもりで準備してくれ。今晩はゆっくり休むように。」
「「「はい」」」
翌朝、本殿に集合した俺たちは鉢伏山の麓にある神社に転移することにした。
メンバーは俺、優香、理央、楓、芽衣、富美。ん、富美?
「富美も行くのか?」
大きなリュックを担いだ富美がついてきていた。
「ああ、アタシが誘ったんだ。」
理央が声をかけたのか。
「みんなが行くなら私も行くのです。」
「荷物が多いようだけど大丈夫か。」
「大丈夫なのです。中身は秘密なのです。」
まあ、いいか。今回は憑依してくるような相手でもないだろうし。
「よし、それじゃ行くか。優香頼む。」
俺たちは優香の転移の術で鉢伏山の神社に飛んだ。
転移した俺たちは山裾の小さな神社の境内に立っていた。
「まずは聞き込みからだな。」
境内を出ると目の前には田んぼや畑が広がっている。見る限り特に違和感はない。
人影もないので俺たちは近くの家を訪ねてみる。
「こんにちは、どなたかおられますか。」
俺は玄関前で声をかけるが返事はない。しかし家の中でコトッと音がした。
誰かいるようだが、警戒しているのか。
俺は優香に目配せすると声をかけてもらう。女性のほうが安心できるだろう。
「こんにちは。」
バタバタと音がして、扉がそっと開いた。出てきたのは5歳くらいの男の子だ。
「あら、こんにちは。僕、お名前は?」
「としおです。お姉さんは巫女様?」
みんな巫女服、俺は神主の服なのですぐにわかるようだ。
「そうよ、私は巫女の優香。としお君、お父さんかお母さんは居るかな?」
「お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも・・・帰って・・こない。」
そう言ってとしお君は泣き出してしまった。
ということは行方不明になった親子はとしお君の家族だったのか。
「としお君、頑張ったね。不安だったよね。」
優香はとしお君を抱きしめると優しく頭を撫でた。
「お母さんたちは私たちが探してくるわ。お母さんたちはどこから山へ入ったのか知ってる?」
としお君はすぐ近くの山裾を指さす。そこには山道の入口があった。
「うん、偉いね。お母さんたちはきっと無事だから私たちに任せて。としお君は家に隠れているのよ。富美、お願い。」
すぐにわかったのか富美は背負ったリュックからおにぎりを出してとしお君に渡す。
「さあ、これを食べて待っていてね。」
としお君はやっと笑顔を見せて家の中に入っていった。
「よし、みんな行くぞ。」
としお君のお母さんは山菜取りに山に入ったはずだ。この時期ならワラビやゼンマイか。それらは湿気があって、ある程度日当たりもいい場所に生えている。俺を先頭に一列になって細い山道を入っていった。
「いつ天狗が出てくるかわからない。みんな注意しろよ。」
俺が振り返って注意するとみんな無言で頷く。俺も薙刀を握り直し、警戒を強めた。
しばらく歩くとひらけた場所に出た。勾配の緩やかなちょっとした草原だ。
「ここなら見通しがいい。少し休もう。」
「みんな小腹が空いたころですね。おにぎりがたっぷりあるのです。」
俺たちはきれいな場所に腰を下ろすと、富美が早速お弁当を広げる。
「あ~美味しそう。いただきます。もぐもぐ、ん、シャケだ。当たりです。」
富美が一番に食べる。
「「「私もちょうだい。」」」
みんな水筒のお茶を飲みながらおにぎりをぱくつく。
「お、梅干しか。」「私は昆布ね。昆布大好き。」
「なんだ、アタシのは何も入ってないぞ外れか。」
「大丈夫です。私が朝早くから握ったので愛情がたっぷり入っていま~す。」
「う~ん。富美の愛情か。微妙だな。忠彦さんの愛情ならよかったのにな。忠彦さんどうしてるかな~。」
理央はおにぎりの具であっち側に行ってしまったようだ。
みんな2つずつおにぎりを食べて(富美だけ4つ)少し休憩すると先に進むことにする。
後かたずけをしていると優香が何か見つけたようだ。
「先生、ちょっと見てください。」優香はみんなの前だと以前の通り敬語を使う。
「ん、どうした?」
そこには採取された山菜が散らばっていた。周りは草が踏み固められたように倒れている。
「もしかしたらここで襲われたのか?みんな、警戒してくれ。」
俺は足跡をたどりながらゆっくり進んでいく。その先の崖下に男性が倒れていた。
「みんな、見つけたぞ。」俺はみんなに声をかけると崖を降りて行って男性を見る。
幸い息はあるようだが気を失っている。崖から落ちたのだろう。体のあちこちが腫れている。
「優香みてくれ。」
「はい、大きな怪我はないみたいです。さっそくいきますね。”回復の術”」
優香の手から暖かい光が出て男の体を包む。光が収まると男の顔にうっすらと生気が戻る。
「ううっ~」
「大丈夫ですか。助けに来ましたよ。」
「あ、あんたたちは・・・巫女様か。俺は・そうだ、崖から落ちて・・・」
「何があったか教えてもらえますか?」
「ああ、そうだな。実は、山菜取りに行った娘と嫁が山から戻らないんで探しに来たんだ。最近天狗が出るのでやめとけと言ったんだが、山奥まで入らないと言うんで行かせてしまった。このあたりはワラビが獲れるんであたりをつけて探していたんだ。」
「そこで天狗に襲われた?」
「うむ、ちらっとしか見えなかったが大きな人影だった。このあたりの草むらを探していて後ろのほうで気配がしたと思ったら突風に飛ばされて崖から落ちたんだ。」
「突風に飛ばされた?」
「先生、きっと大うちわです。天狗の武器で指を広げたようなヤツデといううちわです。」
楓が説明してくれる。妖怪にも詳しいのか。
「大うちわであおがれると突風で飛ばされます。」
厄介だな。遠距離攻撃があるのか。
「そのまま気を失っていたので、天狗や娘たちがとうなったのかはわからない・・・」
男はうなだれる。体も痛いようで崖を上るのも難しそうだ。
「俺たちは娘さんと奥さんを探しに行く。あんたはここで休んでいてくれ。」
「ああ、わかった。申し訳ない、よろしく頼む。」
可愛そうだが、この人は置いていこう。帰りに合流すればいい。
俺たちは山道に戻り奥へと進んでいく。
「先生、天狗の大うちわ、厄介そうですね。」
「そうだな、もし天狗が大うちわを出して来たら物陰に隠れるか地面に臥せるんだ。それにこっちにも破魔弓とくないがある。楓、芽衣頼んだぞ。」
「「はい」」
しばらく進むと遠くから子供の泣き声が聞こえてきた。行方不明の娘さんか?俺たちは足音を立てないようにゆっくりと近づく。そっと覗いた視界には身の丈2メートルはある大きな体の天狗がいた。




